担当ウマ娘がダンボールかぶってる   作:徐々に奇妙な冒険

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オン・ユア・マーク

ウマ娘とは、奇跡を起こす生物である。

その強靭的な身体能力と違いまれなる才能、そしてそのどれもが眉目秀麗。

故に、ある歴史では女神と称されていたともされている。

 

「かの有名なピラミッドも、ウマ娘が背中にブロックを背負って建設していたとも言われていて……」

「zzzzzzzz」

「こらそこ寝ない」

「むにゃ……! いいじゃん、少しくらい! 中央も自由だって聞いたよ」

「自由ってなんでもしていいって意味じゃないんだぞ」

 

某日。

俺は中央トレセン免許取得後、転勤する前段階の処理として、まとまったところまで教室でウマ娘たちに勉強を教えていた。

 

「トレーナー……なにも居残りすることないじゃん」

「そんなんじゃ中央行けないぞ。中央のスカウト貰って、俺と天下取るんだろ?」

「そおおおだけどさあああ」

 

彼女の名前はシンフォニー。

実に乙女らしい名前の、清廉なウマ娘である。

そして彼女は。

 

 

 

 

 

アークアンパクトの、姉である。

 

 

 

 

「シン……フォニー……?」

「……トレーナー?」

 

濃い栗色のウルフカット。

特に気を遣っていた尻尾の毛並みは未だ眩く日光を反射している。

 

「シンフォニー!」

「うわあ久しぶり!!!!」

「ぐふう」

 

すぐにタックルをかましてくるシンフォニーを受け止める。

しっかりと大地を踏みしめ、その艶やかな尻尾を思い切り振り回して。

 

「おっきくなったねえ!」

「お前こそ。足はもう大丈夫なのか?」

「うん! リハビリ中だけど、前の二割減ってとこかな!」

「トレーナーさん、こちらの方は?」

「ああ、紹介する。こいつはシンフォニー。俺がこの利呼のトレセンで特に面倒を見てたウマ娘だ。シンフォニー、中央のウマ娘達だ。ギンシャリボーイ、ハリボテエレジー、ミッドナイトモーセ、パクパクムシャー」

「ほお! ギンシャリボーイとパクパクムシャーって名前には聞き覚えがあるよ! 皐月賞獲ったってウマ娘と、あとえっと……大きく路線変更したとかなんとか? ニュースに出てたよね」

 

パクパクムシャーがこくりと頷く。

へえ、そうなのか。

まあ最近成長が著しい云々が書いてあったし、それなら路線変更も珍しいことじゃない。

果たしてどの路線に行くのか見ものだ。

 

「ミッドナイトモーセってのも……なんか、化けそうな気がするね!」

「そうかい……? 照れるね」

「でも」

 

シンフォニーは笑顔でハリボテエレジーに近づく。

 

キミはぜんぜんだめ

「……ッ!?」

「脚も弱い。重心も不安定。派手な見た目で格好つけてるけど、基礎が出来上がってない。キミ……」

 

───本当にウマ娘?

 

「ッ、私は走れます! できます!」

「……ふうん? まあ、ほんの少しだけなら可能性もあるかもね。トレーナー、また後で!」

「お、おう」

「……なんだったんだろうね、あのコ」

「こ、怖かったですぅ〜」

「一瞬感じた、あの震えは一体……。ねえ、彼女は何者なんだい?」

「いや……俺にもさっぱり……」

 

シンフォニー、一体どうしたって言うんだ……。

 

「と、とりあえず、他の施設も回ってみようか」

「は、はい……」

 

心臓を鷲掴みにされたように冷や汗を垂らすウマ娘たちを連れて、懐かしいトレセンを回る。

たまにしか手入れされない芝はちょうど入れ替えたのか整っていて、これからトレーニングするためには良好に思えた。

あるけばミシミシ音を鳴らす廊下は床が張り替えられ、ワックスも塗られてピカピカだ。

……随分と、大型なリニューアルをしたんだな……?

こんなお金、このトレセンにあったっけ?

 

「……ん? トレーナー、あれは? このトレセンには無いんじゃ?」

「ッ、嘘ォ!? プールがある!?」

 

ばっ、ばばば、バカな! これはさすがにやりすぎだろ!?

こんなの、ウマ娘が地方のレースに全勝とかしない限りお金がめちゃくちゃかかるぞ!?

そんなウマ娘が、いつまでも地方にいるわけが……。

 

……。

 

「シンフォニーだ……」

「やっと気づいた?」

「っ!?」

 

いつの間に、後ろに!?

 

「やれやれだよ。後ろからついていってたのに誰も気づかないんだもん。本当に中央のエリートウマ娘なの?」

「…………」

「さっきもちょーっと圧かけただけでダラダラ汗出しちゃってさ? そんなんじゃ食べられちゃうよ?」

「た、食べられる、ですかぁ〜……?」

「そうそう。その大きなお胸と一緒に」

 

───ばくん、とね

 

「ヒッ!?」

「トレーナー、ねえトレーナー、拍子抜けだよ。期待してたのになー」

「シンフォニー……。悪ふざけはやめてくれないか?」

「そうだ、レース! ねえダンボールのキミ、私とレースしてみない?」

「わ、私ですか?」

「そう、それと……キミ」

「おっかないね……」

「ギンシャリボーイはいいや」

「……どういうことか、聞いてもいいかい?」

「だってもう成長しないでしょ。今が限界。今がピーク。あとはのろのろ落ちていくだけ。成長しない、できないウマ娘は要らないんだよ?」

「あのなあ、シンフォニー! 良い加減に……」

「じゃあ、一時間後に芝コースで待ち合わせね! トレーナーと2人とも、待ってるからね!」

 

そしてまた、シンフォニーは消えた。

顔を見合わせる二人と、拳を握るギンシャリボーイを残して。

……シンフォニーが消える直前、彼女が身を翻した時。

俺は見てしまったんだ。彼女の首元を。

 

彼女の首には、小さな注射後があった。

 

 

 

 

「来たね」

 

風を浴び、シンフォニーが気持ちよさそうに目を細める。

 

「ギンシャリボーイは呼んでないんだけど?」

「見学さ。トレーナーと一緒にね」

「無理だよ。いくら見てもキミは成長できない」

 

そして、俺たちの隣から2人が芝へ乗り込む。

目に見えないメタルウイング付きのダンボールフェイスと、黒がベースの外套のような衣装。

 

「おっ? 勝負服で来たの? やったあ、模擬レースにそこまでしてくれるとは!」

「トレーナーさん、相手はジャージですけど……これ、不公平なんじゃ……」

「いや、俺の知るシンフォニーは才能に溢れていた。それが、足の怪我で泥を被ってしまっていたんだ。洗い落とされたら、そこには才能と努力の証が残る。……全力でいけ」

「「……???」」

 

シンフォニーが踵で芝を叩く。催促の合図だ。

 

「ほら、はやく」

「「…………」」

「トレーナー、合図お願い。おんゆあまーくで」

「……シンフォニー」

「ん?」

「お前……どうしちまったんだ?」

「……………………合図変更。私が投げたコインが落ちたらね」

「あっ、おい!」

 

弾かれたコイン。

スタートの姿勢をとる2人。

シンフォニーは動かない。

じっと遠くを見つめ、ふうっと息をつく。

 

 

 

 

 

パサッ

 

 

 

 

 

「ッ!」

「「っ、速い!?」」

 

ゆらめくように走り出したシンフォニーは既にトップスピードになっていた。

ピンと伸ばされた指で空を切り、つま先の小さな面積で地面を蹴る。

ウマ娘にとって最適なフォームが再現されていた。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ」

 

ミッドナイトモーセが最下位。

シンフォニーが先頭を切り真ん中にハリボテエレジーがいる。

 

「ど、どう、して」

「どうして逃げなのに息が切れてないのかって!? 中央なのにそんなこともわからない!?」

 

走りながら声を出すことの、なんと無謀なことか。

肺は壊れ、ペースが乱れてしまう。

だがシンフォニーは依然、ハリボテエレジーの前を走っている。

 

「ははははははは!!!! キミたち、弱いね! いや、私が強いんだ!」

「〜〜〜〜ッ!」

「あははははは!!!!」

 

雷速、と言っても差し支えないスピード。

ぐんぐん離れる距離に、2人は焦っているようだった。

 

「……シンフォニー……」

「…………」

「見たか! これが、これが復活した私の力!!!!」

 

先頭のペースを早めにキープし、二人の体力を消耗させる。

おそらく、今のシンフォニーなら全力で走れば突き放せる。突き放せるはずなのに、『頑張れば追い返せる距離』を保ち続けている。

 

「この力が! あの薬さえ有れば! 私は! まだ輝ける! 成長できる! 強くなれる!」

「やっぱり……やっぱりあの薬を……!」

「まだ、夢は掴めるッ!!!!」

「シンフォニーッ!!」

「私は、無敵───」

 

瞬間のことだった。

シンフォニーが、口から赤黒い液体を吐き出して倒れたのは。

 

「「!?」」

 

勢いそのままに全身を芝に打ち付け、シンフォニーは紙屑のように転がってようやく止まる。

急停止した二人が駆け寄り、必死に呼びかけていた。

 

「ッ、シンフォニー!」

「ほ、保健室の先生を呼んでくる!」

 

柵を飛び越え、シンフォニーに駆け寄る。

腕や脚は本来曲がるはずのない向きに曲がり、辺りの芝にはシンフォニーの血が飛び散っていた。

 

「トレーナーさん!」

「ミッドナイトモーセは膝より下を左に回して固定してくれ! ハリボテエレジー、肩を持って支えろ! 俺がはめる!」

「……こうで、いいかい!?」

「んしょ……どうぞ!」

 

耳が切れてる。何より無茶な走り方をしたせいか呼吸が荒い。しっかり酸素を取り込まなければ痛みに耐えれずにこのまま衰弱して死ぬ!

 

「呼んできた!」

「酸素です! 使ってください!」

 

吸入器の引き金を思い切り引く。この状況なら、対処はこれでよかったはず……!

ギンシャリボーイが一緒に持ってきた担架に乗せ、脚を持ち手と固定した。

 

「よし、保健室に運ぼう」

「アタシがこっちを持つよ……!」

 

自分の掌を見る。

首を支えていた俺の左手には、緑色の液体がべっとりと付着していた。

やっぱり、あの薬だ。どこまでウマ娘を不幸にすれば気が済む?

 

「行きましょう、トレーナーさん」

「……ああ」

 

良い加減に、積み上げてきたコネを使うべきなのか。

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