担当ウマ娘がダンボールかぶってる 作:徐々に奇妙な冒険
時計の音が響く。
職員室は俺と、あと数人、テストの丸つけをしている先生の身が残っている。
先程たづなさんがエナジードリンク(今度は人間用だった)を差し入れてくれたのであと少しなら頑張れそうだ。ホワイトな職場である。教師職そのものがブラックなのでプラマイゼロだけど。
「戸締まりと見回りしてきます」
「はい」
「気をつけてねぇ」
時間になったので懐中電灯を一つ、そして私物のLEDランタンを持って夜の廊下へ出る。
ランタンは個人的に好きなんだ。探検って感じがして。
夜の学校なんて教師職じゃないと入れない場所だからワクワクがすごいんだ。
電気はつけずに腰に下げ、懐中電灯で各教室を回っていく。
トレセン学園はやたらと広い。夜間の見回りは警備を雇うけど、就業時間近くの戸締まりなどの確認は教師がやるってことになってる。あのお爺さんの先生にはちょっと酷なんじゃないかなぁとも思う。いい運動になってて筋力が衰えず良いみたいな話は聞くけどね。
「…………」
ウマ娘たちが清掃の時間に頑張って掃除したおかげか、目立つ汚れはどこにもない。
教室の中も……うん、オッケーだな。ここはナイスネイチャがいるクラスなんだっけ。
ナイスネイチャ、今後の活動はどうする予定なのだろう。横浜ステークスは飛び入り参戦みたいな形だったと思うから、今度はちゃんと目標レースまで向かうのだろうか。
いや、今の俺は彼女のトレーナーじゃない。とやかく言うべきではないだろう。
「くぁ……」
あくびを一つ。窓に外は星が煌めいていた。
トレセンの近くは街灯が少ない。あったとしてもぼんやりと明るいもので、今日みたいに晴れた夜は星空がよく見えるんだ。
昔は天文学者とか目指してたっけ。
あれは……もう消えかかっているけど獅子座だ。もうじき秋になる。見納めだな。
なんとなく、物寂しい雰囲気になった。
ジャパンワールドカップ。
縮めてJWCと呼ばれるそれは、冬から春の間開催される。今年のJWCは冬。三回戦に渡って勝ち残り方式で戦い、最後に残った者が天辺で戦うんだ。
地方研修を得て、そのあとピンクフェロモンとニンジャスナイパーがやって来て。そしてハリボテエレジーは最後に一つレースを通過したのち、既に申請済みのジャパンワールドカップへ出場する。
あともう少し。もう少しだ。
もう少しで、ハリボテエレジーはもっと強くなれる。スターになれる。
みんなを照らす、星になれる。
唯一抜きん出て並ぶ者なし。
確か……このトレセン学園、どっかに星が関係しているんじゃなかったっけ?
んまぁなんでもいっか。
『生徒会室』
目的の場所にはついたんだ。
あとは、幻のウマ娘って書かれたファイルを回収するだけ。
職員巡回用の鍵の束から生徒会室の鍵を見つけ、扉を開く。
あくまで巡回。見回りといった具合に窓に駆け寄り、鍵を確認した。
あ、月。
めっちゃここ月差し込むやん。キレー。
と、俺が月に見とれていると。
カタッ
「誰だッ!!」
勢いよく振り返る。
懐中電灯を照らすもそこに何者かの姿はない。
気のせいか……?
風で窓が揺れたのかもしれん。
カタッ
いやなんかいるわこれ。
揺れる音というよりかは、響く感じ。
靴の音か、それともヘンゼルとグレーテルよろしく何かを落としながら移動しているのか。
カタッ
少なくともテケテケの説はなさそうだ。マンハッタンカフェ曰くあいつは手で動くからペタペタ鳴るらしい。いやそれ幽霊とかじゃなくて妖怪じゃね? って突っ込んだけど困った顔をしてたので多分マジ。
ここでランタンを召喚! 光量を増やすぜ!
パッと明るくなる生徒会室を照らすも物音は消えない。
小刻みに、ゆっくりと、カタカタ音を鳴らしている。
ペタッ
あっテケテケになったかもしれん。
なんか急にペタペタ言い始めた。
何はともかく、まずは生徒会室から出ないと。いつまでもいるわけにもいかないし。
っとその前にファイルを回収しておいて……?
「……無ぇ!?」
ウッソだろどこにいったんだあのファイル! 誰が持って行った!
皇帝か!? 女帝か!? それともナリタブライアン(フルネーム)か!?
いや、多分違う!
「さっきの物音の主だ……!」
バッと飛び出て鍵を閉め、廊下に広がる闇を見つめる。
片手には一直線だが遠くまで照らせる懐中電灯。もう片方には遠くまでは照らせないが範囲を照らすことのできるランタン。
これで準備は万端だぞどこに行きやがったテケテケこの野郎。
ペタッ
右か。
右側には階段がある。上か下か。これは上だ。
なるべく音を殺して歩く。人間、後ろからの光にはあまり気づかない。もしも生徒会室から離れるように動いているなら、恐らく階段を登った先に、背を向けて歩いているはずだ。
階段を登り切った。秘密道具はここで使うべき。
闇を見通す千里の眼よ。*1
闇を照らす聖なる光よ。*2
今ここで我に、二物を与えたまえ!
タキオンの薬ぃ〜!!
ゴクゴクぷはぁッ!
目からビームッ!!
「きゃあっ!?」
「……たづなさん? なにしてんすか」
視力強化で見透かされ、眼球発光で照らされた闇の中から浮かび上がってきたのはたづなさんだった。
手ぶらだ。どうやら犯人じゃないらしい。
「どうして靴を脱いでるんです?」
「あっ、ええと……ヒールが折れてしまって」
「それよく聞きますけど、そんなに折れやすいんですか? ヒールって」
「そうですね。くっつけているだけですから」
「ウマ娘の勝負服ってヒールありましたよね」
「…………」
謎である……。
あれ、たづなさんて普段ヒールだっけ。……まぁ今日はそんな気分だったのかな。
てかたづなさん、なんか服の膨らみが変だな。
お腹がちょっとだけぽこっと出ているような……。あ、もしかして新たな命が!?
「お、おめでとうございます」
「……? な、何がです……? ありがとうございます……?」
「そっすよね、たづなさんキレイですもんねぇ」
「えっ、あ、ありがとうございまッ、眩しい、眩しいですトレーナーさん目を合わせないでください」
おっと失礼、目が光り輝いているもんで。
しかしたづなさんがめちゃくちゃ綺麗ってのは本当だ。
スタイル良いし、綺麗だし所作が美しい。おっとりしているから大人びて見えるだけで、服装とか弾けさせて髪型でも帰れば現役の中高生って感じがする。
なんならアレだな、この学園のジャージも似合いそうな気がする。制服は……あんま想像つかないけど。
「今から帰りっすか」
「後もう少しだけお仕事が残っていて……そちらは戸締りの確認を?」
「そっすね。病院行くから代わって欲しいと頼まれまして」
「そうですか。それではもうお帰りになるんですね。お疲れ様です」
「いえいえ〜。……はぁ〜、今日も疲れましたわ……」
「ふふ。気分を変えたいのでしたら、お出かけに行ってみるのも良いと思いますよ?」
「お出かけねぇ……。んーと……カラオケとか神社とかですか」
大体の定番はそこら辺だな。どうせならハリボテエレジーとか誘おうかなぁ……?
「映画なども良いと思います」
「映画! あっ、そうだ、アレ一緒に見に行きましょうよスーホ! 『スーホの白いウマ娘』!」
「名作ですね! リバイバル上映もやっていますし、今度観にいきましょうか」*3
とかなんとか言ってる間に、たづなさんと俺は理事長室の前までやってきていた。
少し扉を開くと理事長室の温かい光───少なくともタキオンの薬で生み出された毒毒しい光とは大違い───が廊下に差し込み、理事長が頭を抱えている姿が隙間から見えた。
「それでは、お疲れ様です。トレーナーさん」
「はい。また今度」
結局、あのファイルはどこに行ったんだ……。
たづなさんと話してる最中もどっかに落ちてないかキョロキョロしてたんだけど、全く落ちてる感じないしなぁ。
あと探してないとすれば理事長室なんだけど、 生徒《教師《理事長 の順でピラミッドが作られているこの社会で理事長室に忍び込むとかまじ無理しんどい。
てか理事長室にあのファイルがあるわけないんだよなぁ。レース成績を管理してるってのは以前借りたことがあったから判ってることなんだけど、あの理事長がトキノミノルの情報を集めても何のメリットもないんよな。
一度聞いてみたけど、理事長室の資料もトキノミノルのレースの部分だけ抜き取られていたらしい。「憤慨ッ! こんないたずらをされるとは!」と怒っていたけれど、真相は謎のまんまだ。
ただまぁ、なんとなくあのファイルを見て重要そうなことは頭にインプットした。
まとめると
・トキノミノルはめちゃくちゃ速かった
・能力評価テストが行えるほどの権力を持っているもしくは持っている者と親しい
・固有スキル? というものを二つ持っていて、それ以外にも走法をたくさん覚えている
・どこかの研究所でトキノミノル細胞というものの研究に携わっていた
・その細胞は一時的なドーピング効果を示す
と言ったところか。トレーナーは女であった〜とか好物は〜とかもあるけれど、気になったのはそこら辺。
この、研究所ってのが引っかかる。
ドーピング効果を示す薬ってのはつい最近聞いたばかりだ。ハルウララをナツマッサカリに変えてしまった、凶悪な薬。
それを所有している集団……と思わしきヤツ。研究所のやつじゃないのか?
人体実験は法律でしてはいけないって決められてる。だから、表立って実験することなく、裏で強制的にウマ娘に打っているとか……。
もちろん考えすぎってことはある。けど多分、あのファイルには続きがあるんだ。
五日目こそ書かれてなかったけど、そんな計画が終わったとしたら必ず何かがあるはず。
猿に打って、なんか速くなったよやったね、で終わるはずないんだ。
「あー……ちくしょう」
シンボリルドルフの判ったような目が思い浮かぶ。
そうなんだよな、俺は一度謎を解き始めたらちゃんと解かないともやもやすんだよな。
畜生あの生徒会長いつか眉間に皺寄させてションボリさせてやる。
あとは尻尾に辺なカールつけて丸みを持たせてたぬきみたいにしてやる。まさに外道。
…………。
まぁ……俺があまり良くないことをしようと……暴こうとしてるのは、薄々気づいてる。
俺はハリボテエレジーの育成にだけ力を注いでいればいいんだ。そうでないと、過去の二の舞だから。
いつかハリボテエレジーにも、あいつらとの関係性とか話す時が来るのかなぁ……。
あいつ、今俺の話とかしてないと良いな。
良心が痛むから。
◇
「あ、ハリボテエレジーさんだ」
「こんにちは!」
「ふぇっ!? あ、はい、こんにちはです! よろしくお願いします!」
放課後。
今日のトレーニングは、チームリギルのトレーナーさんが面倒を見てくれた。
曰く、トレーナーを変えることによって新たな視点で物事を見ることが云々カンヌン。
ちょっとよくわからなかったけど、でも勘や目測で動くことが多いトレーナーさんと比べてオハナサン……ってみんなが呼んでた東条トレーナーは、正確で綿密なトレーニングを提示してくれた。
厳しいし口調も刺々しい……というか硬めだけど、多分この人は悪い人じゃない。
直感でわかったことだけれど……。
「ハリボテエレジーさん、前回の横浜ステークス、見ていました。惜しかったですね」
休憩時間に話しかけてきた。
お名前がわからないウマ娘さんだ……。
「ありがとうございます……!」
「私スパート苦手なんですけど、どうやったらあんな風に力強い蹴りができるんです?」
「感覚的なものなんですけどね。ええと……」
「その話、ぜひ混ぜてくれ」
あ、東条トレーナー。
「はい、どうぞ! えっと……それで、スパートをかける際に、考えていることがありまして。必ず勝つって意志を、脚の方にためるんです」
「全身ではないのは力みを抑えるためか……なるほど」
「それで、まずは目の前の人の背中に追いつき、追い越す。そしたら次の人……って感じで、全員パワーでゴリ押しします!」
「……急に根性論になったな」
「トレーナーさんの教えです!」
大体転んでしまうレース、終盤で最後尾から一位まで突き進むには、とても体力がいる。
スピードはもちろん、パワーも。なにより根性が欲しい。スタミナは持久力、根性はブースト用のガソリンって感じで捉えてる。
へぇ! と黒髪のウマ娘が驚いているのと対に、東条トレーナーは難しい顔をしていた。
「張り子は皇帝の後を追う、か……あのトレーナーの考えそうなことだ」
「トレーナーさんのことを知ってるんですか?」
「喧嘩をしたことがある」
喧嘩! あのトレーナーさんが!
喧嘩ってなんですか? って聞いてみたら、なんでも昔にウマ娘の育成方法で揉めたことがあるんだとか。
「この世にはいろんな自論をもつトレーナーがいる。正確な育成を心がける者、ハードワークを行わせて底力の増強を狙う者。中にはウィニングライブの指導を全くしないトレーナーなんている」
「えぇ……」
「でもアレは……そんなトレーナーの中でも、一際異色を放つトレーナーだった。側から見ればただの根性論だが、それでも彼が育成したウマ娘は全員とても優秀。ウマ娘の可能性というものを信じてやまないヤツだ」
「私以外にも、トレーナーさんに教えてもらったウマ娘が……。全員ってことはそれなりの数いるんですか?」
「知らないんですか? ではおハナさん、私が教えておきますよ」
「……あぁ」
あら、行っちゃった。
にしても、トレーナーさん、やっぱり他のウマ娘を担当したことがあるんだ。いったい、どんなウマ娘なんだろう?
「まず前提なのですが……」
「? うん」
その子の口から出たのは、私にとって衝撃と言わざるを得ない言葉だった。
だって、今の流れでそれを聴いたら、誰もが
「かつて優秀すぎて謙部を認められた、『チームレグルス』をご存じですか?」
レグルス:
獅子座の一等星。