その日は朝から嫌な予感がしていた。
前日は日が変わる前に寝たのに、起きてみればまだ日が昇り切っていない早朝。
普段なら何もない日は昼過ぎまで寝ていることが多いのになぜか起きてしまったのだ。
そしてなんの脈絡もなく、ただ起きた瞬間から何気なくただ嫌な予感が全身を支配していたのだ。
今までだってこんな感覚を味わったことが無かったので、体調が悪いのかと思い熱を測ってみたりしたけれども、体調はいたって正常。
どこにも悪い所はなく、むしろ絶好調だった。
なのに、嫌な予感だけは無くなるどころか、むしろ増すばかりだった。
心配になったので一応アストレア様に相談してみることにした。
人ではわからないことも神であるアストレア様なら何かわかるかもしれないと考えたからだ。
「朝早く失礼しますアストレア様、少し聞きたいことがありまして‥‥」
数回ノックをして、中へ入る。
アストレア様の部屋を訪れると朝早いためまだ寝間着を着たままだった。
普段は見ない新鮮な格好にしばしば見惚れていたが、アストレア様に状況を話して何かわからないか聞いてみた。
「うーん、体調はどこも悪くないのよね?」
手やら足やら体やら色々なところをペタペタと触って確認される。
その度にうーんと頭を捻り考え込んでいるアストレア様。
その様子にやはりアストレア様でも原因はわからないらしい。
「はい、体調は普段よりもむしろ好調なんですけど、その予感だけがなぜか増していくんです。何かを訴えるような感じで…」
「そうね、なら病気ではないでしょう。なら考えられる要因はあなたのアビリティかしらね」
「俺のアビリティ…それってまさか!!」
「『不運』じゃないかしら、ハチマン貴方は今までこのアビリティが発動したって事がわかることはあったの?」
『不運』の発動したタイミングか、オラリオでも発言した者がいない故に効果がわからない謎のアビリティ。
文面だけ見ればおそらく不幸な事に巻き込まれることになるアビリティであるはず……
最近起きた不幸なことをまとめてみれば何かわかるかもしれないと最近の出来事を思い起こしてみることにした。
この間は団長との見回りで散々街中を引きずり回され、挙げ句の果てに疲れ切ったところを闇派閥に襲撃され辛うじて撃退するものの満身創痍になったり、
その前はリオンさんとの稽古で買ったばかりの武器が壊れてしまい、早々に買い直す羽目になりそんな簡単に壊れるものに命を預けるなとリオンさんに言われ、壊れないようにと倍以上の値段の短剣をリオンさんに買わされたり、ライラと一緒に楽して金を稼ごうとカジノへ向かうが何故かその日だけ凄腕のディーラーに当たってしまい、イカサマできずに投資金を失った。
うん?これってほぼ毎日って言っていいほど不幸な目にあってないか俺。
「あの、アストレア様俺…」
「うん、どうしたのハチマン?もしかして思い当たらなかったの?」
「いや、思い当たらないどころか、思い当たる出来事しかないんですが、団長に振り回されたり、リオンさんとダンジョンに潜った日には怪物の宴に三回も合うしろくな事が無さすぎて、むしろ全部アビリティのせいなんじゃないかって思ったんですけど」
そんな俺の言葉に予想外だと言わんばかりに眠気眼を見開いて、俺の姿を凝視するアストレア様。
「まぁ、えっと、それは・・・確かにどれがアビリティのせいかわからないわね。・・・ってもしかしてここ最近異常にステータスの伸びがおかしいと思ったら毎日そんな目にあってたのハチマン?」
先ほどまでとはうって変わって、こちらを責めるような鋭い眼差しをこちらにぶつけてくる。
確かにここ数日のステータスの伸びが異常だったのは紛れもない事実だ。
伸び率が一番低い耐久が一日で100以上、上昇したのを見た時は俺死ぬんじゃないかと思ったもん。
そのことをアストレア様に心配されて聞かれたときは、リオンさんに力加減を間違えられてボコボコにされたなんて嘘をついて安心させていたが、その嘘の墓穴を掘る事になろうとは、ちなみに神に嘘は付けないのだが、リオンさんと訓練をしていて傷を負ったのは確かなので、嘘ではないことをここに明記しておく。
「まぁ、はい・・えっと、そんなこともあったような、なかったような気がしますけど、今はそんなことよりも今感じている予感の方が大事ですよ。今までだって危ない橋を何度も渡りましたけど、こんな感覚になったのは今回が初めてなんです。」
「そんなことよりって・・・もう。でも、ハチマンの言う通り、私に黙って危険な目にあってても感じなかった予感を感じているのね。」
とりあえず俺の行動について置いといてくれたらしいけど、問題はそこなのだ。
今までだって、何度も死線を潜り抜けてきた俺は、その時に一度も感じることが無かった予感。
ゴライアスをリオンさんと二人で討伐した時も感じず、怪物の宴に三回も出会ったせいで、武器が壊れて素手でしか戦えない状態になって、逃げかえった時にもなかった。
闇派閥の自爆特攻を受けて瀕死になったときすらも、感じなかった予感が今俺の全身に警鍾を鳴らしている。
「・・・・死ぬかもしれいないわ」
真剣な表情で、一言そう告げるアストレア様。
死ぬか、アストレア様にそう言われて、今までの嫌な予感がすとんと俺の胸に収まるように感じた。
確かに冒険者なんて職業をしていればいつ死ぬかわからない。
その覚悟は冒険者全員がしている。
だから、皆必死でステータスを上げ、書物を読みあさり知識をつけるのだ。
自らの生存確率をあげるために、けどそれを告げられた時人は驚くのだろうか、泣きわめくのだろうか。
俺はただただ納得しただけだ。
そうなのか、と。
いつかは死ぬと思っていたがその時がついに来たかぐらいにしか感じていなかった。
「ハチマン・・・だ、大丈夫よ。ただの可能性の話だから、絶対ということではないわ。」
そんな状態の俺を心配してか、アストレア様が俺を抱きしめて頭を撫でてくる。
特に表情を変えたつもりは無かったのだが、アストレア様にはそれほどひどい表情をしているように見えたのだろうか。
それを俺は黙って受け入れ続けた、いつも通りに。
「俺は大丈夫ですよ。それに、死ぬことが分かっているなら、ホームに引きこもっていればいいんですよ。そうすればアストレア様も心配しなくていいですし、俺もさぼれてラッキーじゃないですか」
win-winの関係ですよって言って心配させないようにと思ったのだが、言った直後により強い力で抱きしめられて、撫でられてしまった。
その後、しばらく撫でられた後やっと話してくれた頃には朝食の時間になっており、一緒にご飯を食べに行きましょうと言われ、そのまま手を繋がれ食堂まで連れて行かれる。
「しばらくはダンジョンに潜るのを禁止します。あなたの中の予感が無くなったら、とりあえず許可はするけど無くなるまでは絶対に許可できないわ、わかったわね?」
それには俺も賛成だ。
このご時世何がおきても不思議じゃないのに、死ぬのがわかっててわざわざ死にに行く馬鹿なんていないだろう。
大人しく予感が消え去るのを待つのが得策だと俺も思う。
それに働かなくていいので楽できるし。
「はい、俺は楽できるのでいいですけど、団長達にはなんて説明するんですか?」
「・・・同じファミリアだから、話した方がいいと思うわ。でも、それを私からは強制できない。貴方が話したくないっていうなら私の方からしばらく休むように伝えるけどどうする?」
「まぁ信じるかどうかは別にして、同じファミリアなんで話しますよ。」
それから朝食に向かい、全員が揃って食事を始める。
パンにベーコンと目玉焼きという朝食の定番とも言えるメニューで、各々が今日の日程を確認しながら箸を進める。
とりあえずアストレア様と話し合った結果、朝食後に話すことになったので食べ終わっても俺は席を立たずに読書をして全員の食事が終わるのを待っていた。
しばらくして、全員の食事が終わったのを確認するとアストレア様が席から立ち上がる。
二度三度手を叩き、全員の視線をアストレア様に集める。
「どうしたんですかアストレア様?」
いち早く反応したのは我らが団長様で、他の仲間達も首を傾げて何事かと様子を伺っている。
「ちょっと皆んなに聞いて欲しいことがあってね、ハチマンいいわよ」
アストレア様に促され席を立ち、アストレア様の隣まで移動する。
その途中で全員の顔が何かやらかしたのか?なんていう怪訝な表情を向けてくるのをやめて欲しい。
普段から問題を起こしているのは俺じゃなくて、周りの奴らに巻き込まれているだけだってのに・・
全員の視線を一身に受け、今朝の話をファミリアのメンバーに伝える。
「あ~実は俺死ぬかもしれないんで、しばらくダンジョンにいけなくなりました。なので、しばらくお休みします。」
「「「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」」
ファミリアのメンバーからの絶叫がホームに響き渡る。
「おいおい、どういうことだよハチマン?死ぬってあれか?ゴライアスとの戦闘でダンジョンが怖くなったのか?」
小人族のライラが冗談半分と心配半分でことの真意を探ろうとしてくる。
「ハチマン・・・やはりポンコツエルフのせいでダンジョンがトラウマになってしまったのか・・・だから私は反対したんだ、こんなくそ雑魚エルフには教育係など務まらんと」
同じ極東出身で何かと世話を焼いてくれる輝夜が心配そうにこちらを見ている。
「なっ!!確かにゴライアスの件は私の落ち度ですが、ハチマンはそんなことで弱るほどやわではありません、軟弱物の貴方と一緒にしないでください」
リオンさんはこちらを懇願するような目でこちらを伺ってくるが、今回の件には直接関係ないとはいえ、正直しんどかったのは事実なので擁護することはできない。
レベル1の時は本当にこれからやっていけるか心配になったほどだしな。
「ハチマン大丈夫よ!!完璧美少女であるこの私がいれば、ハチマンをモンスターから守るのなんてお茶の子さいさいよ!!だから、ダンジョンもパトロールもこの私が一緒に行ってあげるわ!!」
我らが団長様は相変わらず前向きすぎで、自信過剰で正直引くレベルだけどそれでもその奥には心配の色が見て取れる。
三者三葉こんなにも心配してくれると本当に俺はいいファミリアメンバーに恵まれたと思う。
「いや、まあゴライアスの件は正直ほんとに死にそうになったからもう二度と嫌なんだけど・・・」
「・・・ハチマン」
やべ、つい口から思ってたことを漏らしてしまったせいで、明らかにリオンさんが責任を感じてしまっている。
「ほれ見たことか、やはりお前のせいじゃないかくそ雑魚エルフ」
「くっ・・・」
輝夜さんとリオンさんとの間で、どんどん誤解したまま話が進んでしまっている。
なんとか話の本題に戻さないと。
「はいはい、みんな落ち着いて、ハチマンが困っているでしょう。ね、ハチマン?」
アストレア様ナイスフォロー!!
アストレア様のフォローのおかげで、とりあえずリオンさん達も言い合いをやめて、聞いてくれるようなので話すとしますか。
「実はだな今朝から嫌な予感が全身に纏わりついているんだ」
「嫌な予感?それはなんですか?」
リオンさんが不思議に思って質問してくる。
皆も同じなのかリオンさんの質問の返答を待っている。
「それが俺にもわからなくて、俺も朝アストレア様に相談しに行ったんだ。そしたらそこで俺のアビリティのせいかもしれないって言われてな」
「アビリティ?それはどんなアビリティなんですか?」
アビリティと言った瞬間何人か察しのついたメンバーもいるようだが、知らないやつもいるから話しておくとするか。
今回の件に関わる大事なことだからな。
「知ってるやつはいると思うが俺の『不運』ってアビリティだ。このアビリティはオラリオで俺以外の奴が発現したことが無いせいで詳しいことはわからなかったんだが、なにかしらに巻き込まれるものだと俺は思いこんでいたんだ。」
「確かに私もそのようなアビリティは聞いたことはありませんし、しかし言われてみればハチマンと一緒にいると闇派閥との遭遇率もモンスターとのエンカウントも多い気がしました。」
「いやいや、本題はそこじゃねぇだろ。ハチマンは「そう思っていた」と言ったんだ。ほんとは違う効果だったって事で今回の件と繋がるんじゃねぇのか?」
流石ライラだ、物事の本質を見ている。
今回の件『不運』が思っていた効果と違ったことが本題で物事の核なのだ。
「ライラの言う通り、確かに『不運』というアビリティには物事に巻き込まれる性質も在るのかもしれない、だがアストレア様が言うにはこのアビリティの本質は保有者の死を伝える事なんじゃないかって」
「保有者の死ですか?」
「そうです輝夜さん。俺はゴライアスの件も含め、スキルとアビリティのせいで何度も何度も死にかけましたが、一度も嫌な予感は感じたことが無いんです。」
「それなのに今朝方からこの予感が止まらないんです。それをアストレア様に話したところ、保有者の死を知らせるのがこのアビリティの本質なんじゃないかと」
俺の言葉にみんな唖然としている。
確かに保有者の死を伝えるなんてそんな物が本当にあるのかって話だよなぁ。
「保有者の死を知らせるね・・・確かに冒険者にとってはそれは『不運』だよな?どんなに頑張ってもあがいても自分の死に場所を決められてるみたいでよ」
「それは・・・確かに」
ライラなりの説明のおかげで皆とり合えずは筋が通ってることは認めてくれたようだ。
「ってことで、アストレア様と相談してしばらくはパトロールや買い出しなどに専念するようにと言われたんだ。この予感が消えるまではという条件付きでな」
「なるほどそれなら仕方ないわね、本当はこの私がそばにいればハチマンを死なせない、なぁーんて言いたいけれど、流石に不確定要素が強すぎるものね」
「私も団長さんに賛成ですわ。なんなら私がパトロールも買い出しも一緒について行ってあげてもいいんですよ」
「あら、それはずるいんじゃない輝夜?私もハチマンと一緒に行動するわ、こんな完璧美少女な私がいれば何が起きても解決できるわ」
とりあえず皆信じてもらえたようで何よりだ。
さぼりたいだけの口実だろって一周される可能性もあったので良かった。
というかここまでの話を作ってまで、さぼりたいと思ってる人物だって思われてなくてよかった。
これで、恐らく大丈夫なはずなんだ・・・きっと。
なのに、なぜか何か見落としているような違和感が頭の中に残り続けていた。