放課後 保健室。
「咲希」
ランドセルを背負った明人は、カーテンを開け、ベッドで寝ている咲希に呼び掛けた。
咲希は布団を抱いて丸まっていた。
さっきまで泣いていたのだろうか、鼻を赤くしてすやすやと寝息を立てて眠っている。
明人はベッドに腰掛けて咲希の頭を撫でた。
「……うぅ…ん
…………明人?」
咲希は目を覚まし、寝惚け眼で明人を見る。
「おはよう。
起こしちゃったか?
ごめん」
明人は撫で続けながら、優しく声を掛けた。
咲希は首を横に振ると、目をこすりながら体を起こす。
「誕生日おめでとう。
もう放課後だよ。
帰ろう」
明人な言葉に咲希は頷くと、しきりにあたりを見見渡し始めた。
そして、不安そうな顔をし
「……百合ちゃんは?」
と明人に尋ねた。
明人は優しく微笑むと、再び咲希の頭を撫でた。
「…………もう帰ったよ。
塾があるからって」
その答えに咲希は口ごもり、俯いてしまった。
「喧嘩したのか?」
明人の質問に、咲希は黙って頷いた。
なにか言いたかったのか、咲希は口をもごもごさせていたが、気持ちの整理が上手くできず、言葉として発せられない。
そしてその気持ちを抑えきれず、目から涙が溢れていた。
「咲希」
明人は優しく咲希を抱き締める。
泣き顔を隠すように自分の胸に寄せ、背中を優しくさすった。
「不来方から少し聞いた。
…………花のタネのこと。
不来方たちは覚えたくても絶対に忘れちゃう。だから忘れちゃうなら秘密にしようって話したけど、難しかったか」
明人は咲希の能力を殆どの人が忘れてしまう故の衝突を防ぐため、咲希に秘密にするように約束していた。
「ごめんなさい……」
咲希は掠れる声で謝った。
咲希も秘密にしようとしていたのだが、誕生日の嬉しさによる興奮で、話してしまっていたのだった。
明人以外が忘れてしまうことも理解はしていたのだが、受け入れることはまだできていなかった。
「百合ちゃん…………もうお友達じゃなくなっちゃう……」
「……大丈夫。
不来方はまだ咲希のこと好きだよ」
明人の言葉に咲希は首を振った。
「違うもん。…………百合ちゃん。
怒っちゃった」
「どうして?」
明人の問いに咲希はまた口をもごもごさせた。
大きく息を吸い、掠れ声から始めた。
「…………明人なら覚えてるって……
言っちゃったから」
勇気を振り絞って言った咲希に、明人は優しく頭を撫でて上げた。
咲希は再び口を開き、続ける。
「百合ちゃん…………わたしが、去年……ケガしたから…………心配してくれたの……
でも……でもね、わたし。
お花のタネがあるからね。大丈夫って、安心してもらおうと思ったの。
……だけど…………百合ちゃん……わたしが、おかしいって………………」
そこまで言うと、咲希は何も言えなくなってしまった。
嗚咽を漏らし、明人の胸に沈んでいく。
明人は咲希の背中を優しく撫でた。
「そっか……。
ショック……だったな。
それで、俺のことを引き合いにだしたのか。
咲希は、おかしいこと言ってないもんな」
咲希は首を横に振り、顔を上げて明人を見た。
「おかしいって言われちゃうのは……平気…………。
いやだったけど……平気……。
でも……でもね………百合ちゃん……。
そのあとね……………」
咲希はそこまで言うと、思い立った顔付きになり、明人から体を放した。
「……?
咲希?」
「明人。
お願い。着いてきてほしいところがあるの」
困惑する明人に、咲希は真剣な顔で言うと、ランドセルを背負い、明人の腕を掴んで歩き始めた。
「ちょ……咲希!?
どこいくんだ?
……あ、先生ありがとうございました」
明人は保健室の先生にお礼を言いながら、咲希に引っ張られて行く。
下駄箱まで着くと、咲希は急いで靴を履き替えた。
「明人! 早く!」
「待てって咲希。
どこいくんだ?」
急かす咲希に、明人は困惑しながら言われるがままに靴を履き替える。
「山!」
「山って……月詠山?」
「うん!!
この前ね、明里ちゃんが言ってたの!!
山のふもとにね、キラキラ光るところがあるって!」
「それを今、見に行くのか?
お迎えは? 遅くなると花奈ちゃんたち心配するだろ?」
「今日、花奈ちゃん遅くなるって言ってたから大丈夫!!」
「でも…………そのあと誕生日パーティーあるんだろ?
汚れちゃうんじゃ…………それに
急にいつもの花畑に近くにある、月詠山に行きたいという咲希に、明人は何をするのか不安になり心配した。
それでも、咲希の顔は真剣そのもので、こうなった以上、止めるのは難しかった。
「分かった。
でも、無茶はするなよ」
「はーーい!!」
咲希は嬉しそうに返事をすると、百合の下駄箱を見て、決意めいた表情をした。
自然公園
月詠山の麓へは自然公園を通ってからでないと入れない。
咲希と明人は一旦ベンチに座って休憩をしていた。
ふと、明人が隣を見ると、咲希はしきりに前髪を気にしている様子を見せていた。
「咲希?
どうした? 前髪崩れたのか?」
「え!?」
咲希はびっくりし飛び上がると、ごまかすように手を後に隠した。
「そんなに驚かなくてもいいだろ」
「えっと……えっとね!
なんでも……ないよ!!
平気! 平気!」
慌てる咲希に、明人は苦笑いした。
「そういえば、キラキラ光るところ行ってなにするんだ?」
隠し事をしているのは一目でわかったが、言いたくないことを無理に聞き出すのは忍びないので話題を変えた。
咲希はまた真剣な顔になり、自分の右手を見詰めた。
「百合ちゃん言ってた。
この町のお花畑は、あの山の湧き水が関係してるって。
だからね!
もしかしたらキラキラしたお花がたくさんあるかも!
それを百合ちゃんにプレゼントするの!
そしてね! 仲直りする!」
「絶対に見つけような。
咲希」
明人は微笑み立ち上がると、咲希に手を差し伸べた。
「うん!!」
咲希は元気よく返事すると、明人と手を結び月詠山の麓へと向かって行った。