「……仮に器だとしても、呪術規定にのっとれば虎杖は処刑対象です。でも、死なせたくありません」
「俺からもお願いします」
背後から聞こえた声に伏黒は振り返った。先ほど助け出した男子生徒の一人だ。確か快里という名前だったか。虎杖が散々叫んでいたせいでそいつだけ覚えていた。
「なんだ、君起きてたの」
「目が覚めたのは今です。でも、何となく会話は聞こえてました」
五条の腕で意識を失いぐったりとしている虎杖を見て唇を噛んでいる。
聞こえていた、ということは虎杖が既に人から外れた存在になっていることも分かっているのだろうか。一般人には酷すぎる話だ。
「俺たちは助かったのに、悠仁だけ死ぬなんて納得できないです」
「ふーん。じゃあ訊くけどさ、君『
分かってて聞くあたり、五条は本当に底意地が悪いと思う。
一般家庭の人間にとって、呪いが見えることはメリットでもなんでもない。
祓う方法を知らない人間は視界を横切る影に怯えながら、息を殺して生きていくしかない。誰かに打ち明けたところで嘘つきのレッテルを貼られるのが関の山だ。それだけならまだしも下手すれば虐待やいじめのきっかけになり得る。
だから、彼らがいち早く覚えることは目と口を塞ぐことだ。巻き込まれないよう、疎外されないよう、見て見ぬふりをする。
恐らく、目の前のこいつもそうしてきたのだろう。
「…俺、その場の空気を壊してまで他人を守れるほど強くもないし、善人でもないです」
泣き笑いのような表情が痛々しい。こんな顔をしているやつをどうして責められるだろう。
「だから、この状況を作った責任は俺にあります」
真っ直ぐこちらへ歩み寄る。一瞬だけ虎杖に視線を落とし、決意に満ちた瞳で五条を見返す。
「悠仁を殺すなら、俺も殺してください」
なぜ、こいつらはこんなにも簡単に他人のために自分の命を投げ出せるのか。
責任だって彼にあるものか。例え止めていたとしても封印が長続きする保証はなかった。だからこそ伏黒が回収のために派遣された。遅かれ早かれ呪いは漏れ出し、被害者は出ていただろう。
「本気?」
「本気です」
「なんでそこまですんの?あのまま寝たフリしてれば楽だったでしょ」
「できません」
強い拒絶だった。拳が固く握られている。
「親友なんです」
五条の指先がピクリと動いた。
数秒の沈黙の後、くつくつと喉の奥で笑う。
「君、バカでしょ」
「まあ賢くはないですね」
「でも、そういうバカは嫌いじゃないよ」
優しい口調だった。先程までの突き放すような空気は消えている。
「かわいい生徒と若人の頼みだ。任せなさい」
伏黒は知っている。ふざけているが、この大人は誰よりも頼りになるのだ。
虎杖は先輩たちに別れを告げ、病室から出た。
廊下には壁に背を預けた天坂がいた。こちらに気がついて手を上げる。
「お疲れ、悠仁」
「快里……」
顔に貼られた大きなガーゼ。比較的軽傷だったものの、天坂も怪我をしていた。
何と答えたら良いか分からない。天坂と先輩たちを危険に晒したのは紛れもなく自分だ。いっそお前のせいだと罵ってもらえた方が気が楽だった。
そして、そんなことは目の前の親友は絶対にしないだろう。
「これからお祖父さんの火葬だろ?一緒に行くよ」
身内じゃないけどさ、といつもと同じように天坂は笑う。
そうやって、いつも人のことばかりだ。自分を疎かにしてるのはお前の方だろう。
喉の奥がひきつって、うまく声が出てこない。優しく肩を叩く手に、余計に泣きそうになる。だが、今やるべきことは泣くことでも天坂に甘えることでもない。
溢れそうになるものを堪えて、虎杖は天坂の背中を追いかけた。
「や、水入らずのとこ悪いね」
ベンチに座って二人で天に上っていく煙を見ていると、声をかけられた。つい先日、虎杖に死刑を宣告した五条悟だ。
天坂が立ち上がる。
「俺、席外した方が良いですか」
「そうだね。15分くらいしたら戻ってきてよ」
「分かりました」
手短に答えて引き留める間もなく天坂は歩いていく。彼が座っていた場所に代わりに五条が腰かけた。
「亡くなったのは?」
「爺ちゃん。でも親みたいなもんかな」
「そっか。お祖父さんは彼と面識あったの?」
「いや、快里は病院に来たことないよ。あいつ気ぃ遣うの上手いから」
「そう。良い友達じゃないか」
五条の言葉に首肯する。
天坂はきちんと線引きをするタイプだ。親友だからといって何でもかんでも踏み込んでくる訳ではなく、引くべきところは引き、こちらから話そうとすれば耳を傾ける。
すぐに席を外したのも一見ドライに見えるが、虎杖と五条が話しやすいよう気を回してくれたのだろう。
「……呪いの被害ってさ、結構あったりすんの?」
「今回みたいなのは稀なケースだけど、被害の規模だけで言ったらザラにあるかな」
人間の負の感情が澱となって積み上がったものが呪いだ。
呪いを前にして、死体が残れば幸運。ひどい時は遺体すら残らない。宿儺の指を探すとなれば凄惨な現場に立ち会うこともあるし、自身が死体になる可能性も大いにある。
「ま、好きな地獄を選んでよ」
飄々と、五条は重い選択肢を投げかける。
虎杖の脳裏に浮かぶ光景。傷を負った伏黒、呪いにあてられてしまった先輩たち、そして変わらず側にいてくれた天坂。
オマエは強いから人を助けろ。
祖父の遺言を反芻する。
「宿儺が全部消えれば、呪いに殺される人も少しは減るかな」
「…勿論」
「快里のことも守れるかな」
「勿論」
ならば選ぶ道は一つだろう。
五条に手渡された気色悪い指を一口で飲み込む。一瞬浮き出た体の紋様はすぐに消えた。不味すぎて笑えてくる。
その様子を見ていた五条は楽しそうに笑う。
「覚悟はできたってことで良いのかな?」
「…全然。なんで俺が死刑なんだって思ってるよ。でも呪いは放っておけねぇ」
「あ、そうそう。その事なんだけど」
「ん?」
「君の死刑に反対したのは恵だけじゃない。親友の彼、快里だっけ、は自分にも責任があるから、殺すなら自分も殺せって言ってきてね。困っちゃったよ」
全然困ってない様子で両手を広げる。
その言葉に虎杖はまた涙腺が緩みそうになった。本当に、あいつはどこまで。
「……じゃあ、余計に宿儺は全部食わないとな。後は知らん」
大勢に囲まれて死ねと言われた。そうなれば良いと自分でも思う。
その時、隣に天坂がいればもっと良い。
なーんか原作のやりとりとちょっと違くない?
影からこっそり会話を聞いていた天坂はそんな感想を抱いていた。
やはり自分という異分子のせいで若干原作から外れてきているのだろうか。でも虎杖の覚悟は完了したようだし良しとしよう。
五条との問答ではちょっと希死念慮がはみ出してしまっただけなのだ。
見えるのにあえて止めなかったのは単に助けが来るのが分かっていたからだし、リアル宿儺の指を拝んでおきたかった。あんな詰問のような接し方をされるのは予想外だったが。
目隠しをした身長190cmオーバーの大男の威圧感はさすがに怖かった。
ここで活躍したのが天坂の表情筋だった。
前世の天坂の上司は馬鹿みたいに説教が長かった。同じ話題を延々ループさせ、相手が土下座するか泣くかするまで離さない。
そこで培われたのが『程よく辛そうで悲壮な表情』だ。説教が二、三周したあたりであの顔のまま掠れた声で謝れば五分の三くらいの確率で解放された。中々の勝率だ。まさか転生先でこの糞由来のスキルが役に立つとは。
一緒に死刑扱いになればきっと善性の塊である虎杖はいい曇らせを見せてくれるとつい期待してしまった。残念ながら五条の大人力と権力でそんな展開は回避されてしまったが。
「イエーイなかよ死ー!」という一発ギャグを考えていたが無駄になってしまった。
どちらにせよ、結果は天坂にとって悪いものではない。
虎杖と共に高専に編入できるよう五条が手を回してくれたお陰で『曇らせを堪能できないまま虎杖と離ればなれ』という最悪のルートは避けられた。
さて、そろそろ15分経過した。戻るとしよう。
オタク特有の気持ち悪いニヤつきを引っ込めて、『親友の快里』としての顔を作る。
焦ることはない。まだまだ地獄は始まったばかりだ。
天坂快里
本作の加害者。前世に倫理観は置いてきたが希死念慮は持ってきた。
虎杖悠仁
本作の被害者。なかよ死は回避できたが地獄は回避できなかった。
伏黒恵
クールに見せかけて情に厚い。あと善人に弱い。
五条悟
ご存知最強。若人のやりとりにちょっとおセンチになった。