直樹と咲希はあてもなく、とにかく真っ直ぐ必死に走った。
未開拓の森だったのか、どこまで行っても木しか見えない。
真っ直ぐ走ってるつもりが同じ場所を回ってるのではないかと錯覚したが、懸命に走り、そしてなんとか森を抜けることができた。
「うぅ………はあ……はあ……はあ」
直樹は地面に倒れ込み、息を漏らす。
能力の絨毯も消え、生気を失った三晴が立ち尽くしていた。
「はぁ……はぁ……
小林さん……三晴ちゃん、元気…………だして」
咲希も息切れをし、脚が震え、今にも倒れそうになっているが、それ以上に直樹や三晴が苦しそうにしているので、回復させてあげようと、右手に力を込め、種を作った。
しかし、その瞬間
(……あれ…………なんだか、目の前が、まっくら…………)
咲希の視界がぼやけ始め、体の感覚もなくなってくる。
気付けば何も見えなくなっていた。
体力を使い果たし、気を失ってしまったのだ。
直樹も疲れ果て、いつの間にか目を瞑り、気を失う。
三晴も目は開けているが、ほとんど意識はなかった。
〜〜〜〜〜〜〜
カラスの鳴き声、あちこちから響く。
「……うう」
夕方の涼しい風を頬に受けた直樹が、ゆっくりと目を開けた。
(寝てたのか)
目を開け、ゆっくり立ち上がった。
(……あれ?)
だが、ある違和感を覚える。
(背、縮んだ?)
いつもよりどこか、見える景色が低い気がするのだ。
だが、そんな事を考えている暇はない。
(そうだ、俺たち逃げてる最中だ)
強力な敵から逃げてる最中なことを思い出し、森から抜けた、開けた場所で襲われたら今度こそ後はないと思い、三晴に話しかけようとした。
「刀根さ……っ
…………ッ!!?」
だが、名前を呼んだ──いや、声を出した瞬間に、強烈な違和感を覚え、思わず喉を触った。
(なに……今の声、俺から…………
いや、待って……なにか、おかしい…………)
今覚えば、声だけでなく、すべてに違和感があった。
肌に触れる服の質感、履いている靴のフィット感、髪の毛の長さ。
思わず視線を下ろし、自分の姿を見る。
(えっ……!!?)
直樹は目を疑った。
自分の着ている服や靴が咲希のものになっていたのだ。
それだけじゃない、手の大きさも小さく、髪の長さも肩にかかるほど長くなっている。
そして、なにか嫌な予感がし、視線を動かしたときその予感は確実なものになった。
「俺だ!!!」
直樹は、自分の体が倒れているのが見えた。
そしてそれを見て、驚いた声は咲希のものだった。
(え……なんで…!?
なんで俺、早苗さんの姿になってんの?)
直樹は困惑し、自分……いや、咲希の顔や腕などを信じられないというふうに無意識にベタベタ触ったが
(いや、待って!
早苗さんの体、あんまり触るのよくないか!)
すぐに正気に戻り、手を体から離した。
「う……ふわあああああ!
よく寝たー!」
そのとき、少し低めの女の子の声がした。
(咲希の姿をした)直樹は思わず声の方向を見た。
その声は三晴から発しられたものだったが、明らかにいつもよりも声のトーンが高く、明るい。
直樹はそのギャップに困惑した。
「……ん?
わっ!!? わたし!!??」
三晴は(咲希の姿をした)直樹を見ると、目を丸くし、腰を抜かして驚いた。
(たぶん、中身早苗さんだろうけど……違和感)
直樹は、ボーイッシュでいつもクールな三晴の姿で、感情を顕にし腰を抜かしているのを見て、またしても違和感を覚えていた。
「え……えっと…………(いつもと声が違うと、なんか、喋りづらいな)
早苗……さん?」
直樹は(おそらく中身が咲希の)三晴に声を掛けた。
「……うん…!」
(三晴の姿をした)咲希は怯えたまま頷いた。
その瞬間
「うわああああ!!!」
右手から短い刀が作り上げられ、突然現れた刃物に、(三晴の姿をした)咲希は思わず飛び退いた。
「どうやら能力は肉体に反映されてるらしいな」
そのとき、低めの男の子の声がした。
その姿は直樹だったが、顔は無表情で、どこか殺気立っている。
「……もしかして……刀根さん?」
(咲希の姿をした)直樹は恐る恐る訊いた。
「……ああ」
(直樹の姿をした)三晴は、低い声で応える。
「え……!?
小林さんじゃないの!?
でも、なんだかいつもの小林さんじゃない。
あと、わたしも2人いる……?」
(三晴の姿をした)咲希は何が起こっているのかわからない様子で、頭の中がパニックになっている。
「えっと…………早苗さん、聞いて」
「うわ! わたしが小林さんみたいに喋ってる!?
ええ……じゃあわたしは……むぐっ!」
「私の体だ。
無駄に体力を使うな」
パニックの咲希に、(直樹の姿をした)三晴は、光の玉を(三晴の姿をした)咲希の口に当てて、口を塞いだ。
「(さっそく使いこなしてる……)
ねえ、刀根さん。
俺たちどうしたんだろ、姿が入れ替わってるみたいだけど」
直樹は、自分の能力を使いこなす三晴に、苦笑いしたが、突然の入れ替わりに困った顔になる。
「らしいな。
アイツか……それとももう一人いるのか分からないが、少なくとも能力に襲われたんだろ」
「どうする? 刀根さん」
直樹は不安になり、これからの動向を三晴に伺った。
「まずはここから離れる。」
「え? 離れるの!?」
「ああ。
時間的にもう遅い」
「でも、この体は?
早くもとに戻らないと」
「お前は戻り方が分かるのか?
小林直樹」
「……そ、それは」
「無策に敵地へ行くのは得策じゃない。
それにもう遅い。
暗いと灰色の世界との区別が付きにくい。
一旦帰り、明日、明るくなってからの方がいい。
それに、帰り道がわからない状態でピンチになってみろ。
ルミナスポイントに辿り着けず野垂れ死ぬぞ。
幸い、月詠山が見えるから、位置を逆算すれば帰れるだろ」
「……そうだね…………。」
「……歩きながら状況も整理しよう。
約1名やかましいのもいるからな」
(直樹の姿をした)三晴は淡々とそう言うと、もごもご言わせながらジタバタする(三晴の姿をした)咲希を睨んだ。
「まあまあ、そう言わずに。
あと……なんで声低くしてるの?」
(咲希の姿をした)直樹は三晴の精神が入っているとはいえ、自分の体で女の子をいじめているような気がし、嗜めるように言った。
だが、三晴は聞く耳を持たず、(三晴の姿をした)咲希の腕を強引に掴み、歩き出した。
〜〜〜〜〜〜〜
「えーっと、わたしの体には小林さん。
小林さんの体には、三晴ちゃん。
三晴ちゃんの体にはわたしが入ってるんだね」
「そういうこと……よくわかったね……!」
「うん!!」
歩いている間、直樹の十回に渡る繰り返しの説明で、ようやく咲希は肉体の入れ替わりを理解できた。
「じゃあ、これ三晴ちゃんの体なんだー。
ねえ、三晴ちゃん、ずっとお腹空いてるよー。
ご飯いっぱい食べてる?
それになんだかすぐに眠たくなっちゃう。
お体もかゆいよー。
お風呂入ってる?
あと、ちょっとダルい」
咲希は三晴の肉体になってからの体調不良を不満そうに打ち明けた。
「黙れ」
しかし、三晴は冷たい声で一蹴してしまう。
咲希は今まで冷たく接しられたことがなかったので、その一言がショックで、目に涙を浮かべてしまった。
「……あ、早苗さん!
大丈夫! 泣かないで!」
直樹は慌ててフォローに入るが、咲希は涙を堪えきれず
「うわああああああん!!!」
泣いてしまった。
三晴は呆れた表情をすると、光の玉をまた咲希の口に当てて塞ぐ。
「だから黙れ。
私の体で無駄に体力を消耗するな」
咲希は三晴の冷たい声に完全に萎縮してしまい、顔を伏せて何も言わなくなってしまった。
「刀根さん。
ちょっとキツく言い過ぎじゃない?」
その様子を見て、さすがの直樹も苦言を呈した。
しかし三晴は一切の顔色も変えず
「今、私達は1人で2人分の命を背負ってるんだ。
そんくらい釘を差して当然だ」
と言った。
直樹は何も言えなかったが、やはり自分の体で誰かを傷付ける言動しているのを見るのは、あんまり気持ちの良いものではなかった。
「どうすれば戻れるのかな?」
しばらくすると、ふと直樹は疑問に思い、呟いた。
「灰色の世界を抜けて、敵の能力の範囲外に出ればと思ったが、もうとっくに抜けてるはずだ。
倒すしかないだろ」
「それしかないかー」
直樹はため息をつき、仕方なさげな表情をした。
それを見て、三晴の目付きが鋭くなる。
「そこが問題だ」
「……え?」
「今、私達の体は入れ替わり、能力も入れ替わってる。
不慣れなもので戦ってみろ。
咄嗟の判断ができず、やられるだけだ」
「あぁ……たしかに」
「それに、倒したときにどうやって戻るかだ。
仮に近くにいなくちゃいけなくなったなら、私達3人で倒す必要がある。
お前はまあマシとして。このお荷物をどうするかだ」
三晴は咲希を横目に言った。
「その言い方は酷いよ。
さっきだって、刀根さんを助けるために、援護してくれたよ。
それに、回復もできるし。
……あ、そうだ。
やっぱり刀根さんの言う通り、早苗さん、覚醒者だったよ。
能力は
「見えてた。
右手に種を作り、その光パワーを相手に分け与えたり、地面に植えて光線として出す。
だがそれは、その早苗咲希の肉体の能力だろ」
「……あ」
「…………私の能力は刀を作り斬りつける近距離型だ。
その分、敵の攻撃を受けることも多く、命の危険に晒される。
そんなもの素人にはさせたくない」
「でも、なんか飛ばすのなかったっけ?
なんとかバスターって?」
「ニードルバスターだ。
あれはコツがいる。
無理だ。
……さ、着いたぞ」
作戦を考えているうち、月詠山の麓の自然公園まで辿り着いた。
ちらほらと人の通りもある。
少なくとも、灰色の世界からは抜けているようだ。
「案内ありがとう。
それで、これからどうしようか?」
ひとまず安全な場所に出れたのはいいが、事態が収まったわけではない。
まだ入れ替わりが直っていないのだ。
「どうもこうも、明日にするしかないだろ」
「でも、俺たちこのままだよ」
「……だからなんだ?」
「いや。
その」
直樹は少し言いづらそうに言った。
「明日、学校だし。
それに、帰るのってどっちの家?」
直樹の言葉を聞き、三晴は納得したように頷いた。
「……そうか。
確かに、お前らは学校とかあるな」
「いや……刀根さんもだよ。
というか、俺の体だから刀根さんが休むと俺の欠席になる……」
直樹が呆れた表情で言っていると
「さっち!!」
と遠くから声がした。
振り向くと、百合が必死な表情をしながら、こちらへと駆け寄って来ていた。
(あ、あの人、早苗さんのお友達)
直樹は咲希が見付かったとの報告をしようと、安心した表情で百合を見て
「見付かったよ」
と言ったが
百合は自分の手を取った。
「もう心配したんだから!!
探したんだよ!!」
百合は泣きながら、必死に訴えかけてくる。
直樹は“なぜ自分が”と困惑したが、
(あ! そうだ……俺の体、早苗さんだった!)
と自分の体が今、咲希であることを思い出した。
「さっち…?
さっち大丈夫!? ぼーっとしてるよ、どこかぶつけた!?」
百合は咲希の体を触り、怪我がないかを見る。
(咲希の姿をした)直樹は困惑したまま動けない。
(え……この場合って、どうすれば……?
というか、早苗さんは?)
直樹は、助けを求めるように(三晴の姿をした)咲希に視線を向けたが
(寝てる!)
泣きつかれたのか、すやすや寝息を立てて寝てしまっていた。
「大丈夫だよ。
さっち、怖かったね」
咲希の反応がずっとないため、なにかが起こったのかと思い、百合は咲希に抱き着き、頭を撫でた。
(う……。される側はなれない……)
しかし、その咲希の体には直樹が入っている。
直樹はいつも乃々実にハグしたり撫でたりしているのだが、される側の経験がほとんどなくなってたので、違和感しかなかった。
「……なにかあったの?」
そんな中、百合は咲希を撫でたまま、顔を上げ、睨むように(直樹の姿をした)三晴を見た。
「別に。
お前には関係な
「わああああああ!!!!」
三晴はいつもの調子でぶっきらぼうに返そうとしたが、突然、(咲希の姿をした)直樹が大声を上げた。
「さっち……?
大丈夫?」
百合は困惑した表情で、咲希を見た。
「う……うん!
大丈夫だよ! 小林さんが……案内してくれたのよ!」
直樹は必死に咲希になりきった。
だが、百合は不思議そうな顔になった。
「……のよ?
まあでも、無事ならよかった。
小林さん。ありがとう。
さあ、さっち帰ろ。花奈ちゃんと空良くんが心配してるよ」
百合は半ば怪しみながらも、とにかく咲希の無事な姿が見れて安心し、咲希の手を引っ張って行ってしまった。
「えっ……あ!
ちょっ……!」
(咲希の姿をした)直樹は抵抗しようとしたが、百合の力が思う以上に強かったのか、今の肉体の咲希の力が弱かったのか、簡単に連れて行かれてしまった。
(…………どうするかな)
残った三晴は、眠っている咲希を見てこれからの動向を考えた。
まず、能力の出しっぱなしは疲労のもとなので、能力を解除し、(三晴の姿をした)咲希を支える。
(軽いな……
…………それに、細いな)
三晴は自分自身の体を支え、その軽さに驚いた。
難なく自分の体を運び、ベンチに座らせ、横にする。
三晴は地面に座り、一息ついた。
(彼の体は重いな。
…………これが普通か)
直樹の体は小学生男子の平均くらいだったが、体重が極端に軽い三晴にとってはとても重く感じていた。
それでも、疲れがあまり感じられず、どこか頭も冴えている気がした。
視界もいつもより明るい。
(私はどうするかな。
…………とりあえず、秘密基地で帰るか。
1日くらい帰らなくても大丈夫だろ)
それでも、元の思考は変わらず、直樹の家族と一悶着あるのは面倒だと思ったので、(三晴の姿をした)咲希と共に秘密基地に帰ろうとした。
「う……ううん」
そのとき、咲希が目を覚ました。
「……あれ?
あ! もう夕方だ!」
咲希はあたりが暗くなっていることに気付くと、慌てて立ち上がった。
「小林さん! バイバイ!!
わたし、帰らないと!!」
そして、(直樹の姿をした)三晴に手を振ると、一目散に駆けて行った。
「あ……待て!!」
三晴は一瞬反応が遅れ、急いで立ち上がり、すぐに後を追い掛けたが、慣れない異性の体は走りづらく、見失ってしまった。