お馬さんが林檎をおいしそうに食べる動画を見て、ウマ娘も林檎が好きなのでは? と思い書きました。
誤字脱字の報告、感想等頂けると幸いです。

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メジロマックイーンとアップルパイを食べる話

休日の昼下がり、暇になったのでトレーナーさんに「トレーナーさんのお部屋で一緒に映画を見ませんか?」と誘うと快諾して頂けた。

彼は私の要望にいつも親身になって対応してくれる。休日まで私の趣味に彼を付き合わせて悪い気もするけれど、そこは“一心同体”の関係を誓い合った間柄。いつ如何なる時も以心伝心のコンビであるために、必要なことなのである。

そう言い訳でもしないと誘えない自分を情けなく思っていると彼の家の前に着いた。いつも、インターホンを押す時は緊張する。

意を決してボタンを押した。しかし、インターホンを鳴らしても、彼は出てこない。

「トレーナーさん、いらっしゃいますか?」

「ああ、マックイーンか。鍵は開いている。すまないが、勝手に入ってきてくれ!」

遠くの方で彼の声が聞こえた。何か手を離せないことでもしているのだろうか? それにこの甘い香りは何だろう?

「分かりました。お邪魔しますわ」

一応声を掛けてドアを開けると、匂いが更に濃くなった。思わず唾を飲み込む。その匂いは、リビングに向かえば向かうほど濃くなっているようで、丁度ダイエットのために昼食を控えめにしてきた私には、抗いがたい誘惑だった。

香りの元を辿っていくと、キッチンにたどり着いた。そこではエプロンを着けたトレーナーさんが鍋をかき回していた。いつものスーツ姿では無いことに新鮮さを感じたのも束の間、この食欲をそそる香りの元が鍋にあることに気づくと、私は彼に尋ねた。

「トレーナーさん、何を作っていますの?」

「これか? アップルパイの中身を作っているんだよ」

そう言われて、もう一度嗅いでみる。林檎と、バター、シナモンにレモン、それと少しお酒の香り。いちょう型に切られた林檎が、鍋の中で煮えていた。

ふと、冷蔵庫の隣にあったダンボール箱に気がついた。

「あの箱は何ですの?」

「あの中には林檎が入っている。この時期になると実家から大量に送られてきてな。毎年、同僚やお世話になった人に配っているんだ」

トレーナーさんに許可をもらって箱を開けると、そこには真っ赤な林檎が所狭しと敷き詰められていた。箱の中に充満していた甘酸っぱい香りが広がる。どれも色艶が良くて思わず齧ってみたくなったけど、それはメジロの者としてあまりにも無作法なのでしない。

「トレーナーさんの実家って林檎農家だったんですの? 初めて聞きましたわ……」

「あれ、言ってなかったっけ? まあ、実家で作っているのは林檎だけじゃないけどね」

そう言いながら、鍋を火から下ろしてトレーに中身を広げ始めるトレーナーさん。手際の良い様子から、お菓子作りに慣れている様子だ。

「慣れていらっしゃるご様子ですが、普段からお作りになるんですか?」

「たまにね。っと、これでよし。冷めるまで冷蔵庫に入れておこう」

作業を一段落した彼を見ていて、私は当初の目的を思い出した。

「そうですわ! トレーナーさん、アップルパイが出来上がるまで映画を見ませんか?何本か用意してきましたの!」

「ああ、そう言えばそうだったね。ちょっと待っててね、パイをオーブンに入れたらそっちに行くから」

「承知しましたわ!」

プレーヤーにDVDを入れる。今日借りてきたのは、伝説的なウマ娘とトレーナーの恋愛模様を描いた映画だ。才能を期待されているウマ娘とまだ新人のトレーナーが、二人三脚で数々の困難を乗り越えて、最終的に2人は結ばれるといった物語だそうだ。ありきたりな話だけれど、この映画がトレセン学園の生徒の間で話題になっているらしい。

何でも、この映画のモデルになったウマ娘がトレセン学園の出身で、この物語も実話なのだそうだ。……先達から学ぶことは多い。私にもきっとこの映画から学べることがあるはずだ。

チャプターメニューにして待っていると、しばらくして彼が来た。片手に持っている皿にはくし型に切られた林檎が盛られていた。

「食べたそうな顔してたからさ。1つどう?」

「よろしいのですか? では、ぜひ頂きますわ!」

アップルパイならまだしも、果物1個なら体重に響かないだろう。私は小腹を満たすことを優先した。

私は彼から林檎が入った皿を受け取った。ソファに座った彼の膝の間に私も腰掛ける。準備が整うと、リモコンを操作して映画を再生した。

映画を見る時の定位置はいつもここだ。同じメジロ家のライアンやドーベル、それにライバルのトウカイテイオーにこのことを言うと3人とも一様に顔を赤くして「距離が近すぎる!」と咎められてしまう。しかし、これも一心同体であるために必要なのである。それにトレーナーさんも嫌がっている様子は見られない。

むしろ、私の頭を撫でてくれたりするのでリラックス出来るのである。

「マックイーンの髪はさらさらだな」

彼が私の肩にかかった枝毛のない艶やかな淡藤色の髪に指を通す。自慢ではないが、彼が褒めてくれるのでヘアケアには時間と手間をかけている。

「褒めても何も出ませんわよ? それよりも。林檎、食べさせて頂けますか?」

そう言って彼に楊枝に刺した林檎を差し出す。彼は私から楊枝を受け取ると、私の口の前に置く。

しゃくりと、林檎を齧ると瑞々しさと甘酸っぱさが口の中に広がる。そしてもう1口齧って、飲み込んだ。

「おいしいですわ!」

彼の方に首を回して、林檎の味を褒め称える。彼は私の様子を見て微笑んだ。

「そうか。メジロ家のご令嬢が絶賛したとなれば、きっとお袋も親父も喜ぶよ」

空いていた彼の手が、私の頭を撫でる。耳が畳まれて、彼を完全に受け入れているのが自分でも分かる。

この時間がたまらなく好きだ。優しい彼と、こうして密着しながら映画を見る時間が。これからも、それこそいつか選手を引退しても、彼と一緒にいたい。願わくば、彼も同じ気持ちであれば良いなと思った。

 

満たされた気持ちで映画を見終わると、トレーナーさんがアップルパイを持ってきた。オーブンから取り出したそれは、見事な物だった。パイ生地に着いた綺麗な焼け目と香ばしい香り、そして中身の林檎が一体となって私を誘惑してきた。

トレーナーさんはパイを切り分けると、私に差し出した。

「どうぞ召し上がれ。もう冷めているからすぐに食べられるよ」

「よろしいのですか? ですが、私今ダイエット中でして……」

「君の体重は把握してるよ。大丈夫だ、いつものメニューをこなせばこれくらいのカロリーは消費出来るから」

そう言って私の前に皿を置くトレーナーさん。

「そうなんですの……いや、なぜ私の体重を知っていますの!?」

しれっととんでもない事を言ったトレーナーさんを問い詰める。彼は「君のトレーナーだから当然」と誇らしそうに言っていたけど、問題はそこでは無かった。……もしかして3サイズから何から何まで筒抜けになっているのだろうか。いくら一心同体とは言えど、少し寒気がした。

気を取り直して、私が受け取ったそれをフォークで切り分ける。

「いただきます」

口に運ぶ。彼は私が食べる様子を見守っていた。

歯に当たって、薄く何層にも重なったパイが 崩れていく。中に包まれていた林檎が舌に触れる。火を通した林檎は、柔らかくなっていたけれど食感を保っていた。

「おいしいですわ、とっても!」

頬が緩む。スイーツ好きの私さえ唸らす逸品だ。彼の腕は相当なものであると言っていい。

その台詞を聞いたトレーナーさんは、どっと息を吐いて姿勢を崩した。

「良かったー、他人に食べさせるのって滅多にないからさ。安心したよ。どれ、俺も1口」

今まさにアップルパイを食べようとしているトレーナーさんを見て私は閃いた。

「トレーナーさん、ちょっとお待ちになってくださいまし!」

「ん? どうしたの? 」

彼は口に運ぼうとしていたフォークを止めた。

「よろしければ、私にもあ、あーんさせてください」

「えっ」

私の提案にトレーナーさんは固まった。いつも甘えさせてくれる彼にお返しにと思ったのだけれど、どうやら彼は自分が甘えることには慣れていない様子だ。

「いや俺はいいよ。何か恥ずかしいし……」

目線を逸らして照れくさそうに頬をかく彼が、いつもの頼りがいのある印象と違って可愛らしかった。

「遠慮しないでくださいまし、さあ!」

いつになく攻め気な私に彼は観念したのか、口を開けて目をつぶった。彼の口にパイを運ぶ。

「お味はどうですか?」

「味なんて分からないよ……」

耳まで真っ赤にした彼を見て、つい私のいたずら心が刺激された。

「でしたらもう一度試してみますか?」

そう言って、またフォークで切り分けたパイを差し出そうとすると彼は、

「!? いやっ、もういいから! ! ごちそうさま!!」

と言葉の勢いそのままに自分の皿にあったパイを平らげてしまった。

「ふふ、可愛い人」

「あまりからかわないでくれよ……」

「あらごめんなさい。ですが、あなたの意外な一面を見れて私も満足しましたわ。ごちそうさまでした」

急いで食べてしまったトレーナーさんをよそに、私は優雅な動作でフォークを置く。一つ一つの所作を丁寧にこなす事もメジロに生まれた者として当然のことである。

「……食後の1杯はどう?インスタントしかないけど」

まだ顔を赤くしながらも、調子を戻しつつある彼はキッチンから紅茶のスティックとお湯の入った電気ケトルを持って戻ってきた。

「ええ、頂きますわ」

2つのティーカップにお湯が注がれる。休日の午後、2人でお茶を飲んでくつろぐこの瞬間がかけがえのないものに感じられた。


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