今回の主人公は、近界から来た2人の兄弟。
彼らが三門市で平和に暮らすために奮闘するお話です。
ある日、三門市に異世界からの門が開いた。
『近界民』と呼ばれる侵略者たちが、門付近の街を蹂躙。
街は恐怖に包まれた。
誰もが都市の壊滅は時間の問題だと思い始めた、その時。
界境防衛機関『ボーダー』を名乗る謎の一団が、『トリガー』と呼ばれる未知の技術で、近界民を撃退した。
これは、界境防衛機関『ボーダー』と、その宿敵である近界民の兄弟との物語である。
◆
三門市立第一高校
ボーダー隊員である高校生のほとんどが通っている高校であり、ある兄弟もそこに所属していた。
「織本。この問題を解いてみろ」
「はい。--です」
「正解だ。さすがだな」
大学入試レベルの問題を易々と解いてみせた彼に、クラスメイトは小さく歓声を上げる。
彼の頭脳をすごいと賞賛する声、自分と比較して嫉む声、よし自分もと気合を入れる声。
教室内で様々な気色の声が湧くなか、その中心に彼はいた。
少年の名は織本和希。3年B組の生徒にして、近界から来た正真正銘の近界民。
生まれながらに類まれなる頭脳を持つ彼は、近界民であることを隠して一般人として暮らしている。
◆
帰宅時間となり、隣の席の友人である北添尋が困り顔で和希に話しかける。
「和希、やっぱすごいね。あの問題なんでそんな速く解けるの?」
「ゾエ。うーん、普通に解いただけだよ。この公式を使って…」
スラスラと解説をする和希に、北添は感嘆した声を上げる。
「うわぁ、すごいね。和希って、それだけ勉強できるのに、なんで進学校に行かなかったの?」
「僕なんか大したことないよ。うちは親がいなくて、弟と2人だけで暮らしていかなきゃいけないから、家から近いのが絶対条件なんだ。大学も近いところで受けるつもりだしね」
「そっかぁ。2人暮らしだと大変だよね」
親はいない。頼れる親戚もいない。普通ならば、その身元を怪しまれて然るべきだろう。
しかし、この三門市では、そのような境遇の子供は多くいる。
4年前の第1次大規模侵攻によって、家族を失った人々が多いという三門市の状況は、彼にとっては良い隠れ蓑になっていた。
和希が北添と話していると、同じクラスの王子が彼に話しかけた。
「やぁ、和希。君ほどの頭脳があれば、きっとボーダーで活躍できると思うんだけど、僕の隊に来る気はないかな?」
「何度も言っているでしょう?ボーダーに入る気はないって。家のことや今のバイトで手一杯だよ」
王子はボーダーB級部隊『王子隊』の隊長であり、彼は技術や火力よりも作戦立案に重きを置いている。
隊のブレーンとして和希の能力が欲しいと考え、同じクラスになってから何度も和希を勧誘していたのだ。
「でも、ボーダーで正隊員になれば、給料がもらえるじゃないか」
「正隊員になるまではタダ働きだし、僕は戦うのはいやだな」
「そうか。まぁいつでも待っているから、気が向いたら教えてよ」
勧誘話を一通り終えた王子はマイペースに教室を立ち去り、北添はため息をつく。
「王子はよっぽど和希を隊に入れたいんだねぇ。でも、和希もかたくなに断るよね。お試しで入隊試験受けてみたらいいのに。それとも、ボーダーに入りたくない別の理由でもあるの?」
「別の理由…」
和希がボーダーに入らない理由は、もちろん和希自身が近界民だからだ。ボーダーが近界民を敵だと考えているのに、彼らの本拠地に行くなんていうのは自殺行為だ。
だが、ボーダー隊員である北添を前に、そんなことを言えるはずがない。少し答えに窮していると、教室の入口から見知った声が聞こえた。
「おいゾエ!そろそろ行かねーと任務遅刻するぞ」
「あっカゲ!りょーかい、今行く」
声をかけたのは、北添のチームメイトである影浦だった。
「あと、和希。お前の弟が来てんぞ」
「望実!」
「兄さん。帰りましょう」
影浦の後ろからひょっこりと顔を見せたのは、和希の弟である織本望実だった。
和希と北添はすぐに荷物をまとめて教室を出る。
影浦と北添はボーダー本部へ。
和希と望実は自宅へ。
別れの挨拶をし、それぞれが足を進めた。
◆
高校から家までの帰り道。
仲睦まじく歩く兄弟、織本和希と織本望実は、クロヴィという国から来た、正真正銘の近界民だ。
2年前、クロヴィから玄界の偵察任務を課され、三門市へやってきた。
かねてから祖国から解放されたいと願っていた兄弟は、偵察任務中に自身の死亡を偽装して、身を隠した。
そして今も、ボーダーからもクロヴィからも隠れて三門市で一般人として暮らしている。
「ごめんね。待たせてしまったかな」
「いえ、来てすぐに影浦さんが気付いてくださって。優しい方ですよね、影浦さん」
「そうだね。カゲもゾエも王子も。みんな素敵な人たちだ。こちらの世界は本当に、良い人ばかりだね」
祖国であるクロヴィでは、全ての権力を国王が持っており、兄弟は幼い頃から命を懸けて戦うことを強制された。
戦うことが怖くても、嫌でも。やめることも逃げ出すことも許されなかった。
そのような環境だから、同期や友人と呼べる人たちも、どこか殺伐としており、心休まる時がなかった。
だから、このような温かい環境で、気の合う友人と、気の向くままに楽しく話すのが、特別に幸せなことに思えるのだ。
「こんなにも平和な世界を、壊そうとするやつは、許せないね」
和希は警戒区域を睨んで小さくつぶやき、足を進めた。
◆
家に帰った兄弟は、自室に荷物を片付けたあと、和希の机の上にある機械を見る。
「兄さん、今日はいますか」
「向こうの川原に数匹いるみたいだ」
その機械は、トリオン兵の位置を表示するレーダーだ。
2人の祖国であるクロヴィは、「情報こそが力である」という方針で、隠密任務に力を入れている国家だ。
そのため、クロヴィが独自の技術で開発した隠密任務用のトリオン兵は、ボーダーの目も掻い潜り、夜の街を徘徊して情報を集めている。
だが、そんな隠密と情報収集に特化したトリオン兵が三門市を徘徊していたら、死亡したふりをして国を裏切った兄弟がいつ見つかるかわからない。
そのため、国を裏切る際に遠征艇から盗んだクロヴィ製のレーダーで隠密任務用トリオン兵の場所を確認し、夜の闇に紛れて討伐するのが兄弟の日課となっていた。
◆
夜6時頃ー
「冬は日が落ちるのが早いね。さあ、行こう」
「トリガー起動」
兄弟はトリオン体に換装し、上から下まで真っ黒な隠密任務用の服装になり、さらに深く黒いフードを被って顔を隠した。
兄弟が川原へ行くと、そこには5体の特殊トリオン兵が徘徊していた。
隠密トリオン兵『キャット』
クロヴィ独自の技術により作られた、小型の偵察用トリオン兵だ。
それ自体に戦闘能力はないが、通常のレーダーに映らず、得た情報を画面越しにリアルタイムで伝えることができる。
周囲に人気がないことを確認して、和希は望実に指示を出す。
「いつも通り、フードを深くかぶって、絶対に顔を見られないように気を付けて。背格好や戦い方のクセなども見られないことが望ましい。30秒以内に終わらせよう」
「はい、兄さん!」
和希の合図で2人は走り出す。
和希のトリガーは、シンプルな剣1本に、シールドが1枚だ。
ボーダーのトリガーに例えると、剣は弧月に近い。
突出した剣の技術で相手を斬りつけ倒すのが、和希の基本的なスタイルだ。
そして、望実のトリガーは、拳銃2本と爆弾、そしてシールドである。
ボーダーのトリガーに例えると、拳銃型のアステロイドと、メテオラに近い。
ボーダーのトリガーのような多様性はないが、突出したトリオン量で威力のある弾丸や爆弾を放つことができる。
拳銃を早撃ちし、トリオン量による火力で相手を圧倒するのが望実の戦い方だ。
和希は5体の『キャット』の死角から近づき、ブレードで2体の『キャット』を斬りつける。
それに気づいた他3体がそちらを振り向く前に、望実が神速の射撃で目を打ち抜く。
5体の『キャット』を一瞬で仕留めた暗殺者ー織本兄弟は、『キャット』が活動停止したことを確認して、残骸をゴミ袋に入れて回収した。
「さあ、ボーダーや民間人に見つかる前に逃げるよ」
「はい、兄さん」
仕事を終えた2人は、換装を解いて足早にその場を去っていった。
◆
家に戻った兄弟は、リビングで休息を取っていた。
「今日もお疲れ様、望実」
「兄さんも、お疲れ様です。今日も彼らに見つからずに、うまくいきましたね」
おだやかに微笑んで話す望実とは対照的に、和希は深刻にこの先のことを考えていた。
クロヴィのデータベースでは死んだことになっている兄弟が、間違ってもトリオン兵に顔を見られるわけにはいかない。
その点、兄弟が顔を隠して討伐すれば、クロヴィはそれをボーダーの仕業だと考えるだろう。
今の状況が続くならば、兄弟の正体は簡単には明かされることはない。
「ただ、これから先もうまくいくとは限らない。こうして何者かが『キャット』を葬っている事実はクロヴィもわかっている。また、ボーダーだって、『近界民が民間人を装って市内に潜伏している』なんて状況に気づけば、全兵力をあげて排除しに来るだろう」
「兄さん…」
例えば、クロヴィのステルス技術が向上して、和希の持つレーダーでも捉えられなくなったら。
例えば、2人が『キャット』を討伐している場面を、ボーダーや民間人に一度でも見られてしまったら。
そうなれば、2人はボーダーからもクロヴィからも追われることになり、この平穏な暮らしはできなくなるだろう。
そうなってしまう前に、何か対策を打たなければ。
そこまで考えたところで、望実が不安そうな顔をしていることに気づく。
和希は思考を中断し、安心させるように笑みを浮かべる。
「大丈夫。いざという時のためのプランもある。それに、これまでのように慎重にやっていけば、僕らの正体が知られるようなことにはならないさ」
そう話す和希に、望実は信頼のまなざしを向ける。
「はい、きっと大丈夫です。兄さんのプランが失敗したことなんて、これまでありません!」
「あぁ。守っていこう。大好きなこの街を。この平和な日常を」
これは、近界から来た兄弟が、大好きな三門市を守る物語。
その境界線が交わる時は近い。