「止まれ。小林直樹」
幼稚園から半径約500m離れたところで、三晴は直樹に告げた。
「……どうしたの…!? 刀根さん…!」
妹が心配で堪らない直樹は足踏みをし、いかにも焦っている表情を後ろの三晴に向けた。
「こっから先。
お前から4歩目くらいから、灰色の世界だ」
「え…!?」
直樹は驚き、前を向き直る。
しかし、その先は、闇に覆われた完全な暗黒というわけでもなく、向こう側もしっかり見えている。
「でも刀根さん」
直樹は本当に灰色の世界なのか、疑問に思い、三晴に訊いた。
「言いたいことは分かってる。
私も意識しないと分からなかった」
三晴は直樹の疑問をすでに予想していたのか、爪楊枝ほどのとても小さな刀を摘み、直樹の隣に立った。
「時間がないから簡潔に言うぞ。
灰色の世界と一口に言っても、昨日のような真っ黒のものと、今のような薄暗くなるだけのものがある。
そんで、暗い方がアイツらが強くなる。
以上だ」
「はあ。そう、確かに…………
言われて……みれば……?」
直樹は目を凝らしてよく見るが、普段から道の明るさを気にしていないため、判別できなかった。
「判別できなくてもいい。
気付くにはそれなりの経験が必要だからな。
お前も、最初に灰色の世界に入ったとき、どうだった? まさか、真っ黒なところに入っていこうなんて思わないだろ?」
「……あ……ああ」
直樹は一番最初に灰色の世界に入ったとき--あの真っ直ぐな道のことを思い出した。
そこも真っ暗ではなく、いつもより陰っていて薄暗いだけだった。
「それに、証拠はこれだ」
三晴はそう言いながら、小さな刀を灰色の世界へと軽く投げた。
すると、刀は灰色の世界に入ると同時に、一瞬にして光の粒子となり霧散してしまった。
「灰色の世界はここと比べて、闇の力は強化され光の力は弱体化される。
今のはギリギリ形を保てるくらいの光パワーで作った刀だから、灰色の世界に入った瞬間に崩れたんだ」
「なるほど……。
分かった。……多分。
………それでさ、刀根さん。
さっきから言ってるその“光パワー”って何なの?」
「……そうか、言ってなかったか。
簡単に言えば、能力を使う力だ。
能力を使うにもエネルギーを消費する。
そのエネルギーのことだ。
お前のその光の球の輝きも、光パワーによるものだろうな」
「はあ」
直樹は自分の周りを浮かぶ光の球をまじまじと見詰めた。
思えば、力が湧いてくるとき程、輝きが増していたと直樹は感じていた。
「話し過ぎたな。
私はそろそろ行く」
三晴はいつもの大きさの刀を生成しながら直樹に告げた。
「え。いや、俺も行くよ!」
「駄目だ」
乃々実が心配で解決するためにも、戦う気でいた直樹に三晴は冷たく即答で返した。
「昨日はお前に頼りざるを得ない状況だったから、協力を仰いだだけだ。
今日は敵の数も多い。
お前のようなひよっこを入れても、足手纏いになるだけだ。
道案内は頼んだが、あとは用済みだ。
さっさと帰って妹の帰りでも待ってろ」
三晴は直樹に言い捨てると、灰色の世界へ走って入って行った。
「ちょ、刀根さん!」
あまりの言い方に直樹は反論しようとしたが、言葉が出る前に行ってしまったため、蟠りだけが残っていた。
(なんだよ……あの言い方。
確かに俺は刀根さんに比べて弱いけど、“用済み”なんてことはないよね。
はあ。6年間同じクラスだから、ほんのちょっと仲良くなれたと思って嬉しかったんだけどな……。
やっぱり刀根さんは、一人がいいのかな。)
直樹は冷たく当たられたことで悲しくなり、涙が溢れそうになるのを堪えながら、あれこれ考えて自分を納得させ、惨めな気持ちをなくそうとした。
光の球の輝きが徐々に失われていく。
直樹の戦う気持ちはすでに失せていた。
(乃々実……。ごめん。)
直樹は戦いが怖くなり、灰色の世界から背を向け、家の方へと歩き始めた。
そして、曲がり角を曲がるとき何気なく灰色の世界をチラ見すると、奥の方に人影を見付けた。
(……あれは……?
乃々実…?)
見覚えのある背格好に思わず二度見をし、目を凝らすと間違いなく、幼稚園のお迎えから帰る乃々実と母親だった。
そのそばにはベビーカーがあり、恐らくその中には野々がいる。
「乃々実!! お母さん!! のーちゃん!!」
直樹は灰色の世界の一歩手前まで駆け寄り、手を振って呼び掛けた。
しかし、乃々実たちは気付いてる様子はない。
それに何かに困っているようだった。
母親はあたりをキョロキョロ見渡し、乃々実は母親になにかをせがみ、今にもぐずりだしそうだ。
(乃々実……お母さん……のーちゃん。)
直樹はその様子を見て、自宅前で聞いた三晴の言葉を思い出した。
(“灰色の世界は、能力を持たない人に認知されない”。
“閉じ込められている可能性もある”。)
同時に直樹は心のどこかで決心した。
光の球の輝きも増す。
(待ってろ。乃々実。お母さん。のーちゃん。
俺が今、助けるからな。)
直樹はそう心の中で決意すると灰色の世界へ入った。
中は道をまっすぐ、帯のように薄暗い場所が続いていた。
(どこまで続いてるんだ?)
奥を覗くが灰色の世界の末端が見えない。
(こうして見比べると、なんとなくだけど分かる……。
やっぱり、どこかを囲むように灰色の世界ができてるのか……。
刀根さんは言ってた。
大ボスを倒さなくてもアバタを倒すだけで、灰色の世界の一部は元に戻るって。)
直樹は作戦を練りながら、光の球を三晴のものによく似た刀の形に変える。
(ちょっとだけ。ほんのちょっとだけでもいい。
道が開いて、乃々実たちが通るスペースができるなら。)
直樹は刀を握ろうとしたが、くすぐったく、手の震えが直に感じるためそのまま宙に浮かすことにし、あたりを注意深く見渡す。
(それなら、大丈夫。
昨日の奴みたいなのを相手にするわけじゃないんだ。
それくらいなら………
……ッ!!)
後方から何かが擦れる物音がした。
振り向くとそこにはお面を被った真っ黒な男──アバタが電柱から顔を覗かせ、今にも粒子体を投げようとしていた。
「(いた! やらせない!
お前が投げるより、俺の刀が届く方が速い!!)
ペネトレート!!」
「ーーー…!!?」
直樹は気配を感じた瞬間から、刀を飛ばしていたため、アバタが粒子体を投げるより速く、アバタの体を貫くことに成功した。
アバタは地面へと倒れ、粒子になって消えていった。
「よし!」
直樹は、闇の粒子に触れる気味の悪い感覚を覚えつつも、作戦の成功に喜び、ガッツポーズをした。
(……昨日もそうだったけど、闇の粒子ってなんかぞわぞわするな……。
まあでも、これでここは元に………元……に?)
直樹は元の明るさに戻ることを期待したが、アバタを倒したはずなのにそうならない。
(もしかして、違うところの…………ん?)
今倒したのは、この場所を灰色の世界にしたアバタとは違うアバタを倒したのではないか。
という考えが、脳裏を掠めたが不可思議な違和感がその思考を止めた。
あたりをよく見ると、まだらに半径約5mに明るい空間ができていた。
明るいとは言っても灰色の世界の中ではというだけで、外の世界よりかはまだ暗い。
(なんだ……これ?
……ッ!!)
直樹はその正体について考えていると、今度は右の方から音が聞こえた。
その方を見ると、家の塀からアバタが顔を出し、粒子体を持って直樹に狙いを定めていた。
(やっぱり、まだいた…!
お前こそがここをやった奴か!)
直樹は刀を飛ばしつつそう考え、技を叫んで貫こうとしたそのとき
『ーーーー……!』
前と後ろと右を除いた5方向より物音が聞こえ、銘々にアバタが顔を出し威嚇するように呻き声を上げた。
(……なっ…!!
囲まれていた……!?)
直樹は四面楚歌の状況に一瞬、恐怖し思考を停止してしまった。
そのタイミングとちょうど同じくらいに、飛ばした刀がアバタの元へ届き、技による光パワーの乗らない攻撃では、真っ黒のローブへと少しだけ刺さるのが精一杯で、闇の粒子のぞわぞわする感覚はなかった。
(……しまった…!!)
それと同時に、6方向から一気に粒子体が投下される。
光の球は刀となって、右のアバタへ刺さっているため、防御が間に合わない。
直樹はずっと、灰色の世界は一度の場所に一つしか作れず、アバタ一人一人が陣地を決めて作り上げていると思っていた。
しかし、それは誤りだった。
(灰色の世界の……重ねがけ……!!)
答えが出るにはあまりにも遅く、直樹は無防備な状態のまま、爆発に巻き込まれた。
三晴は灰色の世界を駆け回り、能力者を探す。
途中、粒子体を構えたアバタを何人か見付けたが全て無視して、能力者を探すことだけに集中する。
(………一周したか。
やはり隔てるように灰色の世界を作ってるんだな……。)
10分くらい走ると、入ってきた場所へと戻ってきていた。
同時に、なにかを囲うように灰色の世界が繋がっているのだと、三晴は実際に走って確信した。
(移動したのか……? それとも見落としたか……。)
街の一部を囲い、人の行く手を阻むという明らかに人々の日常生活に歪みを入れて、そこから灰色の世界を推察し見付けてくださいと言わんばかりのやり方に、三晴は違和感を覚えていた。
(ひとまず、ここに私を誘い込むのは奴らの作戦だろ。
だか、灰色の世界が薄いのが気になる……。
なぜ戦闘用の濃い真っ暗なのじゃなく、侵略用の薄いのなんだ……?
戦地にするにも、囮にするにも、暗い方が有利なはずなのに…。)
三晴はあれこれ考えながらも、他にアテがないため、もう一周探すことにした。
(彼は帰っただろうな…。
………ん? なんだ……?)
灰色の世界に入った道を横目で見て、直樹がいないことを確認すると再び探すことに集中したとき、三晴はなにか違和感を覚えた。
(さっきよりも暗くなってる…。
なにかあったのか……?)
最初に通ったときと比べ、大量の闇の粒子がばら撒かれたように道が暗くなっていた。
(ここでケリをつけるつもりか…?
それとも虚仮脅しか…?
どっちにしたって、調べておいて損はない。)
三晴は急に増えた粒子量から、ここで戦闘する--もしくはそう見せかけて他の場所で灰色の世界を広げると思った。
前者の場合は能力者を見付けられ、後者でもアバタの集団くらいなら一度の戦闘は造作もなく調べないよりマシと感じ、持っていた刀を構える。
「(そこにいるのは分かってんだよ。)
ニードルバスター!!」
三晴はその作戦に乗ってやると言わんばかりに、先程から気配を感じていた後ろの電柱へと斬撃を飛ばした。
斬撃は電柱を掠め、そのまま高度を落として地面を削った。
「ーーー…」
すると、技を外したと思ったアバタが電柱から顔を出し、好機と粒子体を構える。
しかし、三晴はその行動は想定内。
顔を出したときには、すでに三晴はアバタの目の前で刀を構えていた。
「ツェヤアッ!!」
「……ーーーー…!?」
三晴は体力温存のため、技を使わずにアバタの胸を貫き、そのまま左に払い体に切り込みを入れる。
アバタは呻き声を上げながら倒れ、粒子となって霧散した。
『ーーー…!!』
その瞬間、三晴の後方に隠れていたアバタ5体が一斉に現れ、威嚇するように呻き声を上げる。
「(……そう来るよな。)
ニードルサイクロン!」
その呻き声で位置を特定した三晴は体を捻り、右に半回転させてそれぞれに斬撃を飛ばした。
『ーー…!!』
アバタ達は危機を感じたのか、それぞれ粒子体を斬撃へ当てる。
その瞬間、それぞれの地点で粒子体が爆発し、闇の粒子を撒き散らし視界を奪う。
(……どうだ………?)
三晴は爆風に耐えながら、粒子が散らばり灰色の世界に定着するのを待った。
「………ッ!
ニードルバスター!!」
しかし、それよりも早く、粒子の間から粒子体が5つ投擲されていた。
それに気付いた三晴はすぐに刀を構え、いつもより大きく振ることで斬撃の範囲を広くし、一斉に刺激を与え、自身に届く前に爆発させた。
(くっ……! 仕留めきれなかったか……!!)
ニードルサイクロンは、多方面へ攻撃するためニードルバスターより威力の低い上に、半回転と勢いが足りなかった。
そのため、斬撃は粒子体を完全に切断することはできず、アバタ達へと届なかったのだ。
更にはそれを目くらましにされてしまったがために、三晴の置かれた状況は芳しくなかった。
実際、広範囲のニードルバスターで爆発させた粒子体も闇の粒子を撒き散らし、視界を妨げている。
粒子が拡散し、視界が晴れるのを待っても、その前に投擲され、堂々巡りになるだけだ。
(まずいな。
雑魚だからと言って油断した……。
さっきまでこんなの使ってこなかったのに。
……情報収集だったのか?
こっちは昨日の左腕の怪我がまだ治ってないから早く帰って回復したかったのに。
まあいい。
今はここを打開する方法を考えるんだ。)
三晴は、広がり、徐々に灰色の世界に浸透していく粒子を見ながら考える。
その間にも、また5つ粒子体が飛んできて、ニードルバスターで爆発させた。
(奴らの投擲計3回、場所は同じ。
そこを一人ずつニードルバスターで狙う手もある……が、そんなの成功するのは最初の1人だけ。
後は場所を移動されて見失うだけだ。
だとすると、もうこれしかないな。)
三晴は刀を握り、アバタ達がいる方向へと走り出した。
(正面突破で斬り付ける!)
三晴は危険を承知で粒子を抜けて、そのまま斬り付けることを選んだ。
いつ粒子体が飛んできてもいいように、ニードルバスターの構えを取る。
(いる! ……好都合だ!)
三晴は闇の粒子の中へ入ったとき、目の前に人影を見付けた。
手には闇の粒子が渦巻いており、漆黒が目立つ。
「ニードル」
至近距離から投擲して、反応する前に爆発に巻き込む作戦を取ってきたと思った三晴は、斬撃を飛ばして倒そうとした。
その瞬間
「バス…ぐああああああッ!!」
突然足元が爆発し、三晴は前に吹き飛ばされ、うつ伏せに倒れる。
(なっ………なんだ………。)
理解が追い付かないまま顔を上げると、粒子体が5つ投下されているのが見えた。
「(まず)…ぐわあああああッ!!?」
三晴は避けようと体を上げた瞬間、胸元の近くで爆発し、再び吹き飛ばされ、追撃とばかりに投げ込まれた粒子体の爆発に直撃する。
後方へと吹き飛ばされ、アバタ達との距離が離れる。
「がはっ…!!」
背中から地面へと墜落し、血の混じった唾を吐き出す。
(くっ………なにが…起こったんだ……?)
三晴は一斉攻撃によるダメージによって朦朧とする意識の中、体を上げて、前を見詰めた。
(……なんだ…あれは?
誰……だ?)
するとそこには、粒子体を構えるアバタ5人の他に、スラリとした高身長に痩せ身のインテリという風な男が、こちらを向いて立っていた。
迷いのない立ち姿勢に冷徹な瞳。
明らかに迷い込んだ光の人間ではなかった。
(………アイツか……。
アイツが……能力者…!!)
三晴はついに見付けた爆発の能力者を逃しまいと、力を振り絞り立ち上がる。
それを見た男はアバタ達になにか手でサインを送ると、三晴の方を見詰め続けた。
(ここで今、仕留める…!!)
三晴は刀を構え、男に向かい走り出した。
男は三晴を見たままなにもしない。
その様子に三晴は怪しく思うも、シンプルにいつもの手段を取ることに決めた。
「ニードルバスター!!!」
ある程度の距離まで近付くと三晴は斬撃を飛ばす。
男は顔色一つ変えず、必要最低限の動きで斬撃を躱した。
「(かかった!)
光の……」
三晴は刀を握り、刀身の光パワーを引き出す。
「刃!!」
そして素早い動きで男に近付き、一切ブレない剣戟で胸を貫こうとした。
ニードルバスターの対処でできた隙を狙って、胸の核を貫き仕留める。
それが三晴が今まで戦ってきた中で、最適な戦い方だった。
事実、半分以上の敵を、能力を見ることなく、この方法で倒している。
今回も見付けるまでに色々あったが、この方法で決着が付く。
そう思いながら、切っ先が男の胸に当たる直前---勢いを付けるために、重心を前にするため踵をあげた瞬間。
「…………ッ!!?」
あげた踵の下から爆発が起こり、三晴は前に吹き飛ばされる。
その勢いで男の胸を貫いたと思った直後、いつもの--核を貫くのとは別の感触を覚えたと同時に、男の体から爆発が起こった。
「うああああああああああッ!!!」
三晴は理解が追い付かないまま、縦回転で10m近く上に飛ばされる。
(なんだ………なにが)
三晴は何が起きたか考えるが、その瞬間
大きな爆発が三晴を襲い、その勢いで三晴はかなり遠くの方へと飛ばされていった。
「……おやおや。少しやりすぎましたか」
三晴の動向を目で追いながら、男はそう呟いた。
「パルーフを斃したと聞きますからどんなのかと思えば、大したことないですね」
男が肩を竦めて嫌味のように言ってると、アバタの内の一人が何かを運んで来た。
「ーーー…」
「おや。ありがとうございます。
この人間も簡単な作戦に引っかかるとは、大したことありませんでしたね。
まあ、光の人間はしぶといですから、もう一人の方をおびき寄せる餌として使っておきますよ」
男はアバタが運んで来たもの---直樹を見ながらそう言った。