担当ウマ娘がダンボールかぶってる 作:徐々に奇妙な冒険
ハリボテエレジーのメイクデビューの日。
トウカイテイオーは自身の尊敬するトレーナーと共に観客席の最前列までやってきていた。
昨日ダンス指導をしていた時の、あの喧嘩とも揉め事とも言えないもやもやした重い空間。
胸の内がぐちゃぐちゃになってしまいそうなのをドリンクで流し、トウカイテイオーは隣の男を見上げた。
「エレジー、大丈夫かな」
「……わからん」
「えっ」
一瞬だけ、耳を疑った。
だが、昨日の様を見てみれば、それも納得できてしまうのだった。
お天道様は自らの心の雲は晴らしてくれない。せいぜい目の前に広がる空を青く染めるので手一杯らしい。
パドックで次々とウマ娘たちが自己を主張する中、やはり一番視線を集めたのはハリボテエレジーだった。
「あれって大丈夫なの?」
「顔怪我してるとか?」
印象はそれぞれ違うが、拭えない不信感がハリボテエレジーを襲う。
「どうしてあの子を応援してあげないの?」
「えっ……いやあ、ウマ娘を応援してあげたいのは山々なんだが、さすがにアレはどうかと思う。スポーツマンシップというか」
「……そっか」
トウカイテイオーの耳が前に垂れる。
出だしが悪すぎた。
『各ウマ娘、ゲートへ向かって行きます』
奥の方から、体操服を身につけた少女たちが歩いてくる、
その中でも一際目立つ大きなダンボールフェイスを見つけたトウカイテイオーは大きく息をすってエールの言葉を叫んだ。
「エレジー、頑張っ「下がれ! ウマ娘の面汚し!」……えっ」
振り返れば、客席のほとんどがハリボテエレジーを見ていた。
一部の人は困惑しているが、ウマ娘のレースを楽しもうと事前に調べてきた者達は、ハリボテエレジーはやはりふざけているようにしか見えないらしい。
エレジー、と彼女の方を見るも、彼女の顔はダンボールに包まれていて今のトウカイテイオーの位置では表情が読み取れない。
かろうじて、歩みが普段より遅い事がわかるくらいである。
隣のウマ娘が何かを語りかけるが、それも耳に入っていないようで……最もその表情から察するに嫌味や罵倒であろうから、聞こえなかったのは幸いだったか。
気づけば、トウカイテイオーとトレーナー、そして一部の者以外が、帰れ、下がれと口々に叫んでいた。
ハリボテエレジーがよろめき、ゲートにぶつかる。
『8番ハリボテエレジー、少し不調が見えますね』
ぼうっとゲートに佇んでいるハリボテエレジー。
トウカイテイオーに揺さぶられたトレーナーは心底嫌そうな顔をしながら周囲の帰れコールを聞いていた。
トレーナーは「ブーイングは人気への第一歩」とだけ呟き、瞑目する。
この状況を受け入れたくないのを、図らずとも自認していた。
管理係が過激派の観客を大人しくさせ、そこでようやく罵声が止まる。
『さあ各ウマ娘、全員ゲートに収まりました』
ごくりと、トレーナーが唾を呑み込んだ。
額の冷や汗がつうと流れ、しかし視線は逸らさずハリボテエレジーを見ている。
トレーナーが考えうる限りの、最低のメイクデビューだった。
ウマ娘のレースは人気がある。メイクデビューで新たに世に出て、そこから栄光の道を駆け始める者がほとんどである。
だが……光あるところに影ありとも言う。
奇天烈な姿が、果たして人受けするかは博打であった。
そして今それは、影側へと落ちている。
全ては、第一印象で決まるのだ。
『ゲートが開きました』
一斉に走り始めるウマ娘たち。
トレーナーとトウカイテイオーもバ群を視線で追うが、その中にハリボテエレジーの姿は無かった。
後方、数拍遅れていたのだ。
「エレジーっ……」
「チクショウッ」
フォームは練習した形を完璧に出せている。
しかしいまいち膂力が無い。
荒い息をダンボール内に吐き出しながら、ハリボテエレジーが先頭を狙う。
『ハリボテエレジー、ここから巻き返すことができるのか、先頭一位は……』
完全な出遅れを取り戻すためには、レース終盤で使うためのスタミナをここで使わなければならない。
もとより追い込みを主軸にトレーニングしてきた付け焼き刃のステータス。
スタートが遅れては、遅れた距離を取り戻す余裕など無いに等しい。
「……もどかしい」
トレーナーが、客席から指示を出せないことを悔やむ。
今ハリボテエレジーがどう動けばいいかは、ハリボテエレジーしか判断できない。
こうすれば、ああすれば。あらゆる作戦がトレーナーの脳内に浮かぶが、それも意味の無いことだった。
『さあ序盤を抜け中盤に差し掛かります最後尾から8番ハリボテエレジーがじわりじわりと上がってくる。3バ身先に見えるは9番、その先2番、7番と先頭を走ります。先陣を切るのは5番アークインパクト並走してゲイシャクリスタルが、これは少し掛かり気味か』
レース中盤でハリボテエレジーがギアを上げる。
最後の直線での加速を諦め、少なくとも最下位でなくしようとしているのだ。
温存する予定だったスタミナを使い、話されていた距離を離してなんとか中央まで躍り出た。
「先頭組はもう終盤へ来ている……カーブで減速してしまえばハリボテエレジーは無駄にスタミナを使ったことになるぞ」
「エレジー……!」
『終盤の先頭は変わらずアークインパクト。ゲイシャクリスタルがここで速度を落とす、なにか作戦があるのか……後ろからナイロビダンディ!ナイロビダンディがここで速度を上げてきた!! テッペンカイザーも釣られて速度を上げる!』
ハリボテエレジーが中央群の端っこに立つ。
減速が妨害扱いされないために。
ゴール前へと繋がる最後のコーナー。
他のウマ娘がハリボテエレジーの隣を駆けていった。
「最後の直線、ここに賭けなきゃ終わりだ」
「……ッ!!」
トウカイテイオーが目を伏せた。
『ハリボテエレジー、不調が祟ったか競歩程度の速さへ! 先頭集団はゴール前へ向かっていく! 直線が長めでありますこの会場、どれだけ体力を残していたかが鍵になります』
ハリボテエレジーは、既に諦めている。
ここにいた全ての観客が……トウカイテイオーでさえも、そう思っていた。
『ハリボテエレジーを残して全てのウマ娘がカーブを曲がり切りました。アークインパクトが以前先頭!』
だから、気づかなかった、
速度をゼロに落としたハリボテエレジーが、その場でクラウチングスタートの姿勢をしていたことに。
───[優勝トロフィー作成キット]───
発砲音のような音が会場に鳴り響く。
全員がその音の方を見た。
そして、驚愕した。
『な、は、ハリボテエレジー! ハリボテエレジーが上がってきた! スタート直後とは比べ物にならない速度でハリボテエレジーがぐんぐん追い込んでいく! 9番クビナガイノーネとの距離は1バッ、追い抜いた! 中央群を完全に追い抜いたすごいスピードだ! 逃げるゲイシャクリスタルと並ぶ! アークインパクトここでバランスを崩した! 天命だ、天が勝てと言っているハリボテエレジー! ハリボテエレジー、今ゴール! 一着ハリボテエレジー!!!!』
「嘘でしょ……」「速い」「すっげ……」
『二着ゲイシャクリスタル、三着アークインパクト。テッペンカイザーは四着となりました』
まるでアニメか何かか。
もちろん、ふざけたウマ娘が一着を取ったことに憤りを感じる者もいた。
しかし、それ以上にハリボテエレジーは速かった。
偏見や怒りを置いてきぼりにして、ハリボテエレジーは最後の直線だけ、「短距離走」として死力を尽くして走り切ったのだ。
だから……。
「へ、へへ……いちい……う」
ゴールの少し先で勢いそのままに倒れたハリボテエレジーに対して、拍手が送られたのだろう。
「エレジーが、エレジーがやったよ!」
「あぁ、メイクデビューを完全にモノにしたな。一安心だ」
今回のメイクデビュー。
本来ならアークインパクトが順当に勝っていたところを、後ろから迫る大穴が会場を盛り上げた。
芝に寝転んで胸を上下させるハリボテエレジーに、一人のウマ娘が近づいた。
ぽたぽたと垂れる汗が、ハリボテエレジーのダンボールを叩く。
「ハリボテエレジー。私はあなたが嫌いですよ」
「…………」
「最後に追い抜いて、一位を……漫画の主人公ですか?」
テッペンカイザーがハリボテエレジーに手を差し伸べる。
「絶対に負けないって、言ったから……へへ」
「……あー。悔しい。すごく悔しいです」
心底悔しそうにハリボテエレジーを起こすテッペンカイザー。
歓声の中、テッペンダーが頭を下げた。
「あのときふざけていると言って、すみませんでした」
「えっ……」
「正直、今もダンボールをかぶっている意味がわかりません。だけど……それでも、勝てないってわかったんです」
「そんなことない。テッペンダーさんは強かったですよ」
「あなたに抜かされたときに、観客席が視界に入ったんです。みんな、あなたを見てました。何が起こったのか理解できてなさそうな人も、瞬時に理解した人も、全員。だから……だから……私は、まだまだなんです……アークインパクトにも、ゲイシャクリスタルにも負けて……私は……」
テッペンカイザーから、汗では無い何かが落ちる。
顔を伏せているために、それがなんなのかはその場の誰にもわからないだろう。
「くやじい……っぐ……メイクデビューなのに……くやしい、です……」
「テッペンカイザーさん……」
「次は負げまぜん。ぜったいに。ぜったい、負けませんから」
「うん。他のレースで、戦おうね」
「はい……」
ハリボテエレジーが、テッペンカイザーを抱きしめた。
肩を震わせるテッペンダーを観客に見せないために、胸に庇って。
「口惜しいのぅ、アーク」
「でも……彼女の強さは本物だった。まさかあんな速度を出せるとは……」
ゲイシャクリスタルが大きく息を吐く。
流れる汗を拭ったアークインパクトが観客席側を見やり、その中でポニーテールのウマ娘とハイタッチしている男に視線を定めた。
「……本気でやればよかった。まさか、ハリボテエレジーがここまでするとは」
「なっ、お主、本気ではなかったと!? メイクデビューぞ!?」
「まぁ……私は負けないと思っていたから……彼女のように、自身の力を過信していたんだろうな。本当に私は……滑稽だよ」
「けっ。ざまあないわ」
「あぁ。まったく、本当に様にならない。果たしてあのハリボテエレジーを育てたトレーナーは、どんなヤツなんだろうな」
まるで次の獲物を見つけたような、羨ましがる目であった。
アークインパクトと同郷の者であるゲイシャクリスタルが「またか」と肩をすくめ、その幼馴染とは別の場所を見た。
「アタシにはアタシの目標がある……負けんぞ、黄金の不沈艦……」
それぞれが想いを胸に、天を見上げたメイクデビュー。
空は、未だに青かった。