「加藤さん!
加藤さん……!!」
琴野は泉を追い掛け、必死に呼び止める。
泉はさらにスピードを上げ、琴野を遠ざけて行く。
いよいよ琴野は走り出したが、泉も逃げるように走る。
(速い……追い付けない……)
琴野はどんどん遠ざかる背中を見送ることしかできなかった。
「……はあ……はあ」
泉は広場へと逃げ込んだ、今朝の謎の青年がいないことに安堵しつつ、火照ってきた体を冷やしに水飲み場へと駆け寄った。
「ぷはっ」
泉は蛇口から出る水を飲み、渇いた喉を潤し、顔を洗った。
琴野の声はもう聞こえない。
「ふう……」
泉は一安心し、ベンチに腰掛け一息ついた。
「…………あれ?」
少したった頃、泉は異変に気付いた。
この広場は大通りから離れた場所にはあるが、いつもなら誰かしら1人は遊んでいる姿や声が聞こえていた。
それなのに、今日は閑散としている。
暑さのせいかと思ったが、学校から出る頃には気温はいつも通りに涼しくなっていたので、そんなこともないかと思った。
だが、走ってきたからだと思っていたが、広場に入った途端から、体の火照りが止まらなかった。
炎天下で車の中に放置されているかのような焼けるような暑さ。
その気温はどんどん上がって行っているように感じた。
泉は奇妙な現象に、逃げるようにこの場を去ろうとした。
そして、広場の敷地を出ようとしたそのとき
「危ない!!」
琴野の声が聞こえ、振り向いた瞬間
泉の目の前を火の玉が通り抜けた。
火の玉はブロック塀に当たり消滅した。
「え?」
泉がその動向を目で追ってると
「伏せて!!」
と聞こえ、その瞬間琴野が泉にダイブし、覆いかぶさった。
その頭スレスレにまた火の玉が通る。
「危なかった……」
「未来さん……?」
泉は何が起きてるか分からず困惑する。
琴野は泉を見ながらツルを上げ、立ち上がると広場の方を見てツルを上げた。
「加藤さん」
琴野は倒れている泉の手を引いて、立ち上がらせると、そっとその手を包んだ。
「自分のことを信じてなんて言わない。
でも、今だけ。
今だけは自分の言葉を信じて」
琴野は真っ直ぐ広場を見つめながら、泉にそう告げた。
泉は困惑したままだったが、その手の温かさに初めて安心を感じた。
琴野はすで能力に覚醒していた。
能力は“分析”。
メガネのツルを上げることで視界に入ったありとあらゆるものを、即座に分析し、直感で理解することができる。
だが、戦闘経験はなく、能力で分析できるので灰色の世界に入ったことも覚醒時の一度しかない。
それでも日常生活で、使用は慣れているので、今回もそれに応用だと思い、琴野は泉を勇気付けさせることができた。
以前自分が覚醒者に救われたときのように。
(攻撃されてる……あそこ左の方から……
今すぐ逃げたいけど、通りだと障壁がなさ過ぎる……)
琴野はツルを上げながら、謎の火の玉の攻撃やその逃走経路を分析する。
「未来さん。
早く逃げなきゃ。
よくわかんないけど、火の玉が飛んできてるんだよ。
危ないよ!」
だが泉は、恐怖と困惑で早くこの場から去りたく、逃げるように琴野の腕を引く。
「……だめ!」
琴野は視線は広場のまま力いっぱい抵抗した。
だが、その踏ん張りを利かせるためにツルを下ろしてしまった。
その瞬間
「しまった…!」
火の玉が3連続横並びで飛んできた。
琴野はツルを一瞬上げて、分析する。
その結果に、琴野は絶望した。
しゃがんでも、頭があたってしまう絶妙な高さ。
1人だけなら避けきれたが、泉を引っ張って避けさせるには間に合わない弾速。
もう少しツルを上げる時間が長ければ、更に分析でき、躱すすべが見出せたかもしれないが、琴野の中にも恐怖心があったので、冷静な判断はできなかった。
短時間の分析の中、琴野がだした結論は
「じっとして!
……きゃっ!!」
泉の前に立ち塞がり、泉を庇うことだった。
琴野は腹部に一発、火の玉を喰らった。
その衝撃は強く、琴野のハットは大きく飛んだ。
「……! 未来さん…!?」
倒れる琴野──それにより開かれた視線の先に
「……ッ!?」
今朝の青年の姿があった。
「うそ……」
泉は混乱するばかり。
だが、そんなのお構いなしにと青年は指先に炎を灯し、泉たちへ飛ばした。
「こっち……!」
琴野は朦朧する意識をなんとか覚まし、倒れそうな体を踏ん張り、泉の手を強引に引っ張り、広場の右側へと進んだ。
僅かに感じる熱気と風の動きを分析し躱し続け、遊具エリアのジャングルジムの壁の影に身を潜めた。
「はあ……はあ………」
分析をし続けた琴野は息を切らし、汗を拭うために額を払うと
触った髪がごっそりと抜け落ちた。
「なに……あれ?」
泉は髪のことは触れずに、壁越しに青年を指差した。
「はあ………………ふう……
はあ」
琴野は息を整えると
「悪者……だよ」
と答えた。
「…………悪者」
泉は目を丸くするが、何か思うことがあるのか、関心したような様子をした。
琴野は何を思っての反応なのか分析しようとしたが、もう体力がギリギリなため、やめた。
「ニンゲンじゃない、どこか別の世界から来た何か。
この世界を闇に支配するのが目的で、その侵略活動を邪魔する人を殺すの。
……ってイケメンが言ってた」
「…………じゃあ、やっぱり早く逃げないと!
私はいいけど、未来さんは!」
「だめだよ!!」
琴野は泉の言葉を遮るように叫んだ。
そして、泉のことをギュッと抱き締め、優しく背中を撫でた。
「自分自身のこと、もっと大事にしようよ。
自分自身の気持ちに嘘ついて蓋してると、いつか絶対爆発する。
なにがあっても、どんなときでも、自分が味方するから」
琴野の言葉に泉はただただ微笑むだけだった。
「さあ!
逃げよ、大丈夫
絶対助かる」
琴野はわざと明るく振る舞い、自分自身を鼓舞するかのように言うと、ツルを上げながら壁から顔を出した。
(動いてない……?
どうして?)
空気の流れから分析し、青年の位置まるでさっきと同じだった。
人の心の分析は、悪者──もとい、闇の人間にも通用するが、実際に見なければどういう思考なのか、どう動くのか分析できない。
「なにしてるの…?」
泉は不思議そうに琴野に尋ねた。
「……あ、これ?
自分、他の人と違う“能力”を持ってるみたい。
それで今、分析してるの」
「へー……」
泉は説明を聞いてただ相槌を打つだけだったが
「えー!?」
数秒後に驚きで思わず大声を出した。
「わあ!」
その声に驚き、琴野は手を離しそうになるがなんとか留め、一旦休憩のため、また壁に隠れた。
「びっくりするよね、
自分も」
ここまで言って琴野が、泉に顔を向けた瞬間、背筋が凍る思いをした。
その瞬間
「うっ…!!」
急に琴野に突き飛ばされたと思うと、風圧が泉に尻もちをつかせた。
「なに……
……っ!? 未来さん?」
泉が顔を上げると、琴野の姿がなかった。
「未来さん!?」
泉は壁の影から出て当たりを見渡す。
「……あ」
広場の高台に泉はその姿を見た。
5mくらいある巨大なカマキリを。
両手の鎌を自在に操り、なにか小さな影をお手玉のように弄んでいる。
「なに……あれ?」
泉が思わず口にしていると
「これが強さだよ」
と背後から声がした。
「ッ……!?」
泉は思わず振り返り、後退りして距離を取った。
そこには青年が立っていた。
「君が教えてくれたカマキリ。
確かに強い生き物だ。
これなら簡単に、」
高台からカマキリがお手玉にしていたものが、降ってきた。
「この世界の人間を滅ぼせる」
「え………」
泉は落下地点を見て絶句した。
それは琴野だった。
いや、もはや琴野だとわからないくらいに皮膚を抉られ、手足はあり得ない方向に曲がり、メガネは粉々に砕け、綺麗な白髪も血に染め上げられている。
「やっぱり、この世界の生き物は脆いね」
「未来さん…………未来さん……!!」
青年の言葉を無視して、泉は急いで琴野に駆け寄る。
「未来さん…………!!
未来さん…………!!」
泉は琴野の肩を揺らすが、まるで返事がない。
それどころか、少し持ち上げたとき、千切れかけた首が頭の重さで、体と真逆の方向に曲がり始めた。
これを見てようやく、死んでいることを理解した。
肩を優しく下ろし、恐怖に歪む目を瞼で隠した。
泉はそのまま動けなかった。
自分でもわからないうちに目に涙を浮かべていた。
そんなに親しくもない、入学して1ヶ月まともに話してもいないただのクラスメートなだけなのにと自分の心を疑った。
さっきのほんの一瞬の優しさで、こんなに悲しむものなのかと。
こんなに怒りが湧くのかと。
こんなに無力を痛感するのかと。
泉の胸がうっすらと光り輝いた。
それに巨大カマキリは反応し、鎌を振り上げ高台から攻撃をしようとしたが
「待て!!」
と青年は制止した。
「…………」
泉は黙って琴野を抱き抱える。
(能力……本当に能力があるのなら、私にもください…!
強い力を……私に…!!)
泉は強く願い、琴野を抱き寄せる。
すると
命を失ったはずの琴野の胸がほんのり光り始めた。
それに呼応するように泉の胸も光り輝く。
光を目にしたカマキリは飛び掛かるが
「だまってろ!」
と、青年はカマキリに手をかざした。
するとカマキリの胸から炎が抜き取られ、カマキリはもとの大きさに戻り、ぺちゃんこになった。
「面白いことが起こってるんだぞ!!
邪魔されてたまるかよ!!」
青年は興奮した様子で、泉と琴野の行くすえを眺めた。
泉の胸の輝きはやがて全身を巡り、そして琴野の体も巡った。
光が届いた場所の皮膚は再生され、関節も元の位置に戻り、切り刻まれた服も元通りに。
2人は1つの光に包まれた。
そして、その光が弾けたときには
琴野の体はすっかり元通りになっていた。
泉はまだ気を失っている琴野を優しく降ろすと、青年をキッと見詰めた。
「ふ……ふふ……………ふははははははは!!!!
気に入った、力を得たか!
その力、見せてみろ!!」
青年は興奮しながら泉に言うと、またカマキリの亡骸に掌から灯火を出して与えた。
すると、カマキリの亡骸は燃え上がったと思うとその炎は激しく炎上し、5mくらいの大きさになった。
「やれ!!」
青年はそう命令だけすると、体を燃え上がらせ姿を消した。
「キシャアアアアア!!」
巨大カマキリは声を上げ、泉に鎌を振り上げる。
泉はしゃがむと、右掌を地面に付けた。
そして、立ち上がり両手を前に突き出し
「イシの壁!!」
と叫ぶと、地面と同じ砂利の壁が泉の前に現れた。
「キシャ?」
鎌は壁に弾かれる。
「キシャアアアアア!!」
怒ったカマキリは胸の灯火の火力を上げ、両手の鎌に炎を纏わせる。
そして、その場で大きく振りかぶると
腕をクロスさせ、炎の斬撃を飛ばした。
「ッ!?」
泉は避けようとしたが、このままでは琴野にあたってしまう。
「イシの壁!!」
再び両手を前に突き出し、砂利の壁を生成。
だが、先程のものより小さくそして、
「くっ……うあ!」
脆かった。
破壊された衝撃で、泉は尻もちをつくが斬撃の軌道は変えられ、直撃を免れた。
「炎なら……」
泉は広場の入口の方へと走った。
「キシャアアアアア!!」
巨大カマキリは泉を追う。
再び胸の灯火の火力を上げ、鎌に炎を纏わせる。
そして鎌を大きく振りかぶり、炎の斬撃を飛ばした。
泉は急いで走り、そして蛇口を捻り、掌に水をため
「ミズの弾き!!」
腕を伸ばし掌から水流を発射。
炎の斬撃を掻き消し
そのままの勢いで巨大カマキリの胸の灯火をも貫いた。
「キシャアアアアア!!?」
灯火を失ったカマキリは、断末魔を上げながら、元の姿に戻りぺちゃんこの亡骸になった。
泉は能力に覚醒を果たした。
“共有”。
掌から様々な成分を取り込んだり、与えたりすることができる。
覚醒時の無意識の行動が終わり、泉は腕を引いて掌を見詰めた。
そして拳を握りしめ、その力の余韻に浸るかのように目を瞑り、無意識のうちに笑みを浮かべていた。