ウマ娘列バ伝   作:ぱちぱち

4 / 7
しばらく書けないので初投稿です

6.8に修正。多少読みやすくなったはず


コウタロー(6.8修正)

 ふわりと香る草と土の香りに顔を綻ばせる。レース前、バ上から感じる空気はやはり良い。

 

 レース前の空気は熱を帯び、柵を立てただけの簡素なコースを包み込んでいる。開始に向けて空気がドンドン張り詰めていき、そして旗が振られる(ゲートが開く)とともに爆発するように弾ける。たれ蔵に乗っていた頃も、ジョッキーだった頃もその瞬間が好きだった。

 

「タレゾー。言ったことは覚えているな?」

「う、うん。大丈夫」

 

 ポンポン、とタレゾーの頭を叩きそう話しかける。作戦はすでに伝えてある。相手は9名。本当なら併せウマをして並走になれさせて起きたかったが……仕方ない。準備万端でレースに臨めないなんてことはいくらでもあるのだから。

 

「お、親分。本当に頭の上に乗るのね?」

「おう。まぁ慣れてっから安心しろ」

 

 不安そうに両足をステップさせながらそう口にするタレゾーに、安心させるように声をかける。これで不安が取れるなんてことはないが、オレまで一緒に不安がっても仕方ないからな。

 

 ……チラと隣を見る。隣に立つのはホタルノヒカリ。ちんどん屋9人の中でも少し空気の違う女。こちらからの視線も気にせず、ぶつぶつと何事かを呟きながらコースに目を向けている。

 

 先程まであれだけうるさかった連中も、レース前の空気にあてられたのか。今は大人しくミドリコさんの合図を待っている。

 

「オッレはコウタロー! ガァキダィショォオオ!! 八州レンゴォのソォダァイショー!!」

「やっっっかましいわアホンダラァ!」

「いつの間にお前が頭になってたんだよ! どこのチームにも所属してなかったくせに!!」

「ナ、なにおぅ!?」

 

 訂正する。一部のバ鹿以外は大人しく合図を待っている。

 

「……絶対に負けないのね」

 

 その様子を見たからか。常日頃ない……いや。出会ってから初めてと言っても良い冷たい声音で、タレゾーが吐き捨てるように呟いた。この勝負に勝てば連中はここから消えると約束した。レースにかける思いは、恐らくこの場で一番強いだろう。

 

 そんなタレゾーの様子にため息をつきそうになるのを堪えて、夕暮れになりかけの空を見る。

 

 そう。あれは1時間前。牛乳配達から返ってきた時の事だ。

 

 

 

ウマ娘列バ伝

はしれコウタロー!

 

 

 

「住み込みの弟子入りぃ? いつの時代だそりゃ」

「あら。意外とどこでもやってるものよ」

 

 瓶に詰められた牛乳を配り終え、飲み終わった瓶を回収し。街から戻ってきたオレとタレゾーを待っていたのは何故か広場でゲルを設営しているちんどん屋9名と従業員の若ぞう、それを難しい顔で見るミドリコの姿だった。

 

 ちらっと隣に立つタレゾーに視線を向ける。

 

「……なんで、あの人たちあそこに家を建ててるのね?」

「なんでだろうなぁ」

 

 感情の色を無くしたその声に頬がひきつるのを感じながら、眉をひそめる。連中が来てからというもの、どうにもタレゾーの機嫌が急降下している。単純に知らないウマ娘が居るからか、と最初は思っていたのだが。どうにも暴走ウマ娘という単語が関係しているように感じる。

 

 というかテントを通り超えてゲル建ててるぞ連中。モンゴル生まれのウマ娘でも中に紛れていたのだろうか。

 

「あのタメゴローって子がすごく器用で。お父さんもトラックの調子を見てもらったとかで絆されちゃって……」

「ああ……オッサン割と現金だからなぁ」

 

 なんとも調子の狂う連中だ。帰った頃には居なくなってるのを期待していたんだがな。

 

「で。認めたのかい?」

「まさか。ウチはマキちゃんも居るし、一度に9人のウマ娘なんてそもそも食料が用意できないし……でもあの娘たち自分で食いつなぐくらいはする。住む場所も自分でなんとかするって聞かなくて……」

「ああ。まぁ、なぁ」

 

 目の前で着々と準備されていくゲルの姿に思わず納得して頷きを返す。無駄に生活力の高そうな連中だし、その辺は本当になんとかしちまいそうだ。

 

 それと、人数がこっちよりも多いのが痛い。無理に断って騒動を起こされてもそれはそれで困るからな。街からも遠いこの牧場には中々警察も来てくれないのだから。

 

 どうにか穏便に帰ってもらうのが一番だったんだがそれも難しい。しかし、このまま居座られても。オッサン牧場主なんだからちゃんと対応しろや。

 

 そこまで思考を巡らした所で、ズン、ズン、と音を立てて地面を踏み鳴らしながら、タレゾーが歩き始めた。

 

「おい、タレゾー?」

「……」

「おい!」

 

 声をかけるも返答はない。強張った表情で連中に向かって歩みを進めるタレゾーに嫌な予感を感じて後を追う。

 

「おいタメゴロー! このロープはどうすればいい!?」

「そこに持って立っとけ。邪魔すんなよ?」

「おう! ……ん? どうしたおチビ! 見てぇのか!? 作業が!!」

 

 自分に向かって歩いてくるのに気づいたのか、学ランの一番目立つウマ娘、コウタローと名乗った女がニカっと人好きのする笑顔を浮かべてタレゾーに語りかける。

 

「邪魔して悪いな。おいタレゾー、行くぞ!」

「キェェェェェェアァァァァァァネズミガシャァベッタァァァァァァァ!!」

「ネズミは喋るもんなんだよ。おい、タレゾー! どうしたんだ一体」

 

 コウタローの言葉にもオレの言葉にもタレゾーは答えず、視線を伏せたままロープを持った彼女の腕に手をかける。手伝うのだろうか、いや。それにしては様子がおかしすぎる。

 

 もう一度声をかけ、それが駄目なら頭に乗って――そう俺が考えた、その矢先。

 

「出てけ! 出てけ! 悪いウマ娘!」

「あん?」

 

 堰を切ったように叫び始めたタレゾーに、コウタローがポカン、とした顔でタレゾーを見る。コウタローだけではない。近くに居た、いや作業中のウマ娘たちやミドリコも叫び声を上げたタレゾーに視線を向けている。

 

 タレゾーは小学生、しかも低学年にしか見えない見た目の持ち主だ。そこそこ体の大きい相手だと倍近く身長差があるように見られることもある。コウタローはこいつらの中ではかなり小さいウマ娘だが、それでもタレゾーと比べると頭半分は大きい。

 

 そんな自分よりも大きな相手に、タレゾーは顔を赤くしながら。涙を目に浮かべながら、食って掛かっていく。

 

「おい、タレゾー」

「親分は黙ってて欲しいのね!」

 

 タタタッとタレゾーの肩まで駆け登り、声をかける。駄目だ、興奮しすぎている。レースで言うならばかかっている、とでも言うべき状態だ。

 

「おい、お嬢ちゃん。悪いウマ娘ってなー俺たちの事か?」

「そうなのね! こくどーを占拠して! みんなの邪魔をするのね!」

「そっか! お前の言う悪いウマ娘てーのは暴走ウマ娘全体のことなんだな」

「マキちゃん、駄目よ」

「良いんすよ、ミドリコさん。俺らぁこの言葉は聞かなきゃなんねぇ」

 

 興奮したタレゾーの言葉にウンウンと頷いて、コウタローはその場で膝を付き、タレゾーに視線を合わせる。

 

「ガッコでイジメられたか?」

「……!?」

「俺らもなぁ、似たようなもんだからよ。なんとなく分かるんだ」

 

 ポリポリと頬をかきながら、そう口にするコウタローにタレゾーの勢いが陰る。

 

「なんとなく分かるってんなら、なんで暴走ウマ娘なんてやってんだ。世間様に迷惑かけてんのは分かってんだろ」

「ネズミにセッキョーされるとはなぁ……」

「茶化すんじゃねぇ」

 

 オレの言葉にコウタローは苦笑するようにこちらに視線を向ける。オレの視線とコウタローの視線が交わり、タレゾーが大人しくなったのも相まって、その場に奇妙な沈黙が訪れた。

 

「……走ることは、止められない」

「あん?」

「暴走ウマ娘なんてやってるやつは、多分みんなそう思ってんじゃねーかな。なんもかんも制限されて、走ることすら許可が必要でよ」

 

 そう言って、コウタローは視線をタレゾーに戻す。

 

「あたしらは確かに御法に触れてるし、テレビじゃー極悪人扱いさ。他の、一般のウマ娘に迷惑かけてんのも分かってる。でも、一部を除いて、暴走ウマ娘ってのはよ」

 

 そこで言葉を切り。コウタローは少しだけ考える素振りを見せた後、首を回して後ろを振り返る。

 

「あたしらは、ただ」

 

 その場に居た仲間たちの視線を受けながら、コウタローはそう口にした。

 

「ただ、走りたいだけなんだ。思いっきり、誰よりも早く」

 

 

 

 

「……みんなが言うのよ。『おかあちゃんは悪いウマ娘。こーどーをせんきょしてる』って」

 

 ポツリポツリ、と呟くように、タレゾーは話し始めた。

 

 街の大人たちはタレゾーに対して親しい感情を抱いていたように思う。この辺は中央で活躍したミドリコの娘というのも関係しているんだろうが……この『みんな』ってのは、そいつらじゃあないだろう。

 

「なんども言ったのね。おかあちゃんはレースで頑張った凄いウマ娘だって。でも」

 

 街の大人たちはミドリコの事を知っている。元の世界と同じ価値観かはわからないが、G1を取ったウマは世代に精々10数名しか存在しないごく限られた存在だ。しかもG1ならテレビにだって出ているし地元であるなら新聞も大きく取り上げてただろう。下手なスタァより知名度があってもおかしくない。

 

「だれも信じてくれなかった」

 

 だが、それは大人たちの話。

 

 ウマ娘事態の全体の数がどれくらいかは知らないが普通の人間より多いとは思えない。実際、この近辺ではウマ娘の子供はタレゾーしか居ないらしい。ミドリコによればウマ娘の子供でも普通の人間が生まれる事も多いという。必然的に、子どもたちはウマ娘という存在をテレビでしか知らないわけだ。

 

 そして、今テレビで盛んに出てくるウマ娘は……

 

「タレゾーが、学校に通っていないのもそのせいか」

「……」

 

 ふぅ、とため息を付きミドリコに視線を向ける。目を伏せて俯くその姿と沈黙に、予想が当たってしまった事を悟り。再度深い溜め息をついた。全部が全部とは言わんが、タレゾーからすればこいつらは諸悪の根源か。そりゃ目の敵にするわけだ。

 

 その事はこいつらも気づいたのだろう。一人を除き、バツの悪そうな顔を浮かべている。

 

「――成程。分かった」

 

 その例外の一人。リーダー格であるコウタローは暫く目を閉じた後。静かに瞼を開き、俯くタレゾーに視線を向ける。

 

「……出ていってくれるのね?」

「いや、それはしない」

 

 すくっと立ち上がったコウタローにタレゾーが顔を上げて質問するも、コウタローはにかっと笑って首を横に奮った。その返答に眉をひそめるタレゾーに、何が楽しいのか。ハハッと小さく笑って、コウタローは口を開いた。

 

「走るぞ、おチビ!」

 

 

 

 

「それでレースになる辺り大概押しの強いやつだな、あいつぁ」

「んあっ! んあっ!」

 

 ミドリコの旗振りを合図に始まったレースは、一周800mという小さなコースの半ばを過ぎた辺りに差し掛かっている。先頭はホタルノヒカリそれに続く形でタメゴロー、ヒカルゲンジ、リンシャンカイホー、メンタンピンドライチ、コイコイ、ソルティーシュガー、オッペケペーと続いている。

 

 タレゾーの位置はオッペケペーの次。最後方から一つ前といった位置取りだ。

 

「親分っ! こ、ここで良いのね!?」

「おう。なんなら一番後ろでも良いんだがな。前がタレたら追い抜くのはありだが、今は足の温存に勤めろ。勝負はラスト200mだ」

「なんだお前ら! 悪巧みか!? そんならこのオレ、コウタローが」

「やかましいわ! 黙って走れねーのかお前は!」

「走るさ! オレはコウタローだぞ!」

 

 いや知らねーよ。さっきまでのいい話っぽい雰囲気どこいったお前。

 

 思わずそう返しそうになるもぐっと堪えて前を向く。なんとなく感じていたが、こいつは間違いなくベアナックルに近いなにかだ。さっきまでのしんみりした態度は多分確変とかそのあたりだったんだろう。

 

 マトモに取り合えば損をする。稀にいるそういうタイプのウマなんだろう。

 

 アホは放っておくとして、今回の勝負について思考を巡らせる。勝負はこの小さなコースを2周。距離としては1kmちょいといった所だろう。現在はようやく1周目を終え2周目に入る所。

 

 先頭は以前変わらずホタルノヒカリ。あいつだけは別格だな。名前の通り太陽を浴びて光る金髪を棚引かせながら、しっかりとした足取りとフォームで走り続けている。が、流石にそろそろ少し苦しそうか。その後ろに控えるタメゴロー達は虎視眈々と先頭がタレてくるのを待っているようだ。

 

 ――だが、その待ちを狙っている連中も足が鈍っていることに、どうやら本人たちも気づいちゃいねぇようだ。

 

「タレゾー、予想よりタレるのが早いかもしれん。最終コーナー前に少し外に寄れ。大外から捲くりあげるぞ」

「んあッ! わ、分かったのね! 親分!」

 

 予定よりも数段早い段階での仕掛けになるが、ここまできっちり足も温存できた。経験の少ないタレゾーにバ群の混乱に突っ込ませるのも気が引けるし、ここらが仕掛け時だろう。

 

 暴走ウマ娘、か。成程、確かにこいつらのコレは暴走だな。常に全力で走り抜ける。脚質も関係なく全員が全員大逃げとは恐れ入ったが、そんな連中にあっさりちぎられるほどタレゾーは弱いウマ娘じゃない。

 

 ……恐らくこいつら、まともな芝の上を走ったことがないな。後方から前を見ていると、所々戸惑うような仕草が目に入る。連中の伝え聞く話や行動を考えるに、舗装された道路でしか高速で走ったことがないんだろう。その走った経験も、仲間内で走り合うといったもので。競い合うたぐいのものではなさそうだ。

 

 そして、それ以上に大きいのが。

 

「ハァ……! ハァ……!」

 

 目の前を走るオッペケペーの顔色が悪い。酸欠に近い症状。そしてそれ以上に目に見えてわかる”ガス欠”にオレは更に外へ足を向ける用タレゾーに指示を出した。

 

 ウマ娘が大食いなのは、それだけのエネルギーを消費するからだ。彼女たちは基本的に普通の人間より多食だが、それが原因で太る、という事はほぼないらしい。これは食べた分をエネルギーとしてすぐに消費している事を示している。

 

 普通のアスリートなら手放しで喜ぶべき能力を、彼女たちは生まれながらに持っている。誰もが、必ず。

 

「タレゾー、巻き込まれるな」

「う、うん!」

 

 故に、目の前で起こっている現象は起きるべくして起きたものだった。

 

 一人、また一人と足を鈍らせていくウマ娘たち。それをタレゾーはドンドンとかわしていく。かわしていく際の彼女たちの顔はどれも青白く、酸欠とガス欠に苦しんでいた。

 

 これはミドリコから聞いた話なのだが。ウマ娘は、法律に寄って就業や住居に制限をかけられているらしい。例えば土木作業などは全て禁止。就労できるとしたら事務職か、ミドリコのように一部の技能職だけなんだとか。

 

 その制限をされる代わりに最低限の衣食住は保証されているらしい。一般の人間が生活するには十分な食料を現物支給してくれるという話だが。

 

「その結果が、これか。確かにタレゾーは恵まれてるのかもしれんな」

「んあっ!?」

「ああ、気にすんな。おし、最後のカーブで先頭の金髪を抜くぞ。あいつ根性あるなぁ」

 

 ポツリとつぶやいた言葉は風に消えていったらしく、タレゾーが疑問の声を上げるが気にするな、と頭をポンポンたたいておく。

 

 ーー細いのだ、連中の体は。

 

 明らかに体が求めている量の食事が取れていない。全体的な線の細さが目につく体つき。タレゾー、いや。体格的にはミドリコと比べれば一目瞭然だろうか。ミドリコに聞けば、あれが都市部で暮らすウマ娘の平均なんだという。

 

 ここ数年は北海道や地方出身のウマ娘ばかりが活躍している、と新聞に書かれていた……これも走る場所に困らないから程度に思っていたんだが、予想以上に深刻な問題かもしれん。ウマ娘保護法だかなんだか言う名前だったと思うが、あれ考えた奴はとんだ夢想家かレイシストだろうな。胸糞悪い話だ。

 

 そう考えればこの一緒に走っている彼女たちに対する視線も、同情を帯びてしまうのは仕方のないことかもしれん。だが、勝負は勝負。

 

 ヒカルゲンジを抜き去り、その前を行くタメゴローを捉える。先頭はホタルノヒカリ。その彼女ももう、射程圏内。金色の長髪を棚引かせながらも苦しそうに息を弾ませる横顔が見えてきた。

 

「……奇しくもここまでは歌の通り、か」

 

 ふっと頭によぎったその言葉を口にし、苦笑を浮かべる。名バかはともかく、居並ぶウマたちをごぼう抜きにしていくのは確かにあの歌の通りだ。

 

 ホタルノヒカリから始まる連中の名前を聞いた時はおいおいと思ったが、そういうウマの魂を持った連中がミドリマキバオーの前にやってきたのも、もしかしたら運命というやつなのかもしれんな。

 

 となると最後は振り落とされないようにしないとな。そう心の中で呟いて、タレゾーの髪を強く掴み――

 

「なんだなんだテメェら! レースはまだ終わってねぇぞ!」

「そういえばまだアイツが居たか」

 

 背後から響くでかい声。レース中のウマ娘が出したとは思えないその声量にうんざりとしながら背後を振り返る。

 

 例のうるさいのは大外。奇しくもタレゾーが通った道をなぞるかのように外枠から内を走りながら、苦しそうな仲間たちに声をかける。いや、あれは煽っている、だな。

 

 とはいえ、煽られた他の連中はそんなコウタローを睨むだけで声を出す余裕は無さそうだ。当然だろう、酸欠で苦しんでいるんだから。

 

「さぁ! 最終コーナーを回った所で先頭はホタルノヒカリ、マキバオー、タメゴロー! 勝負は最後の直線に差し掛かったところ!」

 

 他の連中と同じ条件であるはずのアイツが叫びながら走っている事は、正直大したもんだと思うが。その叫びの分を前に進む力に変えるべきだろうに。

 

 前方へと視線を向ける。タメゴローを抜き、ホタルノヒカリの金髪もすぐ目の前にある。タレない、だが足も残っていない。このまま直線を駆け抜ける。それだけで勝負は終わる。確信を持ってタレゾーの髪を強く掴み。

 

「ここで終わるのかコウタロー! いいやまさかのコウタロー! コウタロー! コウタロー! そうさオレは!!! コウタロー!!」

 

 背後からの叫び声。意味のわからないその叫び声が耳に入ると共に、なぜだか背筋をビビッと電流が走る。

 

 なんだ、今の感覚はこの感覚は。体の奥底、から走る悪寒と既視感に、たらりと汗が一筋、頬を伝って落ちていく。

 

 どこかで、覚えがある。この感覚は。アマゾンに付け狙われた時、ワクチンに並ばれた時、いや違う。これは……

 

 思わず背後を振り返れば、そこに居たのは学ランを着た頭のおかしな眼帯女の姿……いや、違う! 先程までつけていた眼帯はすでになく、コウタローは両の瞳で真っ直ぐに前を向いている。

 

「はしれ! はしれ!」

 

 真っ直ぐに前を。ミドリマキバオーを捉えて、満面の笑顔を浮かべながら、コウタローはかはっと大きく口を開け――

 

「はしれ――――コウタロー!!!!!」

 

 叫びと共に。

 

 眼帯に隠れていた右目から真っ赤な炎が燃え上がる。

 

「ヤバい、来るぞタレゾー! ペースを上げろ!」

「んあっ! え、ええ!?」

 

 最後尾から黒い旋風が上がってくる。忘れもしない、あの時、あのレースの感覚。それに匹敵するような何かが、確かに今のアイツから感じられる。

 

 はしれ……はしれコウタロー!? そうだ何故忘れていた! あの歌はマキバオーの歌だが、その前にもう一頭居たじゃないか!

 

 詩にある通り、そうだ確かに詩にあるとおりだろう。なにせ原曲(・・)なんだからな!

 

 大きく叫び声をあげながら迫るコウタロー。先頭とのその差は3バ身、2バ身、1バ身。信じられないほどの速度で迫るコウタロー。

 

 あれを放置するのは不味い、急いで先頭をかわして――

 

 そう判断を下し、タレゾーに言葉をかけようとした……その瞬間。

 

「コウタロー、コウタローと……」

 

 風にのって届いたつぶやき声。その声に重なるように、タレゾーとオレの目の前を金色の閃光が迸る。

 

 一瞬目が眩むほどの眩さ。なにがと思う間もなく、その閃光のように輝く金髪の持ち主ば吠え猛った。

 

「またテメェかコウタロオォォォォォ!? いつもいつもいつもいつも私の邪魔しくさってよぉぉぉおおお!!!」

 

 迫るコウタローに気づいたのだろう。前をゆくホタルノヒカリが、それまでの落ち着いた様子をかなぐり捨てて叫び声をあげる。こいつ、この土壇場で息を吹き返した!?

 

「名門メジロ一族に連なる私があぁぁぁ!! テメェみてぇなド三品に負けてたまるかよぉぉぉおおお!!?」

「プハッ! 地が出てるぞお嬢様よぉ!!」

 

 叫ぶホタルノヒカリに同じく叫び返すコウタロー。タレゾーを挟んだ二人のやり取り。

 

 届かない。タレゾーに余力がないわけでもこの二人に余裕があるわけでもない。だが、届かない。

 

 あと少しで捉える、と思った背中が、遠い。あと少し、それこそ手が届くほどの距離を縮められず、距離は100mを切って残りわずか。驚愕の表情を浮かべるミドリコの姿が目に映る。

 

「タレゾー! 後少しだ! もがけ! お前の全力はまだこんなもんじゃないぞ!!」

「んあっ! んあっ! あ、あああああああぁぁぁ!!!」

 

 頭の上でそう叫ぶ。タレゾーにはまだ余力が有る。他のウマ娘のように酸欠に陥っているわけでもなければガス欠になっている訳でもない。年齢差が多少あれど、ミドリコが育てたタレゾーの体は”この程度”のペースのレースなら屁でもない力を宿している。

 

 だが、しかし。

 

「オレが!! コウタローだああああああぁぁぁぁ!!!」

 

 最後の一瞬。

 

 その全ての力を使い切り、ゴールに真っ先にハナを突っ込んだのはコウタロー。ホタルノヒカリ。

 

 そして――――わずかに遅れて、ミドリマキバオー。

 

 ゴールした瞬間、一気に減速したコウタローとホタルノヒカリはヘロヘロと走りながら、ドテっとうつ伏せに倒れ伏せる。

 

「あー……しんど」

「つぎは……かつ」

 

 荒い息でそう呟き、二人は仰向けに寝っ転がり静かになった。全力を出し切ったのだろう。喋る体力も残っていないのだ。

 

 もがききった。そう言葉にするべき状態。

 

「……大したもんだ」

 

 そんな連中の様子に思わずそう呟いた。ろくな調練もしてない奴らだと思ったが、どうやらオレの目が曇っていたらしい。

 

 この連中とタレゾーが勝負すれば9割9分タレゾーが勝つと思ったんだが。見ただけで分かるほどに差はあったんだ。肉付き、肌の健康さ。年齢による体のデカさには差があったが、ことウマに関してはデカさはそこまで大きな差ではない。一歩の大きさはたしかに変わるが、その分足の回転数を増やせば良いのだから。

 

 最後の最後、不利を覆したのは、あいつら二人の精神力だった。精神は肉体を超越する。たれ蔵が教えてくれたことを、まさかこの世界に生まれて他のウマ娘に教えられるとはな。

 

「だが、まぁ」

 

 今はそれよりも優先すべきことが有る。

 

「惜しかったな、タレゾー」

 

 呼吸で上下する頭の上で、ポンポンとタレゾーの頭を軽く叩きながらそう口にする。

 

 ――返事はない。

 

「すまんな、タレゾー。連中を見誤った。もっと早く仕掛けるべきだった。オレのミスだ」

 

 このコースならばもっと早くから勝負をかけても良かった。連中の様子とタレゾーの余力を見るに、それが最も勝率の高い勝ち筋だったろう。勝負どころを誤った、騎手として最低の失態だ。

 

「……違うのね」

「いいや。これはオレのミスだ。初めてレー」

「違うのねっ!」

 

 オレの言葉を遮って、タレゾーが叫ぶ。

 

「ぼく、ぼく……もっとがんばれたのよ……足だって、まだ動くのに」

 

 次々とゴールするウマ娘たちに視線を向け、タレゾーが震える声でそう告げる。誰しもが余力なく、倒れ込むようにゴールする姿に何かを感じたのだろう。

 

「そうだな。お前はまだ余力が有る。全力を、それこそギリギリまで引き絞ったとは言えないだろう」

 

 だから、下手な慰めの言葉を捨てて、オレは本音を口にした。

 

「だがな、タレゾー。これが……この結果がレースなんだ」

「…………」

「もうこの着順は変わらない。お前に余力が有ろうと無かろうと、お前は負けて、あの二人は勝った。これが、レースだ。勝負の世界なんだ」

 

 オレの拙い言葉が飲み込めたのか。何も言わず、タレゾーは小さく頷きを返した。

 

 そんなタレゾーの頭をポンポンと軽く叩き、努めて穏やかな声でオレは口を開く。

 

「お前が会いたがっていた前世の連中も、こんなレースをお前として、そして互いに認めあったんだ」

「…………ん」

「さ。いつまでも泣きべそかくんじゃねぇ。勝者を称えにいくぞ。これが勝負の世界の鉄則だ……出来るな?」

 

 オレの言葉に無言で頷いて。ゆっくり、ゆっくりとした足取りでタレゾーは仰向けに寝そべる二人に向かって歩き始めた。

 

 恐らくろくに動けないほどに消耗したのだろう。荒い息を吐き、けれど穏やかな表情を浮かべる二人はタレゾーがやってくると、視線だけをタレゾーに向ける。

 

「よう……おチビ……」

「チビじゃなく……マキバオーと呼べ……」

「うっせ……ふぅー、きっつ」

 

 にやっと笑ってそう口にするコウタローにホタルノヒカリが茶々を入れる。静かな口調だと思ったが、こいつ意外といい性格してるな?

 

 いや、今はそんな事は関係ない。ポンポンと頭の上で合図を送るも、タレゾーは躊躇するように「あ……」とだけ声を上げ、黙り込んでしまう。

 

 そんな様子に何を思ったのか。コウタローは震える手を持ち上げ――

 

「走ればわかる……どんなウマ娘(やつ)だってのはよ。それがレースだ」

 

 親指を立てて、にかっと口元を緩め。

 

「オレは、悪いウマ娘だったか?」

「…………」

 

 コウタローの質問に、タレゾーは無言で首を横に降った。

 

「そうか――なら良かった!

 

 そんなタレゾーの様子に嬉しそうに、コウタローは朗らかな笑顔を浮かべた。

 

「よろしく頼むぜ、タレゾー!」

「それは親分以外呼んじゃ駄目なのね」

「ガーン!!?」

 

 ――最後が締まらないのは、これも歌の通りなのかね。

 

 

 

 

 

ウマ娘列バ伝 コウタロー

 

日本競バ

G1:1勝、G2:5勝、G3:2勝

トゥインクルシリーズ

G1:2勝、G2:2勝、G3:4勝

クイーンクラウンシリーズ

G1:4勝、G2:1勝、G3:0勝

マザーズカップシリーズ

未登録

 

クイーンクラウンシリーズ登録バ(引退済)

関八州ウマ娘プロレス連合代表

 

逃げるホタルに追うタロー(コウタロー)、と呼ばれた日本競バ最後のダービー馬にして最後の大穴。日本競バからトゥインクルシリーズへの過渡期に活躍した日本競バ最終世代とも言える世代の中心的な人物。1着か着外かというその走りにはほぼ半引退状態の現在も根強いファンがいる。

 

現在はウマ娘のみで構成されたプロレス団体、関八州プロレス連合の代表としてホタルノヒカリと共に活躍。競走バ時代よりも知名度が上がったのは、その目立ちたがり屋な性格がプロレスに向いていたから、かもしれない。

 

「あれで面倒見の良いやつでな。血こそつながってこそないが、タレゾーにとってはあいつは姉みたいな存在だった。もう少し先を考える頭があればホタルノヒカリじゃなくあいつが世代最強と呼べたんだがな」

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