「はーい」
インターホンが鳴り、しばらくすると咲希の姉の花奈が顔を出した。
「……!!」
その瞬間、花奈は驚いたような表情になり、裸足のまま外へ飛び出した。
インターホンを押したのは、百合だった。
その背中には眠っている咲希がおぶられている。
「咲希!!」
あれから1日中探し続け、帰ってきたすぐ後だったので、花奈は安心で泣きそうになっている。
「同級生の小林さんっていう人が、見付けてくれたんだって」
百合も1日中探していたので、少し疲れた表情で教えた。
花奈は涙を流しながら、うんうんと頷き、寝ている咲希の頭を撫でた。
「でもちょっと様子おかしくて。
喋り方もいつもと違ってなんか変だし……。
さっちなのにさっちじゃないような」
百合は咲希を見付けて、強引に連れ帰ってから咲希に大きな違和感を覚えていた。
仕草や喋り方、手のつなぎ方。
一挙手一投足が、まるで別人のようだった。
百合は気になり、いつもと違う理由を訊こうとしたときには、疲れで眠っていた。
「きっと、疲れてたんだよ。
あとで、小林さんにはお礼言わないとね」
だが、花奈は咲希が帰ってきた喜びの方が勝ち、不安そうな百合の言葉はあまり聴こえていなかった。
百合は嬉しそうな顔を見ると、水を指すのは申し訳無いと思い、不安は自分の心に留め、咲希を花奈に渡した。
「ありがとう。百合ちゃん。
今日、様子見てみて、大丈夫そうだったら電話……
あ、でも、大丈夫じゃなくても電話しなきゃか…………
とりあえず、明日の朝、咲希の様子見て連絡するね」
「うん。
ありがとう。花奈ちゃん」
「どういたしまして」
百合はなんとか作り笑いを浮かべて、軽くお辞儀をすると、家へと帰って行った。
〜〜〜〜〜〜
完全に太陽が沈み、外灯がチカチカと光っている。
夜の8時。
何かを探すようの(直樹の姿をした)三晴は、公園へと立ち寄り、あたりを見渡した。
「おい」
ベンチを見ると、(三晴の姿をした)咲希が横になって眠っていた。
三晴は呼び掛けるが、反応がない。
「おい。
起きろ」
近付き、目の前に立って呼ぶが寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。
(起きないか……。
…………いや、起こさなくていいか)
三晴はそう思うと、光の玉を出し
「カーペット」
と呟いた。
すると光の玉は大きな絨毯に変化した。
そして、三晴は(三晴の姿をした)咲希を持ち上げると、絨毯に乗せようとしたが
(手で運ぶのと変わらないか。
……むしろ、光パワーの無駄遣いだな)
と思い、咲希をおんぶし、歩いていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
三晴は面倒事を避けるため、人があまり通らない道を選びつつ、人の気配がしたら物陰にかくれ、慎重に、秘密基地へと帰ってきた。
階段を登り、扉を開け、広間に入る。
そして、自分の体を椅子にゆっくり下ろすと、自分の部屋に向かった。
「ただいま。虹姉ちゃん」
三晴は机の前の椅子に座り、姉の写真を見ながら笑顔で安心した声で言った。
「安心して。私だよ。三晴。
ふふ。敵の能力にやられちゃった」
三晴は光の玉を出す。
「ナイフ」
そして、その玉をナイフの形に変えると、机の上に積まれたりんごを手に取った。
「虹姉ちゃんの幻見せてさ。
性格も最悪で。私殺されそうになった」
ナイフでりんごを切り分ける
その感覚が直に伝わり、最初は躊躇する様子を見せていたが、段々慣れたのか、あとは手慣れた様子で切っていく
「でも……。
また助けられちゃった。
彼に。この体のこの能力に」
りんごを切り分けると皮に切り込みを入れた。
「安心して。虹姉ちゃん。
私は強い。私は強いから」
そのりんごはうさぎの形になった。
「傷付くのは私だけでいい。
協力してもらうのは今回だけ。
私は強いから大丈夫」
小皿を取り出して、うさぎにカットしたりんごを乗せ、写真の下にお供えした。
「絶対に復讐するから」
三晴は優しく微笑んだ。
そして、りんごを一切れつまみ食いすると、机の下のヒミツと書かれた棚から、ノートを取り出した。
「ちょっと借りるね。
また1人。守らなくちゃだめな人ができたから」
三晴はそう言うと、ノートを片手に広間へ戻った。
その瞬間から、三晴の表情は真顔に戻る。
咲希はまだ寝息を立てて眠っている。
「おい。起きろ」
三晴は(三晴の姿をした)咲希の肩を軽く叩き、呼び掛けた。
それでも咲希はうんともすんとも言わない。
「おい……おい!!
起きろ!!!」
三晴は叫んだが、それでも起きる様子はなかった。
(……ルミナスポイントだしいいか。
自分の体だし)
次第にイライラし始め、拳を握りしめ
頬を思い切り殴った。
「うぐ…!」
咲希は椅子から転げ落ち、ようやく目覚め、困惑した表情で痛む頬を抑えた。
「やっと起きたか」
「えっ…?
なに? 痛い……
小林さんが叩いたの?」
咲希は何が起きたかわからない様子であまりを見渡し、(直樹の姿をした)三晴を怯えた表情で見上げた。
「私は刀根三晴だ。
入れ替わったことを忘れたのか?」
「いれかわった……?」
咲希は三晴に言われ、自分の今の体をまじまじと見詰めると
「思い出した」
と素直に答えた。
「ならいい」
三晴はそう言うと、テーブルを挟んだ咲希の反対側の椅子に座った。
「うん」
咲希は立ち上がり、椅子に座り直すが
「ううん! よくないよ!!」
とガバっと立ち上がったが、ふらついてまたペタンと座った。
「叩いたんだよね!
“ごめんなさい”は!?」
そして座ったまま真剣な表情で言った。
三晴は一瞬、咲希を見たがすぐに視線をノートに移した。
「被害者ヅラするな。
勝手に帰ろうとして公園でグースカ寝てたくせに」
「ねえ三晴ちゃん! わたしほっぺた痛いよ!
“ごめんなさい”は?」
「その体は私の体だ。
何してもいいだろ」
「でも!」
咲希はムキになり、また立ち上がり、机に身を乗り出すが、三晴は能力のナイフを咲希の眼の前に浮かせて、牽制した。
「うわっ!」
咲希は驚き、腰を抜かし、また椅子にぺたりと座り込んだ。
「育ちがいいんだな。
食うのも寝るのもお風呂も衣類も困ってないだろ。
愛情の塊だ」
三晴はナイフを手元に戻すと、皮肉のように言った。
「……? どういうこと?」
咲希は何を言われたのかよく分かっていない様子だった。
「私の体は、お前には不似合いってことだ。
早苗咲希」
「……?
うん、三晴ちゃんの体は三晴ちゃんのものだもんね。
でも、ごめんなさい。
わたし、返し方わからなくて返せないの」
咲希は真剣な表情で謝った。
「…………。
それは私がなんとかする。
それまで、その体大事にしろ」
三晴は皮肉が通じていないことに困惑した。
「うん!」
咲希は素直に頷いた。
三晴は横目でそれを見て、不思議な感覚になった。
今、自分が見ているのは自分の体のはずなのに。
別人を見ているようだった。
仕草や性格が違えばこうも印象が変わるのかと、暗く見えていた自分の体が、今はなぜか光のように輝いていた。
「あ、でも、三晴ちゃん。
わたし、ずっとずっとお腹すいたー。
これってわたしがお腹すいたからお腹すいたの?
それとも、三晴ちゃんのお腹がすいたからお腹すいたの?」
「それは…………知らん」
三晴は言いかけたが、答えるのをやめた。
「えーー。
でも、三晴ちゃんの体がお腹すいてるなら大変だよー!
大事にしなきゃだもん!」
知らないと一蹴したのに続ける咲希に、三晴の目付きが変わった。
「早苗咲希。
お前、さっきから馴れ馴れしい。
下の名を呼ぶなと言ったはずだ」
そして、さっきから気になっていることに話題を変える。
「だめなの?
わたし、女の子のことはそう呼んじゃうんだ……
苗字がよかった?」
「…………できれば」
「わかった!
気をつけるね!
……えーっと……刀根さん!」
「ああ」
三晴はそっけなく返事したが、どこか心のなかにもやもやが残った。
「ところで、早苗咲希」
そのもやもやを誤魔化そうと、ノートを軽く握り、本題に入ろうとしたが
「あ! じゃあ刀根さんも!
早苗さんか、咲希ちゃんって呼んで!
あ! 呼び捨てでもいいよ!」
と咲希が笑顔で言ってきた。
「断る。
お前、能力や敵のことはどのくらい知ってる?」
しかし、三晴はあっさり即答で返し、話を進めようとした。
「えーー!?
ならわたしも刀根さんのこと、三晴ちゃんって呼ぶ!」
咲希も咲希で自分の主張を曲げず、三晴の質問は後回しにした。
「断る。
それに質問に答えろ」
「いやだ!」
「答えろ」
「やだ!!」
「人の呼び方なんてどうでもいいだろ!?」
「なら、三晴ちゃんも三晴ちゃんでいいよね!?」
お互い譲らず、水掛け論のようになる。
「黙れ!!」
三晴は腹を立て、能力のナイフを咲希の顔の横すれすれに飛ばした。
「きゃっ!!」
咲希は驚き、固まってしまう。
「丁寧に教えてやろう思ったがやめだやめだ。
グースカ寝ていてくれたほうがまだましだ」
三晴は息を荒らげ、そう呟くとノートを掴みながら、咲希の元へとまわった。
そして、アバタの絵が描かれたページを咲希の顔の前に広げた。
「ほら! こいつはワルモノ、怖い人殺しだ!
コイツにあったら逃げろ! 逃げられなかったらお前の能力で殺せ!」
「三晴ちゃん……近いよ」
その勢いに咲希は困惑するが、三晴は気にせず続ける。
「だが、能力は本当に危ないとき以外は使うなそして、誰にも教えるな! 見せびらかすな!
なにがあっても絶対に!
そして、このワルモノは、暗いところにいるから暗いところには近寄るな!
わかったか!!」
「う……うん」
咲希はほとんど理解できなかっが、三晴の剣幕に圧倒され、思わず頷いてしまっていた。
「ならいい。
今晩はここで眠れ」
三晴はノートを乱暴に机の上に置いた。
「え……でも。
というより、ここって三晴ちゃんのお家?」
「……ああ」
「すごーい!
木の家だー!」
咲希はログハウスに泊まれると知り、さっきの怯えはどこへやら、目を輝かせる。
「ねー!
木のお家って、どうやって寝るの?
ハンモック?」
「床にごろ寝だ」
「え……?」
咲希の表情が少し曇る。
「あれ、お風呂は?」
「ない」
「あれ?」
また咲希の表情が曇っていく。
「ご飯は?」
「1日くらい我慢しろ」
「…………」
咲希の目の輝きがさっきよりの真反対の絶望の暗闇に染まる。
「お腹すいた!!
体かゆい! 髪の毛もかゆい! 汗でベトベト!!」
咲希は口をぷくっと膨らませ、怒った。
「喚くな。
1日くらい我慢しろ」
「だめ!!
三晴ちゃんの体だもん!!」
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃない!!」
「大丈夫だ」
咲希はなかなか取り合ってくれない三晴に、泣きそうになるが、突然、驚いた顔をして
「あっ!!」
と、三晴の後ろを指さした。
「……? なんだ?」
三晴は思わず後ろを振り向いたが、なにもない。
「いきなりなん…………だ」
三晴が視線を戻すと、もうそこには咲希の姿がなかった。
「……………………ああああああああ!!!!!!」
三晴は思わず発狂し、椅子をぶん投げようとしたが、抱えた段階で我に返った。
「アイツ、めんどくさい!!!」
三晴はそう叫ぶと、秘密基地を走って出ていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜
深夜。
日付が変わり──05/01(月)
直樹は目を覚まし、ゆっくり瞼を開いた。
「えっ…!?」
見知らぬ天井。
見知らぬ部屋。
あちこちにかわいいぬいぐるみが置かれ、隣には乃々実と同じかそれ以上の大きさの水色のくまのぬいぐるみが寝ていた。
壁には図工で描いたであろう絵が飾られている。
(どこかで見たような……?)
直樹は目を凝らし、起き上がってみようとした瞬間
右手になにかが触れたような感覚がした。
(……っ!?
人!?)
直樹は恐る恐る見ると、そこには年上のきれいなお姉さんが椅子に座ったまま眠っていた。
どこか見たことあるような気がするが、思い出せない。
(俺……なにを……?)
直樹は女の人を刺激させないよう、ゆっくりと起き上がろうとしたが
「……あれ?
咲希、起きたの?」
女の人は目を細め寝ぼけた声で話し掛けてきた。
その直後、女の人は目をカッと見開き
「咲希!! 起きたの!?」
と今度は高揚気味に言うと、(咲希の姿をした)直樹に抱き着いた。
「えっ……ちょっ、ちょっと」
直樹は状況が分からず、女の人──早苗花奈を突き放した。
「いきなりなんなん
と言い切ろうとしたが、ふと自分の体が咲希に変わっていることを思い出し
「です……か…………」
徐々に語尾が弱くなり、最後には消えかけていた。
直樹は緊張した顔で花奈を見上げた。
案の定、花奈は唖然としている。
そして、(咲希の姿をした)直樹から目を離さずゆっくりゆっくりと後退りし、部屋から出て扉を閉めると
「空良!!!
咲希が壊れた!!」
と大声を出しながら走る音が聞こえた。
(やっちゃった……)
直樹は頭を抱え、思わず布団の中に潜った。
(早苗さん、5年間同じクラスだったのに、元気なことくらいしかわかってないもんなー。
さっきも、早苗さんの友達のときも寝たふりで誤魔化せたけど…………またこうするしかないか……)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
その後しばらくすると花奈は、コーラを入れた無地の黄色いコップを片手に戻ってきた。
(咲希の姿をした)直樹は緊張した顔で、花奈を見続ける。
あのあと、直樹は考えたが、いい誤魔化し方が浮かばず、真っ向から勝負するしかないと、やけっぱちになっていた。
「どうぞ」
花奈は優しくコップを咲希に差し出す。
「ありがとー!
いただきまーす!」
直樹は昨日見て来た咲希のテンションを参考に、コップを手に取り、飲もうとしたとき
腕を花奈に掴まれた。
「そういえば、さっき百合ちゃん言ってた。
咲希なのに咲希じゃないって。
どうしたのいったい?」
花奈の体が小刻みに振れる。
表情は笑顔だが、その笑顔が張り詰め、冷たく怖い。
「咲希はね。
家でコップを使うのは取っ手つきのだけ。
それにコーラはシュワシュワして苦手なの」
花奈は直樹から無理やりコップをぶんどると、中のコーラを全部自分で飲んだ。
「え……いや。
ちがくて……その」
直樹は必死に反論しようとするが、言葉が出てこない。
「それに、いつもの咲希なら…………
いつもの咲希なら! 私が急に抱き着いても引き離すことなんてしなかった!!
どうしたの!! 咲希!? なにか怖いことでもあった!? 変なもの食べた!?」
「えっ……えっと…………あの……」
花奈は(咲希の姿をした)直樹を力強く抱き着き、必死な表情で心配する。
直樹はどうすればいいかと困惑していると
もう深夜だと言うのに、玄関の扉がガチャガチャと音を立てる。
鍵がかかっていて開くことはなかったが、それはしばらく続いた。
「もーーう!!
誰!? こんな夜遅くに!?
咲希、怖いね。不安だよね。大丈夫だよー。
空良ー!! ちょっと見てきて!!」
花奈は隣の部屋の弟、空良に呼び掛けた。
返事はなかったが、誰かが階段を降りる音がする。
「誰だ? こんな遅くに」
空良は階段を降りると、そのまま玄関に向かった。
除き穴を見て、扉を開けようとする正体を見る。
(子供……女の子か?)
見ると、そこには痩せ細ったみすぼらしい女の子がいた。
空良は鍵を開け、おそるおそる扉を開く。
「こんな遅い時間になにして
「空良くーーん!!」
空良がいい終わる前に、女の子──(三晴の姿をした)咲希は空良に抱き着いた。