君の傷になって死にたい   作:サイnon

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1.夢見心地

虎杖悠仁には親友がいる。

天坂快里(あまさかかいり)とは小学校からの仲だ。なぜか初めて会う前から虎杖のことを知っていたようで、隣の席になったとき満面の笑みで手を差し出した。

 

「はじめまして、悠仁。俺、天坂快里。友達になろう!」

 

名前の通り、快活な笑顔が似合う男の子だった。「いいよ」と答えて目の前の手を握り返せば照れたように、くすぐったそうに笑う。友達になっただけでこんなにも喜ばれて悪い気はしなかった。

 

その日から虎杖の日常には天坂が加わった。

朝一緒に登校して、給食を食べて、休み時間はドッジボールで戦い、放課後は泥だらけになったまま小石をどちらが長く蹴って帰れるか勝負しながら帰路に着く。

優しい日々だった。

 

中学に上がり、虎杖の祖父が入院して、一緒にいる時間が減っても天坂は変わらなかった。

学校でジャンプを読みながら笑い、数学の問題に頭を悩ませ、好きなグラドルの話に花を咲かせる。

くだらない冗談で笑っていられるのが幸せだった。

時折、こちらを気遣った表情で「無理してないか?自分の時間ちゃんと作れてるか?」と聞いてくれることがありがたかった。

 

そんな穏やかな関係は高校生になった今でも続いている。

 

「快里さぁ、彼女とかいねーの?」

「いたらこうして昼飯一緒に食ってないだろ」

 

いつもと変わらず一つの机に二つの椅子を突き合わせて、各々の食事を広げる。

今日は購買の争奪戦に見事勝利したので、いつもより豪勢なパンが並んでいる。限定のプレミア焼きそばパンをゲットできたのは久しぶりだ。

 

「ていうか悠仁こそ小沢とどうだったんだよ。卒業のとき写真撮ってたじゃん」

「別になんもないけど?」

「マジかよ…」

 

信じらんねーと言いながらコロッケパンを口に運んでいる。

天坂はあまり肉を食べない。以前ビッグカツサンドを勧めたが、胃がもたれると断られた。胃袋だけ年寄りなのかもしれない。

 

「あ、そだ。快里って今日の夜ヒマ?」

「暇だけど」

「オカ研の先輩がさ、夜の学校でアレのお札剥がすって言ってたんだよね」

「この間拾ったって言ってたやつか」

「そうそう。快里ホラー系好きって言ってたじゃん。興味あるかなって。先輩たちには言っとくし」

 

しばしの沈黙。何か悩んでいるように見える。

もしかして、映像やゲームで見るホラーはいけても、リアルなやつはダメだったのだろうか。

じっくり数分考えて、ようやく天坂は口を開いた。

 

「ん、よし。行くわ」

「本当に大丈夫か?無理してない?」

「してない。そっちから言ってきたのに何を今さら」

「いや…。快里が嫌なことしたくねぇし」

 

その言葉に天坂は楽しそうに笑う。

 

「俺は悠仁にやられて嫌なことなんてないよ」

 

そう言われるとなんとも言えない気持ちになる。きっと親愛の証なのだろうが、ちょっと心の敷居が低すぎやしないだろうか。

こんなにも気を許してもらえているのは嬉しい反面心配にもなる。

それでも、この心の裏側をくすぐられるような感覚は手放しがたいと虎杖は思うのだ。

 

「お祖父さんの具合はどうなんだよ」

 

オカ研の部室に行く道すがら、天坂がそっと切り出した。

 

「うーん、まあまあ?」

「たった一人の身内がそれで良いのか」

「なんかまだ死ななそうだし。カッコつけた遺言残そうとしてるうちは平気な気がする」

「そっか。でも、無理すんなよ。お前は自分のこと疎かにしがちだから」

 

優しく背中を二回叩かれる。この暖かさに今までどれほど助けられてきただろう。

仕返しに脇腹を肘で小突いてやると「なんだよ」とくすぐったそうに笑った。

きっとこのぬるま湯のような関係は祖父が死んでも、卒業して就職しても、しわくちゃの爺になっても変わらないんだろう。

 

そう心の底から信じていた。

 

 

 

 

 

 

転生、という言葉がある。

 

一般にはヒンドゥー教や仏教の教義に用いられる思想の一つ。肉体が死んでから、魂が新たな肉体を得て生まれ変わるというものだ。

そして、日本ではライトノベルや二次創作といったサブカルチャー界隈で人気のジャンルの一つである。生前の記憶を持ち越したままマンガやアニメの世界に生まれ変わり、オレツエーしたり、美少女を侍らせたり、なんでか平凡に暮らしたりする。

 

まあ、そんなことが自分にも起こるとは思いもしなかったが。

 

天坂は名前も知らない先輩たちと楽し気にこっくりさんをやる虎杖をぼんやりと眺めていた。

 

いわゆる前世というやつの記憶が戻ったのは小学生の時だ。

何度目かの席替えの時、隣になったやつに見覚えがあった。同じクラスなのだから当たり前のことのはずなのに、自分の記憶にあるのは『もっと成長した高校生くらいの姿』だ。机に貼られた名前シールが目に入る。

 

『虎杖悠仁』。

 

それが引き金だった。前の人生、ハマっていたサブカルの世界、話題だった「呪術廻戦」というマンガ、そしてその主人公。

溢れかえる記憶の波にのまれながらも気絶しなかったのは奇跡だったと思う。ということはハイハイしてた頃から見えていたあの気持ちの悪い生命体は呪霊か、と妙に納得した。

 

そこで、ふと気が付く。

このまま原作通りに時が進めば目の前のこいつは呪術師と呪霊の血生臭い戦いに巻き込まれていく。祖父の遺言に呪われ、人を助けながら、どうしようもない地獄に身を沈めていく。

 

一番記憶に残っているのは、あの渋谷でのワンシーン。

両面宿儺による虐殺の果て。何もなくなった更地を前に自分を呪い、死を願って泣き崩れる、あまりにも救いがない未来。

 

そんなの。そんなこと。

 

 

 

最っ高じゃないか。

 

 

 

天坂はいわゆる『曇らせ展開』が大好物のオタクだった。

 

天坂の前世は社畜だった。毎日起きて、満員電車に揺られて通勤し、怒鳴られ罵られ馬鹿にされ、終電で帰り死んだように眠る。最期はよく覚えていないが、自分から電車に飛び込んだような気がする。そんな糞煮込みのような日常の支えになっていたのがサブカルであり、『曇らせ』だった。

 

今思えば心の防衛本能だったのかもしれない。惨い目に会うキャラクターたちを見てキツい自分の現実から目を逸らし、心を慰める。だいぶ最低だがそれでも救われていたのは事実だ。

まあ、一話から右腕左足と弟の体を失うマンガが人生のバイブルだったのでただの性癖だった説の方が濃厚だろうが。

 

ともかく、そんな曇らせ展開好きな天坂にとって「呪術廻戦」はかなり好きなマンガの一つであり、もちろん推しキャラは虎杖悠仁だった。

 

これはチャンスではないだろうか。

今ここで虎杖と友達、いやそれ以上の関係になればあの伝説のシーン(天坂的ベストワン)に立ち会えるのではないか。いや、立ち会えなくても自分を要因としてもっと虎杖を曇らせることができるのではなかろうか。

それこそ吉野順平のように。

 

どうせ一度死んだ身だ。それならより自分の萌えのために有効に使いたい。

 

そうして、天坂は虎杖悠仁の親友となった。

 

 

会長に続いて部室に乱入してきた陸部顧問のせいでさらにカオスになる空間を半笑いで見守る。

 

原作通りなら今夜祖父は死に、虎杖が地獄への一歩を踏み出す。

一緒に病院に行こうか、先輩方の肝試しに付き合うかそりゃもう悩んだ。

身内の死に涙を堪える虎杖を間近で見ていたい欲求と、原作の展開をリアルで見たい欲求を天秤にかけた。

 

後者を選んだのは上手いこといけば自分も高専にくっついて行けると思ったからだ。見える人間なら無下にされないだろう。

呪霊に殺されるリスクはあるが、それはそれでよし。きっと死んだら初っぱなから虎杖の心をへし折ることができる。

 

呪霊に殺されようが、その後の地獄で死のうがどちらにしても天坂にとって美味しい展開であることに変わりはないのだ。

 

人知れず天坂はうっそりと笑う。

 

この楽しい地獄で死ねるなら、それが虎杖の腕の中ならなお良い。

最期に彼の顔が絶望に染まるのを見れたとき、きっと文字通り天にも昇る心地なのだろう。

 

 




天坂快里
本作の加害者。たいてい碌でもないことを考えている。

虎杖悠仁
本作の被害者。かわいそうかわいい。
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