外では雨が降っている。
窓には雨水の通り道が幾つも形成されておりチラチラと小川のように雨水が流れている。近くに植えてある木の葉からは滴る雨水を地面に落としている。庭の道路のアスファルトはすっかり黒色に濡れており、施設の屋根から流れ落ちる雨水がチョロチョロと流れている。
今日は晴れないな。
天気予報では今日は一日中雨だと聞いている。空の曇り具合だとしばらくは雨だろう。低気圧がこの辺りに留まっているのが外に置いてある花に水をやる手間は省けるのはあり難い。植物の多くは水が必要だからな。
今日は大学の講義で生物の授業を行い、学会にも出席しなければならない。今日は少し忙しい。雨の中学会に行くのは少し手間がかかる。と言っても移動の大半は車と新幹線だからあまり濡れないだろうが。
しかし、“この子達”は大人しく待ってくれるだろうか?
俺は少し大きいケージに目を向ける。
中には土や植物が置かれており、小規模のテラリウムのようになっている。水場も置かれており、生き物を飼っているように見える。水は定期的に入れ替えているため結構綺麗だ。ケージ内の植物はあまり大きくないものの、麗しい緑色が植物の美しさを呈している。
そのケージの中に、二本足で歩く植物がいる。
その植物は少し短い足を生やして動物のように歩いている。そして手も生えている。もはや動物としか思えない程の振る舞いをしている。しかし、頭頂部から生えた葉が植物であるという事を強調している。
その植物の数は“七匹”いる。
その植物は一匹一匹色が異なり、見た目も異なる。
棘のように鋭い鼻を持つ、赤い個体。
大きな耳を生やす、黄色い個体。
口のような器官を持つ、青い個体。
少し太っていて、毛のようなものを生やす紫の個体。
赤い大きな目を持つ、白い個体。
岩のように光沢のある、灰色の個体。
羽を持ち、水色の大きな目を持つ、桃色の個体。
私達は彼らを“ピクミン”と呼んでいる。
ピクミンの最初の発見は、20XX年。
今まで人類が足を踏み入れなかったと言われる地域、通称“PNF-404”*1に探検隊は調査の為に入った。
「ここがPNF-404か。俺達が人類で初めてこの土地を調査するんだ!」
「ワクワクしますね! 教授! 未知の生物発見したらテレビやニュースに載っちゃいますよ! その内ノーベル賞とか貰ったりとかして!」
「なかなか凄いな、お前の理想……」
助手の妙に高いテンションにやや呆れつつ、調査隊は歩を進めた。人類が初めて踏み入れる土地だから何があるか分からない。慎重に進みたいのだが、助手のあのテンションで野生動物に気付かれないか結構不安となっている。
「まぁ、無理無いですよ。世界で初めて此処に踏み入れるのが私達なんですし」
「教授も内心はわくわくしてるんですよね?」
「まぁ、学者てのは未知を探して解き明かすのが生きがいみたいなものだからな」
同伴しているラボの生徒も助手程ではないがテンションは少し高いようだ。
俺達がこの地域を探検する事になったのは今までの実績が評価されたのが大きい。俺達のラボは今まで色んな所に行って様々な発見をしてきた。新種の生物の発見や現象の解明…… 限られた予算でこれらの研究をしてきたのだ。最近は成果が評価された事により予算が増えてきてるが。これらの成果によりこのPNF-404の調査にいの一番に入れる事が出来たのだ。
「この先何があるか分からない。慎重に行くぞ」
「「「おー!」」」
「さっき言った事もう忘れてないか……」
皆が大声を出して早速頭を悩ませてしまう。本当に大丈夫か、これ。野生動物に気付かれてるんじゃあないか? 今までこのチームで研究・調査をやってきたが本当に今まで無事だったなぁ、と教授は思ってしまう。
しばらく探検していると、地面に何か生えているのを生徒が見つけた。引っこ抜くと奇妙なニンジンを見つけた。見た事が無い植物で、これは新種で間違いない。
「このニンジンみたいな植物。二又に分かれているぞ。」
「ピクピクして動きそうな形してますね…… そうだ! ピクピクと動きそうなニンジンだからピクピクニンジン*2と名付けましょう!」
「何だその名前…… いや、たまにはそういう名前も在りかもしれんが。そもそもこれはニンジンなのか分からんが、便宜的にそう名付けるか」
教授は一先ずそのニンジンのような植物を「ピクピクニンジン」という名前を付ける事にした。
その後ある程度探検したがピクピクニンジン以外に目新しい発見はされず、テントを張って寝泊まりする事になった。周りに野生動物がいないか確認し、テントを張る準備をしていた。
「よし、ピンを持ってきてくれ」
「はい」
「荷物をちゃんと見張ってるんだぞ。周りは野生動物がいないとはいえ万が一という事もある」
「勿論です」
ラボの生徒はテントを張る作業と見張りをやっていた。見張りに関しては複数人で見張っており、研究資料やパソコン・食料などが入っていた。
「鳥もいないや…… この辺りは植物位しか生息していないのだろうか」
見張りをしている生徒はこのPNF-404の生態系が気になった。この辺りは森や林、低木地帯が多い。アフリカのような自然が広がるが野生動物は一切見かけなかった。
「動物あたりで新種が見つかるかなぁ……」
見張りの生徒がそうボヤいて、荷物を見てみた。すると、ある異変に気付いた。
「ん? 乾燥肉が減ってる?」
荷物の食料である乾燥肉が減っているのだ。持って行く時はもう少し量があったはず……
気のせいか、それとも何かの生物が持って行った……?
すると、何か音が聞こえた。声のような……
「ンーショ、ンーショ……」
「……?」
声だ。近くから。荷物下の地面辺りに……
生徒が地面を見る。慎重に、ゆっくりと音を立てずに視線を向ける。
そこには……
「ンーショ…… ン?」
赤い小人と思しき生物が、乾燥肉を運んでいた。
「………………」
「………………」
沈黙が流れる。目の前にいる存在を見つめ合い、お互いの脳内の処理が終わった時、
「わあああぁぁぁ!」
「ワッ!」
生徒と小さい生物は驚いて大地に響くような大声を上げた。
その声に気付いて教授と助手、他の生徒はすぐさま見張りの生徒の元に駆け付けた。
「何だ!? 今の声は!?」
「教授! 小人です! 頭に葉を生やした小人が!」
「小人?!」
見張りの生徒の証言に教授は一瞬驚くが、その生物が気になり生徒を何人かテントに待機させてその小人を探す事にした。体が小さいとなると探すのは大変そうだが無視するわけにはいかなかった。
「手足や目と思しき器官があって植物の葉が生えている…… 葉を被っているわけではなかったんだな?」
「えぇ、どう見ても体から直接生えているようにしか見えなくて……」
「もしかして、動物と植物の特徴を持つ生物…… でしょうか?」
「動物と植物の特徴を持つ生物ならミドリムシがいるが、話を聞く限りだとかなり動物的特徴が強そうだな」
話で出た通りミドリムシは鞭毛運動する動物的特徴を持つと同時に葉緑体で光合成を行うという植物的特徴を持つ生物である。先程の生徒が見た生物は手足と目という、動物が持つ器官を持っているのだ。これだけなら動物とも言えるが、葉を生やしている事から植物とも言える可能性がある。
「分類学に波乱が起きそうだな」
「今まさに別の意味で波乱ですけどね、教授!」
「まぁ、そうだな」
教授達は生物が逃げていった方向に向かった。日が暮れてきているがまだ明るい。しかし時間が経てば暗くなってしまう。なるべく早い内に見つけなければならない。
少し低木が生えている場所に差し掛かった。すると、何か音が聞こえる。あの声だ。
「ワー、ワー」「ンー……」「キャッキャッ……」
「あ、あの声。間違いないです」
「近くにいるな。ゆっくり近づこう」
教授達は速度を遅くして声がする草むらに近付く。生徒が見たあの生物はいるのだろうか? ゆっくり近づく。視線を下に向けると、地面に小さな足跡がある。あの生物の足跡だろうか?
「これは…… あの生物の足跡か? 辿ってみよう」
「この先にいるのかなぁ……」
「あぁ、何かドキドキするなぁ……」
教授達はゆっくりと足跡を辿る。草が所々生えている大地を音を立てないように歩いて行く。少しずつ声が出る場所に近付いていく。
そして、その声の発信源に辿り着いた。
「ワ~」
「ワ~!」
「イェイ!」
そこには、根を生やしたタマネギと思しき物体の近くで、葉を生やした小人達が遊んでいる風景だった。
「……何だこりゃ」
今まで見た事の無い光景に唖然とするメンバーがいる中、教授は口からそう呟いた。
まず最初に目を見張ったのは小人達だ。近くの土の塊をボールのように投げて遊んだり、植物の葉を滑り台のように滑って遊んだり、低木の茎で木登りをするなど、遊び方が人間とよく似ているのだ。
そして次に目を見張ったのはタマネギのような物体。細長い根のような触手を3本出していて宇宙船の着陸のように居座っている。これは…… 彼らの乗り物なのか?
「これは…… 巣…… なのか?」
「でもなんか動いてますね…… これも生物なのでしょうか?」
「共生関係…… いや、生物というより機械のようにも見えます」
「母船? いや、何なんだこれは?」
教授達が話し合ってると、小人達が自分達の存在に気付き、顔をこちらに向けた。中には手に肉のような物を持ってる小人もいる。どうやら乾燥肉を持って行ったのはこの子のようだ。
「ン?」
「ン?」
「ン?」
小人の皆が首を傾げて自分達を見ている。敵かどうか判断しているのだろうか? もし敵だと判断したなら襲ってくるのだろうか……
見たところ数は50匹位か。もし蟻のように群がって襲いかかって来るのだろうか? 先程土の塊や葉を使って遊んでいる様子を見ると道具を使う程の知性はあるだろう。道具を使って襲ってくるのか……
そう思っていると、
「ワ~!」
「ワ~!」
「ワ~!」
此方に向けて手を振り始めた。まるで有名人に手を振るように、笑顔で振っている。
「これって歓迎されてるんですかね?」
「何か俺達が映画スターみたいになったみたいですね……」
「おぉ、我々が新種を発見した事を称賛してるのかもしれませんね! はっはっはっ!」
「それは違うと思うが」
「いや、さすがに冗談ですよ…… ハハ……」
助手の高いテンションにやや呆れつつも目の前の生き物達の様子をじっくり見る。
「表情からして情緒や感情豊かだ…… まるで人間みたいだ」
「確かに、道具を使っている事を含めて考えるとこれは知能が相当高いですね」
この生き物は体が小さいながらも情緒や感情はかなり発達している。まさに「小人」と言っても差し支えない程だ。まさかこのような生物に会えるとは夢にも思わなかった。
すると、小人は乾燥肉を持ってタマネギのような物体に近付いていく。
「ワッセ! ワッセ!」
「? 何だ?」
タマネギのような物体の真下に近付くと、物体から縦状の光が降り注ぎ、乾燥肉を吸い込んだ。完全に吸い込んだ瞬間、ポンッという綺麗な音が鳴った。
「!? 吸い込んだ!?」
教授達の目を見張る中、物体は真上の花のような部分から葉が付いた種のような物を5つ吐き出した。それは重力にまかせてゆっくり落下していき、地面に到達すると一旦埋まるもののすぐに葉を地面に出した。
「え…… 何だこれ?」
その葉はゆらゆらと動いており、まるで自分を誘っているかのような動きだった。
周りにいる小人達はその葉を指差している。
「……これを抜いてほしいのか?」
小人達は頷いている。どうやら教授達に抜いて欲しいらしい。
「大丈夫でしょうか?」
「見たところ大丈夫そうに見えるが、念のため手袋を着て引き抜こう」
教授は手袋を装着して芽に触ってみる。意外にも丈夫そうだ。少しだけ力を入れて引き抜く。すると、
「ピクミン!」
元気そうな声と共に、もう一匹の小人が現れた。
「な!? この小人達だったのか!」
「あの物体から出て来たという事は…… あそこで彼らは生まれるという事?」
あのタマネギのような形の物体から小人が生まれたという現象に一行は驚きを隠せない。種のような物が出て来て葉を咲かせるまでそんなに時間は経っていない。にも関わらず体が形成されているからだ。それに加えてあの物体と小人達は繁殖に密接に関わってる事にも驚いた。
「凄い生き物ですね! こんな生物は見た事も聞いた事も無い!」
「確かに…… 何て名前を付けましょうか?」
「そうだな……」
教授はこの小人達の名前を考えてみた。この子を引き抜く時の鳴き声は聞いた事の無い言葉だった。それに今日発見した「ピクピクニンジン」にも何処となく似ている。そこから、彼はこう名付けた。
「ピクミン……」