本音ちゃんと建前くん 作:水まんじゅう
「えへへ、まおーくんってやさしーね」
「べつに、フツーだろ、フツー」
「ほんねね、おむこさんはまおーくんみたいな人がいいなぁ」
「ふーん……もっとよく考えたほうがいいと思うぞ、そういうの」
「そうかな……じゃあ、よやくしとくね」
「よやくぅ?」
「うん……ん!」
「あ、おい何すんだよ」
「おっきくなったら、ほんねをおよめさんにしてね!」
「およめさんって……」
「よやくしたからね、ぜったいだよ!」
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「なんか、変な夢だったな……」
アパートの階段を降りながら首を傾げる。
幼い自分と見知らぬ女の子が話している、ただそれだけの夢だった。朧気で、不確かで、輪郭のはっきりしない夢。
あの子は何者なんだろうか。そんな疑問が、どことなく頭の片隅に引っ掛かる。
──次は○○ー、次は○○ー……
「あ……次、降ります」
けれども、バスをひとつ乗り継ぐ頃には今朝見た夢の事なんてすっかり忘れてしまっていた。夢なんてものはそんなものだ。他に考える事もあるし、そればかりにかまけてはいられない。
「うう……さっむ……」
レトロなバスを降りると、ひやりと冷たい風が首筋を撫でる。マフラーしてくるんだったな……。少しだけ後悔しながら、ド田舎に不釣り合いな舗装された道を進む。
気温差が激しく、朝方はまだ肌寒い四月の真ん中。ある事情で学校に行けていない俺は、こうして代わりに父親の職場に通っている。とりあえず雇ってもらっているのだ。
この親にしてこの子あり、とはよく言ったもので、父親に似て手先が器用なのが幸いした。有難い事に職員の方からもそこそこ可愛がってもらえている。
必死の猛勉強──一夜漬けが功を奏したらしい。専門知識のいる職場だったが、どうにか戦力のひとつに数えてもらえている状態で、あとはとにかく経験を積めとの話だ。
……かといって必要性に疑問を感じる経験を積ませようとするのはどうかと思うが。
普段から妙な実験に付き合わされるわ、実験機の無駄遣いをさせるわ……先日もある重要な荷物の移送に参加、引渡しに立ち会わされたところだ。俺必要だったか、あれ。
「おはようございまーす」
「うーい、はよーさん」
職場の前でラジオ体操をしていた所長に挨拶をして、白い壁の建物──研究所に入る。
さしあたって、父親のところにでも顔を出そうか。
「おっと、ちょっと待った」
──がしいぃっ!
「ぬわっ」
肩を掴まれ、引き止められる。
振り向くと所長が、切れ長の目で俺を見据えていた。
「……なんです?」
「ちょーっち大切な話があるのでね、私の部屋で待っていてくれたまえ」
「はあ……?」
「よし、んじゃまたあとでナ」
尻に余計なワンタッチを加えてきた所長と別れて、俺は白い廊下を歩き始めた。白い壁、天井、照明。いつかの、あの白いISと同じ……真っ白な空間を。
ちなみにこの後、俺は所長からとんでもない提案を受ける事になるのだが、そうとは知らない俺は呑気に昼食の事を考えていた。
「はい、じゃあIS学園に行ってらっしゃい」
つまり
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四月──日
所長からIS学園への編入を命じられた。
四月──日
運がいいのか悪いのか。
編入生の俺が配属されたのは一年一組、つまり織斑一夏と同じクラスだった。
学園に到着した時間が夜遅く、出迎えや案内もないとのことだったが、以前訪れた時に施設の位置をある程度把握していたので、これといって迷いはしなかった。
その際に鉢合わせた転入生を、これもなにかの縁と総合事務受付まで案内してやった。
途中、いきなり凄まじい怒気を放ったのにはひやりとさせられたが……。どうやら見たくないものを見てしまったらしい。
受付で事務員に織斑一夏について根掘り葉掘り聞いていたので、なにかしら因縁でもあるんだろう。いずれにせよ触らぬ神に祟りなし、だ。
俺に人を気にしてる余裕はない。
四月──日
学園生活が本格的に始まった。
が、しかしどうにも女子特有のキャピキャピとした空気が肌に合わない。こんな調子だと今から先が思いやられる。
朝のHRに簡単な自己紹介と挨拶をしたのだが、それだけでああも盛り上がれるものなのだろうか。名前を言って頭を下げたくらいだぞ。
幸いクラス担任が発言力のある人だったお陰で、HRの騒ぎはそこまで酷くならずに済んだ。その分大変だったのはこの後だが。女子の質問攻めはもう懲り懲りだ。
ちなみに先人の織斑一夏はいいやつだった。
こんな環境にいて頭がおかしくなってやしないかと心配していたのだが、最初の接触は休憩時間に向こうから来てくれたので容易く成功。
どうやら苦労を分かち合える仲間ができたのがよほど嬉しいらしく、頼まずとも学園の案内役を買って出てくれた。友達のハードルが低いのかチョロいのか……。
次に昼休み、俺を昼食に誘う事で女子からの質問攻めを回避するというファインプレー……別にそこまで考えちゃいないだろうが。ともかく助かった。
向かった学食に昨晩の転入生がいたのは偶然でも何でもなく、やはり一夏を待っていたらしい。今朝も俺が副担の山田先生と職員室から教室へと向かっている間に一悶着あったそうだ。
とはいえ両者の間に俺が考えていたような因縁はなく、二人は幼なじみ同士なのだと当人たちから聞かされた。昨日のあれも単に知っている仲なので気になったという事なんだろう。
昼食の何気ない会話の中で俺が専用機持ちだと知った一夏に誘われ、放課後はアリーナと呼ばれるISの訓練施設で実習に付き合った。
今日一日観察してみてわかったことなのだが、一夏はどうも女性関係で苦労しているタイプらしい。このままいくと下手すりゃ俺のケツが危ういので、女性陣にはできれば自重してもらいたいところだ。
特に一夏がファースト幼なじみだという箒とかいう女子と、気位の高そうな英国女子のセシリアには要注意だ。あれらは平素はそうでもないのに、一夏絡みとなると正気じゃいられなくなるタイプらしい。
一夏の訓練をすると言っておきながら目の前で喧嘩を始めては元も子もない……仕方ないので俺が基本中の基本を教えた。助け合わないとな。
実習の後は夕食。一夏たちはピットに戻ってから何故か寮の部屋割りで揉めているようだったが、一夏は俺のように一人部屋じゃないのだろうか。いくらなんでもそれは流石にないだろ。
四月──日
どうやら一夏は転入生──凰鈴音(鈴呼びでいいと許可はもらっている)と喧嘩をしたらしい。それも昨日の夕食の後、俺と別れてすぐ自分の部屋で。
本気で困ってる様子だったので助け舟を出してやりたいところだったが、篠ノ之箒やセシリア・オルコットから余計な真似をするなビームが飛んできていたので、俺は大人しく引っ込ませてもらった。
話は変わるが、一昨日の晩から妙な視線を感じる事がある。女子が興味を持って向けてくる目ともまた違う視線だ。
視線は不意に背後から感じる事が多く、振り返ると大抵は消えてしまう。たまに消えない事もあるが、そういうのは本当に稀だ。
これといって実害はないので放っておいてもよさそうなものだが……。
四月──日
一夏に俺が昔、ペットボトルロケットのギネス記録保持者だった──とっくの昔に更新されてる──事を話していると、異様に食いついてくる女子がいた。
一見、ペットボトルロケットとは無縁そうな女子だったが、意外にも相当なマニアだった。自分で工作した事もあるらしい。
話の勢いのまま、また今度時間のある日に飛ばしに行く約束までしてしまった。
……と、これだけならまだ友達が増えた。めでたしめでたし……で済む話なのだが。
昔の話を根掘り葉掘り訊かれた流れで逆に名前を訊ね返すと、その女子生徒は目に見えて落ち込んだ。
直前までの楽しそうな雰囲気から打って変わって、それはもう異様な空気だった。……迂闊に話しかけられないくらいには。驚いたのは言うまでもない。
あの様子じゃ理由を確かめるのも難しそうだ。