琴野の意識が回復した。
だが、不思議な感覚だった。
寝ているはずなのに起きているようだ。
足を動かしていないのに歩いているようだ。
笑ってないのに笑っているようだ。
琴野は重たい瞼を開けた。
夕焼けと青空が混合していた。
混ざり合い、一瞬の空の神秘に見惚れていたが
(…そうだ!
悪者!!)
襲ってきた悪者のことを思い出し、体を起こそうとした。
が、やはり変な感覚は続く。
全身の感覚が麻痺しているかのようだ。
体は動くのだが、掌を地面について体を起こそうとしたが、全く掌から硬い地面の感覚が伝わらない。
(え……?)
琴野は手で動かせる範囲で色々と触ってみる。
地面を草を、自分の体や目や口を。
そのどれも一切の感覚がなかった。
(なにがおこってるの……?)
琴野はメガネのツルを上げて分析しようとした
「起きた?
未来さん」
その瞬間、泉が琴野の前に立ち、手を差し伸べた。
その時何故か、琴野は歩いている感覚がなくなり、腕を伸ばしたような感覚が起こった。
泉は不思議そうに琴野を見ている。
(……あれ…?
自分、腕出した…………よね?)
琴野は無意識に腕を伸ばしたのかと思ったが、見ると腕は地面についたままだった。
「どうしたの?
立てる?」
泉は心配声を掛ける。
琴野は頷き、なんとか泉の腕に手を伸ばそうとするが、感覚がまるでなく、明後日の方向に伸びてしまう。
泉は微笑みながら、琴野の暴れる手を掴み引き上げた。
(あれ…?)
そのとき、琴野の手は掴まれる感覚はなく、掴む感覚が起こっていた。
(まさか……)
琴野は自分でもとんでもないと思う考えが浮かぶ。
そして、それを確認するためツルを上げようと思ったが
──人のこと勝手に分析するのよくないよ
と頭の中で声が響いた。
(……!!?)
琴野は驚き、思わず手を下ろして泉から顔をそらしてしまう。
「……どうしたの?
未来さん? 顔色悪いよ」
泉は急に挙動不審になる琴野を不思議がり心配する。
「か……加藤さん……
今、なにか…?」
「え…?
顔色悪いよって…?」
「あ……うん。
その……他に。
それより前」
「前…?
いや。特に」
「……そう」
泉は否定しているが、その声は明らかに泉の声だった。
琴野は今の泉の言葉が嘘かどうか見極めるため、無意識で横目で泉を見て、ツルに手をかけようとしたが
──これ、聞こえてる?
と、また頭の中で声が響いた。
琴野はまた驚き、泉の顔をまっすぐ見詰めた。
泉はただ微笑むだけ。
──やっぱり聞こえてるんだ
困惑する琴野の頭にまた声が響く。
「加藤さんでしょ…?
これ、加藤さんが」
──そうだよ。
──私がや
声が途切れ、泉が急に難しい顔をし
「これ…疲れるね」
とサラッと言った。
琴野は唖然とし、口をぽかんと開けたまま動けなかった。
頭の処理が追い付かない。
「未来さん」
泉は呼び掛けながら、琴野の手を取り
「一旦休もっか」
とベンチへ誘導しようとした。
そのとき
「……ァ゙ッ…!!」
急に琴野が頭を抱え、もがき出した。
「未来さん…!
大丈夫……!?」
泉は必死に声をかけるが、止む気が見えない。
(な……なに……!?
なんだ……!? 頭が……!!!)
琴野の頭に記憶が蘇る。
振り返ったあと、背筋が凍る感じが起こり、泉を突き飛ばした後
巨大な影にどこか高いところへ連れ去られ、地面に叩き付けられる。
朦朧とする意識の中見えたのは、巨大なカマキリ。
恐怖の中襲い掛かる鎌。
激痛と共に、胸を抉られそこで記憶の再生が止まる。
「はあ……はあ…………」
琴野の息が荒くなる。
(自分……もしかして…………)
感覚のなさ、手を繋いだときに感じた自分の手の冷たさ、肌がちらりと見えたときの血色の悪さ。
「大丈夫?」
泉が心配して顔を覗かせる。
「加藤さん……」
琴野は恐る恐る、泉の頬に手を当てた。
冷たさを感じた。
自分の頬に。
信じられないという顔を琴野はする。
ゆっくり手を下ろし、自分の胸に手を当てた。
が、なにも感じ取ることはできなかった。
「自分…………死んだの…?」
重い口を開き、蚊の鳴くような声で泉にきいた。
泉は優しく微笑みかけ、琴野を腕で優しく包んだ。
「死んでた。確かに。
あの化け物に殺された。
……だけど、“私の力で生き返らせた”」
琴野は驚き、困惑する。
「ううん……正しく言うと“繋ぎ止めた”
私も。
未来さんと同じで、人とは違う力があったみたい。
……それで、未来さんに分け与えた。
“命の半分”を」
(え…?)
困惑が更に強まる。
まるで理解が追い付かない。
人の命を蘇生したこともそうだが、
その代償が能力者の命の半分なこと。
その対象が、今日やっとまともに話したくらい関わりの薄いクラスメートなこと。
「でもごめんなさい。
まだ私と未来さんの繋がりが不完全だから、多分だけど、未来さん。
完全に感覚戻ってないでしょ?」
蘇生のことをさもいつもの人助けの延長のように言ってること。
「もしかして、私の感覚が今、未来さんに伝わってる?」
自分のとんでもない考えの倍以上のことが起こり、それがなんともなしに伝えられていること。
「ちょっと大変だと思うけど、しばらくしたらもとに戻ると思うから。
少し我慢」
「だめだよ!!」
琴野は泉の言葉を遮るように叫び、泉を引き離した。
「さっき自分言ったはず……“自分自身を大切にして”って!
なんでホイホイ命の半分人にあげるの?
クラスで有名だから聞いたけど、加藤さん、人助けがすごく好きなんでしょ?
でも、それとは違うんだよ!?
これじゃ、半分自殺したのと同じだよ!」
琴野は強引に泉の手を掴み、気を入れるようなイメージで、泉の掌を押し込んだ。
「自分の体……加藤さんの“力”で生かされてるだけだよ
ゾンビみたいで気持ち悪い。
能力の使い過ぎで髪も白いし、これじゃバケモノだよ!
これだと死んでほうがマシ!
生きててもぜったい嫌われる、仲間はずれにされる……“いじめられる”よ!」
その言葉を聞いた泉は目の色を変え、琴野の手を掴み、
「はっ!!」
能力の基になる“光パワー”を琴野に押し込んだ。
「……え?」
琴野はまた変な感覚になる。
思わず後退り。
足の裏に、靴越しに土の感覚がした。
指を開いたり閉じたりする。
しっかり動く感じがした。
「はあ……はあ……」
大量の光パワーを分け与えた泉は、しゃがみ込み息を漏らす。
琴野は気まずそうに泉を見下ろした。
「人には死んじゃだめって言うのに、自分のことになると死にたいっていうんだ」
泉は琴野から顔を背けてから、話し始める。
顔の動きから分析されるのを避けられているのだと琴野は直感した。
「でも……自分はもう死んだから」
「だから死んでいいって思うの?
生き返ったんなら生きればいいのに。
死にたい理由なに? 嫌われるから? 仲間はずれにされるから?
いじめられるから?」
だんだん泉の語義が強くなるのを感じる。
琴野は自分自身の感覚が戻っても、泉の感覚はまだ伝わっていた。
ふつふつと湧き上がる怒りを直に感じていた。
「味方でいるなんて言って、結局あなたもそうなんだ!
いじめられるの怖いもんね!
死んだほうがマシなんだもんね!」
「勝手なこと言うな!!」
泉の感覚は琴野の感覚でもあった。
いつもの琴野なら怒られると萎縮してしまうのだが、泉の怒りを感じた琴野もそれを自分の怒りとして認識した。
「あんなの! 加藤さんに同情心もたせるために脚色しただけだよ!!
自分が言いたいのは、加藤さんが半分自殺したのが許せないってこと…!
自分自身大切にしろ! 勝手に人生の半分人に託すな!!」
琴野はメガネを外し、泉の前にしゃがみ、両頬を挟んで顔を無理矢理向き合わせた。
「いじめられてるなら助けるよ。
困ってることあるなら力貸すよ。
さっきも言ったよ。
自分は、加藤さんの味方だって」
泉は驚いた顔をして、琴野を見詰めていたが、目をそらすと琴野の手を引き離し皮肉のように笑った。
「私の味方すると不幸になるよ。
一緒に、いじめられるかもよ」
それに対し琴野はゆっくり首を振り
「そんなのへっちゃら。
もう自分は死んだんだからそれに比べれば怖くない。
それに、加藤さんがいないと文字通り自分は生きられないんだよ。
加藤さんのこと、守るしかないもん」
その答えに泉は静かに微笑んだ。
「お人好し」
そう呟くと立ち上がり、歩き始める。
「どっちのことだか」
琴野も立ち上がり、泉の後を歩いた。
怒りの感情はもう感じてこない。
その代わりに嬉しさが伝わってきていた。
夜。
とりあえず琴野は自宅に帰ることにし、一旦分かれた泉。
19時過ぎ、定食屋で夜ご飯を済ませ、古いオンボロアパートについた。
トートバッグから鍵を取り出し、ドアを引く。
すでにドアは空いており、泉の顔が曇った。
「そうだ…休みか……」
そう呟きながら家に入る。
ドアを締め、靴を脱ごうと下を向いた瞬間
何かが顔の横を掠め、パリンと音を立てて割れた。
花瓶だった。
「遅かったじゃない
今日、学校から連絡きたわよ」
リビングからは中年女性が顔を出していた。
酷く酔っている。
泉は恐る恐るその女性を見ると、全ての感情を殺したかのように真顔になった。
「また遅刻したらしいじゃないの……ひっく!
おかーさんのこと困らせないで頂戴!!」
中年女性──泉の母親は泉を怒鳴ると蹴り飛ばした。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
泉は悲鳴もあげず、抵抗することなく淡々と謝罪の言葉を繰り返した。
何度も蹴られ、何度も殴られる。
衝撃で捲れた腕や脚は痣だらけだった。