ウマ娘短編集   作:レイキャシール

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ライスシャワーのストーリーを完走した余韻そのまま、リビドーとパッションの赴くままに書いてしまった・・・・・・。

ネタとしては手垢まみれでベッタベタかもしれませんが、ご容赦を。


――――――


ウマ娘“ライスシャワー”。人々が語る彼女の評は、実に様々だ。

 曰く、『刺客』。
 曰く、『青薔薇の追跡者』。
 曰く、『漆黒のステイヤー』。
 曰く、『誰よりも強い心を持ったウマ娘』eth・・・・・・

これは彼女が体験した、すこしだけふしぎなおはなし・・・・・・・・・・・・





幸せの青い薔薇―小さな勇者の、不思議なお話―

☆★★★★☆

 

 

 皐月賞・・・・・・勝負にすらならなかった。

 日本ダービー・・・・・・あと一歩、届かなかった。

 菊花賞・・・・・・ようやく手が届いた。

 天皇賞・春・・・・・・奇跡を見せた。

 

 数々の苦難を乗り越え、遂にはURAファイナルズの長距離部門にエントリーすることになったライスシャワー。

 “お兄さま”―彼女の専属トレーナーも我が事の様に喜びをあらわにし、秋川理事長の口から直接ノミネートを告げられた際には人目を無視して“高い高い”をされ、嬉しさと恥ずかしさとでショートしてしまう場面もあったが。

 

「はぁうぅ・・・・・・・・・・・・」

 

 予選は圧倒的一番人気で危なげなく突破した彼女だが、準決勝はライバルの一人であるミホノブルボンにあやうく逃げ切られそうになり、辛うじて突破はできたものの決勝ではそれが響いたのか。枠順は六枠十二番、人気も大きく落として六番人気となってしまっていた。

 

「はぁぁ・・・・・・・・・・・・」

 

 加えて、もう一人のライバルであるメジロマックイーンは準決勝で敗退。その彼女を下して決勝に上がってきたのは、“シャドーロールの怪物”ことナリタブライアンであることも、ライスシャワーの両肩に重くのしかかってきている。漸く晴れた筈の彼女の心は、ここへ来てデビュー前の曇り空、いやそれよりも酷い土砂降り状態に陥ってしまっていたのだ。

 

「早めに行って、会場に慣れておくぞ」

「うん・・・・・・ごめんなさい、お兄さま。・・・・・・今までは大丈夫だったのに・・・・・・なんで・・・・・・。やっぱり、ライスは変われなかったのかな・・・・・・」

「弱気になるな。大丈夫、今はたまたま谷にいるだけだ」

 

担当のことを慮ってのことだろうが、それが逆に焦りを生み、どこかの逃亡者よろしく思考が左方向に大回転して更に調子を落とす悪循環。

 少しでも本番に近い空気で練習するため、トレーナーの伝手で神戸にあるトレセン学園の分校で調整を行っていたのだが・・・・・・やはり調子は戻らない。それどころか、むしろかえって落ちてすらいた。

 

「あれ・・・・・・? こんな所に、祈念碑なんてあったっけ・・・・・・?」

 

 ある日のことだ。一向に調子が上向きにならないライスシャワーを見たトレーナーは、思い切ってトレーニングを全休にし、決勝が行われる京都レース場にライスシャワーを連れてきていた。

 彼が関係者と話し合っている間、暇になったために当てもなく歩いていると、いつの間にかパドックの裏手に出てきてしまっていた。

 京都レース場自体は、自身も来たことがある。一度目は、ミホノブルボンの無敗三冠の夢を打ち砕いてしまった菊花賞。二度目は、メジロマックイーンの三連覇を阻んで勝ち取った天皇賞・春。三度目は、宝塚記念でだ。

 特に宝塚は、多くの“夢”を護るために東奔西走し、ひたむきな姿勢が関係者各位の心を動かして開催へこぎ着けただけに、彼女の中でも特に印象に残っている。記憶が確かなら、ここには観音像と、昔に予後不良でターフを去ったあるウマ娘の石碑以外はなかったはずだと。

 まるで引き寄せられるかのように、ライスシャワーは祈念碑へと近づいていていき、しゃがみ込んでまじまじと見つめる。碑文はかすれていて読めないが、何かを感じる。

 

「おや、珍しいね。こんな所に人が来るなんて」

 

 その最中、不意に声を掛けられて振り向くと、そこには男が立っていた。黒いタキシードに身を包み、どこか影のある雰囲気を身にまとった美丈夫だ。胸元にあしらった青薔薇のコサージュが、どことなく自分と似ている青年だった。

 

「あの・・・・・・あなたは・・・・・・?」

「僕かい? 僕は・・・・・・ブルーとでも名乗っておこうか。実を言うと、暇を持て余していてね。話し相手が欲しかったんだ」

「えっと、ライスで良かったら・・・・・・」

「ありがとう」

 

 本来であれば怪しさ満点のこの台詞なのだが・・・・・・不思議と不快感はなく。むしろまるで、血縁関係でもあるんじゃないかと思えるほど―先輩であるマルゼンスキーと話しているかのような感覚を覚える。

 ブルーと名乗った青年は、つらつらと。それでいてしっかりと語り始める。

 “幸せの青い鳥”の様に、人々へ幸福を届けたい。その一心で生きてきたこと。

 しかし世間は彼と、彼に立ちはだかったライバル達を無視して非難の矛先を向けてきたこと。

 それすらも乗り越えて栄光をつかみ取ったのも束の間、事故によって記憶が途切れてしまったこと・・・・・・・・・・・・

 

「そして気がついたら、ここへいたという訳さ。どこにでもある、平凡な話だよ。

 それはそうとて、君も君で何か悩みを抱えているように見えるね。良ければ、僕に話してみないかい?」

「実は・・・・・・もうすぐ、ビッグレースがあるんです。ライスも出場するんですけど、このまま走って良いのかしら、って思ってて・・・・・・あの・・・・・・」

 

 ぽつぽつと語り始めるライスシャワーに、ブルーは静かに聞きに徹している。

自分を一人のウマ娘として、決して壊れない友誼を誓った友人達がいてくれたこと。

大記録を阻まれ、罵倒してきてもおかしくない筈なのに、結果を真摯に受け止め、再戦とさらなる研鑽を誓ったライバル達がいてくれたこと。

変わりたいと思ってトレセン学園に入るも、あと一歩を踏み出せず鬱屈とした日々があったこと。

そして何より、そんな自分に手を差し伸べてくれた“お兄さま”のこと・・・・・・・・・・・・。

 

「ウララちゃんとロブロイちゃん、ブルボンさんやマックイーンさんが応援してくれてるのに、応えられないかもって・・・・・・。ライスは、また裏切っちゃうんじゃないかって・・・・・・わかってるのに、間違ってるのに、止まらなくて・・・・・・!」

「ふむ・・・・・・なら、他人からの受け売りだが、良いことを教えてあげよう」

 

涙声になりながらも語り続けるライスシャワー。それに対し、彼は少しだけ思案を巡らせた後に、こう告げた。

 

「“勝者とは常に孤高なもの、されど断じて孤独にあらず。勝った者は負けた者、支えた者達の思いを胸に進み続ける義務がある”。君のお友達も、ライバル達も、君に負けた、あるいは君とは並び立てない事をわかっているからこそ、思いを託したんだと僕は解釈するよ」

「思いを・・・・・・託した・・・・・・・・・・・・!」

 

 それを聞いた彼女の脳裏に、春の京都の―天皇賞での場面がよみがえる。その時に告げられたのと、やけに似た一言だった。だからだろうか、彼の言いたいことが理解できた。理屈ではなく感情で、水面に波紋が広がっていくように理解できたのだ。

 

「答えは出たようだね。力になれたようで、嬉しいよ」

「ありがとうございます。もし優勝できたら、お兄さまと一緒にお礼に伺います。それじゃあ、失礼します」

 

ぺこりと一礼して、その場を辞するライスシャワー。それからというもの、今までの不調が嘘だったように取り戻していった彼女は、最後のトライアルランで自己ベストを更新。たまたま訪れていた取材陣の度肝を抜いて見せた。

 

―今の彼女は、阿修羅すらも凌駕する状態です。“シャドーロールの怪物”が相手であっても、最善を尽くしてくれるでしょう―

 

トレーナーは、記者の一人に対しそう語ったという。

 

 

☆★★★★☆

 

 

 そして迎えた決勝当日。天気は雲一つない快晴、更には冬の京都としては珍しいことに、ここ一週間は降雨も降雪もなし。バ馬状態も良と絶好のシチュエーションだ。

 

《一月○日の京都レース場。寒さを吹き飛ばさんばかりの熱情を秘めた、十八名のウマ娘達が、今か今かと待ちかねてます。URAファイナルズ、芝二千五百。決戦の時がやって参りました》

「お兄さま・・・・・・」

「調子は完全に戻っている、後は駆け抜けるだけだ。お前には、そうするだけの力がある。栄光はライス、お前のものだ・・・・・・!」

「うん・・・・・・行ってくるね」

 

 地下バ道にて、百九十近い身長のトレーナーはしゃがんで目線を合わせ、ライスシャワーの肩を取って激励の言葉と共にパートナーを送り出した。メイクデビューから三年間、欠かさずに行ってきた、二人なりのルーティーンだ。

 

《一番人気は四枠八番、ナリタブライアン。“シャドーロールの怪物”の名に相応しく、予選、準決勝と圧倒的な実力を見せております。

 二番人気は―》

「・・・・・・・・・・・・」

 

ゲートを前にして、ライスシャワーはたたずんでいる。彼女の直ぐ近くには、先ほど実況が名を呼んだナリタブライアンの姿が。

 ミホノブルボンのような静謐さでもなく、メジロマックイーンの如く優雅さでもない。ただそこにあるだけで、肌がひりつくような感覚。“皇帝”とも“女帝”とも違う、絶対的な強さがそこにあった。

 

「・・・・・・大丈夫。お兄さまも、ブルボンさんやマックイーンさんと同じように『付いていけば勝てる』って言ってくれていた・・・・・・頑張れ、ライス。頑張れ・・・・・・!」

 

 一歩ずつ。京都の芝の感触を確かめながら、彼女はゲートへと入る。両隣のウマ娘達も、ここまでの激戦を勝ち抜いてきた猛者ばかりだ。だが彼女は今、ナリタブライアンの事しか考えていなかった。

 

《十七番、ポーラスターがゲートイン完了。ゲートマンからのサインが出ました。

 さあ泣いても笑っても、これが最後! 描いた夢と希望、流した汗と涙、全てはこのためにある!

 言葉はいらない、来るべき時が来た! ウマ娘達よ、ターフの先にある最後の栄光を、その手で掴む、時が来た!!

 URAファイナルズ決勝、芝二千五百! 体勢完了!!》

 

全員がゲートに入り、レース開始を告げるファンファーレが鳴り響く。

 一瞬の静寂。スターターの手旗が振り下ろされ・・・・・・

 

《スタート!! 各ウマ娘揃って、綺麗に飛び出しました! 先行争いは十一番メジロパーマーと、二番スターライトリンク! 一気にスパートを掛け大逃げの体勢だ!

 二バ身ほど離れて、三番手にはストームワルツ! 四番手にダイワスカーレット! グランプリウマ娘、ライスシャワーは五番手に付けております!

一番人気、ナリタブライアンは、バ群のやや後方に位置取った!》

〈差し・・・・・・!? これじゃ、ついて行けない!?〉

 

先行争いを繰り広げる先頭集団に、ライスシャワーはぴったりと追走しようとする。だがその一方で、仮想敵であったナリタブライアンが後ろの方―末脚と直線勝負に打って出るであろうポジションに着いた事で、必勝パターンが崩壊するのを感じていた。

 やむなく、手近にいた別のウマ娘をターゲティングし、そちらを追いかけるようにするが明らかにペースが乱れている。

 

「拙いですわね・・・・・・直前まで先行と発表されていただけに、意表を突かれたみたいね」

「むむっ!? 何が拙いのですか!?」

 

 その様子は、観客席のメジロマックイーン、そしてライスシャワーのクラスメートでもあるサクラバクシンオーにも映っていた。

 

「ライスさんは、私と同じ先行型。その中でも、最終コーナー間際での、逆転困難なタイミングで仕掛けるタイプです。他に先行している難敵がいるならいざ知らず、後方から隙を窺うタイプが相手だと、このままでは・・・・・・!」

「何ですと!? それはいけません!!」

「バクシンオーさんが理解しているかは判断しかねますが、概ね同意します」

 

 ミホノブルボンも、普段のポーカーフェイスが揺らいでいる。ハルウララとゼンノロブロイも、口にこそ出さないが不安の表情を隠しきれないでいた。

 

《コーナーを曲がって、向こう正面に入ります! 先頭ここで入れ替わりまして、ダイワスカーレット! 半バ身差でメジロパーマーが追走、マチカネトリスタンが順位を上げてきた! ライスシャワー、四番手に付け様子を窺います!》

 

 レース展開は長距離らしいゆっくりとしたもので、先頭集団、中団、後方集団に分かれて淀みなく進んでいく。しかしそれとは裏腹に、彼女の内心は焦燥感が高まりつつあった。それでも影響を何とか最小限に抑え込み、懸命に脚を動かしていく。

 中盤にさしかかり、逃げを打っていたウマ娘が下がってきた事で先頭集団が膨張。動きがやや詰まり始めた。

 

〈駄目、まだ駄目。ブライアンさんがいつ動くか分からないから、まだ動いちゃ駄目・・・・・・まだ・・・・・・!?〉

 

後は多少中央の順位が入れ替わった事を除き、大きな動きもなく残り一千メートルを示すハロン標識をウマ娘達が通り過ぎていく。そして最終コーナーにさしかかろうとしたまさにその時。ライスシャワーは自分の首筋に、氷を当てられたような感覚を覚える。

 そして思わず、横目で振り向いてしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・!!」

《ナリタブライアン、ここで仕掛けてきた! グングンと順位を上げて、先頭のダイワスカーレットを射程に捉えた!!》

 

薄桃色の勝負服をたなびかせ、温存していた剛脚を一気に開放した怪物が迫り来る。もはや殺気にも似た気迫にたじろいだウマ娘達が、譲るかのように道を空け、そこを更に通り抜けて順位を上げていくナリタブライアン。

 

『やるなら今しかない』。

 

 コーナーの終わり際、先頭に躍り出た相手を見やるや、ライスシャワーもスパートを掛ける。想定よりも仕掛けが早い。だがここを逃せば、勝機は無い。

 

「っ!!」

《最終コーナー曲がって、ライスシャワーも動いた!!》

 

 華奢な両脚に力を込め、最大限の踏み込みで加速する。二番手だったダイワスカーレットを躱し、食らいついていく。

 

《先頭はナリタブライアン! 半バ身のリードを保って最後の直線に入る!!》

 

だが怪物は、彼女の想定を上回っていた。スピードもパワーも、ここまでに持ち込む展開力もだ。

 自身より大柄な相手が前にいる状態は、菊花賞と有馬記念での対ミホノブルボンで経験している。だが彼女は、序盤から速度を出していく逃げ型のウマ娘。終盤まで体力を温存していたであろう相手との経験が、ライスシャワーには不足していたのだ。

 更に踏み込む。相手は先を行く。更に走る。まだ先を行く。視界がどんどん真っ白になっていき、残りがどれくらいあるのか。今のバ場はどうなってるのか。そもそも自分はどこにいるのか。花びらが一枚一枚落ちていくかのように、回路が火花を散らすように、ライスシャワーの思考は少しずつ止まっていく。

 

〈そんな・・・・・・届かないの・・・・・・!? ライスの力じゃ、勝てないの・・・・・・ライスは・・・・・・ライスは・・・・・・!〉

 

 思考が止まればそれだけ感情が膨らみ、恐怖が脳内を侵食し始める。

 

『自分はよく頑張った。二位でも三位でもいいじゃないか。相手は怪物だ、自分が勝てるはずないのだから』

 

悪魔のささやきが甘美な誘惑となり、速度を緩めそうになってしまう。心の支えが崩れ、敗北の現実に屈しかけた、その時だった。

 

「ライスちゃーん!! 頑張れぇーっ!!」

 

 ハルウララが、叫びを上げる。聞こえるはずのない距離、気のせいかもしれない。だがその必死の叫びが、ライスシャワーの意識を取り戻させたのだ。

 

「頑張って!! 頑張ってライスさん!!」

「私たちの分も走ってください!! ライスさん!!」

「ライスさぁーん!! いつか私と、有馬の舞台で戦う約束はぁーっ!! どぉーなるのですかぁーっ!!」

「私を倒して楯を獲った貴女は、この程度な筈ありませんわぁっ!! 勝ちなさい!! 勝って私と、もう一度走りなさぁいっ!!」

 

ゼンノロブロイが、ミホノブルボンが、サクラバクシンオーが、メジロマックイーンが。仲間達があらん限りの声を張り上げ、声援を送る。乾いた大地に雨粒が落ちるように、言霊が少しずつ勇気を与え、力となってライスシャワーの全身を駆け巡り始めた。

 

『レースを走るのは一人だ。だがそこへ至るまでには、多くの人々が携わっている。思いを背負って力に変えるからこそ、ウマ娘の走る姿は尊いんだ』

 

そしてトレーナーのあの時の一言に、彼女は改めて気づかされる。自分は、笑顔と幸せを届けるために走っていたのではないか、と。

 

「走れ!! ライスシャワー!!」

「ッ、アァアアアアアアアアアアアァッ!!」

 

 誰かに背中を押された様に、大好きな人の声が届いた瞬間。彼女は両脚に満身の力を込めて、芝の大地を蹴り抜いたのだ。

 両目を見開き、歯を食いしばり、理性も体裁もかなぐり捨てて。今、この瞬間に、全てを賭けて加速していく。

 

〈終わってもいい! 倒れてもいい! 二度と走れなくなっても、立ち上がれなくなってもいい!! だけど、だけど今だけは!! ライスに、力を!!〉

《ライスだ!! ライスシャワーが伸びていく!! ブライアンを躱して先頭・・・・・・いや、差し返した!! ブライアン再び先頭!! ライスも譲らない!! 二人だけだ!! 二人だけの世界が繰り広げられる!!》

 

 抜かしたと思ったら抜き返され、差し返したと思えば再び詰められる。ちらと横目を向ける。相手は、笑っていた。自分に伍する相手がいることに、望外の喜びを感じているようだった。

 

「行くぞ・・・・・・!!」

 

 気づけば三番手以下は、遙か彼方に置き去ってのデッドヒートが繰り広げられている。そして直線は残り二百。ナリタブライアンがここまで僅かにリードしており、誰もが勝負あったと思った、まさにその時である。

 

「ライスだって・・・・・・咲ける! 咲いてみせる!!」

 

 ライスシャワーが、最後の一歩を踏み込んだ。後先を考えない、捨て身の策。その決意が、一歩を生み出した。

 

《ブライアン! ライス! ブライアン! ライス! 大接戦でゴールインッ!!》

 

 ゴール板を駆け抜けた瞬間。今までの状態が嘘だったかのように、どっと疲れがライスシャワーに襲いかかってきた。速度を緩め、入着掲示板を見やる。一着と二着の部分には表示がなく、代わりに写真判定の文字が。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 二人だけでなく、会場全体が固唾をのんで見守る中、他のウマ娘達も続々とゴールし、掲示板の見える位置まで小走りで移動してくる。誰もが見届けようとしていた。七十余年あまりあるトゥインクル・シリーズの歴史。その一ページに間違いなく残るであろう、大激戦の結末を。時代の目撃者となる瞬間を。

 

「はっ・・・・・・バックシュン!!」

「バクシンオーさん、空気を読んでください」

 

約一名お騒がせなのがいたことを除いて、永遠にも思えるほど、静寂に支配される京都レース場。そして表示が消え、遂にその時がやってきた。

 

《確定しました! 一着は十二番、ライスシャワー!! 二着はハナの差でナリタブライアン!!

 今ここに、全ての優駿たちの頂点が誕生しました!! URAファイナルズ、芝二千五百! 優勝は、ライスシャワーです!!

淀の坂を二度越えて! 青き薔薇の小さな勇者が! 怪物を打ち倒したぁっ!!》

 

―ワァアアアアアアアアアアア!!

 

 熱狂、歓喜、感動。あらゆる情動がこの日、京都レース場を揺らした。今までに無い大歓声を前にして、ライスシャワーは一瞬呆けてしまう。そのため、つかつかと歩いてきたナリタブライアンに気がつかなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・おい」

「あっ、ふぇっ!?」

「誇れよ、勝ったのだからな」

 

手を伸ばしてきた相手に対し、八つ当たりでもされるのかとすくんでしまうライスシャワー。だがその本人が自身の腕を取り、高々と上げさせたのを見て、また別の意味で目を白黒させる。それが自分を破った勝者に対する、ナリタブライアンなりの最大限の礼だと気づいたのは、再び会場が揺れた時だった。

 

《ノーサイドッ!! お恥ずかしながら私、望木一! ただこの一言しかお伝えできないことをお許しください!! 感動を、ありがとう!! 熱狂をッ! ありがとう!!》

 

―ライス! ライス! ライス! ライス! ライス!

 

―ブライアン! ブライアン! ブライアン! ブライアン!

 

勝者のみが入ることの出来るウィナーズサークルに入っても、観客席の興奮は収まる気配を知らない。そこで待っていた仲間達と、彼女を信じて来たトレーナーを見て。ライスシャワーは漸く、自分が勝利したことを確信したのだった。

 

「やったやったぁっ! ライスちゃんが勝ったぁっ!!」

「おめでとうございます!!」

「リザルト、“勝利”。ライスさん、貴女と同じ時代を走れたことを誇りに思います」

「それでこそ、私の越えるべき好敵手に相応しいですわ。でも今は、心から祝福します。おめでとうございます、ライスさん!」

 

 友人達から次々と賛辞と祝福の声が届けられ、彼女の胸に熱いものがこみ上げてくる。そして口取りのために降りてきたトレーナーに、ゆっくりと歩み寄った。

 

「ライス・・・・・・」

「お兄さま・・・・・・ライス、やったんだよね・・・・・・?」

「ああ・・・・・・」

「ライス、勝ったんだよね?」

「ああ・・・・・・!」

「みんなの・・・・・・ッ幸せの蒼い薔薇にッ・・・・・・なれたんだよね・・・・・・・・・・・・!」

「ああ! ああ! ああ!!」

 

 膝を突いた“大好きな人”に抱きついたとき。今までこみ上げてきたものが解き放たれ、瞳から大粒の涙がこぼれ出す。人目もはばかることなく、ライスシャワーは泣いた。

 今までの悔し涙ではなく、宝塚と有馬を制した時と同じ歓喜の涙であった・・・・・・。

 

 

――――――

 

 

《さあ、今年もやって参りました! 桜舞い散る春の京都に、最強を自負するステイヤー達が集う! 春のGI最長距離、天皇賞・春!! 牛頭さん、今年は誰に注目しますか!?》

《今年はフィエールマンにレインボーライン、キタサンブラックと新進気鋭の若手達も集まってますが、やはり注目すべきはライスシャワーとメジロマックイーンの直接対決でしょう!

 特にマックイーンは、今シーズンでの卒業を表明していますし、最後を最高に飾るためにも、仕上げてきていますよ!》

《一方でライスシャワーですが、今回勝てば二連覇と、メジロマックイーンに並びますね》

《こちらも大記録が掛かっています! 鬼を喰らい、阿修羅すらも凌駕すると言われた走りが見られそうです!》

 

 URAファイナルズ優勝からの数年間は、目の回るような忙しさだった事を、地下バ道でライスシャワーは思い返していた。

 宝塚記念を救った功績を称えられ、京都レース場に記念碑が建てられた事を皮切りに、連日メディアの取材にテレビ番組への出演。更には、自身の半生を映画化―それはさすがにトレーナーが“お断り”したが―などなど、レースの合間合間を縫ってこなしてきた。

 そして今日、最大のライバルでもあるメジロマックイーンがレースを卒業することもあり、今回の春天に世間が注目していた。

 

「すぅ・・・・・・ふぅ・・・・・・頑張れ、ライス。頑張れ・・・・・・!」

 

 華奢で今にも折れてしまいそうだった彼女も、年月を経たことで今では次代のステイヤー達の憧れとなっている。特に今回が初参加のフィエールマンは、有馬記念での彼女の走りに胸を焦がされて、トレセン学園の門を叩いたウマ娘でもあった。

 身体的にも精神的にも大成し、今ではチームトレーナーとなった“お兄さま”無しでもルーティーンをこなして勝利を飾ってきている。

 そんな中、いよいよレースに臨もうと言う時に聞き覚えのある声が彼女の耳に聞こえてきた。

 

「やあ、ライス。久しぶりだね」

「ブルーさん!」

 

 青年―ブルーは初めて会ったときと全く変わらない、タキシード姿でそこに立っていた。

 

「まずは優勝おめでとう。君は本当に、凄い子だ」

「そんなことありませんよ。ライス一人じゃ、たどり着けなかったんです。みんなが・・・・・・“お兄さま”がいてくれたから、ここまで来られました」

「だが走りきったのは君自身だ、誇って良い」

 

相も変わらぬ穏やかな口調で話すブルー。だがライスシャワーは、どことなく張りがない事を、薄々感じ取っていた。ともすれば、これが今生の別れになるかもしれないことも。

 

「あの・・・・・・具合でも悪いんですか?」

「はは、参ったなぁ・・・・・・そういうわけじゃないんだが、ね・・・・・・・・・・・・」

 

瑠璃色の瞳が揺れる。優しく穏やかな、それでいて・・・・・・誰よりも他者の事を思う瞳。それはまるで・・・・・・

 

「・・・・・・もう行かなくては。どうやら、時間のようだからね」

「時間って・・・・・・あっ、待ってください! もう少しだけ・・・・・・きゃっ!?」

 

そう言って踵を返し、外へ出ようとするブルーと、それを追わんとするライスシャワー。その時地下バ道を突風が駆け抜け、勝負服の一部である黒い帽子が吹き飛ばされそうになる。

 押さえていた手を離し、再び彼の去った方向を見やると、そこには誰もなく。ただ一輪残された蒼い薔薇が、その存在を示していた。

 

―ライス、僕は信じているよ。誰よりも涙の味を知っている君だから、誰よりも希望を届けることが出来ると信じている。走り続けるんだ。走れなくなった、僕の代わりに・・・・・・・・・・・・。ありがとう、そしてさようなら。もう一人の僕(ライスシャワー)

 

「うん・・・・・・ライス、頑張るよ。だから見ていてね、もう一人の私(ライスシャワー)・・・・・・」

 

 怜和X年、四月。この日の天皇賞は、これまでにない盛り上がりを見せ、結果はライスシャワーが差し切って一着。その年の暮れに行われた有馬記念では、メジロマックイーンがリベンジを果たし、有終の美を飾ることとなった。

 その後もライスシャワーは精力的にレースへ出場し、レースを卒業するその日まで人々に希望を届け続けてきたのだが・・・・・・これはまた、別の機会に語るとしよう。

 

 

 どうか皆様の前途に、幸せの蒼い薔薇が咲き誇りますように・・・・・・・・・・・・

 




(※ナリタブライアンと競り合う場面は、ゲームプレイ時の作者の実話です)


・上位着順発表《第十一レース・第一回URAファイナルズ決勝(京都・芝二千五百・良バ場)》

一着・六枠十二番:ライスシャワー(レコード)

二着・四枠八番:ナリタブライアン(ハナ)

三着・一枠一番:ダイワスカーレット(七バ身)

四着・五枠十番:メジロパーマー(一 二分の一バ身)

五着・三枠五番:ストームワルツ(クビ)
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