6-2
「えー
じゃあ、また明日
さようなら」
『さようならー』
担任の田代先生の合図で、挨拶を終え、銘々に下校していく。
明人はランドセルを背負うと、咲希たちの下へと向かった。
「咲希ー」
「あ! 明人!
一緒に帰る?」
明人に気付いた咲希は、飛び切りの笑顔を向けた。
明人と咲希の家は校門を出て反対側にあるのだが、興味のある方にすぐに行ってしまう咲希は、百合か明人かどちらかと帰っている。
基本は百合となのだが、百合が塾がある日は、明人が担当していた。
「あれ? 不来方
今日、塾だっけ?」
「そう。
どっかの誰かが入院して、塾休まないと行けなかったから。
その分、今週全部塾」
百合は明人の問いにランドセルに少々乱暴に教科書を詰め込みながら、当てつけのように言った。
「明人と一緒にいられるからわたしは嬉しいよ!」
咲希は明人の手を握り、嬉しそうにぶんぶんと振り回す。
明人はその行動の可愛さにまたニヤけるが、反対の手で咲希の腕を押さえた。
「咲希、危ない」
「はーい」
明人の注意で、咲希は振り回すのをやめるが、固く繋いだ手は離さなかった。
「じゃあ、私行くから。
くれぐれもさっちに怪我させないで」
百合は2人のことをまるで見ず、顔を伏せながらランドセルを背負ってそう言うと、足早に教室から出ていった。
「百合ちゃん、バイバーイ!!」
咲希は元気いっぱいに手を振って、百合を見送った。
明人は百合の背中と、咲希の行動を見て複雑そうな顔をした。
「……あ、咲希。
少しだけ教室で待てるか?
ちょっと隣のクラスに用があって」
咲希のことを任された直後に、明人は用事を思い出した。
「えー……」
咲希は久しぶりに下校できる明人と離れたくなく、嫌そうな顔をした咲希。
「咲希ちゃん、咲希ちゃん」
そのとき、
咲希の近くに座る上田明里(うえだ あかり)が声を掛けた。
面倒見のよいお姉さんのような性格で、咲希のことを密かに気に入っている。
「面白い話があるんだけど聞く?」
「面白い話!!」
咲希は目を輝かせ、明人から手を離して、明里の席へ走っていく。
「聴きたい! 聴きたい!!」
「分かった、じゃあね、こんな話。
月詠山の麓にね」
明里は咲希に話し始めると、明人にチラッと目を向けて、親指をグッと立てた。
明人は手を合わせると、咲希に気付かれないように教室を出ていった。
「小林!!」
明人が廊下に出ると、すぐ隣の6-1から用事のある人──直樹が見つかった。
直樹は、乃々実と遊ぶ約束をしているため、急いでいる様子だったが、声を掛けられると、立ち止まり振り向いた。
(あ、竹内さん……)
直樹は、明人を見ると気まずそうな顔をした。
咲希の口ぶりから、明人は戦いのことを聞かされており、それを覚えているようだった。
直樹は敵の能力とはいえ、咲希の体に入ったり、慰めるために撫でたりしたりと、彼氏が聞いたら機嫌を悪くしそうなことをしてしまっているので、あまり顔を合わせたくなかった。
それが向こうから、わざわざ呼び掛けられたとなり、直樹は怒られるのではないかとビクビクしながら、明人が近付くのを待った。
明人は直樹の目の前まで来ると、
「ありがとう」
と深々と頭を下げてお礼した。
「……え?」
思ったものと違う行動に直樹は間の抜けた声を出してしまう。
「咲希から聴いた。
悪い人から咲希を護ってくれたんだってな」
「護ったって……俺はそんな。
お礼なら刀根さんにしてよ」
直樹は感謝してくれたのは嬉しかったが、基本的に敵を倒しているのは三晴だったため、素直に受け止められなかった。
「もちろん、刀根にも言うつもりさ。
だけど、咲希が一番感謝してたのは小林だ。
よく話聴いてくれたり、みんな1日経ったら忘れちゃうことを小林が覚えててくれてたって喜んでた」
明人はそこまで言うと、直樹に顔を近づけた。
「小林は知ってるのか?
咲希の体に何が起こってるのか?
俺と小林と刀根が、咲希を襲った悪い人のことを覚えてて、咲希の家族や不来方が覚えていないこと」
明人は真剣な表情をしながら、周りの人に聞こえないよう小声で訊いた。
直樹は困惑の表情を浮かべる。
能力のことや、闇の人間のことは三晴から聴いているので、その通り伝えればいいのだが、記憶に関しては、自分の中の憶測があるだけなのだ。
今日、三晴と合ったら話そうとしていたが、今日も今日とて三晴は学校に来ていないので叶わなかった。
「その前に1つだけいい?」
だが、直樹は1つ疑問が浮かび、尋ねた。
「なんだ?」
「竹内さんは、その……不思議な力って持ってるの?」
「……いや。
俺にはない……」
明人の悔しそうな答えに直樹は驚いた。
以前、三晴が覚醒者候補にあげていたのは咲希と明人の2人。
そのうち、咲希は覚醒していたので、明人もそうなのだとばかり思っていた。
直樹は能力に覚醒した者が、戦いに関することを覚えているのだと思っていたが、明人は力がないと言っていた。
(力がない……
これ、伝えてもいいのかな?)
明人は、能力がないものを戦いに巻き込んでしまうことを危惧し、戦いのことを詳しく伝えていいのか迷った。
「けど、咲希が言ってた!
俺と同じ胸の温かさが、小林と刀根にもあったって!」
言葉に詰まる直樹に、明人は必死の顔になって肩にしがみついた。
「お前らも不思議な力が使えるんだろ!?
じゃあ、俺も使える筈だ!!」
明人は大声で問い詰める。
直樹はその気迫に圧倒されて何も言えない。
「何が必要なんだ!?
俺には何が足りない!?
頼む教えてくれ!!」
「あれー?
なおき?」
動けない直樹に、遅れて教室から出てきた翔が不思議そうに声を掛けて来た。
「ののみちゃんのために帰ったんじゃないのー?
どうしたー? カツアゲー?」
「……あ! 悪い!!」
翔が間に入ったことで、明人は正気を取り戻し、直樹の肩から手を離した。
「いや、ちょっと色々と。
あ、カツアゲとかじゃないから」
直樹は苦笑いしながら、翔に弁明した。
「ふーん」
翔はそう言いながら、明人をじっと見つめ
「彼女いるのにださー」
とだけ言うと、帰っていった。
「ご……ごめんね」
翔を見送った直樹は苦笑いし謝った。
「いや、俺こそ。
悪い」
明人も謝り、決まりが悪くなったのか二の句が継げなかった。
直樹はランドセルを下ろすと、小さなポケットから小さく折りたたんだ紙を取り出した。
「これ。
刀根さんが書いたもの」
「これは…?」
「竹内さんの知りたいこと。
多分ここに書かれてるよ」
それは、爆弾の男を倒した後に三晴から受け取ったものだった。
戦いのこと。
闇の人間のこと。
覚醒のこと。
それらが複数枚にわたり、詳細に書かれている。
「ありがとう」
明人は震える手で直樹から紙を受け取り、清々しい笑顔を向けた。
「けど、もし、伝えるとき。
刀根さんから伝言頼まれてる。
“絶対に戦うな”って」
直樹はその伝言を思い出し、伝える決断を下したのだ。
灰色の世界など何も知らずに襲われてしまうよりかは、少しは知っていたほうが自衛になると思ったからだ。
「わかった。
ありがとう」
明人はお礼を言うと、紙をパラパラと見ながら2組の教室へと戻って行った。
(これで……よかったのかな)
直樹は一瞬そう思ったが
(あ!! 乃々実!!!)
乃々実との約束を思い出し、心配事は全て消えてなくなってしまった。
蕾中学校
(長かった……)
授業が終わり、放課後になった。
琴乃は帰りの支度を済ませ、髪を見せてでの初めての登校の緊張が解れ、背伸びする。
少しばかり、ヒソヒソと話す声は聞こえたが、いじられたりすることはなかった。
それと同時に、1日泉のことを見ていたが、イジメられるところは見えなかった。
むしろ、困っている人がいるとすぐに駆け付け、みんなからは感謝されている。
心理状態を分析しようとしたが、まだ見たものしかできないので、細かくは分からなかった。
それでも、僅かな表情や仕草をみたところ、助けられて嫌な思いをしている人は今日のところはいなかった。
(クラス中の除け者にされてる訳じゃないならまだ良かった……
いじめっ子は藤士、深井、河那
あの3人か)
琴乃は泉が移動中、無意識に避けている場所からいじめっ子を特定できた。
いじめっ子の心理状態を確認しても、泉が近づくと嫌悪が出ていたので確信を持てた。
もっとも、泉と直接話せば早いのだが、すぐに人助けに走ってしまうので、ゆっくりと話す時間は取れなかった。
(頑張るって言ったけど……どうしよう)
だが、特定できたところで先生に伝えようにも、まだ証拠を押さえきれておらず、特に河那は皆から優等生として見られているので、信じてもらえるか怪しかった。
──色々調査してくれてるみたいだね
帰りのホームルームが終わってすぐに教室から出た泉が、光パワー越しに直接脳内に語り掛けてきた。
──うん
でも、ちょっと手間取りそう
琴乃も泉に直接語り掛ける。
光パワーを消耗するので、高頻度では使えないが、離れていても話すことができるのはなにかと役に立つ。
──焦らなくてもいいよ
未来さんの能力、まだ完全じゃないんでしょ?
──うん
でも早く加藤さんへのイジメをなくせるよう協力するよ
──ありがとう
でも、まだ未来さんは何もしないで
分析してくれるだけでいい
──どうして?
止めないと加藤さん
──そんなやわじゃないよ
小学生のときから何年も何年も続いてるから
ちょっとやそっとじゃ変わらない
だから、仲直りできるようみんなのことをよく知っておきたいの
未来さんが私と関係を持ってるって知ったら、分析もしづらくなるでしょ?
だからお願い
未来さんには苦しい思いさせないから
──でも、それだと加藤さんが
泉の頭で響く琴乃の声がそこで止まった。
いや、止めたのだった。
「加藤。
少し付き合え」
下駄箱で靴を履き替えていた泉の前に、留李依が立ち塞がっていた。