自他認める魔王だ!!
ついに勇者と決着とつける時…!
と言いたいのだが、どうしても気になる事がある。
その…なんだ。鼻毛が出てるんだあいつ。
私は魔王だ。自他認める魔物の王だ。
艱難辛苦の時を経て、勇者は私の前に立ちはだかる。
辛酸をなめさせられたのは彼らだけではない。
彼らのために多くの仲間が散って行ったのだ。
おかげで病院が回らないわ、宗教間の問題が起こるわで大変だった。
驚く事にも勇者は一人だ。
仲間でも連れてくれば良かったものを。
「くくく。今日が貴様の命日だ」
「貴様を倒し、世に平和をもたらす。今日と言う日は世界的記念日になる事だろう」
…さて、ここまでやり取りしたはいいが…その…。
勇者の鼻毛が気になってしょうがない。
特殊な鉱物から作ったであろう鎧、凝った意匠のしてある剣。
そんな事はこの際は些細な事なのだ。彼の鼻の右側から鼻毛が出ている。
「行くぞ!!」
「ちょっ、ちょっと待って」
「…どうした」
「えーあー…、戦う前に1つ重要な事がある」
「勿体ぶってないで言えよ」
…言えるか!??この大事な局面で!!??
でもさ、でもさでもさ。ここでこいつ死んだら死に顔最悪だぜ!?どんな凄惨な死を遂げようがその面に鼻毛が出てるんだぜ!??想像できっか!?
逆に、殺されても納得いかないって…。こんな鼻毛が出た勇者に殺された日にはあの世の父母に顔向けできん…。今戦う事はお互いにとって何も利益がないのだ。
奴は完全に戦うつもりでいる。
永遠のライバルだ。決着は早くつけたい。だが、鼻毛が出ている勇者と戦って勝ちたくも負けたくもないのだ。
指摘は、できない。
遠回しに言って鼻毛を処理してもらい、それから戦おう。身だしなみ…身だしなみ…そうだ!
「お前その、妹いたよな。ほら、ショートボブのあの子だよ。そろそろ結婚式じゃないか?」
「ああ。明日だ」
「大事な時じゃん!私と戦ってる場合かよ!行ってやれよ!!」
「いや、お前を倒す方が先だし。だから誘いを断って来たんだよ」
「バカ!お前バカ!もう夜遅いんだし日を跨いじゃって結婚記念日が兄の命日とかなっちゃったらどうすんだよ!悲しむよ!見届けてやれよ!バカ!」
「わ、分かったよ…」
何とか説得できたようだ。
これでも肉体より弁舌で上にのし上がってきた方だ。思い直してくれてよかった。
勇者は一度魔王城を後にして、妹の結婚式に行ってくれた。
私からご祝儀袋に5万ほど包んであげた。
「ついにこの時が来たようだな」
「待ちわびたぞ勇者よ」
鼻毛には気付いてくれた様だ。良かった。
お互いに向き合う。私は玉座から立ち上がり、マントを脱いだ。
さあ、身だしなみは整えただろう。思い残す事はない。
奴の力は認めている。勝っても負けても悔いはないだろう。
剣を抜いた勇者はそれを天に掲げる。
…ん??
僅かに上がったレギンスの間から靴下が見える。
……いや見間違いじゃない。あいつ、靴下を左右で別の履いてやがる…。
何で?何で靴下をはき違えてきたの??
今から命を懸けた戦いをしようとしている時にだよ??
前回ちゃんと玉座の間まで来てくれたから、二度手間にならない様にってここまで魔物と戦わせずに通してあげたのになんで??
「今こそ、決着をつける時…!」
ないない、それはない。
そういうファッションならまだしもそれで戦うつもりなの??
あーはいはい、分かりました分かりました。
そっちがその気なら私もそうします。
私は玉座の後ろからスリッパを取り出して、靴を脱いで履き替えた。
「さあ来い!」
「…違う」
「何が」
「今勇者と戦うという時に、靴を脱いでスリッパに履き替える奴があるか」
靴下を履き違えてるお前にだけは言われたくないわ!
「うるさい。若干靴のサイズがあってなくて痛かったんだよ」
「いや、スリッパはいた魔王を倒しても嬉しくねーよ。ちゃんとした靴を履けって」
剣を鞘に入れて戦うつもりのない勇者。
否が応にも戦ってやろうと魔法を数発入れてやるが完璧な回避をしやがる。
仕込み杖から剣を抜いて振るってやるが戦う姿勢を見せない。
「俺は!スリッパを履いてるお前に勝っても嬉しくないし、スリッパ履いてるお前に負けたくもない!靴に履き替えろ!」
「何だよ!お前だって靴下をはき違えてる癖に!」
言われて確認する勇者。
「い、いやこれはそういうファッションで!」
私は狼狽える勇者を蹴った。その場に尻もちついた。
「私はな!今日と言う日を楽しみにしてきたんだぞ!それをだな、お前と言うやつは…」
「わ、分かったよ悪かったって。泣かなくていいだろ」
指摘されて気付いた。感情が高まりすぎて泣いてた。
「ちげーし!泣いてねーし!これ涎だし!お腹すいてただけだし!」
お互いに戦うという雰囲気ではなくなってしまった。
今日はもうこれでお開きと言う事で、後日改めて再戦する事になった。
私とした事が勇者の前で泣いてしまうなどと…。
いや、実際楽しみにはしていたのだ。
子供の頃、お母さんが聞かせてくれた勇者物語を聞いてわくわくしていた。
魔物目線での話なので勇者は結局敗れてしまうが、どんな困難にも立ち上がり希望を最後まで捨てず戦いを挑んでくる勇者と言う肩書を持つ者に…どこか憧れていたのだ。魔王としては駄目だが。
うちの祖父母は魔王だった。勇者に殺された。
病院で最期を看取る事になったが、敗れたことに悔いはないと笑って死んでいった。
私は枕に顔を埋めながら、わずかな休憩時間をぼんやりと時間を過ごした。
…私は貧乏ゆすりしながらイライラしていた。
予定時刻より30分は遅れてる。自宅が待ち合わせ場所じゃなきゃ帰ってる所だ。
大臣に案内され勇者がやって来た。
「遅いじゃないか!!」
「…ごめん。いつも肉じゃがをくれる近所のおばあちゃんが転倒しちゃってて…。放っておけなかったんだ」
「う…、そ、そうか。ならいい。お前が遅いもんでちょっと苛立っていた。すまん」
お互いに向かい合う。今度こそ戦いの時だ。
勇者の鼻毛は出ていない。靴下も同じものを履いている。
ハンカチも持ってるし、水筒も持ってる。
これなら思う存分戦える。
私は仕込み杖から剣を抜くと、玉座の間から飛び振り下ろした。
奴は避ける事なく正面から聖剣で受け止める。
だが、力が足りないな。このまま聖剣ごとお前を叩き斬ってやる…。
ん??
「お前、腋毛剃らないの?」
「んぇ?いや、剃らないけど…」
「剃れよ…。ちょっと待って。部下が剃刀持ってたはず」
「いいって。戦闘中だぞ」
「よくない。お前の装備的にチラチラ見える腋毛が気になって仕方がないんだよ」
「お前だって髪のセット崩れてるぞ」
「えっ、嘘」
近くの鏡台で調べてみると確かに崩れてる。
「執務で忙しかったんだ。だからセットする暇がなくて…」
「忙しかったってお前…。魔王の仕事の基本は戦いじゃなくて政だろ。外交は印象第一。兵士である俺と、王であるお前。身だしなみが崩れてる事の重大さは全然違う。人の粗を指摘する前に己を顧みたらどうだ」
「あう……」
痛い所を突かれて心が痛む。
だって…だって…。
なんだよ。なんなんだよ。身だしなみに気を遣ったら税金の無駄だとか言う癖に、身だしなみに気を配ったら髪のセットをする時間で運営をしてくれよと皮肉を言う。ああしても、こうしても文句ばかり言う。
私だってプライベートを削って毎日仕事してるんだぞ…。
魔王なんて名ばかり、あちこちに権力が分散してて一枚岩とはいかない。
個人的に使える金なんて雀の涙。
庶民よりはもらってると言ったって職務についてる間は金使う暇がない。
公人になんてなるんじゃなかった。
「なんだよ畜生!ああそうだよ!私が悪いよ!文句あっか!」
「お、おう…なんだ急に」
「殺せよ!ほら殺したいんだろ殺せよ!」
私は武器をかなぐり捨てて両手を広げる。
「いや落ち着けよ。戦意のない相手を斬れるか」
「ええい何が勇者だ臆病者!お前がやらないんだったら私がやる!」
私は短刀を取り出して自らの喉元に当てる。
「バカバカ、早まるな!何も自殺する事ないだろう!」
…あれから数時間経った。泣きじゃくる私を必死に止めるので、自殺する気も失せてしまった。
それからこう…悩み事とか、生い立ちの事とか色んな話をして…。
どう言う訳か今は自室で勇者と一緒に寝転んでる。
早い話、行為に及んでしまった。
あー…何やってるんだ私は。
「魔王とか言うんで冷酷無比だったりするんだろうとか思ったけど、想像してたより人間臭かったな」
「…上に立つ者は偶像なのだ。そこに私人などない。先代の背中を追って必死だった。ある事ない事噂されて、もう自分で自分が何者なのか分からなくなってしまった」
「感じるままが自分さ。残酷なお前も、人情味にあふれたお前も。まぎれもなく魔王なんだろう」
そう言って彼は私を抱きしめてくれる。
…本気になってしまいそうだ。
お風呂場でムダ毛処理をしてやった。
明日は一緒に服屋に行って、最終戦に相応しい身だしなみを整えるつもりだ。
私だって髪のセットには力を入れるつもりだ。
……はは。心のどこかで明後日もこうだといいのにと思う自分がいる。
「私達は分かり合える。それでも、共存はできない。戦いは避けて通れないのだな」
「勝っても負けても悔いはない。お前の事は尊敬している」
「私もだ」
既に鞘を捨てた剣を構え、瞬時に距離を詰める。
大ぶりの横薙ぎ。
勇者なら回避できるだろう。
そして、反撃できるだろう。
魔物達にはすまないと思っている。それでも私は興味を持ってしまったのだ。
勇者の目指した未来の先に何があるのかを。
…ザクッ。
手応えがあった。
私の剣が勇者の胸部を深く割いていた。
ぱたりとその場に倒れる勇者。私はすぐに抱き起す。
「バカ、加減したんだ!どうして避けなかった!」
「…ああ。決心が鈍ったんだ。俺の勝利を待ち望んでる民の顔を思い出し克己した。でも、いざお前の顔を見るとどうも剣を振るう気になれなくてな」
ああ、ああ…!勇者が死ぬ。死んでしまう。
知ってる死者復活の魔法はあるが…あれは本当の意味で本人が復活するものでもないのだ。
嘘だ、嘘だ。彼から温かみが抜けていく。
「つまらない事ばかり気にして、ちょっとした事で傷ついて。でも気丈に振舞ってるお前を見てると…いつの間にか好きになってしまって」
「喋るな、びょ、病院に…!」
その言葉に力なく微笑むと、勇者は事切れてしまった。
このままでは終わらせない。必ず元に戻して見せる。
こやつの故郷には優れた聖職者がいたはずだ。
そいつは何故か優れた蘇生術を持っているのだとか…。
藁にでも縋る思いだ。手段は選んでられない。
勇者亡き今、私の魔王道に一切の障害はなくなった。
無理を通して復活させてやる。
「それでは神に祈りましょう」
ドガシャア!!
教会の扉を蹴破って中に入った。
中にいるそれっぽい人の所に走る。
「祈る前に頼みがある!こいつを生き返らせてくれ!」
「なんですかあなたは」
「魔王だ!文句あっか!勇者が死んだんだよ!」
「何故魔王が勇者を復活させようとするんです」
「ええい!今は問答をしてる時間が惜しい!今すぐ復活させなければこの建物の半分ぐらいぶっ壊すぞ!」
「そんな横暴な…」
どうやら私が本気である事を教えてやらねばならないようだ。
私は勇者を置いて外に出ると外にあったブルドーザーのエンジンをつける。
そして壁に向かって突撃した。
「たーのーむーよぉー!」
次は四つ角の柱にぶつけてやる。
「待ってください!分かりました、やってみますからやめてください!」
ふん、最初からそう言ってくれればいいものを。
聖職者は早速と勇者の死体を眺める。
しばらくあれこれしていたが、やがて首を横に振った。
「これはもう手遅れです」
「なんでだよおおおお!いつも簡単に蘇らせてるだろおおお!」
「あれは死後硬直が始まる前が前提なんです。もう始まってるんで無理ですよ」
うう…そんなの聞いてない。
確かにちょっと遠かったんだ。ここまで来るのに時間はかかった。
こんな事なら勇者の故郷にこだわらず近所の教会に駆け込めばよかった。
「そこを何とか…頼むよ…」
「無理です。諦めてください」
「たーのーむーよぉー!!!」
私はブルドーザーをバックさせて前進し、柱にぶつける。
「やめてください!最近建て直したばかりなんですよ!?」
「知るか!お前が勇者を復活させてくれるまでこの建物を破壊し続けてやるからな!」
ドゴン!ガッシャン!ドンガラガッシャン!!
「わかりました!わかりました!案があります!」
「本当か!」
聖職者は諦めたように机で何かを書き出した。
それを私に渡してくれた。これは…紹介書?
宛は王様の様だ。なるほど、そういえばあいつも当たり前の様に人を復活させてたな。
会ってもまともに取り合ってもらえないだろうし…。
まさか聖職者が王様とのコネを持っていたとは。
「これがあれば王様も取り敢えず話を聞いてくれるでしょう」
「ふむ…まさか王様と繋がりがあるとは。ありがたい」
これで勇者を復活させられる。
待ってろよ勇者、もうすぐ生き返らせてやるからな…!
「今日も茶碗蒸しが美味い」
「お邪魔しまーす!」
天井を突き破って侵入した。
やや困惑している王様の元に走ると紹介書を見せる。
それから勇者の死体を目の前に置いた。
「蘇らせてくれ!」
「断る!!」
「何でだよおおおおお!!!!」
「勇者の代わりは…もういる!」
「な、なんだって!?」
玉座の後ろ、カーテンから姿を現す。
それは…その恰好は、まさしく王様の息子。王子だった。
勇者の代わりが王子??
「勇者でーす!」
「馬鹿な!将来国を背負う事になるであろう王子を戦争の最前線に送り出すなど正気か!?」
「そこの死体が勇者になる頃、王子はまだ幼く戦えなかった。だが、今は既に立派な青年。その役目を全うできる。頭が悪いからせめて王になるための武勲を立てさせたい。だからそこの死体に勇者をやってもらう必要はなくなったのだ」
うぐ、うぐぐぐ…。
そっちがその気なら私にも考えがある。
私は懐から拳銃を取り出して王子を射殺した。
くくく、鍛えていようと所詮は人間。生身が鉛弾に勝てるものか!
王子は倒れて絶命する。
「ふはは。まだ王子は経験を積んでおらんからな。お前に勝てないのもしかたがない」
グサッ…。
私は背後から刺された。なんだ??
「勇者でーす!」
何ッ!?勇者!?
見やるとさっき倒れたはずの王子の死体が消えている。
ナイフを抜かれた。
私はもう一度拳銃で狙いを定め王子を撃った。
やはり死ぬ。回避しようともしない。
「ははは。玉座の間で勇者を殺しても同じだ。その場で復活させられるからな」
屑め…。復活させられるとは言っても王子に痛みはあるんだぞ!
血も涙もないのかこの王様は。
「見ろ。私は背中を刺されて生きている。頭も悪い上に非力だ!こんな王子、経験を積ませても私を倒せん。と言うか魔王城に永遠につかんぞ!そこの勇者でなければ私を殺せん!」
「勇者でーす!」
もう復活しやがった。
「んー。別に、私は魔王退治が長引くのはいいんだよね。この世界から魔王がいなくなるのは不都合なんだ」
「なんだと?」
「えー、君も魔王って立場なのに知らないの?内政の不満、国民の不満は国外の敵に向けるのが一番なんだよ?君が死んじゃうと国防費のため増税の建前がなくなっちゃうじゃないか」
うぐぐぐぐ、お前…お前・・!!
建前って…国防費はちゃんと国民を守るために使えよ!
やけに手薄だと思ったわ!常備軍増やせよ!
こいつは…こいつだけは許せん!!
「勇者の故郷の腐った王…。この悪政、許すまじ!!この魔王、勇者に代わり正義を行使する!!!」
「魔族の王が正義など笑わせるなあああああああああ!!!」
私はリスポーンした王子を射殺すると、王様に拳銃を向け発砲した。
「やったか…?」
王様は特に何もなかったようにソードオフショットガンを取り出して私に撃った。銃身の短さ、玉座から私のいる場所までの距離もあってか被弾はしなかった。
痩せこけた顔に対して見合わぬ腹の不自然な膨らみ。防弾チョッキか。
暗殺を企てられたのは一度や二度じゃないな。
それにしても、銃の調整ぐらいちゃんとすませておけよな…。
私は拳銃で奴のソードオフショットガンの銃身を撃ち、腰に差した仕込み杖を抜いて王様に振り下ろす。
すると奴は持ってた杖から刃を引き抜き受け止める。こいつも仕込み杖!?
更に驚くべき事に、その剣は…聖剣だった。
「馬鹿な!聖剣は勇者にのみ精霊から与えられえる武器!ましてや王様が扱える代物じゃないはず!」
「残念!俺、元勇者なんだよね!!お前のじいちゃんばあちゃん元気か!?」
なるほど…。それは扱えるはずだ。
あろう事か祖父母の仇が王だったとは…。
と言うか、聞いた話と違うぞ?
もっと爽やかな好青年だったと聞いてたぞ!?
ただの屑じゃないか!
見やるとまた王子が復活してる。
奴は死んだ勇者を無限に復活させられる。
更に、王様は既に魔王討伐の経験持ちの元勇者と来た。
さすがに不利だ。
「んー。君はちょっと邪魔だなぁ。せっかくだし死んでもらおうか♪」
「お、お前…私が死ぬと困るんじゃなかったのか?」
「困るのは魔王と言う肩書を持つ者がこの世界からいなくなる事。代わりがいるじゃん。ほら、なんだっけ。君の右腕の…」
「大臣??」
「うん。あいつの方が話もわかるしね」
あいつ、最近やけに不審な動きが目立つと思ってたらこいつと繋がってたのか…。
王様は立ち上がり聖剣を握る。王子もナイフを身構える。
「勇者でーす!」
思ったけどアイツそれしか喋れないの?
まさに絶体絶命だった。
すまない勇者…。私はここまでのようだ。
「その勝負、待ったあああああああ!」
何もかも駄目と思われたその時、誰かが駆けつけてきた。
一体誰だろう。私は振り向いた。
女性?
あのショートボブ…どっかで見た事あるな。どこだっけ。
「誰だお前は」
王様も知らないらしい。
「私は勇者の、妹だ!!」
ああ…最近結婚したとかいう…。
そういえばすっかり忘れてた。
勇者が旅立つ時に彼の家の郵便番号が分からず直接ポストに挨拶の手紙を置きにでかけた夜、帰り道で出くわしハンマードリルを持って追いかけながら勇者の妹を名乗ってたな。
「魔王退治の加勢に来てくれたの?」
「違うな!私は兄を復活させてもらうために来たのだ」
泣かせる話だ。妹は兄の死にたいし、王様に直談判しに来たのだ。
勇者の死を嘆く者は私だけではないらしい。
見ているか、勇者よ。お前の妹もお前の復活を望んでいるぞ…。
「私は兄の将来の給与を担保に借金して、マンションを買ったんだ!兄が勇者じゃなくなったら何もかもパァじゃないか!!!」
ごめん…。勇者、ごめん。マジごめん。何かごめん。
あいつも苦労人だったんだな…。
「あのマンションの買い手ってお前だったの。別にいいよ。観光事業的にも景観を損なうあのクソデカマンションなんて国家予算で土地ごと買い取って解体したいと思ってたし。ショッピングモールでも誘致しようかな。この国の店の品揃え悪いんだよね」
「国は国民のためにあり!個人経営の店を潰す様な大型ショッピングモールを建てようとする王などこの私が兄に代わって成敗してくれる!!」
でもそういうショッピングモールがないと流行に敏感な若人が離れて行っちゃうのよね…。
しかし、あまり考えないで誘致したらシャッター通りが増えてしまった。
数多の田舎町の生命線にまでなってしまったもので、その利便性の代償に大きな権力を与えてしまった。
一般企業にしては力を持ちすぎて手を焼いてる所だ。
あそこの社長には魔王である私でさえ頭が上がらん…。
いかん。思い出してるうちに頭痛が酷くなって来た。
とりあえず…勇者の妹は私の味方って事でいいの?
「し、しかしあいつは元勇者らしいじゃないか。勝算はあるのか…?」
「ふん。別にアイツの土俵で戦ってやる必要はない。私のやり方で戦わせてもらうぜ」
そういって妹はカバンに手を突っ込むとマイクを取り出した。
「さあ王よ、歌で勝負だ!」
ひょっとしてアホの子かな?
「いいだろう。ならば歌ってやる。ただし、銃声でな!」
そう言うと王様は回転式拳銃をホルスターから抜いて勇者の妹の左わき腹を撃った。
彼女はその場に倒れると、あたりを転げる。
「ぎゃああああああ!!熱い!!肉が焼ける!!」
ああ…弾が貫通してないヤツだ。余計に立ち悪いアレだ。
「国はね…国民のためにあるんじゃないんだよね。王のためにあるんだよ、知らなかった?」
「この外道…それでも王か!」
私は叫ぶ。
「王でーす!」
「勇者でーす!」
子が子なら親も親だな…。
辺りで転がり回っていた勇者の妹が脂汗を流し深呼吸をして立ち上がる。
「くく、くくく…。手を上げたな。王が国民に!!」
「な、何が可笑しい」
妹はマイクを持ち上げる。
「これはな…集音マイクなのだ!」
「集音マイクだと!?」
「そうさ。周りの音を広く拾うためのな。ちなみにこのマイクで拾った音声はリアルタイムで配信されている」
「なんだと!?」
「私の夫はだなああああああ!国営放送局の局員なんだよおおおおおおおおお!!!!」
な、なんだってぇー!?
放送されたのか…今までの内容全部。
と言うか妹の素も思い切り放送されてた事になるがそれは大丈夫なのか?
日頃から猫被ったりせず、誰に対してもこうなのか?
「ふ、ふふ…だから何だというのだ。我が国は飽くまで一党制の独裁国家!武力を持たない一般市民の支持などなくてもノープロブレム!奴らに俺を罷免する力はなぁぁあああい!!!今すぐに情報統制を仕掛け事実を抹消してくれるわ!!」
「それはどうかな」
妹は猶も笑う。
階段を誰かが上ってきた。老婆だった。見た目の老け具合の割にやけに背筋がいい。
おばあちゃんは玉座の間の赤いカーペットの上を歩いて私達の元に来る。
何か凄い肉じゃがの香りがする。
「国民にその力がないなら私がお前を罷免しよう」
「だ、誰だお前…」
「私か。私はな…」
おばあちゃんが顔の下を探る。そしてそれをペリペリと外す。
変装の下にあったのは…白い髭を蓄えたおじいちゃんだった。
いや、無理ないかその変装…。髭はどこにしまってたんだ。
「あ、あなたは…先王!?」
「庶民の生活に憧れてみたはいいが、あんな報道があったんじゃ捨て置けなくてな。元勇者よ。ご苦労だった。任を解き、私が王の座に還ろう」
「王の座を降りた者にそんな権力があるか!兵士よ、そこの賊を追い出せ!」
彼の呼び出しに兵士が駆けつける。
しかし、つまみ出されたのは…元勇者と王子だった。
国民が認めなくても彼は国王である事ができたのかもしれない。
しかし、彼に忠誠を誓う兵も彼を王だと認めなくなったのだ。
従う国民もいない。武力もない。支持も権力も失った彼は王じゃなくなった。
私達はそれぞれ治療を受けた。魔王城に帰れない間は電話で連絡して指示をしていた。
あの大臣を更迭するための布石もしておいた。
私達も自由に歩けるほどに回復した頃、席を囲み食事をした。
「元勇者が迷惑をかけた。彼も昔は立派な人格者だったのだ。だから王にしたが…彼はやはり王ではなく兵だったのだ。一挙一動が国政に響くと言う重責、国民から向けられる憎悪や罵詈雑言に耐えかねたのだろう」
国民は身勝手だ。何でもかんでも国政のせいにする。
それはきっと魔物も人間も変わらない。
ここまで頑張ってきたが何度も心が折れかけた。
はっきり言って大衆は愚かだ。視界が狭く大局を見る事ができない。
非常に感情的で、すぐに暴走する。
だが彼らは決して敵ではない。ただ無知なのだ。
それを正しく導く事が求められるのが政治家というものなのだろう。
元勇者はそれを知らなかった。
だから憎悪を国民に向けてしまったのだ。
「ところで…、勇者なのだが…」
私はそわそわしながら言う。
「ああ、わかってる。私の認める勇者も彼しかいない。復活させよう」
ホッ…。
これでようやく勇者は蘇る。
王様に勇者を任せると、私は魔王城に帰った。
ついにこの時が来た。
私は静かに彼を待ち受ける。
「こうして対峙するのも何度目だろうな」
彼は玉座に座る私に声をかける。
「これが最後かもしれないな」
私は立ち上がり剣を構える。
彼は頭を掻いた。
「いや、それはない」
「?」
彼はやはり鞘から聖剣を抜かない。
「ずっと前から言いたかったんだ」
何だ急に改まって。
彼は言葉を続けず私をじっと見つめる。
私達は敵同士。ずっとこうしてはいられないんだぞ。
そりゃ…できるなら私だって戦いたくないけど。
何だよ。あまりまじまじ見つめんなよ。
意識しちゃうだろ…。
「お前…鼻毛出てる」
「えっ」
私は急いで鏡台を覗き込む。おかしいな、髪のセットの事を指摘されてから毎日身だしなみは気を付けてるはずだけど…。
いや、どこにもない。
鼻毛なんて出てないぞ。
「おい、鼻毛なんてどこにも…!」
振り返ると、勇者が目の前にいた。
思わず驚いて目を白黒させていると抱きしめられる。
「俺とお前は永遠に決着がつかない。それじゃダメか?」
勝っても負けても今生の別れになる。
だから…永遠に戦う。
決着がつかないから、別れもない。
私も彼の腰に手を回して抱きしめた。
「ダメじゃ…ないです」
行使しない武力。それが私達の戦いなのかもしれない。
これから様々な問題が立ちはだかるだろうが…
今は抱き合う瞬間をただ楽しむ事にしたのだった。
勇者の鼻毛が気になる魔王の話を書こうと思ってた所までは何となく覚えてるけど、変な方向に話が飛躍した気がする。まあいいか。