Balls Out
「ほら、後400!」
「はーい!」
皐月賞とダービー、何が違うか。色々あるが、ざっくり言うならば距離が違う。
「もう一本!」
皐月賞が2000、ダービーが2400だ。この400の差、あまりに大きい。1200なら勝つのに1600で負けるサクラバクシンオーが最も分かりやすい例だろうか。どの距離が得意なのか、距離適性という形で表現される。テイオー・タキオン双方には中距離を得意としてるのを確認している。2400も中距離の範疇だから、適応できないことはないはず。
要するに、問題はタキオンの方だ。
「NHKマイル杯かー」
NHKマイル杯は1600、名前の通りマイルという距離であり……タキオンにとってはあんまり向いてない距離。いや、出たいなら勿論それ用のトレーニングは組むんだけど、だったら最初から皐月賞じゃなくて桜花賞に出る路線もあったよねと突っ込みたい。
「君も分かっているだろうに」
あくまで言い伝えだが、皐月賞は最も早いウマ娘が勝つレースとされている。タキオンとしては譲れなかっただろう。そして負けた。それに、いやこれは邪推か、やめておこう。
「オークスは?」
「ダービーの代わりに? その後は阪神大賞典に出るのか?」
菊花賞の代わりに。じゃあGⅡはGⅠの代わりでGⅢは――みたいな? そうではないはず。とはいえ、否定しないでおく。
「一番早いのはトウカイテイオーだった、私じゃなかった」
プランB?
「トウカイテイオーを一番にする。君も望むところだろう?」
「私はアグネスタキオンにも一番になって欲しいけど」
同じレースの時ですらそう思う。
「NHKマイル杯に勝つのは厳しいよ。距離適性は勿論、それに合わせる時間も少ない。ぶっつけ本番になるだろうし、アグネスデジタルも出る。単純な強さで言えばエアシャカールの方が上だけど相手としてはこっちの方が手強いだろうね」
「やるだけはやってくれるんだろう?」
「一応。でもテイオーの方を優先する」
お前がそう言ったんだよってジト目。まぁ走れないウマ娘にあんまりやれることないし。
「実験は休み。授業にも出て。これレースの資料とダンスの教材、一週間で目を通してね」
どさっ……
「えーーーーーーー」
⏱ ⏱ ⏱
普段なら実験をしている時間帯に、私は一人で学ぶ。
「まったく……」
やたらと量が多いライブの資料をペラペラと捲る。そんなに心配だろうか、他のレースではそれなりに踊れていたのに。
「トレーナー君には困ったものだな」
空の弁当箱、いつも作ってくれる。今日は量が少ない、走らないから。きっと明日も明後日も量が少ない。たまにちゃんと勉強出来てるかを確認するくらいで、会う回数も減るだろう。なんか、嫌だな。こっそり実験をする気力も湧かない。
「あの時は違ったのに」
レースに負けた時のこと、思い返す。診断を受けた夜中のことだ。
『トレーナーは何のためにいると思う?』
不意に投げかけられた質問に戸惑う。勝つため、ありきたりすぎるか。
「ウマ娘を監視するため」
『ぶっぶー。正解は負けたウマ娘を慰めるためでした』
抱きしめられる。
『18人でレースしても勝つのは1人』
『ギャンブルみたいなものだよ』
『勝てないのが普通 よく言われる』
『そうなるとウマ娘もレースに出たくなくなる』
『そんなウマ娘をレースに送り出すのが悪魔のようなトレーナー』
『たまに勝ってくれればいいんだよ トレーナーがクビにならない程度に』
『なのに時たま、どのレースにも勝ってしまうんじゃないかっていう逸材が現れる』
指で刺されたから指し返した。
何故、夢のことを報告しなかったのだろうと今更ながらに。きっとトレーナー君は全力で向き合ってくれたはず。あまりにも遅い後悔だった。
不思議と、悲しい気持ちは抜けていった。
時を戻して今。
「モルモット君、紅茶を――ああいや、くそっ……」
頭を掻きむしる。
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