それは四人の『家族』
これはその最後の一人がやってくるお話。
マントを蝙蝠に変化させ、向かわせる。無数のそれらが追手の目を僅かに眩ませた。しかしそれを貫くのは自分に対して影響力の大きい対魔術式の光弾。彼は乱数飛行をしながら直撃を回避する。
「ち・・・くっしょう!」
口から出るのは悪態ばかりだった。
「だりぃんだよ、お前らァァァ!!」
声と共に辺り一帯に衝撃波を食らわせる。何人かの術師を巻き込んだ勢いは止まらず、自分を中心にクレーターを創り出した。
「死にてぇ奴からかかって来いや!」
その気合に怯んだ人間達にこちらから襲いかかる。その手に宿す鋭い爪で一人、二人三人四人五人・・・数多くの敵を引き裂き続けた。
そうしてやっと、辺りは静かになる。
「んのやろ・・・」
誰もいなくなった”異”国の地の果てで吸血鬼は膝をついた。これで何度目だろう。
生家を飛び出して数ヶ月。面白半分、物見遊山で訪れた人間界。
だがそこには自分のような魔の者に対して決して優しくはなかった。
この世界は自分に厳しい。魔性の民を毛嫌いする者が多いらしく、それを狩る為の組織が存在していた。
これまで幾度と無く襲撃を受けた彼、アレクサンドル・ラグーザは天を仰ぐ。
「ここも安全じゃない・・・」
攻撃により減った眷属を集め、翼を練り上げると彼は飛び立つ。
「とりあえずは逃げねぇと」
傷だらけの身体を動かして夜空に飛び出した彼は東を目指す。これといった意味はない。ただ飛んだ先が東だっただけだ。
幸にして今夜は満月。夜を司る自分には恰好の月夜。
翼を広げた吸血鬼は月を切り裂きながら空を舞っていく。
ラグーザ家は貴族であった。それも吸血鬼の長たる『真祖』の血脈。末弟とはいえ彼自身その血に誇りを持っていたし、その在り方は大切な矜持だ。
だがいつからか窮屈に感じている自分がいた。
吸血鬼とは血を吸う事で眷属を創り出す。それは上と下を明確に分ける作業。その性質からか父も母も兄達も序列という順番付けを彼に強いた。
『お前は下なのだから言う事を聞け』
その言葉を聞かされ続けた彼は吸血鬼としてはどこか異端であったのだろう。反発心をその心に重ねていく。
そうして、異端児の彼は自然に爆発させた。
『俺は俺だ』
その四文字は彼を突き動かし、魔界の実家を飛び出すキッカケとなった。
やがて辿り着いたのは人間界。北欧の小さな田舎街。
流れ者として扱われ、徐々に住人達とも交流を深めていった。
そこに住む人々は皆優しく、彼自身、自らを等身大のヒトとして接してくれる彼等を好いていた。
「よぉ、サーシャ。ちょっと仕事を手伝ってくれないか?」
「にーちゃん、あそぼーぜ!」
「サーシャ、これ持っておいきよ」
畏怖される対象としてではなく、対等な目線で自分を見てくれる街の人々は初めての存在であったし、嬉しくもあった。
だが。
そんな優しい日々を壊したのも自分だった。
あくる日。ハイキングに出た町の子供達が山で行方不明になる事件が起きる。子供の親達が心配する様子を見た彼は一人山に入ると彼等を探した。
力になりたい。自分なら出来る。
驕っていた訳では無い。
ただ助けになりたかった。
自身の力を使い、難なく子供達を見つけたはいいが、不幸な事に野生の熊に襲われている真っ最中だった。
アレクサンドル・ラグーザは躊躇なく力を使い、子供達を救う。吸血鬼の力を使えば容易い事だ。返り血に塗れながらも笑顔で泣く子らをあやし、山を降りる。
彼は町の人々の為に力になれた自分を嬉しく思った。胸を張り、全員を家族の元へ連れ帰った。
しかし、彼等を街に連れ帰った彼を待っていたのは予想もしない事態だった。
血塗れの彼が話す内容は街の住人達には受け入れ難いものだったのである。
野生の動物相手にヒトは無力だ。それだというのに目の前の青年は素手でそれを屠ったという。真っ赤に染まった彼を見た人々は恐怖した。
『おかしい』
『変だ』
『彼は、ヒトではないのではないか?』
口々に恐れの言葉を紡ぎ出す住人達。その中央で一番困惑したのは彼自身だった。
「待ってくれ、俺は・・・」
言いながら伸ばされるのは真っ赤な右腕。その腕は助けた子供の母親に払いのけられた。
「ヒッ! ば、化け物!」
化け物。
その一言が吸血鬼の胸を貫いた。
彼女の一言で彼の周りの人間達が手のひらを返す。その瞬間にアレクサンドル・ラグーザは彼等から対等に見てもらえなくなったのだ。
街外れの一軒家は充てがわれた彼の住居。実家に比べれば狭く粗末な一室でベッドに寝転んだ彼は天井を見上げたまま、そこを見つめた。
「化け物・・・そうだよな」
ひとりごちる言葉に返す者はいない。寝返りをうつと、今度は窓の外を見た。程よく山奥にあるこの街の夜は暗い。街灯という物はあるにはあるが、深夜ともなれば全てがその灯を落とす。月の光が窓から差すこの部屋は、そこから影を伸ばすモノしかいなかった。
「やっぱ俺はいなくなったほうがいいのかもしれねぇ」
「俺は・・・ヒトじゃないから、な」
独り言は自分だけの部屋に響く。
そこまで口にしたアレクサンドル・ラグーザは身を起こすと身支度を整える。といっても整理する物は殆どなかった。ここに至った時の衣服を着直すだけだ。この街で貰った衣服を丁寧に畳み、ベッドに置くと彼は唯一の出入り口を目指して開ける。
開く扉。自分を迎えるのは夜空。
だと思っていたが、そうではなかった。
「ッ、サーシャにーちゃん⁉︎」
「・・・お前」
そこにいたのはこの街で自分に一番に懐いていた少年。彼は、小さな身体に驚きを携えながら震える声で言った。
「にーちゃん、どこ、行くの?」
吸血鬼は小さな彼の言葉に答えられなかった。わざわざ持ってきてくれたのだろう、彼はその腕にパンやら野菜やらの食べ物を抱えながらこちらを見ている。昼間、あんな事があったというのに・・・。そんな純真な彼の瞳に出来たのは、見つめ返すことだけ。
目を細め、笑いかけたアレクサンドル・ラグーザのせめてもの笑み。でもその誤魔化しは純な彼には通用しない。
「・・・どこか行っちゃ、やだよ!」
幼いながらに彼の出立ちから気が付いたのだろう。
兄の様に慕う彼が去ろうとしているのを。
その意味に理解して瞳に涙を浮かべる少年。
でも自分のような吸血鬼に出来ることは・・・頭を撫でてやることだけだ。
「ばーか」
言いながら撫でる少年の髪はサラサラと優しく、迷いを持った指に流れていく。
「ちょっとだけ出かけてくるだけだ」
そう自分に言い聞かせながら吸血鬼であるアレクサンドル・ラグーザは背中から翼を生やす。
夜空に映える漆黒の翼は彼の身体を空にもち上げた。
「俺は、少し出かけるからさ。みんなには『サーシャは旅に出た』って言っといてくれ」
「え・・・にーちゃん⁉︎ にーちゃぁぁぁぁん!!」
「またな」
少年の慟哭を聞きながらも、彼は翼を羽撃かせた。
泣き叫ぶその声をこれ以上聞くまいと。
本当に泣き叫びたい自分の心を直視しない為にと・・・。
それから。
どれ程の時間が経ったのだろう。
自分の正体は早々に露見してようで、ヒトならざる気配に気がついたこの世界の一大宗教は異端たる自分を許してはくれなかった。
すぐに追手がかかり、自分は幾度もの戦闘を余儀なくされた。
追手を躱す。その度に旅をする。
行く当ての無い旅はどんどん距離を伸ばしていった。
ユーラシア大陸を東へ、東へ。
逃げても逃げても奴等はしつこく追ってくる。
あの街の少年は無事だろうか?
それはわからない。
でも、接触は極めて少なかったはずだ。
それならば、少年に危害は及ばない筈。
それだけが吸血鬼に若干の希望を与えた。
『無事でいてくれ』
その願いが届いたのかは彼自身にも分からなかった。