タッタッタ、と小気味好い音が夕日に照らされた神社の階段に響いている。
もう人もすっかり少なくなるこの時間に、一人きりで走るのが好きだった。同級生にスタミナを鍛えるように言われてから、ここでの階段ダッシュがすっかり私の日課になっている。
つまりもう慣れ切ったものであり、ここは勝手知ったる場所だ。
「さあ残り五百メートル! ハーツシュラーク速い! ハーツシュラーク速い!
だからだろうか、いつもはしないような恥ずかしい、自分の走りに実況の真似事をしてしまったのだ。
「他のウマ娘を全く寄せ付けない! 走る走る!」
イメージするのはダービーで勝つ自分の姿、その雄姿に心が躍る。
その証拠に私の心臓は、いつもの自主トレの時よりもずっと早く鳴っていた。
「ハーツシュラーク、今一着でゴォ──ール!!!」
階段を登り切り、勢いよく飛び上がってガッツポーズをする。
そんな事をしては脚や膝にはあんまり良くないとわかっていても、アガってしまったものは仕方がないのだ。
誰も居ない私だけの時間、だから開放的になってもしょうがない。恥ずかしくなんてないよ。
「お、おう……なんか思ってたより楽しそうな奴だなお前」
そう、それが私しか居ない空間であればの話。
階段を駆け上がった先の境内には、白衣を着た若い男の人が一人、つまり……。
(思いっきり見られた──めちゃくちゃ恥ずかしいっす!)
恥ずかしさのあまり、ただでさえ運動で上がっていた全身の体温が急激に上がったのを感じた。
──────
「落ち着いたか?」
「はい……見苦しいとこ見せたっすね……」
ビックリしたやら恥ずかしいやらで悶える事十数分、上がった心拍数が落ち着いたところで、境内の中に設置されたベンチに案内された。
冷えたスポーツドリンクまで貰っちゃったけど、この人はなんなんだろうか。もしかして私のファン!?
なんて、デビューもまだなんだからそれはないよね。
「それで、あなたはなんなんすか? 偶然ここに来たって感じじゃないっすよね、ファンっすか?」
「あー……なんというか、ここで自主練してるウマ娘が居るって聞いてな。実際に走りが見たくなったからここに来た……新人トレーナー?」
「なんで自分の事なのに疑問形なんすか」
自分のことをトレーナーと言った彼に対する印象は、正直怪しい人だなというものだった。
神社に居るのに白衣だし、そのくせ履いてるのは量販店でよく売ってる合成樹脂のサンダルだし。おまけに疑問形だし。
それでも、もし本当ならこんなに嬉しいことはない、なんせ私は……。
「学園のトレーナーさんなら知ってるっすよね。今までの私の戦績、全部選抜レースっすけど」
「そうだな、詳細は映像残ってないから知らんが、二戦二敗でどっちも最下位。そして今までトレーナーが付いた経験は無し」
「それを知ってて、なんでわざわざ見に来るんすか、おかしいじゃないっすか。新人ならもっと強くて可能性のあるウマ娘に行くべきっすよ! 同級生なら、委員長とかタキオンさんとか、強い子だっていっぱい居るっすよ!」
「サクラバクシンオーにアグネスタキオンか、確かにあいつらすげえよな。まだデビューしてないのが意外だわ」
「そうっすよ! 他のトレーナーに取られるまえにそっちに唾つけといた方がいいっすよ!」
「唾つけるってお前言い方があるだろもっと……いやその話はいい、こっちにもまあ事情があるんだよ。それにな」
「それに? 何っすか?」
「負けが続いても、トレーナーに見向きもされなくても、それでもこうやって自主トレしてんだ。まだ諦めてないだろ?」
真剣な目でこちら見つめながらそういうトレーナーに、私は無言で頷いた。
「だからいいんだ、勝ちに飢えてるやつが一番いい」
ベンチから立ち上がったトレーナはこちらへ向き直る、そしてまっすぐに私だけを見て、こう言った。
「ハーツシュラーク、俺をお前の専属トレーナーにしてくれ。俺ならお前を勝てるウマ娘にしてやれる」
──────
ターフに入ると、私の心臓はうるさいくらいに高鳴っていた。
ドクン、ドクンと周囲に聞こえてしまっているんじゃないかと思うほどの鼓動に少しだけ恥ずかしさを感じるけど、それも仕方ないよね。
今日は「選抜レース」の日、本格化を迎えて走力が開花したウマ娘がその実力をアピールする日。興奮しないはずがない。
結局あの後、例の新人トレーナーの誘いに関しては保留ということになった。
私の戦績を知っているとは言っても、実際のレースを見たことがないトレーナーにすぐにはいよろしくお願いします。なんてお互いに都合が良すぎる。
それに、今日は選抜レースの日。私がどういうウマ娘でどんな走りをするのか、見てもらった方が早いと判断してレースを見るまで話を置いておいてもらうことにした。
私だってあの人の事をよく知らないし、あの人だって昨日会ったばっかりなんだから。四の五の言ってられる立場じゃないにしても人生がかかってるんだし慎重でいてほしいのだ。
だってあの人も、私のレースでのいつもの走りを見ればきっと……。
「すぅ~……ふぅ……すぅ~……」
頭に浮かんだ悪い予想を打ち消すように大きく息を吸い、吐く。
レースの直前だというのに余計な、しかもネガティブなことを考えてしまった。これじゃあいつもの走りもできやしない。
「すぅ……」
もう一度大きく息を吸い込み、吐き出す。
肺に新鮮な空気が入って、それが血液と一緒に体中に送り出される感覚に、少しだけ気持ちよさを感じる。
レース前のこの感覚は嫌いじゃない、だけど勝利すればもっと気持ちがいいはずだ。
「お前を勝てるウマ娘にしてやる」
ドクン──ドクン──
ドクン──ドッドッドッドッ
トレーナーに昨日言われた言葉と、レースへの緊張と興奮でおかしくなってしまったんじゃないか、そう勘違いしてしまうほどに心臓が早鐘を打つ。
まだ走ってもいないのに、運動した後のように高まる鼓動。
ゲートに入ってもそれは変わらず、体が早くしてくれと、走らせろと訴えてくるようだ。
もはや前意外見えない、そんな状態のままゲートが開く。
その瞬間、私の体は何かに弾かれたように足を踏み出し、そして。
私は、また選抜レースに勝つことができなかった。