時は少し遡り、夕方。
爆弾を扱う闇の人間を斃した三晴は、森の立ち入り禁止エリアで、妹のために半分嬉しそうに半分焦ったように走っていく直樹を視線で見送った。
しばらくすると、気になっていた小型の機械をまじまじと見つめ、軽く叩く。
すると、また遠くの方からリアルタイムに音が聞こえた。
「あー」『あー』
声を出すとその声もリアルタイムに聞こえてくる。
(………マイクか。)
三晴はその機械が、トリックに使っていたマイクだと確信した。
(調べればなにか分かるかもしれないし、私も帰るか。)
三晴はマイクを調べればなにか有益な情報が見つかるかもしれないと思い、自分も帰ろうと禁止エリアの坂の上を見た。
そして、ゆっくりと歩き出そうとした瞬間
「おわっ……と」
急に全身の力が抜け、地面にペタリと座り込んでしまった。
立ち上がろうとしても、十分な力が入らない。
(………またか……。)
三晴は落ち葉を摘みながら、面倒くさそうに心の中で呟いた。
そして、トドメに放った一撃がつけた地面の切れ込みを見た。
(やり過ぎたな……。
ま、確実に勝つためだ…。今日はもう敵はいないだろうし、大丈夫か……。)
三晴はそう思いながら、足で這うようにして、散歩道から見えないよう木の裏に隠れた。
三晴の能力は刀の生成。
自身の光パワーを刀の形にして留め、必要に応じて刀に留めた光パワーを引き出して攻撃する。
それにより、一度作ってしまえば後は刀の光パワーでほとんど補えるため、普通は体力を使う“技”での体力消費は少ない。
だが、逆に言えば生成には体力を使うということ。
今回の戦いで、刀を3本生成した。
現状、万全の状態から作れる刀の本数は3本が限界。
今回はその内の1本のサイズを半分にし、体力消耗を抑えたが、直樹の能力で作った刀から光パワーを引き出すとき、いつもと勝手が違うためか、自身の刀より体力を使った。
また、最後の一本は倒れる一歩手前くらいまでの光パワーを用いた刀であり、最後の一撃は確実に仕留めるために、その刀の光パワーを全て使った。
そして、その膨大過ぎる光パワーの制御にもかなりの体力を消耗させた。
そのことから光パワーの過使用と体力切れ、一人になったことで気が緩み、力が入らなくなってしまったのだろう。
この脱力は今までにも経験があり、そのときもだいたいギリギリの戦いを強いられたときだったため、三晴はまたそれなのだろうと思い、木に凭れ、体力の回復を待った。
その間、三晴はふと今日の相手の事を考えていた。
(あの爆弾男、昨日のデカブツのことでかなり因縁付けてたな………
“あのデカブツを斃した奴はどんな奴か”とか“アイツがやられたから今度は私の番”とか……そんな軽い興味とか規則とかで来たという風じゃなかった。
もっと……こう…………)
三晴は一瞬、“情”という言葉が頭に浮かんだが、頭を振り、すぐにかき消した。
(……違う違う…!!
闇の人間がそんなこと思う訳ねえだろ…! 気持ち悪い。
アイツらは平気で人を殺すバケモノなんだ…!!)
三晴は次第に苛つき始め、落ち葉を拾って前へ投げ付けた。
手を離すタイミングが悪かったのか、落ち葉は遠くまでいかず、むしろ自分の目の前にひらひらと落ちてきた。
三晴はむしゃくしゃしてその落ち葉をまた投げようとしたが、冷静になり、土の上に戻した。
(もういいか……。)
しばらくして立ち上がれるまで体力が回復すると、散歩道の方へ歩いていった。
現状、歩くことはできるのだが、舗装されていない上り坂を5分以上歩くのはキツいと感じたため、一旦花畑へと向かい、そこで十分に体力を回復しようと思っているのだ。
また、ランドセルを置いてきたことを思い出し、それを取りに行くためでもある。
何度か公園や電柱の側で休みながら、1時間弱掛けて花畑まで来た。
もう外は暗く、切れかけの街灯がチカチカと光っている。
(えっと……ランドセル……ランドセル。)
三晴は何本も連なる広葉樹の下を見ながら、ランドセルを探した。
休憩と並行して、直樹への説明書きを書こうと思ったからだ。
(また交番かな……。)
いつも置いている所になく、落とし物として交番に届られたのかと思ったが、念の為、他の場所も探す。
「ごきげんよう」
そのとき、後ろから突然声を掛けられた。
聞き覚えのある、ませたような声。
「……?
私か?」
三晴は振り向きそう答える。
「ええ。そうよ」
三晴に話し掛けたのは、杏奈だった。
塾のカバンを背負い、ランドセルを乱暴に振りながら手に持っている。
「(誰だったかな……?)
それで、私に何か用か?」
三晴は覚醒の可能性が高い人しか興味がなく、その可能性が低い杏奈は、見覚えがあるが、誰かは分からない程度の存在だった。
三晴は早く休みたいため、すぐに終わらせようと用件を訊いた。
「あら、しらばっくれちゃって。
何様のつもり?」
「そういうのはいいから。
早くしろ」
杏奈の妙な態度に三晴はじれったくなり、イライラが再燃して来た。
「あら。こわーい。
そんなイライラして、だから身長伸びないんだよ。
かわいそー」
「お前、さっきからなんなんだ?」
杏奈の急なぶりっ子のような態度に、三晴は半ば呆れがちに言った。
「冗談よ。アンタのような変人、可哀想なんて思う訳ないでしょ?
この泥棒猫!」
「泥棒猫?」
杏奈のハッキリとした物言いに、三晴はポカンとする。
泥棒もしたことなく、猫になった覚えもないので、頭の中ははてなマークで埋め尽くされる。
「刀根。
あなた。きのう直樹君と一緒にいたでしょ?」
杏奈は鬼のような形相で、問い詰めるように訊く。
(あ、コイツ、昨日の奴か。)
その顔で三晴は目の前にいるのが、小林直樹大好き女だとようやく気付いた。
「どうなの!? 答えなさいよ!!
杏奈の直樹君をどうする気なの!?」
杏奈は三晴の答えも聞かず、勝手に話を進める。
(あー。そういえば小林直樹が言ってたな。
見られてたって。
それでか?)
三晴はボムズと戦う前に聞いた直樹の言葉を思い出し、それが広まったのだと思った。
しかし、本当のことを言うにも説明が面倒くさく、また、隠している能力の事も、なにかボロが出て勘付かれる可能性があるため、シラを切ることにした。
「どうって、何もする気ねえよ。
同じ教室にいるんだし、そりゃどっかのタイミングで一緒にいるだろうよ」
三晴はそう言って軽くあしらおうとしたが
「ふざけないで!」
と杏奈は強く言いながら、三晴の体を押す。
「うわ…!」
三晴は疲労によりバランスが保てず、尻もちを付いてしまった。
倒れながらも杏奈を鋭く睨み、咄嗟に右手に力を込めようとしたが、相手が闇の人間ではないと思い留まった。
「なに? その目?
アンタが悪いんでしょ? 杏奈の直樹君に手を出して」
杏奈は尻もちを付かせたことを謝りもせず、見下ろしたまま高圧的に話す。
「直樹君、杏奈よりこんなのがいいの?
汚らわしいわ」
「………」
三晴は気持ちを落ち着かせながら、ゆっくりと立ち上がり、ズボンについた砂を払う。
「何黙ってるの? 何とか言いなさいよ。
杏奈、見たんだから。昨日の塾の帰りに、アンタが直樹君におんぶされたまま、あそこの森から出てくるのを」
杏奈は指を差しながらいう。
その方向は、昨日の敵を斃した、手付かずの森だった。
(小林直樹……何やってんだよ。)
三晴はそのとき意識を失っていたため、その間に見られていた直樹の不用心さに呆れた。
「……人違いだろ。
だいたい、あんな何もないようなところ行って何すんだよ」
「いいえ。
杏奈は絶っ対に直樹君のことを見間違えないし、あんなボロボロの服着てるのアンタだけでしょ?
今だって何? その服。
裾も袖も切れて繊維もボロボロ、その赤い染みも血みたいで気持ち悪い。
ていうか、昨日もそれ着てなかった?
本当に不潔。」
杏奈は自信満々に言った後、汚物を見るような目でそう言い放った。
三晴はその評価に小さな怒りと、安心を得た。
「あとアンタ。今日も合ってたみたいじゃない。
放課後にここで楽しそうにいちゃいちゃして。
その後、一緒に走って。
そうでしょ?」
三晴は“ここで合ってた”と聞いて一瞬、人質のときかと思ったが、最後の“一緒に走って”のとこで、戦いとは関係ないところだったため、胸を撫で下ろした。
「たまたまだ。
偶然合って、偶然同じタイミングで走っただけだ」
三晴はもう、相手するのが面倒くさくなり、自分でも苦しいと思うような言い訳をした。
「ふーん。偶然にしては出来過ぎた話ね」
「それで、結局何が言いたい?」
三晴は、このままだとお互い引き下がらない平行線になりかねないので、早く解放されるために、結論を訊いた。
「あら、逃げる気?
いいの? あなたの目当て、これでしょ?」
杏奈は、三晴が言い訳の言葉がなくなり、話をしめようとしたと思い、繋ぎ止めるためにランドセルをちらつかせた。
「なんだ……
…! お前…それ…!」
三晴はそのランドセルが自分のものだと気付いた。
「そう。アンタのよ。刀根。
頭垢のついた不潔女な癖に、救急箱なんて女子力高いものなんか持ち歩いて。
あざといのね」
「そんなの知るかよ。
人のって分かるなら返せ」
皮肉のようにいう杏奈に、三晴は手を出して返すように促す。
「それが人にものを頼む言い方?
前からアンタのそういう所がムカつくのよね。
誰もいないところと、一人で喋ってる不思議キャラと思ったら、いつの間にかそんな不良キャラにして。
そういうの寒いのよ。
直樹君の教育に悪いわ」
「勝手に取ったのはお前だろ」
「そうよ。塾から帰ってもう一度様子見に来たら、このボロボロのランドセルと、雑に置きっぱなしにしてる救急箱と中身があって、ランドセルの中のノート見たら、アンタのきったない名前が書かれていたんだもん。
だから環境保護のためにこのゴミを処理しようとしたの。
悪い? ゴミを取っちゃ」
「その言い方の方が教育に悪いんじゃないのか?」
三晴は人を貶めるような言い方に呆れながら言った。
「あら、直樹君の前じゃ言わないからいいのよ」
対して杏奈は開き直るように言う。
「それでアンタ。
このランドセルの近くに、血の痕があったのよ。
昨日も遠目から見たけど、アンタと直樹君、血塗れじゃなかったかしら?」
三晴はまたドキリとした。
救急箱や血痕や血塗れと、負傷に関するワードが出ており、戦いに結びつけられてしまう。
シャインハートを持つものを特定しやすくするために、戦いのことを周囲に隠しておきたいため、それがバレるのはなんとかして避けたい。
「そういえば、さっき血みたいって言ったその染み。
まさか本当に血なんじゃないでしょうね?」
三晴が言い訳を探しているうちに、問い詰められる。
「は…? んなわけないだろ」
「じゃあ、なんなのよ?
赤いインクのぶちまけ合いでもしあった訳?
趣味の悪い」
「………」
状況が悪く、杏奈の冗談にそうだと言って逃げたかったが、無理があり過ぎるためやめた。
しかし、だからといって代わりの言葉が出てくるわけではない。
「アンタ、5年の頃だったわね。
不良キャラになったの。
嫌われてる私かっこいいなんて思ってるの?
学校を無断で休むことも多くなって、服もボロボロになったり、血だらけで遅刻したこともあったわよね」
「……………。
(まずい……この女……意外と勘が鋭い!)」
核心に迫られている。
そう思った三晴は汗を流し、必死に言い訳の言葉を探すが見つからない。
「そう。アンタってもしかして」
(やめろ……それ以上は…!!)
三晴は止めようとしたが、どう止めたらいいか分からず、動けない。
「ヤンキーでしょ」
「………え?」
杏奈が出した結論に、三晴は思わず間の抜けた声を出した。
「アンタから出る変な殺気、そしてあの目。
学校バックレたり、血塗れになったりしてるのって、アンタがヤンキーで、毎日誰かと喧嘩してるからじゃないの?」
「え……あ、ああ………」
自信満々な杏奈の言葉に三晴は反応に困った。
「図星ね。
それじゃあ尚更、直樹君に近付かないで」
その困惑を杏奈は、素性がバレたことへの狼狽えと勘違いして、得意気に言う。
「お……おう」
三晴はもうこの際、調子に合わせようと適当に返した。
「ほんとに?」
「ああ」
「じゃあお願いするわ。
あんたもヤンキーなこと、クラスメイトにバレたくないでしょ?
取引よ」
「ああ」
三晴の二つ返事を聞くと、杏奈はランドセルを前に出した。
三晴はようやく休めると思い、ランドセルをとろうとしたが、その瞬間、杏奈は腕を伸ばし、ランドセルを三晴が取れない位置まで上げた。
三晴が腕を伸ばしたまま迷惑そうに見ると、杏奈は張り付いた笑顔をした。
「直樹君と話さない?」
「………ああ」
杏奈の腕が少し下がる。
「直樹君の事見ない?」
「………ああ」
また腕が下がる。
「直樹君は杏奈のもの?」
「………………ああ」
「ふふ」
杏奈は腕を下げ、ようやく三晴の手が、ランドセルに届いた瞬間。
「……うッ!!?」
杏奈は、無防備な三晴に膝蹴りを入れた。
「えほっ……!! えほっ……!!」
意識外からの攻撃に、三晴は対応できず、鳩尾へともろにくらってしまった。
痛みに体を丸め、咳き込む。
「うぐっ…!!」
そこに追い打ちをかけるように、杏奈は三晴の背中に踵落としをした。
(コイツ………闇の人間だったら、ブッ殺してたのに…!!)
三晴は痛みに耐えながら、溢れる怒りを抑えていた。
「ふふふ」
それを見て、杏奈は不敵に笑う。
「ヤンキーの癖に弱いのね。
だから血塗れなんだ」
杏奈はランドセルを三晴の頭に投げる。
「本当はもうちょっと痛め付けてやりたいけど、あんた臭くて不潔だから、これ以上触れたくもないわ。」
杏奈は、汚物を見るような目をしてそう言うと、ハンカチを取り出し、ハンカチ越しに三晴の髪の毛を引っ張り、顔を上げさせた。
「これ以上直樹君を危険な目に合わせないで」
杏奈はそう言うと、三晴の顔を地面に叩き付け、ハンカチを置きっぱなしのまま、その場を去っていった。
三晴はしばらくその場から動けなかった。
痛みは光ガードで軽減されていたため、もう治まっていたが、最後に掛けられていた言葉が、頭から離れなかった。
“これ以上、危険な目に合わせないで”。
ぐるぐると頭の中を巡り、支配する。
(そんなこと………
そんなこと……………分かってるよ。)
三晴は何回も考えていた。
もし、誰かが覚醒したとき、一緒に戦うべきか、それとも戦わせないようにするべきか。
三晴は傷付くのは、何もない自分一人で十分と思っていたので、覚醒した人がどんな能力であっても、戦いを避け、いつもの日常を送ってほしいと思っていた。
だが、現実は思う通りにいかず、ノートに書かれた内容からも、覚醒は戦う運命を決定付けるものと結論付けた。
それなのに、今更危険な目に合わせるなというのは非常に酷なお願いだった。
(小林直樹……。
彼……は………。家族……妹のことになると………。
………そうか。)
三晴はふとある事を思い付き、頭を上げる。
頭の上に置かれていたハンカチを取り、いざとなれば止血のための包帯にできると思い、ポケットにしまうと、ランドセルを持って広葉樹へ凭れかかる。
そして、筆箱とノートを取り出し、1枚切り離し、当初から予定していた、戦いのことへの説明書きを書き始めた。
本来は粗方書いて、残りは秘密基地のノートを見ながら仕上げようと思っていたが、杏奈の暴力により、森の中の坂を上がる気力がなくなり、今日は花畑で一夜を過ごそうと考え、全文書くことにした。
「……よし。………抜けは…ないかな?」
三晴は何回も読み直し、記憶を頼りに抜けがないことを確認する。
そして最後に、一文を付け加え、小さく畳むとズボンのポケットにしまった。
「さて……これは………」
三晴は、明日の早朝に、学校で説明書きを渡そうと思っていたが、体力と光パワーの回復のために、明日は秘密基地で一日休もうとも思っていた。
(………迷惑……かな?)
三晴は一瞬、家は今日知ったから、今から直樹の家に押し掛けて渡せばいいと思ったが、もう夜のため、迷惑かと思った。
(……ま、いっか。)
しかし、このまま渡せずに、闇の人間に殺される可能性もゼロではないため、今から向かうことにした。