「君たちのトレーナーは働き過ぎだ」
その言葉を聞いた時、納得があった。私はテイオー君と違って実験にも付き合わせていたから。少し、求め過ぎていた部分を反省した矢先に来たトレーナーからのBINEを読む。
⏱ ⏱ ⏱
珍しく付けたアラームが鳴っている。
「トレーナー君……いや、居ないのか」
少し寂し気な身体を起こし、出立の準備をする。多くの人が電車に乗り降りし始める頃、私たちはトレーナー君に指定された場所に来ていた。いつもの服装とはだいぶ違うが、いつもの様なトレーナー君がそこに居た。
「トレーナー君、会って大丈夫なのかい?」
「大丈夫だよ? 私たちは偶々出かけた先で会って一緒に行動することになっただけだから。それに今日は、トレーニングしてもらうわけじゃないし」
トレーナー君が行き先を告げていないということは即ち、まだ決めていないだけか、行き先を秘密にしろという意味を含んでいるからだろう。
「まぁまぁ。取り合えずこの店に行こう?」
テイオー君は場所を聞いた後事前に近辺の店を調べていたらしいが、その店はマップに無かった。
「ねぇねぇトレーナー。何するの?」
「変装」
久しぶりだと思った。普段はジャージか白衣で、着飾るのはレースの時くらいだから。実家に居た時みたいに、私の上に上品のカバーが掛けられる。今回は仮面付き。テイオー君も仮面を付ける。
「最速、最高、ボク最強」
「やめなさい」
試着室の七番に案内されて、三人で入る。一瞬、浮遊したような感覚を味わい視界がクリアになると、残っていた眠気が吹っ飛ぶくらい尋常じゃない熱気。
「……ここは?」
「削除場。URAが抱える削除の……、一つかな」
⏱ ⏱ ⏱
「削除という言葉は元々削除という意味合いがあった(という説がある)」
「勝負服を作ってるのはURAでしょ? レースを平等にするために、走者の負担にならない勝負服という技術はブラックボックスになっているけど、原理的には小規模な領域を展開することで勝負服を実質的に存在しない状態にすることで、重量を0にしていると推測されている」
「この技術を応用することで、この世のどこでもない空間を作り出すことが可能になるわけだ。秘匿性が高い空間がね。削除法的なこともまかり通る」
「ここからはタキオンじゃなくてポキって呼ぶからね。わかった?」
「あ、……ああ。理解した」
『カレンチャンの削除 30本 』
『削除刺し 100g 500』
『削除頭琴 50000』
「私と削除か? 一時削除」
ウマ娘の削除というものがおおよそ忘れられたような乱雑さに、意識ははっきりしているのに眩暈が起こる。これに平然としているテイオーとトレーナー君が、
理解できない。
「ポキ、どうしたの?」
「・・・・」
「ポキ?」
「ああ、いや。行こうか」
多分こういう現実は思っていたより私の近くにあって、幸運にも知らずに生きてこれただけだったのだろう。トレーナー君に手を引かれて奥の方へと。
「あ、エチゾラムが売ってる。ちょっと50錠くらい買ってくるね」
「……睡眠薬は渡したはずだが」
「あれ、ちょっと効かなくなっちゃって」
確か、かなりの量を渡した記憶がある。まさかこの短期間であれを全部使ったのか? まず間違いなく医者に掛かる必要がある状態だ。仮に、これで眠れたとして、いやこの薬の効果はそれだけじゃない。そしてトレーナー君がフェンタニルに目移りしているのを見て、凄い嫌な気分になった。
「ほら、そんな顔しない。こっちに来て」
そこには、私達がよく知る熱気があった。むしろ、それ以上の興奮と、怒号を含んだ熱が。
『リボンパイレーツが先頭 二番手にジュエルジャスパー』
「……コースが違う」
「よく見てるね。あれはオールウェザーといって、芝でもダートでもない第三のコースとして一時期広まったけれど廃れて、今ではここぐらいしかないレアもの。私も実物を見たのは初めてかな」
よく見ると、衣装が削除かった。バニースーツ? 削除着、削除着のような衣装も多い。勝負服の魔力を持たず、衣装が規定されていない場合は自然と服が占める量は削除なり、それに加えてこの場のニーズがあれば、こうなるのか。
「勝った後は削除ダンスとかしておひねりも投げ込んでもらう。そのままフ削除――っていうのも珍しくはないらしい」
「でもトレーナー、本能スピードやるみたいだよ」
「ほんとだ。」
「っていうか、あそこに立ってる娘、前見たような気がするんだけど」
「一か月前にドロップアウトしてここに来たとウマ娘だね。大体ついていけなくてドロップアウトするウマ娘の進路は三つで、一つ目は諦めて実家を継ぐなり、社会人になるなりを目指すルート。仮にドロップアウトせず頑張れたとしても多くの娘は大した成績も残せず就活の役にも立たないわけだから、
それより早く社会に適合する準備を得られる一番望ましいルート。二つ目は、地方に行くルート。大半が出身だから出戻りという形になる。レベルが低くなる分勝ちやすいから、多少やりやすくはある。ごくまれにまた中央に戻るウマ娘もいるけど、ほぼ全てのウマ娘は一度戻ったらずっとそのまま。こういうの地方のレベルにもよるんだけど……まぁその説明はいいか。三つめはこういう削除式、削除レース」
トレーナー君が笑う。
「地方だと勝っても報酬が少なかったり、レースが無いせいでここで走る場合もあるとか。注目度も高いし、中央で走ってた頃が忘れられないって来たり。あとまだ走りたい、みたいな。企業チームじゃないとそういうのは難しいから。そんないい所じゃないのに」
トレーナー君が笑う。レース中のウマ娘の一人が転ぶ。
「あ、削除た!」
ウマ娘の怪我は後で知ったが、結構あるらしい。私達のクラスだとかなり管理されているから怪我は減る、しかしトレーナーが複数のウマ娘を担当するケースが多い重賞以下だと特に増える。
「レース数も多いし、ケアも十分じゃない(バラエティのために色んな条件で走るのが負担増えてる原因の一つ)。甲子園とかもそうだけど……若い才能を使いつぶすことに喜びを感じる層が居る。復讐なのか、享楽なのか知らないけど。趣味がいいとは言えないね(笑)」
ウマ娘が削除るのがここでは、当たり前。それがエンターテインメント。隣の方から聞こえてくる会話が耳を抜けて、私の心を刺す。
「あの娘好きだったんだよなー。安く削除」
「まだ壊れたとは……いや、直る見込みがある方が?」
「こうさ、抑え込んで。削除」
「ポキ。行くよ」
⏱ ⏱ ⏱
控室。さっきのウマ娘が懇願している。
「直してください、お願いします!! 私、まだ走りたい!」
――――――――――――――――――――――――――――――
「ビューティー安心沢? 何故ここに」
「――安心沢刺々美。ビューティー安心沢の姉、と言ってはいるが真相は不明。神出鬼没で、針を使ってウマ娘の状態を操作する術を体得している。今では滅びた技術で、噂ではウマ仙人からこの技術を学んだとか、とにかく謎が多い。今回コンタクトを取れたのもたまたま。それでも頼るしかなかった。菊花賞を走らせるには
「ボクが、菊花賞を?」
「可能性があるなら、ね」
そういうトレーナー君の顔は苦く、本意ではないことが読み取れた。
少し待っていると、施術が終わったのか安心沢刺々美が近づいてきた。
「私の針を受けさせたいのは?」
「この子です」
「トレーナー。その、」
「分かってる。安心沢さん、成功確率は?」
「60%。成功すれば菊花賞も走れるわ。失敗したら……もう走れなくなるかも」
「トレーナー…………」
「私はあなたのトレーナーだから、そのために出来ることは全部やらないといけない」
「大丈夫。あなたのお――失敬、あなたの憧れであるシンボリルドルフも直したのよ?」
「本当?」
「確かに不調の時期はあったけど……」
「それで、やるの? それともやらないの?」
トレーナー君がテイオー君を庇うように、前に立つ。少し、震えていた。死ぬときでさえ、こうはならないだろう。怖いのは自分の手でテイオー君の才能を殺してしまうかもしれないことだ。
「やるよ」
「テイオー」
「カイチョ―が乗り越えたなら、ボクも乗り越える。それが出来なかったら、三冠の器じゃなかった。カイチョ―を超えるというのは、そういうことなんだ」
「わかった」
「じゃ、やるわよ」
針がテイオー君を刺す直前、
「駄目っ!!」
トレーナー君の大声が耳を劈き、安心院の手を払い、針は当初予定されたであろう箇所とは違う位置に着地した。
「あっ」
「えっ……?」
「では、仕事も済んだので――失礼しまーす!!」
何が起こったのだろうか。
「テイオー、大丈夫?」
「うん、特には。でも、どうして?」
「いや、ちょっとね。身体に異常はない? タキオンも気づいたことある?」
「ボクは特に変わった感じはしないけど」
変わった点? 基本的に トレーナー君にも気づかないことになる。
「強いて言うなら、普段より可愛らしく見えるような気がする」
「可愛らしく……? いやでも……可能性としてはあり得るのか?」
「せっかくだから、ここの賭けレースで走ってみようか」
テイオー君を見送った後、トレーナー君はいつもの様に地下道から離れた。
「さてと。じゃあ次はポキだね」
「私?」
「別に今のだけだったら、ポキを連れてこない選択肢もあったでしょ」
嫌な予感がした。
「私ずっと思ってた。どうやったらポキの夢を叶えられるのかなって」
「…………」
「手段を択ばなければいい。言いたいこと、わかるよね」
闇医者に頼る勝てないウマ娘たち。私が進めている足を速くする研究。非削除的なことがまかり通る空間。
「ここにはモルモットが沢山居るから」
「君はそれでいいのか?」
「私? 私は勝てれば何でもいいし……ポキが望まないだろうからやらないけど、レースの時だってやろうと思えばいくらでも削除なことが出来るトレーナーだから」
「そうか」
「デメリットが気になるの? ここならバレないし、万が一バレたらレース全体が無茶苦茶になる。何のリスクもない、さっきの針と比べて遥かに安全で」
「――必要ない」
トレーナー君が傷ついた顔を見るのは、これが初めてだった。いつも、どんな辛い時でも、私達の前ではそれを見せないようにしていたのだと、今更ながらに気づいた。
「君の提案に乗りたい気持ちはある。彼女たちを救うことも出来るかもしれない」
「でも、最果ての景色は。我儘だけれど。君と二人で見たいんだ」
「トレーナー君。ずっと私だけの、そして君だけが、モルモットで居てくれないか」
本編はこれにて完結。
次話はどのようなストーリーを予定していたのかについての説明。
こういう形式が嫌いな人は嫌いだと思うので、無理に読むことは勧めません。
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