木漏れ日が3人の顔を照らす。
葉が1枚風に揺れて、ひらひらと落ち、咲希の鼻の上に乗った。
「……ううん」
それで咲希は目を覚ました。
お日様が高く昇っている。
もう昼頃だろう。
(葉っぱさん)
鼻の上の葉っぱがくすぐったく、取ろうとしたが、腕が動かない。
(つかれた……
帰りたいな……百合ちゃんになでなでしてもらいたい……)
咲希はいつも頑張ったことをすると、親友の百合に頭を撫でてもらっている。
しかし今、百合は近くにいない。
死にそうなほど頑張ったのに、ご褒美がない咲希は心細くなり、悲しくなり、泣きそうになってしまった。
そのとき
「いた!! 咲希ー!!」
遠くから声が聞こえた。
(……花奈………ちゃん?)
咲希は聞き馴染みのある声に耳を傾けた。
顔を動かすことができないので、誰が来たかは見えない。
けれども、その声と足音で誰なのかは分かる。
「咲希!!」
その声の主───花奈は、すぐに咲希を抱え上げ、抱き締めた。
咲希は嬉しさに笑い、温かさに落ち着き、安心に涙した。
「花奈ちゃ…!
こ……った…! こわ……ったよー…!」
咲希は所々を声を掠らせながら、“こわかった”と泣きじゃくった。
「大丈夫大丈夫」
花奈は咲希の背中を軽くさすりながら、優しく言った。
「う……ううう」
その声で、直樹も目を覚ました。
「いて……」
あたりを確認しようと、体を起こそうとしたが、まだ痛みが続いていた。
起き上がれなかったが、かろうじて顔は動かせたため、抱き合う早苗姉妹の姿は確認できた。
(早苗さん…………よかった。
花奈ちゃ…………花奈さんと会えたんだ)
直樹は安心して瞼を閉じる。
(俺も、乃々実に会いたい。
それに……お母さんも)
(姉……か)
三晴も起きていて、幹に寄りかかりながら薄目で早苗姉妹を見ていた。
「立てるか?」
ふと、三晴の目の前に人影が見えた。
三晴は目を開くと、手を差し伸べられていた。
(誰だ? 何処かで見覚えが…………
早苗咲希の兄か?)
三晴は授業参観のときを思い出し、今目の前にいる人物が咲希の兄だということが分かった。
三晴は空良を睨むと
「必要ない」
と拒絶し、幹を伝ってなんとか体を起こした。
空良は咲希が入った三晴の印象が強かったので、ツンツンされると思っておらず、ショックを受けてしまった。
〜〜〜〜〜〜
その後、花奈と空良は3人を連れて帰ろうとしたが、疲労が酷く動くことが困難なため、直樹と三晴は幹に寄りかからせ、咲希は花奈の膝の上に乗って、休憩することとした。
「キミでしょ?
咲希に入ってたの」
「……あ、はい……」
距離は離れているが、直樹の真正面に花奈が座っていた。
「よかったね。
元に戻れて」
「……は、はい」
「うんうん。
それで、キミたち。
なんで、咲希をここに連れてきたの?」
ここでまた、花奈の笑顔の尋問が始まる。
直樹はたじろぎ、三晴は面倒くさそうな表情をして、目線をそらした。
「違うよ、花奈ちゃん。
わたし、明人を追い掛けたの」
そこへ、咲希が純粋な目で花奈を見上げながら答えた。
「明人くんを?
でも、まだ入院中じゃなかったっけ?」
「うん。
だからね、明人のニセモノなの。
ニセモノを追い掛けたらここに来たの」
花奈は難しい顔をしたが、咲希の頭を撫でると
「そっか。
わかった」
とだけ言い、直樹と三晴に向き直した。
「咲希を見ててくれてありがとう」
直樹はその顔を見て、戦慄した。
(怒ってる……)
一見すれば穏やかな笑顔だったが、夜通しその顔を見続けた直樹にとっては、静かな怒りにしか見えなかった。
「ああ」
三晴は腕を組み、顔をそらして素っ気なく返した。
(刀根さん、あの人怖いからそんな態度取っちゃだめだよ)
直樹は三晴に心の中で注意したが、届くはずもなかった。
「ていうか、咲希たち、いつ戻ったんだ?」
空良が咲希の頭を撫でながら言う。
「さっきだよ!
みんなでね! 悪い人をやっつけたの!!」
「お前!!」
咲希の言葉に、三晴が反応し、思わず立ち上がる。
が、疲労でまた座り込んでしまう。
「え!?」 「悪い人!!?」
花奈と空良は驚く。
花奈は咲希をギュッと抱え、空良はまた指で空気をなぞって頭の中を整理している。
「……あ!!
違う! 違うよ!! あのね! えっと! あのね!!
今の嘘!!」
咲希は自分の能力や敵のことが秘密であることを思い出し、必死に誤魔化そうとした。
「咲希」
しかし、花奈は冷静になり、咲希の目をしっかり見る。
「咲希はお花好き?」
花奈はゆっくり、詰るように訊く。
「うん!」
咲希は花奈に目を合わせたまま元気に答える。
「百合ちゃんのことも好き?」
「うん!」
「明人くんは?」
「すき!! だーーいすき!!」
「……私は?」
「いっぱーい、いーーーーっぱい、だいだいだいすき!!」
「ふふ……
空良はすき?」
「えーーと、うん!」
「お母さんのことも好きって本当?」
「うん!」
「お父さんことも好きって本当?」
「うん!!」
「それじゃあ、悪い人やっつけたのって……嘘?」
今までの花奈の言葉と違い、咲希の目がどんどん左へ泳ぎ、顔もそれていく。
「……うん」
そして、今までの元気な即答と違い、言いづらそうな返事をした。
「ありがとう。
でも、嘘はだめだよ」
花奈は咲希の頭を優しく撫でると、直樹に顔を向けた。
急に視線を向けられ、直樹はドキリとする。
「ねえ、キミ?
悪い人ってなに?
それに、咲希のこの怪我は?
知ってる範囲で、お姉さんに教えてくれない?」
「えっと……それは」
直樹は答えられるものなら答えたかったが、隣でこれでもかと睨んでくる三晴の圧力で何も言えなかった。
しかし、無言を貫いていると
「あれー?
お姉さんの言葉わからなかったのかなー?」
と花奈が笑顔で圧力をかけてきていた。
「え……えっと」
直樹は板挟みでなにがなんだか分からずにいると
「もういい。
私が話す」
三晴が口を開いた。
「え……でも」
隠す方針から急に変えたことに、直樹は口を話す。
「昨日と今日の戦いで分かった。
覚醒したその時点で、戦う定めから逃れられない。
なら、近くにそれを知る人がいて、サポートする人が必要になる。
早苗咲希は正しくそういう人間だ」
三晴は直樹を横目で見ながらそう言うと、花奈に視線を合わせた。
「覚醒? 戦い?
どういうこと? 咲希」
さすがの花奈も戸惑ったようすで、咲希に訊いていた。
「三晴ちゃん?
いいの?」
咲希は、戦いのことを口にしていいか三晴に訊いた。
三晴はゆっくり頷くと先に口を開いた。
「私から言う。
そして、これから言う話は決して他の人には言わないでほしい。
それを約束してくれ」
「約束して……って、なんだよ……
子供の遊びかなにかだろ?」
ただならぬ雰囲気に、空良は冗談交じりに言うが、三晴の真剣な顔に押し黙ってしまう。
花奈は咲希の手を優しく握った。
「約束する」
三晴は静かに頷く。
そして、三晴は出せる情報をすべて話した。
覚醒のこと。
敵である闇の人間のこと。
ルミナスポイントや、光パワーのこと。
覚醒者通しは惹かれ合うこと。
覚醒者は戦う運命であること。
その殆どは、直樹に渡した手紙の内容と同じだった。
「咲希」
花奈は思わず、咲希の名前を呼んだ。
「なあに?」
膝の上に乗る咲希は、不思議に花奈の顔を見上げた。
いつものかわいい、血で血を洗う戦いとは無縁そうな顔で。
花奈は咲希をギュッと抱き締めた。
今まで以上に、一番強い力で。
「う……花奈ちゃん…!
花奈ちゃん…!! 苦しい……!」
咲希はジタバタしながら、花奈に離すよう催促したが、花奈の力は弱まらない。
「姉貴!
そろそろ」
空良も見兼ねて注意するが、全く変化がなかった。
「花奈ちゃん…! 苦しい……!
死んじゃう…!!」
咲希がそう叫んだ瞬間
ようやく花奈は咲希を離し
「ご、ごめんね! 咲希!」
とすぐ謝った。
しかし、咲希は花奈に顔を向け、涙を流す。
「花奈ちゃんなんて……だいっきらい!!」
そして、花奈の膝から離れ、走ろうとした瞬間
「う……!」
疲労がまだ回復しておらず、足がもつれて転んでしまった。
「早苗さん……大丈夫?」
直樹は心配して声を掛ける。
「大丈夫……じゃないよな、咲希」
そこへ、空良が咲希へ歩み寄り起き上がらせ、今度は自分の膝に座らせた。
「空良くーーーん!!!
えーーーん!!!」
咲希は空良の胸を借りて、大声で泣いた。
「よしよし。怖かったな」
空良は咲希の頭を撫でてあやした。
「刀根さん。じゃあ、俺たちどうすればいいの?
戦う運命なら、戦うしかないってこと?」
話を聞くうちに、直樹も不安になっていた。
今回も成り行きで戦っていたが、戦う自信も覚悟もない。
いくら灰色の世界に気をつけていても、今回のように誘導させられ、1人の場合だと何も出来ないのではないかと思ってしまう。
「お前も……家族に話せ。
小林直樹」
「え……でも」
「大きな秘密を隠されるのはツライものだ。
お前の家族なら、お前を守ってくれる」
直樹の家族を話す三晴の顔はどこか違っていた。
安心、懐かしさ、羨ましさ、恨めしさ。
いろんな感情が混じり、儚かった。
「……刀根さん?」
いつもと違う三晴に、直樹は声を掛けたが何も返事はなかった。
「守るって何をするの?」
ショックから立ち直った花奈が、必死な眼差しで三晴を見詰めた。
「私も空良も、能力なんてない!
そんなんで守れるの!?」
花奈はヒートアップしてきたのか、三晴の肩を掴んだ。
「光は精神の安定で保たれる」
三晴は花奈の勢いを歯牙にもかけず、淡々と話す。
「もし、敵に狙われたとき、覚醒者なら反撃できる。
そのための力……光パワーは、気持ちや感情をベースに引き出される。
だから、少しでも気持ちや感情に沈みがあれば、光パワーは上手く出せずに、敗北する。
だから狙われたとき、逃げられる隙を見せられるくらいの光パワーで反撃しなくちゃいけない。
そのためには、メンタルケアが大切なんだ。
命の危機、特別な体。
それらを隠すだけでもストレスだ。
だから、話だけでも聴いてやれ」
「……咲希」
花奈は三晴から手を放し、咲希のところへ向かう。
咲希は気まずそうな顔をして、空良に顔をうずめた。
「咲希……ごめんね」
「……いいよ」
花奈が謝り、5秒後、咲希が答えた。
そして、空良のシャツで涙を拭くと、花奈の方を向き
「花奈ちゃん、好き」
と無邪気な笑顔で言った。
花奈はその笑顔を見て色んな気持ちが錯綜する。
一つは、嫌いと言われたあとに好きと言われた安心。
一つは、目の前のちいさなかわいい存在に、敵と戦う力があることへのちいさな恐怖。
一つは、この笑顔がいつか曇ってしまうほどの危機がいずれ降りかかるのではないかとの大きな不安。
ぐちゃぐちゃした感情の中、花奈は
「私も好きだよ」
とだけいい、優しく頭を撫でた。
(今はこれしかできないけど……ぜったいに咲希を守る)
花奈は優しい笑顔を向けながら、心の中で熱い決意をした。
「俺も忘れるなよ」
空良も咲希を抱える腕を、しっかりと締め存在感を示した。
「ありがと! 空良くん!!」
「あまりあてにならないけどね」
「はあ!? 当てになるよな!?
なあ!? 咲希!?」
「ねー!」
「えっ!?
咲希ー! それどっち?」
「「ねー」」
咲希と花奈は2人顔を見合わせ、誂うように言うとイタズラに笑った。
「早苗さんのきょうだい、すごく仲が良かったよ。
これで安心かな?」
咲希たちの様子を見ながら、直樹は三晴に声を掛けた。
三晴は無言のままだ。
「……ねえ、刀根さん。
昨日はあのあとどうしたの?
……俺の家に帰った?」
直樹は今まで気にしていた事をようやく訊けた。
もちろん気になるのは乃々実のことだった。
「思い出したくない」
三晴はそれだけ言うと、直樹から完全に顔をそらしてしまった。
「え…!?
え、刀根さん!?
なにやったの!? え!?
乃々実は!? 乃々実は!?
ねえ! 刀根さん!!」
曖昧な答えに直樹は不安になり、三晴に問い掛ける。
しかし、三晴はこれ以上口にすることはなかった。
(あんな母親。
思い出したくない。
初めてだ……あれが、母親からの母性…………)
〜〜〜〜〜〜
それからまたしばらく休憩し、直樹と三晴が歩けるようになり、月詠山の麓の自然公園に辿り着いた頃にはもう、夕方だった。
「さっちー!!」
「百合ちゃん!!」
花奈から連絡があり、学校帰りに待っていた百合は、花奈におんぶされている咲希を見て、全速力で駆けてきた。
花奈は咲希をおろし、肩をつかんで支える。
「さっちー!!」
百合はダイブするように咲希へ飛び掛かり、抱き着いた。
「うわっ! 危ないよ、百合ちゃん!」
咲希が注意すると、百合は一旦咲希から離れ、嬉しそうな顔をして
「いつものさっちだー!!!!」
と幸せそうな声を上げながら、また咲希に抱き着いた。
「いつもより元気な百合ちゃんだー!!!」
咲希は百合の様子を真似して、抱き返した。
「2人は俺が送るよ」
咲希の様子を見て安心した空良は、直樹に視線を下ろしてそういった。
「あ……ありがとうございます」
だが、視線を送るはずだったもう1人の姿が見えない。
「……あれ?
ツンツンガールは?」
「あれ?
本当だ、いない?
刀根さんは?」
いつの間にか、三晴の姿がなかった。
〜〜〜〜〜
「なに? 虹姉ちゃん?
いつもと変える場所が違うって?
うん。ちょっとね」
三晴は歩道を歩いていた。
誰かと一緒ではなく、1人で。
それでも三晴は誰かと喋っているようで、表情も安らかで楽しそうだった。
〜〜〜〜〜〜
早苗家
「ただいまー!!」
花奈が玄関の鍵を開き、扉を開けると、咲希は元気よく家に入った。
「おかえり」
花奈は元気な後ろ姿を見て、小さく呟いた。
「ねえ! 花奈ちゃん!
今日のご飯なあに?」
「……あ! ご飯!!
ごめんねー! 咲希!
咲希探してて全然考えてなかった!」
「えーー……。
……あ! じゃあリクエストする!!
オムライス!! 花奈ちゃんのオムライス食べたい!!」
「オムライスねー。
タマゴもまだあるし……
うん、任せて!
花奈ちゃん特別オムライス作ったげる!!」
「わーーい!!」
「それじゃ、手洗っておいで」
「はーーい!!」
咲希は元気よく洗面所へと駆け込んだ。
花奈は後ろからその姿をじっと見る。
(咲希には絶対、危ない目には合わせない)
「花奈ちゃん! 花奈ちゃん!!」
咲希はタオルで手を拭くと、右手に力を込めながら嬉しそうな顔をして、花奈に近付いた。
「なあに? 咲希」
花奈はしゃがんで咲希に視線を合わせる。
「にひひ!」
咲希はイタズラに笑うと、右手に作った光の種を見せた。
花奈は驚き目を丸くする。
「すごい…! 手品!?」
「だから、違うよ!
わたしが作ったの! わたしの能力!!」
(能力…!)
自信満々に言う咲希に、花奈は胸が締め付けられるような感覚がした。
「昨日もやったのに忘れちゃったの?」
「……え? 昨日……も?」
「うん! お花畑で、百合ちゃん待ってるとき!」
「お花畑…? 百合ちゃん……?」
花奈は必死に思い出そうとする。
しかし、花冠を作ったことや、こいびとに早いがあるのか聞かれたこと、りさぽんから電話が来たことくらいで、まったくその記憶はなかった。
「ご……ごめん」
「えーー!
百合ちゃんも、覚えてくれないのー!
だから、お花畑のお花のちょうさも全然進まないんだー!
覚えてくれるの、明人だけだよー!」
「そうなんだ……
……よし! 忘れないように気をつけるから!
咲希の大事なこと、絶対忘れない!」
「うん!!」
「じゃ、咲希。
先に宿題やっておいで、百合ちゃんが今日の授業のところ纏めてくれたみたいだから」
「うん!!」
咲希は返事をすると、花奈から連絡袋を受け取り、二階の自分の部屋に駆け込んで行った。
(絶対に忘れない)
花奈は強く決意し、ペンで咲希が花を咲かせる絵を手の甲に書くと、キッチンへ向かった。
〜〜〜〜〜〜
小林家。
「ありがとうございました」
送ってもらった空良に、直樹はお礼をする。
「……まあ、なんかの好だからな。
だが、いいのか?
あの娘は?」
「……うーん。
刀根さんって結構ミステリアスというか、ガッコウのときでもよくふらっといなくなるから、あまり心配ないと思いよ」
「それならいいんだけど……
ちょっと戻る間に見付けたら、送り届けるか……
それじゃ。
……あ、あと、もし咲希が危険な目に合いそうだったら、すぐ言えよ! いいな!」
「はい」
直樹は返事をして頭を下げると、家の扉に手を掛けた。
(……こわいな)
結局、昨日、三晴が帰ったのか、帰ったとしても、何をしたのか分からず、家に入るのが怖くなっていた。
「はあ……ふう」
それでも、ここまで来て引き返すところもないので、深呼吸をすると
「ただいま!」
扉を開き、いつものような口調で入った。
「おかえり……直樹」
迎えたのは直樹の母親だった。
直樹は何を言ったらいいか分からず、顔を伏せてしまう。
「乃々実は寝てるよ。
お昼寝中。幼稚園で疲れちゃったみたいね」
「……そう」
「…………おやつあるわよ。
いつものスーパーで買ったドーナツ。
食べる?」
「……食べる」
「うん。
じゃ、先に手を洗ってきなさいな」
「うん」
直樹は母親の言われる通り、洗面所へ向かい、手を洗い始めた。
「直樹。
この間の女の子。元気?」
その最中に、突然母親が訊いた。
「この間の女の子…?
……えっと、刀根さん?」
直樹は急な質問に驚きながらも、普通な感じで答えた。
「そう。
あの子」
「うーーん。
元気……だよ。
………………どうして?」
直樹はなぜ母親が急にそんな質問をしたのか気になり、逆に問いかけた。
すると、母親は夢を見ているような儚い顔をした。
「夢かも知れないんだけどね。
来たの。直樹の姿をして」
(やっぱり、帰ったのか)
「そんなことありえないのにね。
でも……夢の話として聞いて。
その子、とっても寂しそうだった。
とっても悲しそうだった。
とっても無理をしていた。
靴を脱ぐことも、箸の使い方も分からなかった。
様子も少しおかしくてね。
もしかしたら、あの子
「お母さん」
心配する母親の言葉を直樹は止めた。
なぜ止めたのか自分でもわからない。
「刀根さんは大丈夫だよ。
それに、俺、昨日は友達のところ泊まるって言ってたでしょ?」
直樹は三晴が自分の姿で帰ったことを、夢であることにしようとした。
「そう……だったっけ?」
「……うん。
あれ? 言ってなかったっけ?
……ああ、そうだ急に決まって、そこの親が電話してくれるって言ってたけどもしかしたら忘れてたのかも!
……おっちょこちょいだよねー」
「……そ、そうよね」
「うん。
……お母さん、ドーナツ半分いる?
お母さんも疲れてるのかもしれないよ」
「私の分も買ってあるから平気。
直樹が全部食べなさいな」
「うん。
いただきます」
もしかしたら、直樹の命の安心は三晴の“強さ”から来ていて、その強さが揺らぐ言葉を聴きたくなかったのかもしれない。
〜〜〜〜〜
刀根家
「いつも大変ですね」
「……ええ。
本当になにもないんですか?」
「はい。
なんなら見ますか?
私の体? 裸になって痣探し手伝ってもいいんですよ?」
三晴は珍しく白いフリフリのワンピースを来て、実家の玄関でどこかの役所の人と話をしていた。
三晴は愛想よく振る舞い、質問をのらりくらり躱し、なにもないまま役所の人は帰っていった。
三晴は玄関の扉を開くと、すぐ、ワンピースを脱いで、いつものボロボロの服に着替えた。
「はあ……表情筋筋肉痛……
喋るの大変だったー……
……ありがとう。
虹姉ちゃん。
私、御下がりが着れるようになったよ」
三晴はまた独り言を呟く。
そして、持ってきていた袋に、戸棚にストックされている菓子パンやりんごを詰め、貯金箱からお金を一万円くらい盗んだ。
「たまにこうやって帰って、役人帰さないと、施設送りになっちゃうから。
綺麗な服があって助かるよ。
ルミナスポイントで、怪我も回復できるし」
三晴はそのまま帰ろうとしたが、ふと浴室のあるところを見た。
(この体、さっぱりしてる。
お風呂入ったのか…………ご飯も食べたのか…………
なんか、慣れるといつもより動きやすいし、頭も冴えるな…………
……いや。そんな贅沢してられない。
私は強いんだ……限界でもギリギリでも、頑張るだけだ)
結局、三晴はそのまま帰ることにした。
「私は虹姉ちゃんだけだよ」
玄関で靴を履き、外に出た。