東堂葵には親友がいる。
虎杖悠仁とは中学校からの仲だ。初めて会ったときから
「俺、高田ちゃんに告白する」
「やめとけって!落ち込んだオマエ慰めるのすげーめんどいんだぞ!」
「なぜ俺がフラれるのが前提なんだ」
虎杖が口ではそんなことを言いつつも付き合いが良いことを東堂は知っている。
「そもそもなんでオッケー貰えると思ってんだよ」
「古い言葉でこんなものがある。「落ちたら、またはいあがってくればいいだけのこと。」と」
「それ言ったの猪木だし玉砕してるじゃねーか」
結局、高田ちゃんには「好きな人がいる」と笑顔のままラブレターを破られてしまった。しかし相手に変に気を持たせることをせずハッキリ断るあたり彼女らしい。そんなところも好きだ。というか全部好きだ。
それはそれとして当然落ち込む。誰だ自分以外で高田ちゃんの愛を受けているヤツは。
「好きな人が俺ってパターンは」
「いや、無いだろふつう。てかどっから来るのその自信」
ばっさりと否定されてさらに落ち込んでいると軽く頭をはたかれた。屈託ない笑顔で虎杖は東堂の背を押す。
「オラ、いつまでもヘコんでんなよ。ラーメンくらいなら奢ってやっから」
そんな虎杖の優しさに東堂は涙を拭い、ともに歩き始めた。
眩しいまでの青春の一ページ。言葉にせずとも信頼は確かにそこにある。互いに必要とし、ときには背を預けられる関係は心地が良かった。
そして、そんな『親友』との関係は高校生になった今でも続いている。
ここまでが東堂の脳内に駆け巡った
「どうやら、俺たちは親友のようだな…」
「違いますけど…」
虎杖は混乱していた。
事前に立てた作戦通り自分が東堂の足止め役になり、他のメンバーがばらける隙を作った。なぜか東堂は真っ先に天坂を狙いに来たがギリギリ間に割り込んで逃がすことには成功した。ボコボコに殴られつつもなんとか気を引いていたら唐突に女の
ただでさえよく分からない状況なのに京都校の面々に殺されそうになったり、かと思えば仲間割れを始めたりとさらに混迷を極めていく。
東堂と何やらやり取りをした後、京都校のメンバーは撤退していった。現状が分かりやすくなったのはありがたい。
今は、この目の前の大男を相手にすればいい。
東堂の心は踊っていた。天坂は逃がしてしまったが、それ以上に大きな収穫。
虎杖悠仁は強い。人間離れした
しかも戦い始めてからわずか数十分の間で虎杖は東堂の技術を食い、確実に戦況に順応している。
これほど伸ばし甲斐のある相手はそうそういないだろう。だからこそ、
虎杖の打撃を額で受け、東堂は反らしていた上体を起こす。
「
インパクトが遅れてやってくる『逕庭拳』と全力の呪力がドンピシャで乗った強力な打撃の不規則な切り替えは強い武器だ。無意識的にやっているからこそ次手が読めず、相手は対応にコンマ数秒の躊躇が生まれる。並の術師なら対応しきれずに切り崩されるだろう。
「だが、それはあくまで
無意識であっても人間がやることである以上、どうやっても癖やパターンが出てくる。一度戦ってしまった相手であれば次は対策をされてしまう。
「それでは特級には通じないぞ」
虎杖の表情が分かりやすく歪んだ。既に通じなかった状況を経験しているのだろう。ならば、答えを出すのは難しくない。
「どうする、親友」
「……俺の意志で自由に切り替えができるようになる」
「so good.ではどうすればいいか。自分が使っている攻撃をきちんと
虎杖の天性のフィジカルだからこそ無意識でもできてしまうこと。逆に言えば構造も仕組みも理解できていないということだ。現代人が感覚でスマホやパソコンを使えるのと同様に、『できる』がその程度で100%のパフォーマンスを引き出せるかと問われれば否だ。
呪力の流れを、自身の戦闘スタイルを、理論的に考え戦況に合わせて最適解を出せるようになればそれは確実に格上の相手にも通じるようになる。
「呪力は負の感情。体の内側から自然と湧きあがってくるエネルギーだ。だが、それをどう扱うかは術師次第。虎杖、無意識と考えないことはイコールではない。常に頭を回して、己ができる最大限を思考し続けろ」
自分の拳を見下ろしていた虎杖は顔を上げる。瞳には一切の曇りはない。
「…ありがとう、東堂。よく分かんねーけど、分かった」
呪力をまとい、腰を落とす。自分に何ができるのか考えろ。
「このまんまじゃ快里に追いつけねぇもんな」
虎杖の言葉にピキリ、と東堂の額に血管が浮いた。
「
「え、」
東堂の態度の変化に虎杖は固まった。ただでさえ強面な顔がさらに凄みを増している。
「いや、快里に追いつけなきゃ守ることもできねぇなって…」
東堂の
麗しい青春に水を差す存在。穏やかな物腰に反して、腹の底を見せない人物。
『悠仁』
優しい声音さえ真意がどこにあるのか分からない。それでも虎杖はその声の主に駆け寄って行ってしまう。そこが自身のあるべき場所だと疑いもせずに。
深く息を吐き出した東堂は地の底を這うような声を絞り出す。
「やはり、逃がしてはならんな」
いつの間にか天坂が虎杖の反対側に立っていた。
「…え?」
声を発したのはどちらだったのか。状況を理解するよりも前に東堂の拳が天坂に叩きこまれた。
天坂の体は軽々と宙を舞い、地面に叩きつけられた。
天坂はたまたま近くにいただけだった。
真希、伏黒と行動していたが、京都校の狙いに気が付いた二人と共に引き返して来ていた。真希には呪霊討伐に残るように言われたが、代わりに形代を残すことでなんとか納得してもらった。
虎杖がそう易々と殺されるとは思っていない。でも
「なんでこうなるんだ…」
拳が接触する瞬間に呪力で防御を張ったが微妙に間に合わなかった。モロに食らってはいないものの、あの東堂の打撃だ。受けた腕と叩きつけられた肩がびりびりと痺れている。意識が飛んでないだけ奇跡である。
「コソコソ覗くのはいい趣味とは言えんな」
「そっちこそ悠仁殺す気だっただろ」
「だが
いやそうだけど。
自分が介入するまでもなく虎杖は強かった。いや、予想より
天坂の思考など意に介さず、東堂は攻撃態勢に移る。
完全に殺る気だ。なんなら先ほどの虎杖との戦闘より気迫がある。なぜこんなにも敵視されているか分からないが、逃げるなんて選択をしようものなら確実に殺しに来るだろう。
本当にどうしてこうなった。
「さあ、今度こそ答えろ天坂。お前の本当の好みのタイプを」