【完結】そのウマ娘、狂犬につき   作:兼六園

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(続ける予定は今は)ないです


速度保持者

「ここ、本当にトレセン学園なんだよな?」

 

 そんなこと独りごつ青年──綾瀬(あやせ) (みどり)は、トレセン学園の敷地内の外れにある、古びた旧ウマ娘寮を見上げていた。

 夕焼けのオレンジ色が照らす古い建造物は、なかなかどうして、趣深い雰囲気がある。

 

「……やっぱり、特別雇用枠の応募なんてやるんじゃなかったかな……」

 

 翠はそう言って、重いため息をついた。

 トレセン学園──特に大量のトレーナー候補が毎年一度に流れ込む中央なんかは、先ずネットでの応募によって数を絞られる。そこを乗り越えて、更に面接を行い、ようやくトレーナーになれるか否かを判別するのだ。

 

 翠は最初の応募の段階で落とされてしまったのだが──なんとなくトレセン学園専門の応募サイトをスクロールさせていると、不思議なことに下の方に隠されているリンクを発見した。

 

 そこを踏んで確認したのが、前述した特別雇用枠だったのである。

 

 なぜああしてリンク先を隠していたのかを、翠は数週間前にトレセン学園の理事長・秋川やよいと交わした会話でなんとなく察した。

 

 

「……問題行動を起こすなどをしてトレーナーと契約できなかったウマ娘と、応募の段階で弾かれたトレーナーを組ませる計画、か」

 

 

 ──それは果たして救済措置と言えるのか。翠は内心でそんな事を考えていた。

 

「しかし、案内役とやらはいつになったらやって来るんだ……」

 

 手首に巻かれた腕時計の針は、待ち合わせの時間から既に10分程進んでいる。

 もしや場所を間違えたのかと、そう思い携帯を取り出そうとしたその時。

 

「──すまない、会議が長引いてしまってな。遅れて申し訳ない」

「……ああ、いえ」

 

 ──お気になさらず、と社交辞令を交わして、翠は声の主を視界に捉える。

 

「……シンボリ、ルドルフ……!」

「初めまして、シンボリルドルフだ。ここでは生徒会長の役目を仰せ付かっている」

「……あっ、はい。綾瀬 翠です」

 

 制服を着こなす美少女──無敗の三冠バ、シンボリルドルフが会釈をして、翠もまた挨拶を返す。裏手の更に奥にある寮まで走ってきたのだろう、額にはじっとりと汗が滲んでいた。

 

「では早速確認をさせてもらおう。貴方は特別雇用枠で応募し、事前にどういった目的で雇われるのかを理事長から聞いた。違いないな?」

 

「はい。問題のあるウマ娘と組ませることで、ウマ娘はレースに出る機会を、トレーナーにはトレセン学園で働くチャンスを、それぞれ与えることを目的としている……んですよね」

 

「その通り。良かった、お互いの情報に食い違いや勘違いは無いようだ」

 

 ひとまずホッと胸を撫で下ろすシンボリルドルフ。……が、一転して表情を真剣なモノに切り換える。それから翠に問い掛けた。

 

「だが……不思議なのではないか? 綾瀬トレーナー、貴方はまだ、(くだん)のウマ娘が『どう問題なのか』を聞いていない筈だ」

「ええ。それはこちらで改めて話をするから、その上で件のウマ娘を担当するかどうかを考えてほしいと、秋川理事長に言われています」

 

 翠の言葉に頷いて、シンボリルドルフは古い寮の中に案内する。ギシギシと軋む足場に苦い顔をする翠は、彼女の言葉に静かに驚愕した。

 

「──簡単に言ってしまうとな、この特別雇用枠で担当させるウマ娘は、過去3年間で3度の問題を起こしている。簡単に言えば、暴行だ」

 

「ぼ、暴行……!?」

 

「中等部1年の時、最初の選抜レースで故意に妨害をして件のウマ娘を2着にさせた者がいた。

 あとで映像を見返してようやく気付けた程の巧妙なモノだったが、された本人はわかっていたのだろう。レースが終わった直後、そのウマ娘にあろうことか彼女は躊躇いもなく殴りかかったんだ。妨害した方は奥歯を砕かれていたよ」

 

 あっけらかんとした顔で言われ、翠は背筋をゾッとさせる。シンボリルドルフは地下へと続く階段を降りて行き、彼はその後を追う。

 

「……なぜ地下への階段が?」

「件のウマ娘を拘束する為に増築したそうだ。古い旧ウマ娘寮を装っているのは、誰かが迂闊に近づいたりしないようにとのことらしい」

 

 一拍置いて、彼女は続ける。

 

「その翌年、貴方と同じように特別雇用枠で雇われたトレーナーが、貴方と同じようにこうやって話を聞いて彼女の担当になったのだが、ここでもまた問題が起きた。何をしたと思う」

 

「さあ……まさかそのトレーナーにも殴りかかったわけでは無いでしょう。ウマ娘に殴られたりしたら流石に死にかねませんし」

「──噛み付いたのだよ。模擬レースが終わったあとに、彼女は担当トレーナーに噛み付いて、肩の骨にヒビを入れたんだ」

 

 階段を下りきって、地下に到着するとシンボリルドルフは明かりをつける。地下という言葉から無意識に洞窟的な地面や壁を想定していたが、反してその見た目は病院の廊下のようだった。

 

 良く見れば扉の幾つかに『トイレ』『浴室』と書かれており、長い廊下も相まって、どことなくそういう形の賃貸にも見えてくる。

 そしてその最奥に、病室の中を覗ける大きなガラスが嵌め込まれた壁があった。

 

 そこはまるで、精神病患者が自傷行為に及ばないようにするための白を基調とした部屋。

 

『角』の無い丸みを帯びた部屋の中で、件のウマ娘は──少女は、皮の手錠と鎖で両腕を拘束されたまま座り込んでいた。ガラス越しに映るその部屋は、まるで──否、正しく監獄であった。

 

「──翌年、いや去年の話だな。二人目のトレーナーにも同じように噛み付いて、彼女は鎖骨を骨折させた。理事長と他数名の関係者が話を終わらせたそうだが、二人のトレーナーは……この一件で告訴などをしなかったらしい」

 

「それは……どうして?」

 

「さて、な。私も真偽を確かめたかったが、にべもなく聞き入れてもらえなかった。あくまでも黙秘する姿勢を貫くつもりのようだよ」

 

 シンボリルドルフの話が終わり、翠はガラス越しの少女を見る。どうやらマジックミラーらしきそれは、彼女の視界を遮っているようで、こちら側の会話は届いていないようだった。

 

「……理由はわかりましたが、それにしたってどうして拘束を? あんな皮のベルトで縛ったところで、簡単に引きちぎれる筈ですよ。逃げるのだって簡単じゃあ──」

 

「──だからこそだ、彼女は賢い。ああやって無抵抗でいることが、我々に好意的に見られていることをキチンと理解している。早く表に出るためのアピールをしているんだ」

 

 その言葉に、翠がマジックミラーの向こうで()()()()()()()()()()()少女と、バチリと目を合わせる。横の扉は隙間が殆どないが、それでもウマ娘の聴覚なら声を聞くくらいは出来るだろう。

 

 しかし、少女は、マジックミラー越しの翠が何処に立っているかを正確に把握していた。

 

「……会長、扉の鍵は何処に?」

「ここにあるが、まさか解放するつもりか」

「いえ。ただ、契約するしない以前に、まず話してみないことには何も分からないでしょう」

 

 扉の鍵を懐から取り出すシンボリルドルフからそれをさっと掠め取り、翠は扉に差し込んで捻る。ハンドサインでそこに居ろと暗に伝えると、ぐっと意気込むように扉をスライドさせた。

 

 後ろ手に鍵を閉めると、翠はストンと少女の眼前にあぐらをかいて座る。

 

「……こんにちは。といっても外は夜になる頃だし、こんばんはになるか」

「………………」

 

 無言のまま此方を見る、白い部屋に同化してしまいそうなくらいに病的な少女の白髪(はくはつ)とウマの耳に、ふさふさとした尻尾。

 だが翠には、その色が、()()()()()()()()()()白髪(しらが)に見えていた。

 

「………………」

 

 まるで宝石のような紅い瞳が、翠を見て──それからゆったりとした口調で話し始めた。

 

「あなた、お名前は?」

「──綾瀬 翠」

「へえ、女の子みたい。可愛いわね」

「よく言われる」

 

 少女はまぶたを細めて、コロコロと鈴を転がしたような声色で語る。ジャラジャラと鎖を鳴らして翠に近付くと、十数センチ離れた所で止まり、顔を近づけて鼻をすんすんと鳴らす。

 

「排気ガスと……下ろし立てのスーツのにおい。あとは……ちょっとだけワックス? やっぱり、あなた、次の私のトレーナーなのね」

「……の、予定だ。なるかどうかは、少し話をしてから決めるつもりだよ」

 

 更に顔を近づけようとして、壁に繋がる鎖に止められる。少女はカクンと首を傾げて、ふぅんと呟き妖しい雰囲気で流し目を翠へと向けた。

 

「君は、初めてここで選抜レースに出たとき、妨害したウマ娘を殴ったそうだな」

「そうよ? だって、私から1着を奪ったんだもの。ずるはいけないもの。違う?」

「…………そうだな、ズルは悪いことだ。だが、それで怪我以上の被害を与えていたら、君が居たのはここじゃなくて警察署の牢屋だ」

「──ああ! 殺してたらどうするつもりだったんだ、って聞いているのね?」

 

 明るい口調で、少女は問う。こくりと頷いた翠に、朗らかに笑うと言って返した。

 

「殺すつもりだったのに、邪魔をされたの。私から1着を奪ったのだから、そうされて当然でしょう? 誰だってそうするわよ」

 

 少女漫画の擬音で表すなら、『ぷんぷん』だろう。頬を膨らませて可愛らしく怒った様子の少女だが──翠を見るその紅目は笑っていない。

 

「なら、俺より前のトレーナーに噛み付いたのは何故だ? 何か不満があったのか?」

 

「いいえ? ……ほらっ、レースに勝つと『やったー!』ってなるでしょう? それから胸の奥が『きゅーっ』てなるの。だからつい、勢い余ってやっちゃったの。悪いとは思っているわっ」

 

 鎖を鳴らしながら、ベルトを外されないために手と手を合わせられないながらも、彼女は身振り手振りで感情表現を行う。しかし、どうしても翠は違和感を拭えないでいた。

 

 なぜ、こうも、何かが()()()()()()のか。

 

「……1着を取るのを邪魔された。つまり君は、どうしても1着を取りたい理由があるんだな」

「理由? 理由……りゆー、ねぇ」

 

 うーん、と悩む様子を見せる少女。顎に指を置くと、眉をひそめて困ったように言った。

 

「私は走るのが、1着を取るのが好きなの。だって、ウマ娘ってそういうものでしょう?」

 

 どこか他人事の言葉。されど翠は、彼女の言葉の幾つかに納得が行く。そう、少女の行動には、ちゃんと原因(りゆう)があるのだ。

 妨害行為が無ければ殴り掛からなかったし、噛み付いたのもレースで昂ったから。

 

 ──なんだ、思いの外、この少女は純粋なのではないか。翠はそう考え、うつ向いて深く息を吐くと、おもむろに少女の枷を外した。

 

「……ふぅん?」

「これはきっと、前のトレーナー二人にも言われたことなんだろうが……敢えて言うぞ、俺と一緒にレースに出て、URAで優勝しよう」

「……ええ、ふふっ、そうね」

 

 手首を揉んで調子を確かめていた少女が、ふっと笑い──気付けば翠は天井を仰ぎ見ていた。押し倒されたと理解する前に、視界いっぱいに彼女の白髪が埋まり、カーテンに遮られたように白一色に染まる。そして──

 

「本当に、一字一句、前のトレーナーたちと同じ事を言うのね。マニュアルにでもなっているのかと思ったくらい、同じだったわ」

 

 顔があと数センチで触れるところまで近付き、彼女の尻尾が翠の足を箒ではたくように揺れる。そして少女の鼻が右の頬に当たり、反射的にまぶたを閉じた直後、生暖かく水気を帯びた何か──彼女の舌が頬からまぶた、眉までを移動した。

 

「んぇ~~~っ」

「づ、ぅうぅぅっ!?」

 

 ウマ娘という見目麗しい少女に舐められたという事実を、彼女が前トレーナーに噛み付き怪我をさせたという事実が上塗りする。

 このまま歯を立てられたら、まぶたは愚か鼻すらも喰い千切られるだろう。すぅ、と髪に鼻をうずめて匂いを嗅いでから顔を離して、翠の腹にウマ乗りになると──少女はふわりと笑った。

 

「上へ行きましょう? 私とあなたの、輝かしい未来が待っているわ」

「────」

 

 その笑みにどきりと心拍を高鳴らせたのは、命の危機を覚えたからか、或いは。

 

 

 

 

 

 ──本当にいいのだな? 

 

 シンボリルドルフは、地下から一階に戻ってきたとき、隣を歩く翠にそんなことを聞いた。

 

「そりゃ、まあ。これを蹴ったら俺は中央でトレーナーやれませんからね」

「……どうしてそうまでして中央(トゥインクル・シリーズ)に拘るんだ?」

「意地ですよ、意地。ガキの頃からムキになって『中央ですげーウマ娘を育てるすげートレーナーになってやる!』なんていう、意地」

 

 ──バ鹿みたいでしょ? 

 

「そう、バ鹿なんだよ、俺。特別雇用枠なんか利用して、あんなどっかおかしいウマ娘と契約して──俺もどっかがおかしいのかも」

 

 翠はそう言って、一拍置いて続ける。

 

「ところで俺たちはどこで寝れば良いんですかね? あいつはともかく、トレーナーの寮って特別雇用枠の人も入れるんですか?」

「? ……ここを使えばいいだろう。古い寮に偽装しているだけで、部屋は普通に使えるぞ」

「……マジすか──ん?」

 

 呆れたように廊下を見回す翠が、ふと眼前を歩いていた少女を見やる。耳を澄ますと、少女は小さな声で歌っていた。

 

 

「ラ」

 

 夜の廊下を歩く。

 

「……ラ」

 

 月明かりが照らす床の一部を踏む。

 

「ラッ」

 

 たんっ、たんっ、たんっと。

 

「ラ──」

 

 華麗なステップを披露して、開け放たれたままの扉の前に立ち、少女はくるりと翻す。

 

「ラッ♪」

 

 

 ああ、そうだ。翠は呟いて、月光を浴びる少女へと、おもむろに問い掛けた。

 

「聞き忘れていた。君の、名前は?」

 

 病的なまでの白髪をきらきらと輝かせて、紅い瞳を妖しく光らせ、病衣のような衣服を風にふわりと揺らして、少女は翠を見て──

 

 

 

「……速度保持者(スピードホルダー)。誰よりも早く、速く、疾く走る為だけに私は居る。ふふ、よろしくね?」

 

 ──私だけのトレーナー。

 

 少女は、否──スピードホルダーは、そう言って笑みを浮かべる。3年で3回問題を起こしたウマ娘とは思えない幻想的なその姿に魅了されなかったと言えば、きっと、嘘になるのだろう。

 

 

 

 

 

 ……これは終わりではない。

 終わりの始まりですらない。しかし、あるいは──始まりの終わりかもしれない。




>>>壮大に何も始まらない!!<<<
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