身体が怠い。こういう時は決まって雨だ。
「止みそうにないか」
最悪だ。
NHKマイルカップに向けて急ピッチでタキオンを仕上げなければいけない分、取捨選択が求められた。雨や不良馬場での走りというのは晴れと比べて確率が低い分練習させてない。雨でもやれるウマ娘ではあると思っているが、不良馬場は足への負担が大きくなり、故障を引き起こしやすい。
「今日は勝たなくていい」
「勝って欲しいと言っていたくせに」
「状態が悪い。無事に走ることが第一目標、順位は二の次」
タキオンは強い、走り続ければ必ず一位を取るチャンスは来る。
「勝つために来たんだよ」
服を持つ……ああ、勝つために着たってことか。G1という晴れ舞台でしか身に着けることが出来ない、いわば走ること自体が一種の栄誉だ。ジャスタウェイがジャスタウェイ以外の何者でもないように、NHKマイルというレースは他のレースで代替出来ない。
「それに、いつまでこの足が持つか分からない」
ここでちゃんと走らず、その後怪我して走れなくなったら。そんなことを思っているのだろうか。私の助力は、タキオンが見た悪夢すら超えられずにいる。
「分かった。転んだら受け身は取ってね」
弱いな、私。
「アグネスタキオン 3番人気です。皐月賞では5着でしたが」
「トウカイテイオーに肉薄したことからポテンシャルはあると考えられていますが、道悪の状態でどこまで走れるかは不安ですね」
「肉離れから復帰後初レースということもあって、調子も万全とは言い難い様子……」
「あなたがこのレースに来るとは意外だった」
「茂さん?」
雨の中、声を掛けてきたのは、トレーナー学校の同期だ。成績も一位で性格もいい(政治家が実際会ってみたらいい人に見えるみたいな話ではあるのだが)、今はアグネスデジタル・ライスシャワー・ハルウララの担当だったか。
「リスクの高い賭けは避けるタイプだっただろ」
「都合よく逃げてばかりにはいかないようで」
「逃げウマ娘の育成はピカイチだったのに」
「そっちだって追い込みが得意なのに居ないじゃん」
「ゴールドシップをスカウトしようとしたが、宇宙に逃げられた」
「そんな感じで、何事もうまくいくわけじゃないってこと」
雨が流れている。
「始まるな」
ゲートが開く。
「アグネスデジタルが先頭!」
一応アグネスデジタルも差しのはずだが、多分どの走り方も出来るのだろう。雨、集中力が乱される中で見事なスタートを切って、そのまま離していく。
「少し掛かり気味か?」
そんなことはない。他が遅くてそう見えるだけだ、悪条件の中で普段と変わらないペースを出せるのがおかしいのは本当。
「残り800!」
大分むらっけのあるウマ娘、今日は絶好調。なんというか、勝ち目がない。
「アグネスタキオンが上がってくるぞ! どうだ? どうだ!?」
あっ、やばいな。茂さんと目線合わせ、肩を回し、準備をする。
「アグネスデジタルゴールイン! 続いてアグネスタキオン――」
二人でレース場に入る。
「どう?」
「左足に脱臼」
骨は飛び出てないか。
「医務室まで運ぶから、なるべく動かないようにね」
案の定、アグネスタキオンは怪我していた。濡れた身体をタオルで吹きつつ、手早く脱がせる。やっぱり綺麗だ。
「一応トレーナー契約の時に許可は貰っているんだけど、今から整復するね。痛いだろうけど我慢で」
こういうのは茂さんの方が上手いんだけど、許可の関係上私がやった方がいい。慢性的なものにならないよう、丁寧かつ迅速に作業を行っていく。
「はい。なるべく動かさないようにね」
「・・・・・・」
「ウイニングライブ、出れる?」
さっき脱がせた衣装を綺麗にする。あえて泥が付いた状態でやらせるトレーナーも居るらしいけど、私はあんまり好きじゃない。
「また走れるだろうか」
「諦めない限りは」
「……寒い」
雨で身体が想像以上に冷えてたか。暖房の温度を更に上げようとして、引き寄せられて、抱きしめられる。
「温めてくれ」
「は、はいっ!」
私の体温は急上昇したから暖房より確かに熱い。そして少し恥ずかしい。
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