こっわ。
目の前に立つ高専学長は明らかに堅気ではない雰囲気をまとっている。
呪術師という職がそもそも堅気ではないという話ではあるが、夜蛾の放つ威圧感はどっちかというとヤのつく自由業のそれだ。
夜蛾が組長だとしたら、サングラスフォームの五条はヤンチャしまくりな若頭だろうか。
猪野といい夏油といい、なんで高専関係者は揃いも揃って深夜のドンキにいそうな風貌なのか。
「君か、二人目は」
「天坂快里です。よろしくお願いします」
「何しに来た」
ノータイムで問いを投げかけられる。本当にその筋の人に詰められている気分だ。
落ち着け、しくじれば終わる。
大きく息を吸って、真っ直ぐに夜蛾を見る。
「俺は、虎杖悠仁の行く末を見届けに来ました」
「……何?」
眉間のシワが深くなる。大丈夫、想定範囲内だ。
無理に取り繕って嘘を吐き通そうとすればいずれどこかでボロが出る。だから、天坂のやるべきことはバレない嘘を吐くことではない。
伝えるべき情報を取捨選択し、言葉を言い換え、よりそれらしく聞こえるように工夫することだ。
「俺は生まれた時から呪いが見えてました。でも、憑りつかれた人がいても見て見ぬふりを通してきました。周りから、社会から排斥されるのが怖かった」
嘘ではない。虎杖にも呪いが見えることは黙っていた。
「でも、こんな俺を悠仁は救ってくれた。そんな奴が死刑だなんて理解はできても納得はできない。だから、俺も悠仁と一緒に戦います」
「つまり、親友のために命を懸ける、と?」
「そうです」
正確には「親友の(曇らせ)のために命を懸ける」だが。
のそりと一つ目の猫に似た呪骸が起き上がる。なにあれあんま可愛くない。
「不合格だ」
ですよねー。知ってた。
すぐさまポケットに忍ばせていたものを取り出す。天坂には虎杖のような天性のフィジカルは無い。
だから、天坂は呪いに対して『二人がかり』で立ち向かうのだ。
取り出したのは手鏡。鏡面に掌を付け、ゆっくりと引き出す。鏡からもう一人の天坂が這い出した。
夜蛾が片眉を上げる。
「『俺が学長に合格って言われるまで』だ。いいな?」
「分かった」
自分と全く同じ声が応える。
始めにこうして約束を設けないとこのもう一人の自分は平然と『天坂快里』本人として生活し始めてしまう。言葉による制限は必須だ。
「鏡を触媒とした分身、いや意思を持つ
「ありがとうございます」
「だが、それとこれとは話が別だ」
足元に寄ってきた猫のアッパーを間一髪で避ける。顎に拳がかすった。人形に出せる威力じゃないだろう。
「彼の行く末を見届けて、その後はどうする。死刑が執行されようがされまいが君には何も残らん」
「そんなこと分かってます、よ!」
「実の親からも『おかしい』だなんて言われてた俺には最初から手元にあるものなんてたかが知れてる。友達を手放したくないのなんて当たり前だ」
親におかしいと言われたのは事実だが、実際の内容はそんな重いものではない。
あれは天坂が小一の時だ。思い切って両親にオバケが見えると打ち明けた。
『お?そうなのか。ママどうしよう、快里は早くも中二病みたいだぞ』
『この子がおかしいのなんて今更でしょう。前からウルトラマンとか戦隊モノの前半のやられるパートばかり繰り返し見ながらブツブツ言ってたんだし』
『え、なにそれ知らないんだけど。快里ー、その歳でよく分らん方向に拗らせちゃうと後が大変だぞー』
ええいやかましいわ。特撮のやられパートからしか摂取できない栄養があんだよ。
天坂は記憶を取り戻す前から既に
小一相手にあんまりな物言いだと思ったが、その後に「困ったことがあったらちゃんと言いなさい。あとあんまり外で言っちゃだめよ」とフォローを入れるくらいには優しい両親だった。
別に親と険悪だなんて言ってないのでセーフだろう。多分。知らんけど。
猫の頭突きが腹にめり込んだ。えずきそうになるのを耐えて呪骸の頭をホールドする。暴れ出す前に
「俺は悠仁に(苦しみながら)生きていて欲しい。あいつの(曇らせを見る)ためなら何だってやる。これからもあいつが望む限りは(良質な曇らせ展開のために)一緒にいたい」
括弧内はあくまで言葉に詰まらないように頭の中だけで補完する。
猫の頭をより強く押さえ込む。
「それが俺の存在意義なんです」
夜蛾の深いため息が聞こえた。
「まったく、お前が連れてくるのは問題児ばかりだな。悟」
「僕のせいじゃなーいもーん」
28歳の成人男性で語尾に「もん」なんて付けて許されるのはこの人くらいじゃないか。転生前の天坂がやったら絶対同部署の女性陣から死ぬほどいじられて一ヶ月はネタにされる。
「天坂、一つだけ質問がある」
「はい」
「君は虎杖の尊厳のために、虎杖を殺せるか」
一瞬場が静まる。呪骸の拘束を緩めずに答える。
「時と場合によります。でも、あいつの(曇らせの)ためにも可能な限り生きる道を探し(てから俺が先に死に)ます」
「そうか」
顔の怖さは変わらないが、言葉に先ほどまでの威圧感がなくなっていた。腕の中で身をよじっていた呪骸の動きが止まる。
「悟、虎杖と一緒に寮を案内してやれ」
「…ということは」
「合格だ、危ういがな」
その言葉と共にもう一人の天坂は揺らぎ鏡に吸い込まれていった。ホッとして肩から力が抜ける。どうやら最悪のルートは避けられたようだ。
「歓迎しよう。ようこそ、呪術高専へ」
差し出された手を握り返す。
「快里!俺の部屋すげー広い!」
「間取りは俺のと変わんないのか…、グラビアのポスター貼るの早くね?」
「染谷有香の新作!」
「相変わらず長身の子好きだな」
五条に引率されて寮へとやって来た。天坂には虎杖の一つ奥の部屋が割り当てられた。
「二、三年生は今出払ってるけど、人数少ないからすぐ会えると思うよ」
「後で伏黒も呼んでスマブラやろうぜ」
「やろうぜってゲーム機持ってるの俺なんだけど」
話しながら廊下へ出ると、ちょうど伏黒がいた。以前の怪我はすっかり治っている。
「なんでコイツらが隣なんですか」
「賑やかなほうが楽しいじゃん?」
「授業と任務で充分です」
「まーそう言うなよ伏黒。後でスマブラ対戦しよう!」
「断る」
「だからゲーム持ってんの俺…」
誰がどのキャラを使うかの論争に発展しかけたあたりで五条が両手を叩く。
「ハイハイ静かにー。明日はお出かけなんだからあんま夜更かししちゃダメだよ」
「おでかけ?」
「そっ、四人目の一年生を迎えにね」
結局、伏黒にはスマブラ参戦を拒否られ、天坂の部屋で二人でコントローラーを握っていた。
復帰しかけた虎杖のマリオを天坂のピチューが叩き落とす。
「あー!今のずっこい!」
「悠仁」
「何!?次俺しずえだかんな!パクんなよ!」
「パクらねぇよ。そうじゃなくてさ、悪かったな」
「何が?」
「呪い見えるの黙ってたの。オカ研の先輩たちのことも」
一瞬キョトンとした虎杖は視線をコントローラーに落としたまま微笑む。
「いいよ。元はと言えば俺が原因だし。俺こそ快里に怪我させちまったし」
色素の薄い鳶色の瞳が天坂を映す。
虎杖が向ける表情は信頼と友愛に満ちている。
「何があっても俺は快里を信じてるからさ」
天坂の背筋をゾワリと背徳感とも罪悪感ともつかない感触が撫でていく。
ああ、この眩いまでの輝きがひび割れる瞬間が待ち遠しくてたまらない。
夜は静かに更けていく。
おススメはクウガの48話とアマゾンズシーズン2