日本では救急車が現場に到着するまでの時間は平均で約八分かかると言われている。
また、人間は体内の五十パーセント(約二・五リットル)の出血量で死にいたる。手首付近の放射動脈という血管を刃物等で激しく損傷すると約三十秒で意識不明となり、失血死するまでの時間は約二分である。
公衆電話を使うのは初めてだ。財布の小銭入れから十円を探す。小銭の使い方が下手な僕の財布から十円玉を見つけ出すことは容易なことであった。使い方に戸惑いはしたが、急いで一一九番に電話し、現在の状況を伝えた。僕が彼女にしてあげられることはこれで終わりだ。
「はぁ、はぁ。」息遣いが荒い。急げ、毎朝のランニングを欠かしたことはないが、やはり、実戦となるとそううまくはいかないものだ。時間がない。そう自分に言い聞かせなが僕は足を走らせる。
女性が道端に倒れている。手首からは出血しているようだ。僕は安全なところに女性を移動させた。こんなことしかもうできることはないだろう。僕は鳥肌が止まらなかった。
次の日の朝、日課であるランニングを終え、朝食のトーストと目玉焼きを頬張りながら、テレビを眺めていると、昨日のことがニュースで流れていた。
「東京都世田谷区で二十代女性が自宅マンション内で死亡。死因は手首を刃物で切られたことによる出血性ショック死。警察は現在、防犯カメラなどで犯人を捜索中であります。」アナウンサーは慣れた口調で話している。
どうやら、昨日の女性は死んだようだ。自分の近くで人が死ぬのは初めてのことだ。犯人はまだ捕まっていない。あそこの道は人通りも少なく防犯カメラなんかあるようには思えない。どうやら犯人の逮捕には時間がかかりそうだ。本当に物騒な世の中である。
朝のニュースが八時十五分を知らせてくれた。こんな呑気にテレビを眺めている場合ではない。急いで会社に行く支度に取り掛かった。家から五分のところにある駅に駆け込み、会社に着いた時間は出社時間の三分前だ。
しかし、ギリギリなのはいつものことである。だが、遅刻をしたことは一度もない。決して時間にルーズではない。そして、僕はそんな自分が好きであり、そんな生活をどこか気にいっている。あの時もそうだ。僕は時間通りに動いたのに。僕は悪くない。犯人は僕じゃない。
僕は休日が好きだ、休日といっても特に予定もない、そんな休日が僕は好きだ。しかし、今回の休日は大事な予定がある。ゆっくりと準備に取り掛かかる。僕は鳥肌が止まらなかった。
準備を終え、それから約三十分後、事前に周囲を調査済みである公衆電話から一一九番にかけた。毎朝のランニングはそのためのものである。そして電話してからちょうど五分後、僕は急いで付近にいる女性を刃物で切りつけた。それと同時に僕の携帯からはアラーム音がなった。時間ぴったりである。道路が混んでなければ助かるだろうと思い。女性の腕から流れる血を見ながら心の中で「有意義な休日となりますように」と願いその場を後にした。