※小説版のネタバレを含みます。
虎杖は夜道を歩いていた。
もう交流会は目前に迫っている。五条曰く、そこで虎杖の生存を公開するのだそうだ。そのため人気の少ない時間帯なら外出が許された。
窮屈だった地下から出て、閑散としたベッドタウンを歩くのは久しぶりに解放感を与えてくれた。
そんな夜の散歩で出会った親友と同じ名前の少年。海里は夜になると鬼が出ると言って夜の公園に一人でいた。
祓っても祓っても現れる鬼に、どうしたものかと頭を悩ませたが五条のアドバイスでようやく自分のやるべきことが分かった。
海里の母親と海里の後ろ姿を思い出す。寄り添って家の中へ消えていく二つの背中は血の繋がりがなくても親子そのものだった。
きっと、救えたのだと思う。
少し遠回りはしてしまったけれど、親子の間にあった溝はアグレッシブな婆ちゃんもとい鬼とともに消えた。
もうあの家に鬼が出ることはないだろう。
これで自分の気持ちに整理がつくわけじゃない。起きてしまったことは無くならないし、失ったものは二度と戻らない。
だけど、沈んでいた心が少しだけ軽くなったように思う。
高専に戻る道すがら、海里と出会った公園に立ち寄った。しんと静まり返った公園のブランコになんとなく腰かける。
昔、天坂とも散々公園で遊び回っていた。ふと、遊んでいたときに怪我をしたことがあったことを思い出す。
当時、ブランコを立ち漕ぎして一番高い位置でジャンプし、周りの柵に飛び移るという子供特有の度胸試しのような遊びが流行っていた。
もちろん虎杖も天坂も例に漏れずそんな遊び方をしていた。
一度だけ、雨上がりで柵が滑り虎杖は怪我をしたことがある。両膝を盛大に擦りむき血まみれになった。
立ち上がれないほど痛かったが、虎杖は泣かなかった。祖父に「男なら泣くんじゃない」と言い聞かされていたため、自然と我慢するクセがついていた。
天坂に肩を借りながら水道で砂利と血を洗い流していると、天坂はぽつりと呟いた。
「よく泣かなかったな」
俺だったら絶対痛くて泣くのに、と皮がめくれた膝を見下ろしていた。
祖父の言葉を借りて説明すると少しだけ嫌そうな顔をされた。
「でも、泣きたいとき泣けないのは辛いだろ」
そう言った天坂の横顔は自分よりずっと大人びて見えた。
なんとなく、泣くことはカッコ悪いと思っていた。祖父の教えのこともそうだが、泣いていると周りは冷やかすし、一人だけメソメソするのもなんだか性に合わなくていつも我慢していた。
「カッコ悪くねぇよ。少なくとも俺は思わない」
ベンチに座った虎杖の前にしゃがんで濡れた膝をタオルで拭く。
「痛かっただろ」
優しい声に、じわりと目頭に熱いものが滲んだ。本当はすぐに泣き出したいほど痛かったし、滑った瞬間はすごく怖かった。
一度決壊すると止まらずどんどん涙が溢れてくる。鼻水をすする虎杖の涙を拭いながら、天坂は何故か少し嬉しそうに微笑んでいた。
泣き止む頃には膝はすっかり血が止まって乾いていた。少し皮膚が突っ張るけれど、痛みは大分マシだ。
涙のあとが残ってひりひりする頬を擦りながら虎杖は笑った。
「快里って兄ちゃんみたいだ」
「オマエ兄ちゃんいたことないだろ」
「そうだけど、兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなって」
優しくて、困ったときに手を差し伸べてくれる。血の繋がりはないが肉親と同じくらい近い。
キョトンとした顔をしてからなんだそれ、と天坂は吹き出した。
あたたかい記憶。今でも虎杖を支える大切なものだ。
虎杖はブランコの上に立つ。ぐっと膝を折り曲げて勢いよく漕ぎ出した。
昔よりずっと高くなった目線。風を切る音が幼い頃より鮮明に聞こえる気がする。
ぐんぐんスピードは増していき、ブランコが軋む。
一番高い位置で、足場を蹴った。大きく跳躍して柵を右足で踏みしめる。昔の足を滑らせた感覚が一瞬頭をよぎる。今度は足から力を抜かない。
もう一度力強く跳んで、ふらつくことなく地面に着地した。
「……帰るか、俺も」
いつまでも転んだままではいられない。
以前は届かなかったけれど、自分が救える人がまだいるはずだ。
全部じゃなくてもいい。この手が届く範囲にいる人を守れるくらいに強くなろう。
一度死んだとき、伏黒はどんな気持ちだっただろうか。釘崎は、天坂は、悲しんだだろうか。
少なくとも良い気持ちではないだろう。それを虎杖は身をもって知っている。
それならなおさら前に進まなくては。
祖父を心配させないために。
伏黒と釘崎に心配ないと伝えるために。
天坂とともにあるために。
想いを胸に虎杖は帰路へ向かう。
揺れていたブランコはやがて止まり、夜の公園に静寂が戻った。
絶対「ショタでも泣き顔が似合うな」とかしか考えてない。