ギリギリ週一更新に間に合いました。
「ハーツ、お前は自分の強みはなんだと思う」
選抜レースの次の日、授業が終わりついに専用トレーニングが始まると思いトレーナー室に行った私に対して、神崎トレーナーは開口一番そう告げた。
強み、今まで勝った事がないのに強みなんてあるのだろうか? もしあったとしても、小さなものだとしか思えない。
「3、2、1、時間切れだな。正解は昨日のレースでも見せたあの大暴走だ」
「……ゑっ?」
あまりに予想外な言葉に、思わず変な声が出てしまった。
大暴走、あの大暴走と言ったのだろうかこのトレーナーは。
あれがあるから負けているのに、私の強み。
「昨日のレースの映像を何度も見返したが、お前が暴走してる時の速度は目を見張るものがある、なんならあの一瞬は好走をしたマンハッタンカフェのラストスパートと遜色ないレベルだったかもな。それに──」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっす! 速度って、そりゃスタミナも考えずに全力で暴走してるんすから速いに決まってるじゃないっすか!」
流石に一着のマンハッタンカフェさんと遜色ない、とまで言われると否定したくなってしまう。
最下位の私なんかと並べられるのは向こうにも失礼だろうし。
「そうだ、それじゃあお前のその暴走したスピードはどうやって出ていると思う?」
「どう、って……走ってるから脚の筋肉とか踏み込みとか、走るための諸々の運動から出てるんじゃないんすか?」
「そうだな、じゃあハーツ、お前はあの時の走りと同じ速度を今日、選抜レースの時と同じ準備運動量で出せと言われたら出せるか?」
「……多分、出せないっす」
「だろうな、本番に強いからだとか、他に追いすがる為に限界以上のスピードが出たとか、そういうんじゃない。授業のレースとかは普通の走りをしてるからなお前は」
「それで、何が言いたいんすか」
「俺はお前のあの速度に関して、ある仮定を立てた。とりあえず今から流す音を聞いてくれ」
トレーナーから渡されたイヤホンを付けると、どうやら流れているのは昨日の選抜レースを録音したものらしい。
聞く限りだと映像も残っているのに、どうして音声だけなのだろうか?
そう疑問に思いながら聞いていると、ゲートの開く音がした。
その瞬間——
ドッドッドッドッドッドッド、とウマ娘が走る音とは別にエンジン音のようなものが聞こえてくる。
いや、違う、これは……
「その音声は映像とは別に俺が集音マイクで録音しといたやつだ、使わなくても耳の良いトレーナーには聞こえてたかもしれないけどな」
「こ、これって……」
「気づいたか? それがレース中にお前の通常スペックを超えた走りを与えたものの正体、その心臓の音だ」
「えっ、というか大き……こんなにしっかり聞かれてたんすか!?」
「バッチリな、まさかと思ってマイク用意しといて良かったよ」
「なんか恥ずかしいんすけど……」
自分にしか聞こえていないと思っていたものが他人にも聞こえている、それ以上に恥ずかしいことがあるだろうか。
少女漫画なんかだとドキドキするエピソードかもしれないけど、レース中に、しかもトレーナーにマイクで拾われているというのはマニアックが過ぎる。
というか、それならもしかして一緒に走っていた他の子たちにも聞かれてしまっていたのだろうか、うるさくなかったかな。
「まあ、ともかくだ。お前は周囲に聞こえるほどの異常な心拍数の上昇と、それによって発生した熱量を運動量に変換してあの速度を出してるわけだ。正直あまりにもデタラメだが、これを利用しない手はない。つまりだな」
「つまり……?」
「あの走りを、お前の「必殺技」にするぞ。完璧にモノにできればお前に勝てないレースはない、断言する」
「おおおおお!!! 必殺技! なんか凄そうっす!」
「凄そうじゃなくて凄いんだよ、まあ課題はまだいくらでもあるが。それを解決するために秘密特訓の準備もできてる、やるか?」
「やるに決まってるじゃないっすか! 勝てるんならなんでもやってやるっすよ!」
「よし、じゃあ今から俺が案内する場所に、文句は言わずに付いてこい」
────
その建物を見た第一印象は、よく掃除がされているなというものだった。
小さい駐車場に雑草はなく、植え込みに咲いた花はよく手入れがされている。
そこまで人の手が入っているというのに、その建物からは人の気配を一切感じさせなかった。
それもそのはず、トレーナーに連れられて来たこの建物の入り口には、大きく休業中と書かれた札と南京錠でロックされた鎖がかけられていた。
「トレーナー、秘密特訓の為に連れて来たんすよね? ここ閉まってるじゃないっすか」
選抜レースの次の日、私はトレーナーにレースに勝つための特訓をするため、と言われてここに連れてこられたのだ。
秘密特訓、と言われたので無人島に連れて行かれたり、体に丸太を打ち付けたり、吊られたりするのかと思っていたのにそうではないらしい。
それにしても急にこんな無人の建物に連れてこられて、この人本当に大丈夫なのか? と思わなくもなかった。
「それに関しては問題ない、合鍵がある」
トレーナーはそう言いつつ鍵束を取り出して手際よく南京錠を外し、続いて扉の鍵も開錠していく。
「なんか悪いことしてるみたいっすね、それ……」
「別に盗みに入る訳でもなけりゃやましいこともねえから問題ない。ほら、開いたんだから入るぞ」
そう促されて建物に入ると、中にはいくつかのソファと、受付と書かれた窓口が一つ。
誰でも見たことがあるであろう、一般的な病院と同じものだった。
「ここって病院……? ってちょっと! 置いてかないでほしいっす!」
明かりが一つもついておらず薄暗い院内を、トレーナーは勝手知ったるという様子でずんずんと奥へ進んでいく。
そこまで大きくない建物とはいえこんなところで置いて行かれると怖いので、疑問はあれどさっさとついていくことにした。
「特訓なのになんで病院なんすか、私悪いところなんてないっすよ。それにここなんなんすか、合鍵持ってるし、勝手に入るし」
「……ここの院長が知り合いでな、今は稼ぎに出てるから閉めてるんだが、使う許可だけ貰って来た」
「使う……って、何をっすか?」
「ハーツ、高地トレーニングって知ってるか?」
「ええと、確かマラソンの選手とかがやってる高いとこでやるやつっすよね。普通の場所でやるより効率がいいとかで。でもここも平地っすよね」
「そうだな、まあ難しい話は置いといて持久力の向上効果があると一般的に言われているが気圧の変化とか移動の問題で難しいがそれを解決する設備がここにはある」
早足に歩いていたトレーナーの足が「gym」と書かれた部屋の前で止まり、扉を開く。
中には、ランニングマシンやバイク、ウェイトトレーニングの為のマシンなんかが数が少ないながらも鎮座していた。
見たところそこまで学園にある設備と変わらない、いや、もしかしたら理事長が私財を投じたらしいあちらの設備の方が上かもしれない。
でも今までの話の流れからしてここは……。
「常圧低酸素ルーム、ここでなら気圧の変化による体調の悪化なんかも気にせず高地のそれと同じ効果が得られる。まあ都内にあるデカイジムにあるのと同じだな。設備は超一流とまでは言えないが」
「いや、それでも病院にあるにしては異常っすよね、なんなんすかここって」
「アホの院長が半ば趣味で作った病院併設のジムだ、当の本人はこれに金使い過ぎて稼ぎに出るハメになったが。その間俺達が使い放題だぞ」
「使い放題って、いいんすかねそれ」
「まあ、なんだ。デカいジムに行ったら金がかかるしな、体験入会やら人の混雑で拘束される時間もある、こっちの方が自由でいいだろ。トレセン学園からそう遠くねえから門限もそこまで気にしなくていいしな」
「あっ、つまりお金をケチったんすね!」
「そういう側面もあるけど言い方ってもんがあるだろ……まあいい、今日から学園でのトレーニングが終わり次第ここで追加でやるからな。まあ神社の自主トレが全部置き換わると思ってくれ。かなりハードになるがお前の「必殺技」のためにはスタミナはいくらあっても足りない事はない、いけるな?」
「勿論っすよ! 勝つためならなんだってするって言ったんすから、望むところっす!」
こうして、私たちの秘密特訓の幕が開けた。