世界は、其処にあって其処にない。
「ふぁ〜あ」
眠りから醒め、大きな欠伸をした僕はベッドから立ち上がる。それは気怠げな動きであって、寝起きのそれである。でもそれはそれだけが理由、というだけでもないのかもしれない。
「何か、嫌な夢を見た気がする。物凄く嫌な奴を……。あんまり覚えてないけど」
世界は其処にあって其処にない。つまり夢という世界はこの世界の物にはどう足掻いたってなり得ない。もし仮に予知夢とかそういう類いの物があったとしてもそれは偶然の一致に過ぎやしない。意味のある偶然の一致(シンクロニシティ)だとしても意味を付けるのは観測者、或いは自己、いずれにせよ夢の世界の物ではないのだから、それに意味をつける事に意味などない。娯楽ぐらいにはなるだろうけど。だから、或いはそれ故に。
「気分が悪い。特に自分が死んでる様な奴は1番」
夢の内容は良く覚えてないが、夢の最後に殺された事とその少し前、僕の体が怪物に変身したことは覚えている。その時の痛みの様な不快感もばっちりと。憮然とした顔を浮かべながらベッドから降りて立ち上がり、体に染み付いた不快感を振り落とす様に大きく伸びをする。
クローゼットに吊るしてある学校の制服が目につき、顔を少し顰めてから手を伸ばす。
「嫌だな。学校行くの」
人にとってはどうか知らないが、朝は夜が明ければ必ずやって来る陰鬱で義務的な拷問だ。世界というムチに打ち据えられ続けてる僕にとって今日の世界の始まりに対しては嫌悪と侮蔑の対象でしかないんだ。
嫌々ながら制服に着替えてリビングに行くととそこでは母さんが居て、キッチンでタバコを吸っていた。
「母さん、タバコは辞めてって言ってるだろ?」
「なんだい、アンタ。起きてから薮から棒に。朝ごはんはそこにあるからちゃっちゃと食べちゃいな」
「母さん……」
「ハイハイ、これ一本だけだから」
会話を一方的に打ち切って冷ややかな目で見る僕を尻目に美味そうに一服する母さん。諦めて机を見るとそこには朝食が用意されていた。メニューは野菜(もやしだろうか?)の味噌汁とご飯が盛り付けられていた。ヤニの香りがする台所の棚から箸とふりかけを持ってきて、ご飯の前に座る。
「起きてるの珍しいね。仕事?」
「そ。早番。川田さんが変わってくれって」
「ふーん」
時間に追われて少し冷めたごはんと味噌汁をかきこむと、鞄を持って玄関に向かった。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ニコニコと笑う母さんに振り向いてその笑顔にほんの少し勇気を貰うと、勢い良く扉を開けた。