ハートジャスティス   作:ココリンク

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クラスメイトの刀根三晴は日本刀を武器に戦う戦士だった。
必殺技ニードルバスターで真っ黒の男を撃退するが、親玉の大男によりピンチに陥ってしまう。
小林直樹は助けようとするが、攻撃が届かない。
しかし、妹の乃々実から貰ったひまわりの種を握りつぶされた怒りで覚醒、大男を撃退したのだった。


3話 灰色の世界

「よこっこらしょっと……。

ここでいい? 刀根さん」

 

大男との戦いで負傷した三晴を運んだ直樹は、花畑沿いの道にある、大きくて平らな岩に腰掛けさせた。

 

「ああ……」

 

三晴は空返事をすると、岩に寝そべり、目を瞑って両腕を広げた。

 

「体調は大丈夫?

なんか、さっきより顔色良くなってるね」

 

直樹は中腰になり、顔を覗き込むようにして、優しく語りかけるように言った。

 

三晴は目を開け、視線を動かし直樹の方を見ると、少し考えるような顔をした。

 

そして半ば諦めたかのような表情をすると、ゆっくり口を開いた。

 

「………灰色の世界を出たからな」

 

「……? 灰色の……世界……?」

 

直樹は聞き慣れない単語を思わず復唱した。

 

三晴は溜息をつくと、渋々話し始めた。

 

「さっき、あのデカブツが変な珠投げて、黒いのが広がって辺りが暗くなっただろ?

その暗くなった場所が、“灰色の世界”だ。

あそこだと私達の力は弱まり、アイツらの力は強くなるんだよ」

 

「は、はぁ……」

 

説明を聞いても直樹はいまいち理解できていない顔をする。

 

「お前はデカブツに目を付けられたからな。

辺りが暗いと思ったらすぐに………

おい、聞いてんのか?」

 

「え、うん…!

聞いてるよ!」

 

理解しようにも、一度に色々起こり過ぎているために、脳が混乱して受け入れるのを拒否していた。

 

また、たまにふわふわ浮いている光の球が視界に入り、集中力を乱されてもいた。

 

それに、直樹には一つ気掛かりなことがあり、それどころではなかったのだ。

 

直樹は手提げかばんを固く握りながら、そわそわして立ち上がった。

 

「あの、刀根さん。

一応、救急車呼んで来よっか?

そのえっと……灰色の世界……? だっけ?

そこから出たから。

あ、あとパトカーも必要かな……」

 

「どっちも必要ない。

あと、お前そのまま帰るつもりだろ?

もう少し休んだらちょっと着いて来い。

言っておきたいことが山ほどある」

 

三晴は命令するようにキツい口調でそう言った。

 

直樹は三晴の態度から、威圧をひしひしと感じていた。

 

吐血し、一度は気を失っているほど体が傷付いていて、弱っているはずなのに、それさえ忘れるほど圧倒される。

 

最愛の妹のためにすぐさま帰らなければならないのに、三晴の威圧がそれを拒否する。

 

一度でも不審な動きをすれば、いきなり立ち上がり刺されそうな気もしていた。

 

「そのままにするなんて、そんなヒドいことはしないよ。

けど、俺も大事な用事あってさ。すぐ帰んなきゃいけないんだ。

救急車来るまで付き添うからまた後にして。

俺、なんか色々あり過ぎて頭入ってこないし」

 

直樹は言葉を選び、なんとかその場をやり過ごそうとした。

 

「だから呼ぶ必要ないって言ってるだろ。

お前も自分の体よく見てみろよ」

 

それでも三晴は頑なに意志を変えず、話の主導権を持っていく。

 

直樹は言葉に詰まり、三晴に言われる通りに自分の体を見てみた。

 

「体? ……あれ、たしかここに傷があったような」

 

すると転んだときにできた擦り傷が何もなかったかのように、ほとんど完治していた。

 

そういえばと腹を抑え、大男に蹴られたときの痛みもだいぶ治まっていることにようやく気付いた。

 

「な。

私も、お前みたいに体が回復している。

ここに居れば必要ないんだよ」

 

「はあ……。

パワースポット……みたいなものかな?」

 

「まあ。

……そんなものだ」

 

直樹の冗談混じりの予想に、三晴は呆れた口調で答えた

 

それから、しばらく沈黙が続いた。

 

直樹は早く帰りたく、あれこれ考えるが、無防備に手を広げて仰向けになる同い年の少女に圧倒され、蛇に睨まれた蛙のようになにもできなかった。

 

三晴もただ黙って自身の体が癒えるのを待っていた。

 

度々目を開けるが、その瞳はどこかぼんやり眺めているようにも、どこか一点を見据えているようにも見えた。

 

そうしているうちに、春の暖かな日差しとさわさわと揺れる広葉樹の音、香る花の匂いに三晴は少しうとうとして来ていた。

 

緊張の糸が切れ、眠気に負けゆっくり瞼を閉じようとした。

 

そのとき、どこからか地響きを感じた。

 

三晴は目を覚まし、勢いよく体を起こした。

 

まだ肋骨あたりが微かに痛むが、動けないほどではなかった。

 

三晴は直樹に視線を送る。

 

直樹も地響きに気付いていたようで、あたりを見渡しながら、なにもわからないと首を横に振った。

 

三晴もあたりを確認する。

 

それでも不審なものはなにもない。

 

いや、あったとしても“見えない”のだ。

 

「おい。

小林直樹」

 

「なに?」

 

「さっきの灰色の世界の補足だ。

理解できなかったとしても、記憶の隅にでも置いとけ」

 

「……うん」

 

「灰色の世界は今の私達がいるような明るいところからは暗くて見えづらくなってる。

……周りを見てみろ」

 

「周り……?

………! これって!」

 

直樹は言われる通り、再度あたりを確認した。

 

すると、花畑をの周りが真っ暗になっていてなにも見えないのだ。

 

まるで世界が闇に覆われ、この花畑だけが残っているようだ。

 

近くの時計を確認しても、まだ16時で日没にも早過ぎる。

 

(そういえば……さっきも。)

 

山や木々の影で少し薄暗いものの、麓の道は普段は見通しが良いはずなのに、初めに大男に気付かなかった。

 

また、助けを呼んだ、公園から出てきた男の人が気付かなかったのも、それのせいなのではと直樹は思った。

 

「ああ。囲まれた。

戻って来たんだよ。アイツが」

 

「アイツ……」

 

直樹は身震いした。

 

もう二度と会いたくないと思うほど、恐怖心を植え付けたやつが、再び現れるというのだ。

 

無意識に手提げかばんを抱えており、だんだん呼吸が荒くなり、震えも激しくなる。

 

「………怖いか?

怖いよな。

でも、敵は待ってはくれないみたいだ」

 

三晴はそう言うといつの間にか持っていた日本刀を構え、体を捻っていた。

 

直樹が見渡すとざっと12人くらいの同じ服装同じ体型同じ動きの真っ黒の男がこちらに走ってきていた。

 

「え、うわっ!

あんなにたく」

 

「よく見えない。

しゃがんでろ」

 

「え、はい!」

 

直樹はまたほぼ反射的に三晴の言葉に従っていた。

 

「ニードル………」

 

刀身がうっすらと光り始める。

 

三晴は呟きつつ、灰色の世界から四方八方に走ってくる真っ黒の男の位置を確認した。

 

「サイクロン!!」

 

そして、刀を横へ振りながら体を一回転。

 

小さな空気の刃が男へと向かい、襲い掛かるすべての男の胸を穿いた。

 

男は地面に倒れ、動かなくなった。

 

「………大丈夫だ。

立ち上がれ」

 

三晴はあたりを見渡し、第二軍が来ないことを確認すると、そう言いながら、直樹の体を引っ張り無理矢理立ち上がらせた。

 

「うわっと、って、え…?

すごい。

あれだけの数を」

 

直樹はあたりを見て仰天した。

 

さっきも戦い慣れしてそうな剣捌きやら飛ぶ斬撃やらを見て、強い人だと感じていたが、大勢を纏めて倒していたので改めて実感した。

 

「ああ。

この場所はアイツらにとってアウェイだからな。

アイツらは灰色の世界じゃないとただのカス同然だ」

 

三晴は吐き捨てるようにそう言うと、また周囲を警戒し始める。

 

「カスって……」

 

直樹は三晴の言い方に呆気に取られながらも、どこか安堵の表情を浮かべていた。

 

それを見て三晴は呆れながら言う。

 

「お前。ここにいれば助かるって思っただろ?

確かにここは灰色の世界じゃないから安全だが、逆に言えば、外に出られずここに閉じ込められているということだ。

その格好じゃ、食い物一つ持ってないだろ?

私達はここで餓死するか、あそこに入り戦うか。その二択だ」

 

「戦う……」

 

その言葉に直樹は思わず後退りしていた。

 

痛みは小さくなっているが、まだお腹がジンジン痛んでいる。

 

直樹は二度とあんな痛みを味わいたくなかった。

 

ふと、三晴を見ると同情のないただ選択を待ってるようだけの冷酷な目でこちらを見ていた。

 

そんな姿に直樹は思わず口を開いた。

 

「刀根さんは?」

 

「……?

なんだ?」

 

「刀根さんは………怖くないの……?

なんか……凄い力持ってるし、こんな状況でも……落ち着いていられる……。

どうしてそんな」

 

「慣れだ」

 

絞り出すような震える声での質問に、三晴は即答する。

 

「え?」

 

「私も、初めは怖かった。

でも、すぐに慣れた。

それに………」

 

三晴は切っ先を学校方面に向け、歩き始めた。

 

直樹はどうしたらいいかわからず立ち往生してしまう。

 

後ろに歩く気配が感じられないことに気付くと、立ち止まり静かに口を開いた。

 

「私は自分が死ぬのは怖くない」

 

そう言うと、再び歩き始めた。

 

迷いもなく一歩一歩進み、灰色の世界へ向かう。

 

「私から離れるな」

 

三晴はまだ後ろの足音が聞こえないとわかると、真っ直ぐ向いたまま言った。

 

「え……でも、俺」

 

「いいから。来い。

安心しろ。お前は生かしてやる」

 

直樹は三晴の自信に満ちたその言葉に、少し恐怖心が薄れた。

 

この人は強い。

 

絶対に負けない。

 

そう自分に言い聞かせ、直樹は震える足を前に出し、三晴の元へと進んでいった。

 

1mあるかどうかの手前に来ても、灰色の世界は暗闇しか見えない。

 

一歩進めば、あの大男がいるかも知れない恐怖に、直樹はまた後退りしそうになる。

 

それでも、隣にいる決意に満ちたクラスメイトの顔を見るとどこか安心できた。

 

「行くぞ」

 

「……うん」

 

三晴の合図で二人は灰色の世界へと入っていった。

 

灰色の世界は上空に太陽が輝き、周りに光を遮断するような高い建物はないのに、薄暗くて気味が悪い。

 

直樹は鬱陶しく感じていた光の球がむしろありがたく思えた。

 

(……おかしい。

気付いてないはずがない。

どこにいる……?)

 

50mくらい進んでも、敵は一切現れない。

 

三晴は、灰色の世界に入った途端襲って来るものだと思っていたために不審に思っていた。

 

(さっきの地響きは気のせいだったのか?

いや、でもアバタが現れたんだ。

デカブツはきっといる。)

 

それでも三晴は警戒を続ける。

 

それでも何事もなく進み続け、気付けば入った所と出口として目指している場所との半分まで来ていた。

 

(やっぱりおかしい……。

時間を掛けて進んでいるのに、なにも仕掛けて来ない…!!

あんなに恨みを買ってるんだ…! 半分まで見逃すものか……!?

……………半分……!?)

 

そのとき、三晴はあることに気付き、刀を構えた。

 

「伏せろ!!」

 

「うわっ!!」

 

直樹は恐怖の中、急に大声を出されたため驚き、三晴から飛び退いてしまった。

 

「なっ……!?

バカ……!!」

 

三晴は急いで直樹を自分の身に引き寄せようと手を伸ばした。

 

その瞬間、直樹の後ろに大きくて黒い影が強風とともに姿を現した。

 

「(マズい…………!)

ニードル………

 

それに気付いた三晴はニードルバスターを繰り出そうとしたが、

 

「うわっ!!」

 

「………ッ!?」

 

気付けば、大きな影は直樹を拐い、強風と共にその場から消え、持ち主から離れた手提げかばんだけがその場に残っていた。

 

「……………!!

拐われた…………。

……………そんな、私」

 

あまりにも一瞬の出来事に、三晴は茫然と立ち尽くすことしかできなかった。

 

(あのとき………

叫ばなければ

連れて来なければ

もっと早く移動してれば

帰らせてれば

私が倒せてれば

ちゃんと止めてれば)

 

護れなかった。

 

その気持ちが溢れ、思わず自分の不甲斐なさに叫び出しそうになったそのとき。

 

「…………!!」

 

目の前で光の球が、最後に強風が吹いた方向へと浮かんでいくのが見えた。

 

(あれは………彼の……。

小林直樹の近くに浮かんでいた………。

……………あれを追えば……まだ。)

 

三晴は刀を硬く握り、手提げかばんを拾い上げると光の球を追い掛け走って行った。

 

 

 

「ぐわああああああ!!!」

 

何が起きたか分からないまま、直樹は体を締め付けられる感覚に叫び声を上げる。

 

いつ肋骨が折れてもおかしくないほど、体は前後左右から圧迫され、肺も押されて息を吸えない。

 

直樹は攻撃の正体を確認するため、恐る恐る目を開けた。

 

(…………ッ!?)

 

その者の姿を見たとき、直樹の表情は絶望に染まった。

 

「よお。元気していたか?」

 

それはスキンヘッドで身長2mくらいある、逞しく筋肉隆々な上裸の大男の歪んだ笑みだった。

 

その大きな手が直樹の体を掴み強く握っていた。

 

どうしようもない恐怖が直樹の思考を停止させる。

 

「なあ。元気してたか聞いてんだよ!」

 

大男は応えられないのを承知の上で訊き、答えがないとわかると、更に強く直樹の体を締め付けた。

 

「ぐわあああああ!!!」

 

その強さに直樹は更に叫び声を上げた。

 

肋骨がミシミシ音を立て、消化器が押されて血や胃液が逆流する。

 

「がはっ!!」

 

血の混じった吐瀉物を吐き出し、目の前が真っ白になって意識が失われていく。

 

瞼が垂れ下がり、視界がシャットアウトしそうになったとき

 

「外にも中にも逃げられねえように、半分行ったとこで襲ったが、その必要はなかったな!」

 

「ぐわあああああああ!!」

 

大男は誇るように言うとまた強く体を握り締め、その衝撃で意識の覚醒を促された。

 

「ガキが………このくらいでへばってんじゃねえよ。

この俺様に傷を付けたんだ。

まだまだ耐えてもらえなきゃ困るな」

 

大男は胸を指しながら、静かに怒るように言うと、握り締める手を緩め、大きく上に上げた。

 

「その敗北者として屠られる絶望の顔を、もっと見させろッ!!」

 

そう荒々しく叫びながら、思い切り直樹を地面へ叩きつけた。

 

「がはッ!!!」

 

直樹の背中に強烈な激痛が走り、その衝撃に再び嘔吐した。

 

「ぐわッ!!」

 

大男は間髪を容れず直樹の腹を踏み付ける。

 

その衝撃で胃が押され、また口から血の混じった吐瀉物が漏れた。

 

大男は踏み付けたまま動かず、直樹の顔をジッと見る。

 

歪んだ笑みを浮かべ、楽しんでいる。

 

激しい痛みに絶望しながらも、かろうじてできる荒々しい呼吸する---生を望み、執着し、死に怯え、恐怖するその顔を。

 

「ガハハハハハハハハハハハハ!!!!

いいぞ! これだ!!! だから光のヤツらはいい!!

さあ、もっとその表情を俺様に見せろ!!」

 

大男は狂ったように歓喜の声を上げる。

 

そして、拳を大きく振り上げる。

 

「これを耐えられるかな!?

まだまだ死んでもらっちゃ困るが、生と死の瀬戸際の顔が俺様の大好物だ!!

生きるか死ぬか!! そのギャンブルが俺様の怒りをなくしてくれる!!」

 

(………………。)

 

直樹の意識は殆どなかった。

 

体の感覚もだんだん薄れ、痛みも殆ど感じない。

 

なにか大声が聞こえるような気もしたけど、何を言ったか聞き取れない。

 

ぼやける視界では大きな男が、拳を肥大化させている気がした。

 

不明瞭な意識で、止まっていた思考はあることを理解した。

 

(俺……もうすぐ死ぬんだな。)

 

「ウオラアアアアアアアアッ!!!!」

 

叫び声と共に拳は直樹の顔面へと向かっていく。

 

直樹はぼやける視界に何かが接近してくるのが分かるが、抵抗はせず諦めるように瞼を閉じようとした。

 

そのとき

 

「光の…………」

 

遠くから声が聞こえた。

 

それは女の子の声だったが、年齢以上に達観したような勇ましさがあり、そして頼り甲斐のある声だった。

 

「刃!!」

 

女の子の叫びと同時に直樹の目の前に衝撃が起きた。

 

と思うと、左耳を何かが掠り顔の真横に再び衝撃が起こった。

 

そこから出る衝撃波に失われかけていた直樹の意識は再び覚醒した。

 

「………うわっ!!」

 

何気なく左の方を見ると、大きな手が地面にめり込んでいた。

 

直樹は仰天し、転がってその場から離れる。

 

このとき、初めて自分のいるところが、山の麓の森の中にある広場だと気付いた。

 

直樹は次の攻撃に備え、大男を見た。

 

しかし様子が変だ。

 

大男は直樹に一瞥もなく、空振って地面を叩いた拳を自分に向け、じっと見詰めていた。

 

そこだけに集中力を注ぎ込み、外界の情報を得ようと思う態度がまるでない。

 

あまりにも無防備の状態だった。

 

「ニードルバスター!!」

 

不審に思っていると、後ろからまた女の子の--三晴の声が聞こえた。

 

声の方から飛ぶ斬撃が無防備な大男に襲い掛かる。

 

大男は虚ろな瞳を正面から迫る攻撃に向けると、歯牙にもかけず、必要最小限の動きで躱した。

 

「光の………」

 

その瞬間、大男の懐から囁くような声がしたと思うと

 

「刃!!」

 

叫び声と共に三晴は刀身が輝く刀を振るい、大男の右腕を肘の先くらいのところで切断した。

 

直樹は目の前で起こったグロテスクな光景に思わず目を瞑ってしまう。

 

「……………ッ!!?」

 

大男は目を丸くし、切断箇所を見詰めた。

 

三晴はすぐに大男から離れ、直樹の方へ駆け寄る。

 

体から離れた腕はボトリと地面へ落ち、一瞬指先が痙攣したかのようにピクピクと動く。

 

切断面からは血が出る……ことはなく灰色の世界にするときに撒き散らしたような黒い粒子が漏れ出したが、すぐに収まり、切断箇所は塞がれた。

 

「うおおおおおおおお!!!!

腕があああ!!! 俺様の……!!

俺様の腕があああああああああああ!!!!!」

 

瞬間、大男は脇芽も振らず叫び出した。

 

耳を劈くような爆音が鳴り響く。

 

直樹は思わず両手で耳を塞いだが、その片方は強引に握られ、耳から外されて引っ張られる。

 

目を開けると、三晴が自分の体を無理矢理立たせ、大男から逃げるように体を引っ張っていた。

 

「刀根さん……!!

ちょっと………!!」

 

直樹は大男に付けられた怪我で体が痛むので、スピードを落とすか止まってもらうよう叫んだが、大男の叫び声に掻き消されて三晴の耳に届くことはなかった。

 

400mくらい走ると、遠くの叫び声は消え、今度は大きな笑い声になっていた。

 

「刀根さん………!」

 

笑い声は叫び声よりも小さかったため、今度こそはと直樹は三晴に呼びかける。

 

「なんだ?」

 

三晴は真っ直ぐ前を見詰めたまま答えた。

 

「もう少し……落として………スピード……!」

 

「………無駄口叩く暇あるなら足動かせ。

痛いなら我慢しろ。死にたくなければな」

 

直樹の願いを三晴は冷たく一蹴する。

 

直樹は何か言い返したかったが、声を出すと腹圧がかかり、また吐いてしまいそうになるため、黙って従うことにした。

 

途中、何度も吐きそうになりながらも走り抜き、灰色の世界を抜けた。

 

しかし、直樹は自分の目を疑った。

 

目の前に広がるのは大きな花畑だった。

 

脱出したと思ったのも束の間、戻ってきただけだったのだ。

 

「そんな………」

 

直樹は膝を付き、絶望に駆られるとまた吐き気を催し広葉樹のところまで這っていった。

 

幸い、吐き気のみで吐瀉物は出なかった。

 

「はあ………ったく何なんだよあいつ」

 

直樹は立ち上がり、洋服の土を払いながら入ってきたところを振り向いたが、やはりそこは暗黒でなにも見えない。

 

あんなに大きかった笑い声さえも遮断されており、ここから灰色の世界の情報は一切得られなかった。

 

三晴は花畑に入ってからの直樹の一連の動きをジッと見ていたが、大丈夫そうなのを確認すると、直樹の前に立った。

 

「どうしたの……? 刀根さん?」

 

真剣な眼差しに直樹は圧倒される。

 

何か気に障ったかと思い、心当たりを探すがありすぎてよくわからなかった。

 

とにかく謝って許してもらおうと姿勢を正した瞬間

 

「ごめんなさい……!」

 

三晴が頭を下げて謝罪した。

 

「え……? 刀根……さん?」

 

「本当にごめんなさい。

私はお前を生かしてやるって言ったのに。

全然駄目だった……」

 

「ちょっと待ってよ…!

俺、死んでないよ? それに刀根さんが来てくれたから、俺はまだ生きてるんだよ!

だから………」

 

「いや、違う」

 

三晴はそう言うと、直樹の頭の周りに浮かぶ光の球を指差した。

 

「それだ。それがお前の位置を教えてくれたんだ。

それがなきゃ、私はお前の場所まで辿り着けなかった」

 

「これが……」

 

直樹は不思議そうに光の球を見詰めた。

 

「刀根さん。

これってなんなの? ずっとふわふわして俺の周り浮かんでるんだけど」

 

直樹は今ならと、ずっと疑問に思っていた光の球を指差し訊いた。

 

三晴は少し考えたが、肩を竦め

 

「私にも分からない」

 

と告げる。

 

「そっかぁ……」

 

思うような答えが聞けず落胆していると

 

「だが」

 

と三晴が続けた。

 

「少なくともそれがお前の“能力”だ。

お前は覚えてないだろうが、それはガラスのような壁になったり、拳銃のような形になったりして、実際に攻撃を塞いだり、弾丸を発射したりしていた」

 

「能力……」

 

そう呟くと、直樹の頭に身に覚えのない記憶がイメージとして蘇った。

 

それは三晴が言っていたかのように、光の球がガラス板になったり、拳銃のような形になったりしてあの大男に一矢報いる光景だった。

 

とても鮮明で、抜け落ちた記憶がパズルのピースのようにピッタリはまったような感覚がした。

 

「思い出したか?

能力が覚醒するとき、デモンストレーションのように体が勝手に動いて、無意識に記憶させるんだ。

………私もそうだった」

 

「そっか。

ん? じゃあ、今見えたのって、実際あった事なの?」

 

「ああ。

……とは言い切れないがな。お前の記憶はお前にしか見えないし」

 

直樹はそれを聞くとどこか希望が湧いてきた。

 

(そっか、俺にも刀根さんみたいな能力があるんだ!!

なら、あいつに勝てるかも!!)

 

「やめておけ」

 

考えが表情に出ていたのだろう。

 

直樹の顔を見た三晴は、申し訳なさそうな表情から、元の他人を寄せ付けない冷たい表情に戻り、キツい口調で告げた。

 

「え?」

 

「今お前、自分にも能力あるならあのデカブツに勝てるって思っただろ?

………やめておけ。犬死するだけだ」

 

そう言われるが、直樹は納得できない。

 

さっきまで足手まといだったのを挽回できるチャンスであり、散々痛めつけられたのにやり返せないのは悔しかったからだ。

 

「でも、あいつに攻撃を当てられてる!

俺にも力があるんだ……あんなやつくらい…!」

 

「そうやって死んだやつが数人……いや、私が知らないだけで山程いるはずだ」

 

言い返す直樹に、三晴は目を伏せながら告げた。

 

「え………?」

 

直樹は困惑した。

 

それと同時に、帰りの会で先生が言っていた言葉を思い出した。

 

“行方不明になっている人が多い”

 

この街では数年前から行方不明のニュースが多かった。

 

直樹は変な想像を振り払おうとしたが、灰色の世界で醜い人型のバケモノが、死屍累々を築き上げる光景が脳裏に浮かんでしまった。

 

直樹は恐怖し、震える。

 

それにも関わらず、三晴は真っ直ぐ直樹を見詰め、話を続けた。

 

「お前がやろうとしてるのは自殺行為。

その原動力もただの蛮勇だ」

 

その口調に情けはない。

 

むしろ恐怖を煽っている。

 

「力を手にし、身の丈以上の自信が湧いてくるのはわかる。

だがな。さっきも言ったとおり、一回目はデモンストレーションだ。

能力を体に覚えさせるため、無駄な動き無駄な考えなく、ただ目の前の敵を倒すマシンとなる。

でも二回目は違う。

ろくに戦闘経験のない子供が戦場に駆り立てられるんだ。

どうしたらいいかわからず、何人もの血を見た肉体や能力が容赦なく襲い掛かる。

恐怖に怯えたまま、覚醒したこと、戦いに身を投じたこと、大切な人にもう会えないことに嘆き後悔しながら死んでいく。

尊い命をその場の感情だけで捨てるのは、耐えられない。

……それにヤツは強い。

おそらく性格上、撤退をしてくれたが、あのまま戦っていたら間違いなくお前は死んでいた。

それでもお前はやるって言うのか?」

 

三晴は淡々と、機械が読み上げるように言った。

 

口だけが動き、瞬きもなく、体も固まっていた。

 

「………」

 

三晴の説教に直樹は何も言えなくなった。

 

冷たい声が直樹の心を恐怖に染め上げてしまったのだろう。

 

三晴は自分の胸あたりを擦ると、直樹に背を向けた。

 

「アイツのヘイトは私にも向けられた。

お前以上のヘイトをな」

 

「え?」

 

「だいぶ胸あたりの痛みが引いてきた。

背中もいいだろう」

 

「刀根さん?」

 

突然、話を進めるため、直樹は思わず呼びかけていた。

 

三晴は刀を強く握ると

 

「………私は今からあのデカブツを退治しにいく」

 

と言い、学校と反対方向--直樹の家のある方角に切っ先を向けた。

 

「お前はあっちから出ろ。

もう歩けるだろ?」

 

「でも、刀根さんは?

敵は強いって言ったじゃん!!」

 

直樹は三晴が一人で行くのを心配し、止めようとした。

 

言い方からしてもまだ傷が治癒しきれてなく、背中にも負傷の跡がある。

 

おそらく、大男の顔面へのパンチが逸れたのは三晴が護ろうとしてくれたから。

 

ギリギリだったので、パンチを受け止めきれず、三晴は吹き飛ばされ、背中を木の幹に激突したのだろう。

 

「私は大丈夫だ。

デカブツの能力はわかった。

ワープだ。

デカブツは瞬間移動の能力を持っている。

アイツは傷一つつけただけで逆上した。

なぜなら、アイツは瞬間移動をしてすぐ攻撃を避けられる。

だから傷付いたことがなく、それが誇りだから。

………能力が分かったなら、あとはそれに気を付けるだけだ。

絶対に勝てる」

 

三晴は灰色の世界の暗闇の奥を見ながら言った。

 

その言い方は誰かに説明するというよりかは、自分を勇気付け、鼓舞するようだった。

 

「お前はすぐに帰れ。

その能力はあくまで護身用に使うことだ。

誰だか知らないが、ののみっていう大事な人がいるんだろ?

その人のため、生きて帰るんだ」

 

三晴はそう言いながら、手提げかばんを直樹に投げ渡した。

 

「乃々実のため………」

 

直樹は手提げかばんの質感と、三晴の言葉でなによりも大切な人を思い出した。

 

むしろ、なぜ今まで思い出せなかったと思うくらい不思議だった。

 

それほど、非日常の恐怖が思考を支配していたのだろう。

 

直樹は乃々実のことを考えると、緊張が解れ、肩の力が抜けていた。

 

三晴はそれを見ると、一瞬安心したような表情になり、灰色の世界に向かおうとした。

 

そのとき

 

「グッ……!?」

 

一瞬目の前に大きな黒い影が見えたと思うと、首の前になにか太いものがぶつかり、そのまま体が持ち上げられた。

 

引っ張られ、目の前のものがどんどん遠ざかっていく。

 

(なんだ………!)

 

三晴は首元を見ると太い丸太のような太い腕がはめられ、ラリアットのようになっていた。

 

(まさか………!!)

 

横を見て腕の正体を見る。

 

それはスキンヘッドの大男だった。

 

白目を剥き、ジェットのように灰色の世界から飛んできた。

 

無理矢理、獲物を連れ込むために。

 

物凄い速度で飛び、首を挟まれているため、抵抗できない。

 

反対側には直樹の姿が見えた。

 

項をホールドされている。

 

大男の顔で隠れ、意識があるかどうかはわからない。

 

大男は歪んだ笑みを浮かべる。

 

同時に、両方の掌から黒い粒子が漏れ出した。

 

大男は口を開け、そこからも黒い粒子が漏れる。

 

「チャンバラムスメ。クソガキ。

タノしもうゼ」


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