選抜レースの後、新人やベテラン問わずに様々なトレーナーが可能性を見出したウマ娘へと勧誘を行う、風物詩と化した光景。
その中で私はいつも通り、一人だった。
「一位のマンハッタンカフェの走りは見事だった」
「出走予定だったアグネスタキオンのドタキャンが残念でならない」
「レース序盤のあのエンジン音なんだったの?」
などと耳をすませば聞こえてくるが、やはり私は誰からも注目されていないようだ。
最下位だったのだから当たり前だ、そのうえ私はいつもの走りをしてしまった。
スタート直後からの大暴走、ペース配分なんてない走り、そしてスタミナ切れによる失速。
緊張のせいなのか、それとも別の何かがあるのか、走りはいつもそうだ。トレーニングの時はそんなことは起きないのに、レースの時だけそうなってしまう。
こんな走りじゃ、昨日声をかけてくれたあのトレーナーもきっと私の事は見捨てるはずだ。
私はバカだ、レースを見てから決めてくれなんて言わなければ昨日あのまま専属トレーナーがついたのに自分が損するような事言って。
その証拠に今私のところには誰も──
「悪い、ちょっと遅くなったな」
そう思った矢先、声をかけられた。
この声、喋り方、そちらに目を向ければ例のトレーナーが立っていた。
「なん、で……」
「なんでって、約束通り来たんじゃねえかよ。 お前のトレーナーになるために」
「でも、私、また最下位だったっすよ。見たっすよね、あんな走りしかできないんすよ私は……」
「レースの結果は前の選抜レースと一緒だろ、それに俺は今日の走りから昨日以上に感じたぞ? お前と、お前のその体にある可能性を。だから俺の価値基準を勝手にお前が決めないでくれ」
「可能性……? 私にっすか?」
「だからまあ、そんなに自分を卑下するな、俺が見る目の無い奴みたいになるだろ──それとも、昨日の今日で心がポッキリ行って諦めちまったか? マジでそうなら仕方ないけどな、違うだろ?」
トレーナーは真剣にこちらを真っすぐ見つめている。
昨日と同じ、全く変わらないその目で私を見ているのだ。
私の事を、会ってまだ一日しか経っていない弱小ウマ娘の事を、心底信じている目だ。
「私は勝てるウマ娘になれる」と、彼はそう信じているのだ。
どうして私なんかにそんな期待をしているのか、そんなことはわからないし多分考えたって私にはわからない理由なんだろう。
それならば、答えは決まっている。
「もう諦めた。なんて……そんなこと言えるわけないじゃないっすか! だから……だから。よろしくお願いするっす……私を、勝てるウマ娘にしてほしいっす」
「おう、だったら明日から特訓な。お前の為のメニューと勝利の為のひっさ……秘策は容易してあるからな」
私がそう答えたのが当然であるかのように、普通に話を進められてしまった。
すっごい覚悟を決めたはずなのに、肩透かしをくらったような、恥ずかしいような。
「あっ、そういえば名前聞いてなかったっすね。私も名前聞かれてただけで、自分から言ってないし。自己紹介でもするっすか?」
「そういやそうだな……いやでも、今更やるか?」
「別にいいじゃないっすかー! じゃあやるっすね、私はハーツシュラークっす!」
「……神崎楓、できれば名前じゃなくて苗字の方で呼んで欲しい」
────
「てな具合で、ついに私にも専属のトレーナーができたんすよ!」
「ふぅん。 それはよかった、ついに君もトゥウィンクルシリーズにデビューというわけだね」
「そうなんすよー! ついに、ついに! レースに出れるんすよ!」
「おっと、あまり興奮して動くと紅茶が零れてしまうよ」
数時間前の興奮を思い出すように語っているとついつい熱が入ってしまい、対面に座るアグネスタキオンさんに静止されてしまう。
ちょっと子供っぽく喜びすぎたな、と自分でも思うけど、どうしても抑えきれない。
そもそも、抑えが効かないからなぜか以前から私に目をかけてくれた彼女に報告に来たわけだし。
「それにしても、ふむ。このような言い方は失礼だが君の素質に気づくトレーナーは現状居ないと思っていたんだがね。今年の新人トレーナーは、桐生院家の者といいモルモットくんといい粒揃いらしい」
「モルモットくん……って誰っすか?」
「私の実験に付き合ってくれる予定の新人トレーナーの一人さ、もう一押しだと思うんだけどね」
「へぇ~、じゃあタキオンさんはそのモルモットの人とデビューするんすか?」
「まさか! 彼女は確かに優秀そうなモルモットだがデビューするかどうかは別だよ。私は自分の研究を優先したいからね」
「そうっすか……じゃあしょうがないっすね」
今日の今日までトレーナーの付かない弱小ウマ娘だった身でこんな事を考えるのはおこがましいかもしれないけど、同じクラスで私を評価してくれていた彼女と一緒にトゥウィンクルシリーズを戦えないのは残念に思った。
でも本人にその気がないなら、私がどうこう言っても仕方のない事だ。
「そんなことより、担当がついたのなら明日からは専用トレーニングだろう? 今後あまり実験の時間が取れなくなってしまったら困るからね。ここいらで一本薬を飲んでくれないかな?」
「え、嫌っすけど」
「ええー! 私のところに自分から来たんだからそういう事だと思っていたんだが、違ったのかい? それとも私を焦らしているのか? だとすればそれは要らない気遣いだが」
「タキオンさんの薬苦いじゃないっすか! 味の方が改善させるまで飲まないって私言ったっすよね?」
「そうだったかな? それなら安心するといい、前回よりも飲みやすさは改善していると言っていモノが出来上がっているとも」
「信じていいんすね?」
「勿論、研究に関しては嘘をつくことはないよ」
その答えを聞いて安心したので、タキオンさんから怪しい色をした液体が入っている試験管を受け取る。
中身を飲もうとすると既に強い臭いが鼻をつく、けど信じていいと言われたので素直に飲むことにした。
あまりのどごしのよくない液体を勢いよく流し込む、味は……
「確かに前よりマシだけど全然苦いじゃないっすかー! タキオンさんの嘘つき!」
「私は別に改善しているとは言ったが苦くないとは言っていないよ。 それじゃあ効果の方を観察させてもらおうか」
「だ、ダメっす! 水! 水じゃなくても何か飲まないと口の中苦くて死ぬっす! はちみー!」
「ああっ! 待たないかシュラーク君!」
口の中に残る苦味をどうにかしたくて私は教室を出て走りだした。なんでもいい、廊下の蛇口でもいいから口をゆすがないとどうにかなってしまう。その一心で走り続けた。
次の日以降、脚を光らせながら走る生徒の噂が学園中に広まってしまい、しばらく外を歩くのが恥ずかしかったのは言うまでもない。