放課後
「素行不良もいい加減にしてほしいところだわ」
「はい」
「いつも返事だけはいいのね」
ようやくお呼び出しに行けた泉は、空き教室で反町先生の説教を受けていた。
説教とは言っても、おばさんのねちっこい長話のようなものであり、入学して1ヶ月しか経っていない今でもすでに、様々な生徒から嫌われていた。
「遅刻せずに来れたの何回か覚えてます?」
「…………3か
「2回です。
たったの2回。
今日もあれですか? 人助けして遅れましたーなんて、野暮な言い訳ですか?」
「…………」
「全く。
私も暇ではないですからね。
あなたは私の貴重な中休みと昼休みを奪ったんですよ。
もう小学生じゃないんですから、そんな甘え通じませんからね」
「……はい」
「もう結構です。
このまま遅刻が続けば親に連絡しますよ。
……しても無駄でしょうがね」
「…………」
反町先生は、扉を指さし泉に出るように指示した。
泉は空き教室から出ると、帰ろうと下駄箱に向かった。
トイレの近くを通ろうとしたそのとき
男子トイレから留李依の友達の一人、深井蜜菜(ふかい みつな)が泉の腕を掴み、無理矢理引き釣り込んだ。
その中では留李依ともう一人の友達、河那真結(かな まゆい)がいた。
「え……?」
泉は困惑したが、恐怖を緩めるため無理矢理笑顔を作った。
「深井、あれを」
「はい!」
蜜菜は男子トイレの前に清掃中の看板を立て、泉を囲うようにして立った。
留李依と真結はにやりと笑いながら、泉をじっと見たあと
「「さいしょはグーじゃんけんぽん!」」
と2人でじゃんけんをし始めた。
「よっしゃ!!」
勝ったのは真結の方だった。
いつもおとなしめで優等生の真結だが、今から起ころうとしていることのときでは、その性格が豹変する。
「抑えてて」
「はい」 「はいはーい」
真結の言葉で、2人は動き、泉の腕を掴み、動けないようにする。
「おら!!」
「うっ…!!」
動けない泉に、真結は全力で腹部を殴り付けた。
「う……あっ…!
がは!!」
泉は咳き込み、胃が逆流しそうになり、顔が白くなる。
「やばすぎだって」
留李依は笑いながらその反応を見ていた。
「ほら、もう一発!!!」
真結は腕を引き、勢いをつけ泉を殴った。
腹を腕を、至る所を殴った。
「いったあ……」
真結は殴り続けた拳に痛みを感じ、困ったような──まるで自分が被害者であるような顔をして泉を見た。
留李依は泉から腕を離し、真結にかけよった。
「大丈夫? 真結
あーあ、もう少し酷かったらシャーペン持てなくて勉強できなくなっちゃう」
密菜も泉から腕を離し、真結達のそばに立つ。
泉は殴られたことにより体に力が入らず、タイルに這いつくばった。
「加藤。
真結に謝りなさいよ」
留李依は加藤を見下ろしてそう言った。
「そうだよ。河那さんに謝れ」
蜜菜もそれに乗っかって言う。
泉はすぐに土下座する形になった。
そして、
「申し訳ございませんでした」
と躊躇いもなく謝った。
「ぷっ……!本当にやってる!
馬鹿みたい!!」
蜜菜は思わず吹き出すが、留李依と真結は面白くなさそうな顔をする。
「加藤。
それが本当の誠意?」
留李依はそう言うと、泉の顔を覗き込むようにして屈んだ。
泉は目線だけ、留李依と合わせる。
「舐めろ」
「……え?」
「舐めろ」
泉は困惑し思わず聞き返したが、指を指す方と命令は同じだった。
「うっわ、留李依性格悪」
真結は少し引いたように言うが、顔は歪に笑っていた。
留李依が指指す場所は、小便器だった。
「ほら、真結困ってるよ。
もうそろそろ塾の時間だろうし。
ほらほらほら」
留李依は手を叩き、実行するように急かす。
泉は唾を飲み込み、体を起こすと、自ら小便器に向かって歩いた。
そのときは泉も笑顔を忘れ、泣きそうになったがなんとか堪え、顔を近付けた。
そして、舌を出そうとしたそのとき
「全部だからな」
と留李依の声が聞こえた。
「え?」
泉が心の中で思ったことに、蜜菜が聞き返していた。
「当たり前だろ」
「うっわあ、さいあくー」
真結は面白おかしく囃し立てる。
泉は舌を少しだけ出すがそこで躊躇してしまう。
「どうした? 加藤。
“こ ま っ て い る”ぞ」
留李依はまた強調して言った。
泉は目をつむりそして───
男子トイレの中からは、1人の悲鳴と2人の甲高い笑い声が響いた。
3人から解放され、1人になった泉は、無理矢理笑い下駄箱に向かった。
スニーカーに履き替え、帰ろうとしたとき
チューリップハットが風に飛ばされ、泉の足元に落ちた。
泉が拾うと
「待ってー」
とロータリーの方から、声が聞こえた。
その方を見ると、クラスメイトの琴野の姿があった。
普段から教室の中でもチューリップハットを目深に被っているが、その下の髪を見て、泉は息を呑んだ。
白髪。
サイドテールで流した髪型は、黒毛は一切なく真っ白だった。
「あ」
琴野は泉の視線に気づくと、髪を抑え、下駄箱の隅に隠れると手だけを出した。
「か……加藤さん…………それ、自分のなんだ。
校内探索に夢中になってたら飛ばされて。
拾ってくれてありがとう」
泉は微笑むと、ハットを手渡した。
琴野は受け取ると、深く被り泉の前に出た。
「ありがとう……。
加藤さん。
………えっと、あの」
琴野はお礼を言うと、なにかいいたそうにモジモジとする。
泉はまた微笑み
「誰にだって隠したいものの1つや2つあるよ」
とだけいい、ロータリーへ歩いて行った。
琴野は呆気に取られしばらく泉を見たあと、メガネのツルをクイッと上げた。
「帽子、似合ってるよー」
泉は琴野に振り返り、笑顔で言うと校門へと歩いた。
「………ッ!!?」
琴野は泉を見ながら、絶句した。
「まっ………待って!!」
琴野は泉を呼び止めた。
泉は不思議そうに振り返る。
琴野は泉の顔を見て、震え始めた。
恐ろしい獣を相手取るかのように、顔を蒼白にし息を荒くする。
それでも琴野は泉のもとに歩いた。
「……どうしたの?
大丈夫? 具合悪いの?」
泉は急に変容した琴野に、心配そうに声を掛ける。
「だめだよ!
考え直して!」
琴野は鬼気迫る表情で泉に訴えかけた。
「急にどうしたの?」
泉はなんのことか分からずきょとんとする。
「だって加藤さん……これから
“自殺しに行くんでしょ?”」
「……ッ!!?」
泉の顔から笑顔が消えた。
信じられないような、まるで化け物をみるかのような恐怖な目が、琴野に向けられた。
琴野は真剣な眼差しで泉を見返す。
沈黙が続く。
泉の視線が泳ぎ、なにかを言いかけるが、すぐに口を紡いだ。
「………………自分なら……自分なら…………力になる……から」
琴野は慎重に慎重に言葉を選ぶ。
メガネのツルを触ろうと、右手を上げた瞬間
「未来さん。
私がいじめられてると思ってる?」
泉は琴野に微笑みながら言った。
笑顔は威嚇の一種という話を、琴野は聞いたことがある。
琴野は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。
「ただの遊びだよ。
私、留李依とは小学生からの幼馴染で、ちょっと変わったコミュニケーションしてるだけだよ。
心配してくれたのは嬉しいけど、私、まだ死ぬつもりないから」
泉はそう告げると、早足で去っていった。
琴野は涙目になりながら、チューリップハットを浅く被り直した。
(嘘つき…………
止めないと)
琴野は泉を追い掛けて行った。