狂爪を振るう。
触れれば防具すら紙切れ同前に破壊する必殺の爪。
それを目の前にいる男に向けて休む事なく、振り下ろし続ける。
残虐に残酷に本能に従って、振るう。
だが、目の前の獲物はそれすらも耐え切ってみせる。
幾重もの連撃、そのどれもがちっぽけな獲物を狩り取るには充分な攻撃だ。
それでも尚、目の前の男は構えた短剣で攻撃を防ごうとさえしてくる。
そしてその無意味な行動を自分の得物で上から押し潰すのだ。
獲物は二回三回と、地面に叩きつけられ、それでも立ち上がる男の姿は無傷。
だが、その獲物の表情は違う。
苦痛に表情を歪め、襲い来るナニカに耐え忍んでいる。
ああ、最高だ!!こんなにも楽しい事があるだろうか?
自分の爪を何度振るっても壊れない獲物。
だがしかし、コイツだけは反応が違った。
数十の獲物に攻撃を繰り出したときに、攻撃を加えるたびにコイツの表情が変わっていた。
苦痛に耐え忍ぶ苦悶の表情。
コイツはうまく隠しているつもりだった様だが、俺の目は欺けない。
俺の攻撃が通らないのはコイツが何かしたせいだ。
本能でそれを理解した途端、他の獲物の事など頭から消え去り、目の前の獲物に釘付けになってしまった。
なぜ、他の獲物を護るのか、それが俺には理解できないが、こんなにも面白い存在が目の前にいるのに、無視など出来るはずもない。
そして、同時にこうも思った。
コイツを半殺しにした所で他の獲物の死骸を持ってきたらどんな表情を浮かべてくれるのだろうか?
今以上苦痛の表情を浮かべるのか、泣き喚くのか、それとも絶望して崩れ落ちるのか。
想像しただけでも、とても愉快なことになるに違いない。
ならばこそ、早くコイツを仕留めなければ、まだ俺のお楽しみは始まってすらいないのだから。
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一度でも喰らえば、立ち上がる事が不可能なんて言っていた攻撃を受け続けて、数十回。
魔法の効果とはいえ、立っている事もやっとの状態。
少しでもダメージを軽減しようと短剣を構え、ガードしようとするが、その上からあの凶悪な爪で叩き潰されて、地面をバウンドする始末。
なぜか、団長達に向けての攻撃をやめ、俺へと攻撃を集中砲火を行い続ける目の前の存在。
助かったと言えば、助かったのだが、俺は絶体絶命の大ピンチだ。
団長達を逃す事には成功したわけだが、目の前のコイツは俺を葬った後に確実に団長達を追うだろう。
そして、満身創痍である、団長達の元にコイツが追いつくのはそう時間が掛からないという事。
なら、必然的に団長達がダンジョンから出るまではコイツの相手をしなければならない。
幸いどうやら、目の前の化物は、俺に夢中のようなので、俺が生きている間は団長達を追うことは無いだろう。
「ほんと、ついてないわ」
なら、俺は逃げることはできず、かと言ってコイツを倒すだけの攻撃を打ち込めるとも思わない。
玉砕覚悟で挑んでも俺が潰されて終わるだろう。
せめて、あの俊敏な脚だけでも潰す事ができれば、俺の生存率も団長達の生存率も一気に上がる。
何かいい方法はないだろうか。
なんて考えている暇もなく、あいつは再び俺の目の前に跳躍する。
カラカラと不気味な骨の身体を鳴らしながら、俺に攻撃を加えるコイツの姿はさながら死神のようだった。
奴が動いた瞬間に頭の警笛を頼りに瞬時にその方向から離脱する。
だが、それでもなお相手の方がスピードが速い。
右頬に走る激痛にそれを痛感する。
魔法を使っているお陰で怪我を負うことはないが、代わりに痛みは激痛へと変わる。
だがそこで、ある事実に気づいた。
奴の身体の一部が欠けているのだ。
正確に言えば欠けた部分が灰へと変わっている。俺はあいつに対して有効打を持たないため、防御に徹していたので奴が傷ついた原因が俺ではないだろう。
それではなぜなのか?
何が奴の身体に傷をつけた?
それがわかればこの状況を打破することができる。
だが、相手がいつまでも考える時間をくれるはずもなく、攻撃が再開される。
「っ!!」
再びの跳躍を転がり避けて、攻撃を回避する。
奴の爪で地面は抉れ、土煙が舞う。
土煙が晴れきれぬなか、奴を目視する。
再びあいつの身体の一部分が欠けていく。
末端からではあるが、確実に少しずつ奴の身体が、崩壊へと向かっている。
外側からの要因ではなく、内側からの要因だとすれば、攻撃回数が決まっているのか?いやそれでは、団長達を襲っていた時のように遊ぶような攻撃はしないはず、最初から全力で仕留めに行っていただろう。
それならば一体何が原因だ?
他の内的要因、今尚少しずつではあるが、奴の身体が崩壊している理由は一体。
いや、そうか時間だ。
奴の身体はまさしく最凶と言っても過言ではない性能を有している。
レベル4の俺すらも超える俊敏に、防御不可能な爪、そして何より魔法を反射する奴自身の体。
いずれも並の階層主ですら持ち得ない過剰にすぎる過剰スペック。
それを持ち得る最たるデメリットが時間制限であるなら帳じりがつく。
その爪は何人の防御を許さず、また逆転という名の魔法を意に返さない短期決戦用兵器、そのデメリットを埋めるための圧倒的な俊敏。
上級冒険者でもこいつと戦えば数分と持たないだろう。
だが、俺ならば耐えられる。
俺の魔法ならば、俺の意識か魔力が尽きるまで俺はあいつの攻撃を受け続けることができる。
だが、現実は甘くはない。
「っつ!!」
鮮血が宙に舞う。
真っ赤に飛び散ったそれを相手はカタカタと首を揺らしながら見据えている。
俺の左腕から流れ出るそれを眺め笑っている。
魔力枯渇
単純明快にその事実だけが、今の俺を支配している。
魔力切れによる魔法の解除、基本中の基本であるそれをこの致命的な場面で、引き起こしてしまった。
ポーションすら持ち合わせていない現状でマジックポーションなど持ち合わせているはずもない。
先に時間切れが来たのは俺の方だった。
だが諦めるわけにはいかない、自力での時間稼ぎ、それしか現状の打破ない。
加えて今の攻撃で左腕を負傷してしまった。
元々紙装甲である俺には、掠っただけでも左腕の骨が折れ曲がってしまっている。
ケタケタ
背後で嗤う音がする。
「っぶね!!!」
瞬間的に飛びのけたその場所には深々と爪が突き刺さっている。
そしてその爪の持ち主は未だ嗤うのをやめない。
自慢の爪の一本が崩れていっても本人は嗤う。
ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ
あいつは楽しんでいるのだ。
自分の身体が砕ける現状に、そしてやっと自分の爪が届くようになった存在に。
あいつの身体の崩壊は止まらない。
ならば、最後の獲物に対して、刈り取ることができるのか、それとも自分の爪を防いだみたいに、生き残るのか、どちらでも構わない俺が楽しめるなら。
みたいな雰囲気をビンビンに感じる。
実際そんな風に思っていなくても、こいつが楽しんでいるのは明白だ。
ギリギリで避け続けている俺の目の前でいつまでも嗤っているのだ。
だが、忘れてはならないのが、俺とコイツでは圧倒的にスペック不足なのだ。
「いってぇ」
初撃で使い物にならなくなった左腕の防御は捨て、避けることに専念するも防具すら貫通してくる爪相手、加えて俺よりも俊敏が高い相手に避け続ける事は難しい。
自分のキャパを超えての戦闘に限界などすでに超えていた。
それに目の前の狩人は手負いの獲物に手加減をする相手ではない。
左腕、脇腹、右肩、そして・・・
深々と突き刺さった右太ももを見て、遂に限界を迎えた。
降りぬかれたそれは、俺を壁まで弾き飛ばす。
突き刺された太ももから、血が湯水のように流れ出す。
「・・・終わりか、まあ俺にしては頑張ったほうだろ」
目の前の半壊する獣を見て、瞼を閉じる。
相手も慢心相違だが、俺を仕留めるくらいの時間は残っている筈だ。
だが何時までたってもその爪が振り下ろされる気配がない。
疑問に思って瞼を開けてみると、目の前に立つ獣。
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
鼓膜が破れるほどの咆哮。
目の前で朽ちながらもそれでも尚咆哮をやめないその姿から目をそらすことができなかった。
「な、なんだ」
「・・・・」
そして獣と目が合う。
ギラギラと輝くその瞳からは強い意思を感じる。
『いつか再戦を』
そんな風に目が語っているように思えた。
崩れ行くその獣は自分の身体が朽ち果てる最後の最後まで咆哮をやめることは無かった。
「・・・・勝ったのか?」
目の前の獣は消え、残されたのは自分一人。
客観的にみれば、俺の勝ちということでいいだろう。
だが、生き残れるかは別問題だが。
ポーションが一本もない現状、傷をふさぐ手段もなく血が止まらない。
戦闘中にも血を流し続けている。
勝利した末路が出血多量による死亡なんて笑えない最後だ。
なんとか止血しようと、太ももにボロボロになった衣服の布を当てるが、すぐに真っ赤に染まってしまう。
何か他にもなにかないかと立ち上がろうとした瞬間、膝から崩れ落ちてしまった。
緊張が解けたせいか限界を超えて酷使しすぎた身体は立ち上がるのが難しいほどに疲弊していた。
それは身体だけでなく、意識もだんだん薄れていく、血を流しすぎたか。
「・・・くそ、が」
薄れゆく意識の中、団長との約束を守ることができなかったのが心残りだ。
けどまあ全員死ぬよりか、俺一人ですむほうがましだろう。
死にたくはないけど、皆を守れたのはよかったと思う。
ああ、結局俺のスキルは俺が死ぬことを警告していたわけか。
いつからか鐘の音はもう聞こえない。