おはよう日本
たまに、走っている夢を見ることがある。
『あと3週……!』
それは、過去に置いて行った後悔だ。
20XX年 日本
LGBTが俄かに話題になる中、ウマ娘たちは男・女に次ぐ第三の種族として市民権を獲得していた。SFで例えるなら、宇宙人が既に侵略を完了していたような感じ。私たちの日常に溶け込んだウマ娘たちは、人間を凌駕した身体能力を生かしてアイドルや格闘技など様々な分野で活躍している。私たちの居場所が奪われないのは、ウマ娘が人間やウマ娘の中から時たまに生まれるという希少性と、ウマ娘が持つ善良さ故なのだろう。
だから、走るのを止めたのはウマ娘のせいではなく私が勝手に諦めただけだ。
「パンクしてる?」
大分長いこと使っていたから、仕方ないのかも。管理が雑なだけとも。自転車は今度新しいものを買うとして、あそこまでどうやって行くか。
「……走るか」
思えば、走るのは久しぶりで。足元の懐かしい感触が過去の記憶を呼び覚ました。人間の女の中でちょっと身体能力に優れていた私は、陸上競技の選手として走っていた時期があった。ちょっとだけ、全員に勝てるわけではない。そして私よりも優れた女性も、男性には敵わないし優れた男性も、ウマ娘には敵わない。そんなことを疲労骨折の時期に今更知った私は、走るのを止めた。
「(自販機……先休憩してからにしよう)」
バ鹿みたいにうるさい音がフロアを満たす。ゲームセンター、仕事場ではない、何故ならニートだから。飲み物片手にお目当ての機体に向かうが、人混み。何でだろ、私みたいなダメ人間が、それも人気が微妙な台に集まるとは考え難い。
「それーっ!」
ウマ娘が踊っていた。ここでは聞いたことないけど、リクエストが通ったらしい。
『900000』
「「「テイオー! テイオー!」」」
「よし、ちょっと休憩!」
踊ったテイオーと不意に目が合う。私よりもずっと綺麗で人の心を掴んでいたね。
「次やる?」
それには答えずステージに昇る。周囲の目線が刺さる。私は曲を選ぶ。テイオーが踊っていたのは、私のお気に入りの曲で、何回もリクエストしてやっと入った曲だった。テイオーのを見ていたから二回目で、身体もほどよく温まっていた。負けるはずが無い。
『GETCHA!』作詞:木のひこ・KIRA 作曲:ギガP・KIRA 編曲:ギガP
『まぁAnyway吹っ切れた訳で 棒に当たって吠えたって圏外です』 「テイオーより上手くないか?」
嘘。
『もう息も止まるときめきすらない今』 「あの人まさか」
これも嘘。
『'Cause I'm fine, I'm alright テイオーなしで大正解』
『Getcha out my life boy I'll getcha, getcha, getcha!』 「一個もミスが無いぞ!」
「そんな」
『999999』
私がある日気づいたのは、ウマ娘にも勝てる分野で勝負しようということだ。これは本当。今まで考えていたことの全部は嘘。
「次、やります?」
立場、逆転して。カンストだから、何かしらの縛りでも無ければ上回れない。それで超えたら素直に称賛する。ギャラリーのざわつき収まらず。困惑の色。
「やらないなら、まだ」
「ううん……やりたい、けど」
「それとも、二人でやります?」
『ルカルカ★ナイトフィーバー』作詞・作曲:SAM
『ルカルカ★ナイトフィーバー 高まる鼓動を感じて』
『さあ覚悟できたらこの手をとって』
『ルカルカ★ナイトフィーバー 輝くテイオーが好きなの 全力で飛び出そう』
「ねぇ、もう一曲やろう!」 「「「テイオー! テイオー!」」」
分かり切っていたことではあるが、ウマ娘の体力は人間と比べ物にならない。最初は余裕だったが、何曲も踊らされれば流石に疲れる。変なプライドが邪魔して、休憩しようとも言い出せず。あるいはテイオーの楽しそうな姿をずっと見ていたかっただけなのかもしれない。私もこんなに楽しく踊ったのは久しぶりだった。
「そろそろ行かなきゃいけない所があって」
「そっか。じゃお別れだね」
「3時にトレセン学園……いや今日自転車じゃなくて走りか。無理じゃん」
普通に忘れていた。体力も消耗しているし、絶対間に合わない。
「トレセン学園に? お姉さんトレーナーなの?」
「そういうわけではないけど」
ちょっとしたバイトというか。どう説明、いや説明している暇はない。
「ごめん、急いでるから」
「待って。トレセン学園に行くならボクの背に乗らない?」
「……それ大丈夫なの?」
色々な意味で。
「ボクが付き合わせたせいで遅れちゃったから、そのお詫びに」
1mmもテイオーは悪くないけど、この時はありがたく乗せてもらうことにした。
「行くぞー!」
ウマ娘用のレーンを走るテイオー。私は振り落とされないよう、ぎゅっとしがみつく。テイオーの汗のにおいがする。風が強く吹いてすぐわからなくなった。
「早い」
「ここでは制限速度があるからダメだけど、レースならもっと早く走れるよ」
多分テイオーは時速45kmくらいで走ったと思う。自転車の平均速度が大体20kmだからその二倍以上、人間の男子が100mを走る世界記録と同等の速度。それを踊り続けた後、私を載せてなお余裕のテイオー。つまるところ、私は魅了されていた。(そして、私も同じように走れたらと思った)
「着いたよ」
「ありがとう」
相変わらず広いな。いつもと違う方角の門から来ることになり、ちょっと迷う。
「何処だったか」
「ボク、案内しよっか?」
「お願いします」
この廊下を渡った先で――
「ここって」
ん?
「なんか焦げ臭い」
「あ、ホントだ。でも何でだろう」
それは勿論、何かが燃えてるからだと思うけど。
「火事だ!?」
下手人はアグネスタキオン。俗にいうマッドサイエンティストなウマ娘で、私の雇い主だ。
「カイチョ―に怒られるよ!?」
「まぁそうだろうね。しかし、化学の発展に犠牲はつきものであり」
「アグネスタキオン」
両腕を掴む。振りほどこうと思えば簡単だろうが、何もしないでくれた。
「モルモットなら私がいます。だから」
ウマ娘が火事で焼け死ぬことはあり得ないだろうけど。
「…………時間が勿体ない、実験を始めようか」
私とタキオンの間にある非常にシンプルな契約。私が薬を飲むとタキオンがお金をくれる。ニートにとってこれほど楽な仕事もないだろう。この手の治験は結構競争率が高いらしいのだが、中々人が来ないし、二回来る人が私以外居ない。
「味はどうだ?」
「物凄く美味しくない。ただ、この前のどろどろの奴よりはマシ」
毎回のように味を訊かれる。躊躇いなく飲んでいるせいか。薬飲むために朝昼抜いておなかペコペコにしてるのになぁ。舌もバ鹿じゃないやい。
「ところでトウカイテイオーと共に来ていたが、知り合いだったのか?」
「それはね……」
かくかくしかじか。今日のことを適当に話しつつも、私は段々眠くなってきて、タキオンが笑っていたから私は安心して眠りについた。
夜。身体に変な点々が出来てる、痒い。このまま帰るの嫌だな。次の治験はどうする?
「トレセン学園からは去るかもしれない」
「えっ」
「ちょうどいいトレーナーが居なくてね。トレーナーを見つけなければ、駄目らしい」
私は、研究者としてのタキオンしか知らない。とはいえ、トレセン学園には研究所が無く代わりにレース場が作られている競争のための場所であって、実験場ではないことも、タキオンがいいとこの生まれで(私への報酬や実験代はそこから出ているらしい)レースの才能も持ち合わせていることも知ってる。
トレセン学園――正確には中央、トレセン学園は地方バージョンもある。ここ中央が一番レベルが高い以上、ここを去るなら……?
「海外?」
「よくわかったね」
諦めるという線もあるけど、タキオンにそれは似合わない。
しかし、本当にそれでいいのだろうか。
「寂しいかい? 急な話になって申し訳ないが」
「うん。凄く、寂しい」
私みたいなちゃらんぽらんと違い、タキオンは明確な目的を持ってトレセン学園に来ているはずだ。今までの会話から考えても、達成できたとは思えない。
「契約を打ち切るなら、一つお願いしてもいいですか?」
夜中に帰る。家族が寝ていて助かった。点々はまだ引いていないし、起きていたら喧嘩してしまうかも。当然ご飯は用意されていないから、冷蔵庫を漁る。
「何にもない」
そういえば、タキオンからお金を貰うのを忘れた。ゲームに使ったから持ち金0。幸いお腹の中で変な感じが残ってるから、今日は何も食べずに過ごそう。
自分の部屋に戻ってパソコンを開く。
「よーいスタート」
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