君の傷になって死にたい   作:サイnon

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だいぶ気持ち悪い表現が入りますのでご注意ください。


8.肝胆相照

高専敷地内の神社に伏黒と釘崎はいた。湿気を含んだ生温い風が流れている。

 

「自分が死んでるくせに、長生きしろよなんて馬鹿じゃないの」

「…」

「そのうえ散々守るとか言ってた奴置いて逝ってるんじゃ世話ないわよ」

「…そうだな」

 

伏黒の頭によぎったのは虎杖の死体を前に涙していた天坂の顔。

大怪我をしていたのに、痛みで脂汗をかきながら駆け付けた先に待っていた親友の死をあいつはどう思ったのだろう。

恨み言を言われる覚悟はしていた。

帰りの車の中で天坂に虎杖の最期を伝えた。自分が何もできなかったことも包み隠さず。それでも天坂は伏黒を責めなかった。沈鬱な表情で「教えてくれてありがとな」とだけ言って、後は口を閉ざした。

 

「オマエは割と平気そうだな」

「当たり前でしょ。まだ会って二週間やそこらなんだし」

 

一瞬だけ釘崎は痛みをこらえるように口元を引き結ぶ。

 

「でも、天坂(あいつ)はそうじゃない」

「…小三からって言ってたから7、8年くらいか」

「人生の約半分よ。引きずらない方がどうかしてる」

 

天坂は虎杖の遺体に会いに行っている。これから遺体が解剖に回されると五条から聞いていた。天坂には伝えるなと言われていたが、自室で沈んだままの状態を見てしまったら伝えるしかなかった。今頃最後の面会をしているだろう。

 

「ほんと、似たもの同士よ。あいつら」

 

釘崎は唇を噛む。

救出の際に自分の代わりに呪いの攻撃を受け、傷だらけになった天坂の形代は領域を出ると『これくらいしか役に立てなくて悪い』と申し訳なさそうに笑って消えた。

どこまでもお人好しで、他人のことばかり優先する馬鹿二人だ。

 

「暑いな」

「…そうね。夏服はまだかしら」

 

蝉はまだ鳴いていない。

 

 

 

 

 

 

 

高専内にある遺体安置室で伊地知は五条に詰められていた。口調こそ普段と変わらないが明らかに苛立っている。

 

本来、特級呪霊案件の上に要救助者5名の任務を一年生に回すことなどありえない。五条が虎杖に実質無期限の執行猶予を与えたことに不服だった上層部が体よく始末するために派遣を根回ししたのは明白だった。

 

「どうせ他三人が死んでも僕に嫌がらせができて一石二鳥とか思ってんでしょ」

「し、しかし。派遣が決定した段階では、本当に特級になるとは…」

「犯人探しも面倒だ」

 

五条の体から殺気が立ち上る。

 

「いっそのこと、上の連中全員殺してしまおうか?」

 

安置室の扉が開いた。目元に隈を作り、気だるげな雰囲気を漂わせている家入硝子は黒い髪を指に絡めている。

 

「珍しく感情的だな。随分と彼がお気に入りだったみたいだ」

「僕はいつだって生徒思いなナイスガイさ」

「なら、その生徒の我儘を聞いてやれ」

 

硝子に続いて入ってきた人物に五条の顔が引きつった。

 

「…快里」

「すいません、先生。最後に顔だけ見ておきたくて」

 

天坂は申し訳なさそうに頭を下げる。

五条は報告で事の顛末を聞き、あえて天坂には解剖の話を伝えなかった。いくら呪術界のためとはいえ親友の身体が切り刻まれるだなんて言えるはずがなかった。

 

なにより、親友の死に顔なんてそう何度も見たいものではない。これは天坂のためというよりは五条の経験則だ。

 

「恵か。なんで言っちゃうかなー」

「伏黒のこと、怒らないでやってください」

「そりゃ怒るつもりはないけどさ。言っとくけど見るのかなりキツイよ?快里の精神衛生的にもあんまりおすすめはできない」

「分かってます。でも」

 

天坂は俯く。涙の跡はないが、少しやつれている。

 

「死に目に間に合わなかったからせめて、と思って」

「…困ったなぁ」

 

そんなことを言われたら出て行けなんて言えない。虎杖といい、天坂といい、性根が真っすぐすぎる。

家入が解剖台にかけられた布に手をかける。天坂に確認するように視線を向ける。

 

「本当にいいの?」

「大丈夫です」

 

布が取り払われた。

冷たい金属の台に虎杖は横たわっている。血の気が失われた身体は白く、胸の真ん中に空いた穴だけが赤黒い口をぽっかりと開けている。

天坂は覚束ない足取りで解剖台に近づき、生気のない虎杖の顔を見下ろしている。表情は五条からは見えない。

 

「妙に気にかけてるとは思ってたけどそういうことか」

 

五条の横に立つ家入が納得しように呟く。

 

「あんまり重ねちゃ可哀そうだろ」

「別にそういうんじゃないよ。前途ある若人にはできるだけ希望を持っていてほしいだけさ」

「どうだか。で、好きに解剖(バラ)して良いんでしょ?」

「…ああ。役立てろよ」

「当然でしょ。誰に言ってんの」

 

五条は伊地知に背をさすられている天坂を見る。天坂はこれを機に呪術師を辞めてしまうかもしれない。止めはしない。けれど、それでも虎杖の死を乗り越えて強くなってほしいと願ってしまうのは五条のエゴだろうか。

 

今の呪術界の上層部は腐りきっている。

腐ったミカンどもを皆殺しにするのは容易いが、そんなことをしても首がすげ替わるだけで根本は変わらない。五条だけが強くても何も変えられない。だから、五条は教育という道を選んだ。

強く、聡い仲間を育て、腐敗しきった呪術界をリセットするために。

三年の秤、二年の乙骨は将来的に五条に並ぶ術師になるだろう。虎杖もその一人だった。

 

拳を強く握る。まだ十代の若者に対して酷な要求であることは分かっている。だが、どうしても願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

あぁー、推しの死体ー。

 

五条の苦悩をよそに、天坂はおかしな方向にテンションが上がっていた。

 

転生、成り代わり、逆行などなど、数ある創作群で死んだはずのキャラクターと言葉を交わし交流することはあれど、こうして間近で推しの死体を眺めることができる機会はそうそうないだろう。

 

虎杖の遺言シーンを見逃したのはめちゃくちゃ落ち込んだし、伏黒から遺言の詳細を聞いて更に凹んだ。自室で膝を抱えながら、どうにか時間を巻き戻せないかと本気で悩んだ。

しかし、伏黒から聞かされた虎杖の解剖についての話で悲しみはあっさり吹き飛んだ。

あの日、伏黒は気を遣ってかあまり遺体が天坂の目に入らないようにしてくれていたが、せっかくだし近くで拝みたい気持ちはかなりあった。リョナ性癖に片足突っ込んでいる身としては逃せないチャンスであった。

 

うっかり気持ち悪い笑いが漏れ出ないように口を手で覆う。泣いていると勘違いしたのか伊地知が背をさすってくれた。良い人すぎる。

 

胸の傷は肉が剥き出しになっており、普通の人から見ればかなり惨い傷だ。

これ、傷口に指突っ込んだら流石に怒られるだろうか。『推しの内面(物理)に触れた』という実績を解除してみたい好奇心はある。

 

碌でもないことを考えていると、傷口が音もなく塞がっていることに気が付いた。

 

「しんみりしてるところ悪いけどそろそろ始めるよ。外に…」

 

言いかけた家入が口を閉ざす。

ぼんやりと寝ぼけ眼の虎杖が台から起き上がった。五条と伊地知が呆然とその様子を眺めている。

 

「うおっ!?フルチンじゃん!」

 

状況が分かっていないのか虎杖は周囲を見回し、横に立つ天坂に焦点を合わせる。

 

「快里…」

「起きんのが遅ぇよ。馬鹿」

「…ごめん」

 

安堵したように笑う天坂に肩を小突かれた。その感覚が虎杖に生を実感させる。

 

事実、天坂は安堵していた。自分という異分子の存在と、原作にない宿儺とのやりとりのせいでちゃんと虎杖が生き返るのか若干の不安があったのだ。この様子だと生得領域における宿儺との「契闊」についての記憶は無さそうだ。あの蘇生に関する取引がどんな意味を持つか分からないが、天坂にとっては大して重要ではない。

 

壊れた人形のように「いいい生き」と繰り返す伊地知を押しのけて五条は片手を上げる。

 

「おかえり、悠仁!」

「オッス!ただいま!」

 

ハイタッチの音が部屋に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「報告修正しないとね」

「いや、このままでいい。記録上悠仁は死んだままにしてくれ」

 

虎杖が生存していると知れば上はまた性懲りもなく嫌がらせをしてくるだろう。次は虎杖のみならず、他の一年生にも危害が加えられるかもしれない。残念ながら五条が付きっ切りで守ってやることはできない。だから、京都校との交流会までには最低限の力を身に着けさせる。自分の身を自分で守れるように。

 

「なんで交流会まで?」

「簡単だよ」

 

五条は隣を歩く家入を見やる。

かつて、その向こうに肩を並べていたもう一人の同級生がいた。自分たちを最強と信じて疑わず、共に青い春を駆け抜けた親友。最後まで同じ道を歩むことは叶わなかったけれど、あの日々は五条にとってかけがえのないものだ。

 

「若人から青春を取り上げるなんて、何人たりとも許されていないんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

「…悠仁、そんなこっち見られてもなんも出ないけど」

「あ、悪い。快里生きてるよなって思って」

「どっちかっていうとそれは俺のセリフだな」

 

服を着た虎杖は穴でも開けそうな勢いで天坂の横顔を見ていた。

正直な話、宿儺が天坂を殺してしまうのではないかという不安があった。あの状況では宿儺に代わるほかに生き残る道がなかったし、呪霊を祓ったらすぐに代われると思っていた。しかし、思惑は外れ宿儺と代わることが中々できなかった。何が起こっているのか分からないなかで、ひたすら天坂の無事を願った。

次に目を開けた時に見えたのはボロボロの伏黒。一縷の望みをかけて後を託した。

 

「快里、俺強くなるから」

 

自分はあまりにも無力だった。天坂が傷ついてようやく立ち向かうことができた。今回は幸運にも生きているが、次もそうだとは限らない。

強くなりたい。仲間を傷付けなくていいように、天坂が自分のために命を張る事がなくていいように。

 

「俺、じゃないだろ」

 

目の前に拳が突き出される。

 

()()()で強くなろう」

「おう!」

 

拳をぶつける。今度こそ、自分の力で守る。

 




古傷のかさぶたを剥がされたうえに傷に指突っ込まれてほじくられている五条先生が一番の被害者な気がしますが、本作は虎杖曇らせ小説です。
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