「話は以上だ。
邪魔したな」
「あ、うん」
ボムズを斃したその日の夜。
直樹の家に訪ねてきた三晴は、小さな紙を渡し、これから覚醒しそうな候補である同学年の二人を教えた。
三晴の用件はそれだけだったらしく、耳打ちのために近付けていた顔を離す。
直樹は急に話を終えたため、とりあえず頷いたが、
「あ、ちょっと待って。
それで、俺はその二人をどうしたらいいの?」
少し疑問が湧き、三晴に訊いた。
三晴は残ったりんごジュースを飲み干すと答える。
「さっき言ったろ。特に何もしなくていい。
ただ、灰色の世界に入ってたり、何か不思議な能力を使ってたりするを見たら私に報告しろ。
いいな」
「うん。……分かった」
直樹はうまく能力の兆候を見られるか少し不安になりながらも、頷く。
「あ、そのコップ貰おうか?」
そして、三晴が母親から出されたりんごジュースを飲み干してあると分かると、受け取ろうと手を出した。
「……ああ。頼む」
三晴はしばらく紙コップの底を覗くと、直樹に渡した。
「ありがと。
それじゃ、刀根さん。
またね」
「ああ」
手を振って送ろうとする直樹に三晴はいつも通り無愛想に返し、振り返ると、直樹に顔だけ向けた。
「妹……。
大事にしろよ」
それだけ言うと、落ち着いた足取りで去っていった。
「……うん。
それじゃ」
直樹は見てないことを承知で、手を振って見送るとゆっくり玄関のドアを閉じた。
(……なんだろ? この紙。)
直樹は急に渡された紙を気にしながら、リビングへと戻る。
「おにいちゃん! おそい!!」
すると、乃々実が口の周りにクリームをつけながら、ソフトクリームを持って拗ねていた。
「ごめんごめん。
お兄ちゃんもアイス食べちゃうから、もうちょっと待っててね」
直樹は乃々実を宥めようと、頭を撫でながら優しく言う。
乃々実は拗ねているのは変わりなかったが、撫でられて少し嬉しそうだった。
直樹は紙コップをゴミ箱に捨てると、乃々実と同じソフトクリームを取った。
「直樹直樹」
「ん? どうしたの母さん」
そこへ、直樹の母親が少し深刻そうな顔で話し掛けてきた。
直樹が応えると、母親は乃々実に聞こえないよう小さな声で言う。
「さっきの子。
大丈夫なの?」
「ん……どういう事?」
直樹の母親は変に勘が鋭い。
その勘で、能力や戦いのことがバレたのかと思い、はぐらかそうとした。
「いやね。
あまり言いたくないんだけど、あの子ちょっと細かったでしょ? いや細いのがだめってわけじゃないけど、
服もボロボロだし………ちゃんとご飯食べてるのか、ちゃんとお洋服買ってもらってるのか………お風呂もしっかり入れてもらえてるのか……心配で」
直樹は玄関で応対をしている数分で、よく人のこと見てるなと思った。
翔に言われて気付いたことだが、この5年と少し、同じ教室で共に学んでいたために、あれが刀根三晴の外見と慣れていたため。
しかし、今こうして言われると確かに母親が言っていた通りなのだと感じた。
また、今日行った秘密基地も明らかに“住んでいる”ような形跡があった。
だがそれも奥の部屋の一つだけで、他に誰かがいる様子もない。
それに見落としていただけかもしれないが、部屋も二つだけで、トイレもお風呂も見当たらない。
どうして立ち入り禁止エリアの森の奥に?
両親は? 食べ物は? 生活費は?
考えれば考えるほど、刀根三晴という人物が分からなくなった。
「うーん……大丈夫………じゃない?」
直樹は三晴のことを説明するとなると、能力や戦いの事を切り離せないため、とりあえず適当に返した。
「そう。
私の思い過ごしならいいんだけど……。
あ、ごめんね。直樹。
アイス溶けちゃうね」
「え、あ。うん。
そうだね。
とにかく、刀根さんは大丈夫だから」
直樹はアイスを口実に、話を無理矢理終わらせ、机に向かった。
ボロボロになりながら、ずっと一人で戦っていた三晴のことが心配にならないわけではない。
しかし、自分が何かできるわけでもなく、何かしようとしても突き返されてしまうだろう。
だから直樹は、大丈夫と言い聞かせ、不安を取り除くことにした。
「おにいちゃん! もうののみたべちゃったよ!!」
「ごめんごめん! お兄ちゃんもすぐ食べるから!」
机に着くと、乃々実がムッとしながら迎えた。
直樹は苦笑しながらそう言うと、急いで食べ始めた。
それからしばらくし、夜の9時。
遊び疲れて、寝てしまった乃々実を子供部屋のベッドに運ぶと、自分の部屋に向かった。
(……さて。やっと見れる。)
直樹は殆ど作業台になっている勉強机の前に座ると、三晴に渡された紙を広げた。
そこには赤鉛筆で“絶対に誰にも見せないこと”とデカデカと書かれていた。
(あ、そう言えばあの時、紙渡すって言ってたっけ。
本当に秘密事項なんだな……。)
直樹は秘密基地で概要を聞いたときに、その内容を纏めた紙を渡すと言われたことを今思い出した。
大きな赤文字に半分呆れ気味に思いながら、内容を読んでいく。
(……うーん。
やっぱり、よく分からない。)
二度戦っているのだが、今こうしていつも通り自分の部屋にいるため、この二日間が夢だったのではないかと思うくらい、現実味がなかった。
怪我もルミナスポイントに行けば治るため、戦いの痕跡もない。
あるとしたら、自由に動かせる光の球くらいだが、いつ家族が入ってくるか分からないため、出すわけにも行かず、結局は今の直樹は特別な体験をしただけの小学6年生に他ならなかった。
そのため、こうして紙に書かれても、一、ファンタジー世界の設定とだけしか思えなかった。
それでも直樹は気になる点があった。
(……闇の………“人間”…か。)
それは、敵対する相手が人間と書かれていること。
昨日、三晴は敵のことをバケモノと言った。
実際、その体は粒子体であり、性格も理解し難いようなもので、人間なのは見た目だけだった。
しかし、今日の敵は自分を“闇の人間”と名乗り、昨日破れた大男に、どこか情があったように感じた。
普段は落ち着いていながらも、情に流され行動する姿は普通の人間のようだった。
だから直樹は、今回の敵を斃したとき、気持ちの良い気分にはなれなかった。
直樹は核と粒子で動くものを、生物とは考えたくなかったが、人間と自称し、感情を持ち合わせるものを消滅---即ち殺してしまった。
自分で手を下した訳ではないが、殺人に協力したため、直樹は急に恐ろしくなってきた。
(……刀根さんは………どう感じてるんだろう。)
そして、それをずっとやってきた三晴は、どう思いながら戦ってるのか気になっていた。
それでも、底の知れない三晴の考えを導き出すことはできなかった。
(俺は…。……。)
直樹はアバタを一人、消滅させたときの感覚を思い出していた。
今でも鮮明に呼び起こされる、気味の悪いゾワゾワとした感覚。
あの感覚は闇の粒子のものかと思ったが、本当は人を殺した無意識の罪悪感なのではないかと直樹は思った。
(…………やっぱり、戦いたくないな。)
戦う運命だと秘密基地で聞かされたが、結局、直樹の本心は、“ずっとこのままいつも通りの日常を過ごしたい”というものだった。
(………ん?)
流し読みでとりあえず一通り読み終わった後、最後に小さく書かれた文を見つけた。
そこには
『能力は自衛や大切な人を護るために使い、闇の人間は私に任せて普通の日々を暮らせ』
と書かれていた。
(………刀根さん。)
それが優しさなのか、説教なのか、直樹には分からなかった。
もしかしたらその両方なのかもしれないし、どっちでもないのかもしれない。
ただ、それを見て直樹は
“まだ普通の小学生として暮らしていいんだ”
とだけはっきりと分かった。