夢を叶える努力貯金   作:ほお袋

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瞬きのスピードスター

 雨音に負けない喧騒が、有マ記念のレース場を包み込む。

 生憎の重バ場に強い雨。濡れた芝は雨の重みに耐えかねたように鎌首をもたげる。レーン内側はぬかるんでおり、力強く踏み込めるようなバ場ではないことは明らかだった。

 

「……正直、こんなことを言うのはどうかと思うけど」

 

 控室の中まで聞こえてくる熱狂と雨音。

 そんな環境音がないかのように振る舞いながら、彼はその重い口を開いた。

 

「ウララに勝つのは難しい」

 

 ミホノブルボンは、その言葉を聞いても、特に口を開くことはなかった。代わりに、その耳が天をついた。

 

「ウララの主戦場はダートだ。荒れた足場こそが、あの子が全力で走れる場所だ。君にも重バ場の特訓はさせたけど、文字通りレベルが違う」

 

 片やダートを主戦場とするウマ娘。

 片や芝の万全なコースを今まで走ってきたウマ娘。

 加えて、ハルウララはミホノブルボンより一年……レース出走数においては、20倍近くの経験値の差がある。

 

「だけど、スタミナだけなら誰にも負けないくらい鍛え上げたつもりだ」

 

 トレーニングに裏打ちされた実力は裏切らない。今まで培ってきた力は、たしかにミホノブルボンに備わっている。

 

「大逃げしてこい。誰の手も届かないほど先で一着を掴め」

「……マスター」

 

 ミホノブルボンは、頷くでもなく感動したわけでもなく、呼びかけるように彼に声をかける。

 

「本当に、それでいいのでしょうか」

「……え?」

 

 彼は柄にもなく、素っ頓狂な声が口から漏れ出る。ミホノブルボンのはじめての反発に、空いた口が塞がらなくなる。今まで一度もなかった事態に、こぼれそうなほど目を見開き丸くする。

 

「私はマスターと共に、去年、一昨年。数々の重賞レースの動画を視聴しました」

 

 それは以前、旅行の時の話だ。

 菊花賞が終わった後、彼はしきりに去年と一昨年の重賞レースの動画を見るようになった。

 

 これに釣られて、ミホノブルボンも時間を共にするように視聴した。視聴してきた。そして先日、ハルウララと一緒に走ってたからこそ。

 

「私はウララさんのレースを見て……一昨年の方が『恐ろしい』と感じました」

 

 ミホノブルボンはその事実に気がつくことができた。

 

「ウララさんは一昨年のレース、終始笑顔で走っていました。疲れた様子はなく、ただ『楽しそう』に走っていました」

 

 しかし、とミホノブルボンは言葉を続ける。

 

「昨年のレース、ウララさんの表情は険しいものでした。……周囲のレベルが上がった、という状況は否定しません。それでも、走っているウララさんはどこか……『苦しそう』でした」

 

 ミホノブルボンはジッと彼のことを見つめる。

 彼は、彼女の視線から逃れるように目を瞑った。

 

「よって、提案します。大逃げではなく。いつも通りの『逃げ』を以て、必ず一着をとります。……マスター、作戦変更の許可を」

 

 しばらくの沈黙が、控室の中を包み込む。

 ミホノブルボンはスッと姿勢を良くして動かず、彼の言葉を待つ。どれだけ待とうと構わないと、そんな強固な意思が垣間見える佇まい。

 

 彼は目を開けて、そんなミホノブルボンの姿を見て、重い口を開いた。

 

「……君は、わかっているのか?」

「はい」

 

 ミホノブルボンは短く肯定した。

 

「君はつまり、ウララに真正面から競り勝つ。そう言っているのを、理解しているのか」

「はい」

 

 一切の迷いなき返答だった。

 ミホノブルボンの無機質な表情。しかし、その瞳の中には、闘志が色をつけて燃えている。

 

「元より、私の脚質は『逃げ』に適したものであり、『大逃げ』にはやや不向きです。加えて、この雨もあり、平時よりもスタミナの消耗は激しいと考えます。しかし、ゴール前には急坂があります」

 

 つまり、とミホノブルボンは平坦に見えて、その実力強い視線を以って締め括る。

 

「急坂まで先頭をキープし、急坂を以ってリードを開き、ゴールに到達します。マスターに鍛え上げられたこの脚であれば、必ず成し遂げられます」

 

 ミホノブルボンは、発言に一切の迷いを見せない。意思も固まっているのか、瞳も表情も揺らがない。凛然とした様子で、彼の返答を待っている。

 

「必ず、か」

「はい」

 

 彼女にそこまで言わせるのは、一体何なのか。

 ハルウララへの対抗心か。積み上げてきた努力に裏打ちされるものか。はたまた実力を冷静に分析した結果か。

 

「ウララは強いぞ」

「はい」

「俺たちの全力の一年の結晶が、ハルウララだ。君を手がける前から、ハルウララには『誰も勝てない』と言わせしめた。不敗伝説を打ち破ると。そう言うんだな?」

「不敗の称号を引き継ぎます。マスターの担当ウマ娘は、このミホノブルボンです」

「……言ったな?」

「はい」

 

 毅然とした態度。

 そんなミホノブルボンの様子を見た彼は、天を仰いだ。あぁ、と声を漏らして、彼はどこか遠くを見つめていた。

 

 彼は、ゆっくりと頷いた。

 

「行ってこい、ミホノブルボン」

「はい!」

 

 控室を出て、お互いに背中を向ける。彼は客席、彼女はコースへ。

 

 

 

 降りしきる雨の中でも、観客席は人で溢れかえっている。今年最後の大一番と言えども、異常な集客を見せたのは、あらゆる要素が噛み合ってしまったからだ。

 

『さぁ、年末最後のレース有マ記念! 有終の美を飾るのは果たして誰か!?』

 

 誰が勝つのか。声に出さずとも分かりきっていると、不気味な静けさが会場を包み込む。

 

『3番人気の紹介です。2番ライスシャワー。菊花賞では、まさしく鬼のような走りを見せてくれました。果たしてその脚で栄光に辿り着けるのか!』

 

 そんな煽り文句を言っておきながら、息をつく間も無く言葉を続ける。

 

『2番人気はこのウマ娘! 無敗の三冠ウマ娘、7番ミホノブルボン! 伝説を打ち破り、新たな無敗の王者となることは出来るのか!?』

 

 そしてそして、と実況のテンションが一息に上がる。

 

『1番人気はやはりこのウマ娘! ここまで重賞レース113連勝中! 最強無敗の誰も勝てないウマ娘ハルウララ! 15番の大外でのスタートだ! この子に敵う子は果たして現れるのか!?』

 

 ドッ、と割れんばかりの歓声がレース場を震わせる。その圧倒的な声援は、ハルウララの実績に裏打ちされた、その成果に相応しいものだった。

 

 しかし、ゲートの中にいるウマ娘は手慣れているのか。あるいは集中していて気にならないのか。誰もそんなことでは揺らがない。

 いっそ陽炎が立ちのぼるかというほど、不気味な気迫が圧縮されている。

 

『間も無くレースが始まります――ゲートイン完了、出走の準備が整いました』

 

 そんなアナウンスと共に、会場の声援は徐々に凪へと至る。そうして完全に静まり返った時。

 

 ーーパン、とゲートが開き。

 二人のウマ娘が、風雨を切り裂き前に前に閃いた。

 

『さぁ始まりました! 先頭、早くも駆け出したのはミホノブルボン! それに追従するのはライスシャワー! 先頭争いはこの二人だ! 一番人気ハルウララ、内へ内へと寄っていく!』

 

 解説を聞いた途端、ミホノブルボンは後ろの様子を窺った。彼女にピタリと張りつこうとするライスシャワーに、他のウマ娘に抜かれて後ろ、後ろに追いやられていくハルウララ。

 ハルウララの走りを視聴してきたミホノブルボンからしてみれば、それはあまりにも不気味であった。まるで逃げのような立ち位置から終始加速し続ける。大逃げをしよう、とでも言わんばかりの走りを、無尽蔵のスタミナから繰り出す。それが、ここ一年のハルウララの走りだった。

 

 だが、今の彼女の立ち位置はまるで逆ーーこれでは、「追込」ではないか。

 

『一番人気ハルウララ! なんと最後尾についた! これは何かの作戦でしょうか!?』

『まるで一昨年の有マ記念を彷彿とさせますね! その時の彼女の作戦に酷似しています!』

 

 しかし、だからといってミホノブルボンがペースを緩めることはない。機械的にラップタイムを刻み、差を開くだけのこと。

 

『先頭から最後尾まで15バ身! 非常に縦長の展開。先頭ミホノブルボンは快調に差を広げていますが、これは正解でしょうか?』

『ミホノブルボン、彼女の脚質には合っていますね。その後ろのライスシャワーの追従する力も、目を見張るものがありますよ!』

 

「……!」

 

 すぐ後ろから、押し潰されそうなほどの気迫がピタリとついて離れない。どこまでもついていく、という覚悟が、雨粒さえ熱く感じるほど伝わってくる。

 

(ラップタイムの修正……不要。脚を溜めます)

 

 前回と同じ轍は踏まない。追従する力、最後の爆発力。ライスシャワーの武器は、その脅威的な覚悟と根性から来る底力だ。どれだけ突き放そうとしても離れず、最後に必ずその末脚を発揮する。

 前回勝てたのは、ほんの少しだけ。それこそ天運とも呼べる微量な差が、天秤をミホノブルボンに傾けただけのこと。

 

(……ラップタイム、誤差なく達成。しかし、スタミナの消費は1.3倍に増加)

 

 何より、これ以上ペースを上げては『大逃げ』のような走りになってしまう。ただでさえバ場状態が悪く、踏み込みに足を取られそうになる状態だ。そんな走りをしては、ミホノブルボンと言えども最後まで脚を残すことが出来なくなってしまう。

 

(つまり……このまま押し切ります)

 

 条件は一緒。ならば問題ない、と前を見据えた時だった。

 わぁっ! と歓声がコースを震わせた。

 

『ハルウララ!? ハルウララが上がってきた!』

 

「……!」

 

 早い、と咄嗟に末脚を炸裂させそうになって、すぐに息を吐き出し冷静さを取り戻す。

 

『すごいすごい! ハルウララ、一人、また一人と抜いていく! 残り2000もある中で、もうスパートを掛けてきた! いや、この距離はもはやスパートなのか!?』

『仕掛けてきたことに間違い無いでしょう! ここから展開が一気に変わりますよ!』

 

(計算開始。ウララさんのスピード、スパート距離と、現在のバ身差、私のラップタイムから、1バ身差になるまでに掛かる時間は……!?)

 

 後ろを窺うと、その瞳にどろりと執念を宿したライスシャワーと目が合った。

 

 ――逃がさない、と。

 力強く、ミホノブルボンのことを見据えている。

 

(……予定に変更はありません。突き進みます)

 

 一度目の上り坂。ミホノブルボンは得意とするそこでバ場の影響を確認しながらギアを上げる。強く踏み込み、しなやかなバネを駆使して一息に上り坂を駆け抜けた。

 

『やはり坂路はこのウマ娘の独壇場か! 急坂をもって後続とさらに2バ身の差をつけた! しかしライスシャワーも食い下がる! 逃げるミホノブルボン! 追いかけるライスシャワー!』

 

 気を抜けば、濡れた芝に脚を滑らせる。いつも以上に器用に、鋭く、深く踏み込む。整地された芝を抉り取るほどの力。

 それだけ強く踏み込みながら、ミホノブルボンは流水の如く身体を傾けてコーナーを曲がる。完璧とも言えるコーナリングに、またも差が開くかと思えば。

 

 ミホノブルボンは見た。

 ライスシャワーが、流水の如く自然なコーナリングを見せる瞬間を。

 

(……警戒レベル上昇。次の直線、1ハロン1.2秒短縮し駆け抜けます)

 

 次の直線には下り坂がある。坂路全体が得意なミホノブルボンと言えども、下り坂においてのみは、ライスシャワーに軍配が上がる。

 事前の計算よりも差をつけられなかった。逃げ切るために必要なことだと、彼女は即座に割り切って――

 

 雨のカーテンを切り裂き、一条の星となって直線に閃いた。

 

『ミホノブルボン! 中盤で仕掛けてきた! その末脚を開放して勝負に出た! しかし、食い下がる! ライスシャワー、意地か根性かピタリと距離を保って離さない! 今日こそ星を掴むというのか!?』

 

 しかし、その軌跡を塗りつぶすのは黒い影。まるで、既にその星を掴んで引っ張られているかのように、決して離れようとしない。

 

『あぁっと! 一番人気ハルウララ! とうとう三番手まで駆け上がった! まだだ! まだグングンと加速している! 青天井のスタミナで、ターフの上を駆け抜けていく!』

 

「……!」

 

 早い、とミホノブルボンは坂を下りながら、その勢いに乗ってさらに加速する。その瞬時の判断がよかったのか、それとも関係ないのか。

 

『先頭は変わらずミホノブルボン。2バ身後ろにライスシャワー。6バ身、いや5バ身離れてハルウララ、この位置についている。1バ身開いて――』

 

 先頭だけは守っている。

 ミホノブルボンの鉄壁にして、最初で最後の牙城。守り切ることが勝利につながる先頭争いという名の攻防戦。

 

 バチャン、と後ろからターフの水気ごと抉り取る音が聞こえた。

 同時に、会場が震えて沸き上がった。

 

『ハルウララさらに加速! 先頭との距離を瞬く間に縮めていく! 雨もバ場も物ともせず、その末脚を爆発させる!』

『ハルウララ、彼女の脚なら、ここからが正真正銘のスパートですよ! 前の二人は逃げ切れるのでしょうか!? そして、後続のウマ娘たちは間に合うのでしょうか!?』

 

(残り距離1000……ウララさんのロングスパート開始は残り2000から。次点加速地点は恐らく1500。つまり、ラストスパート開始地点は――)

 

 ――残り500こそが、分水嶺となる。

 ミホノブルボンの独壇場は残り300の急坂からだ。その間200の攻防戦において、先頭を守り切ることがマストとなる。そこを超えた時、ようやく勝利の栄光を掴むことができるのだ。

 

 

 

 ミホノブルボンは迷わなかった。

 5回目のコーナーで、彼女は前傾姿勢に移ると。

 

「――ッ!」

 

 思い切り息を吸うと同時に、流星の如き閃きをもって――コーナーに軌跡を残した。

 

 

 

『ミホノブルボンッ! ミホノブルボンが残り800でスパートをかけた!? 速い、速い! 末脚を出し切る勢いだ!? その様はターフを駆ける流れ星! 流星ミホノブルボン、後続を突き放す――いや!?』

 

 会場が震えに包まれる。

 まるで嵐に晒されているかのようなレース場の中を。

 

『ハルウララ! ハルウララが上がってきました! ライスシャワーを追い抜いてハルウララがミホノブルボンの後ろにつきました!』

 

 風に乗って運ばれる花びらの如く、ハルウララが突き進む。

 最終コーナーで突き放す気なのか、あるいは最後の直線で勝負を仕掛けるつもりか、彼女は舞でも嗜むように外側に膨らんでいく。

 

『最終コーナーに入って、先頭はミホノブルボン! しかし外側からハルウララが並んでくる! そのすぐ後ろにはライスシャワー!』

 

 直線に入る直前、ミホノブルボンがすぐ横に視線を向ければ、ハルウララの顔が見えた。

 目つきを鋭く、歯を食いしばり、腕をがむしゃらに細かく振るって、その勝負服を泥まみれにしながら。彼女は必死に先頭に立とうとしている。

 

「――負けられない」

 

 ふと、ハルウララの口元が動き、そんなことを言ったような気がした。

 それはミホノブルボンの耳に、何故かよく届いたのかもしれない。あるいは、そう思わせる気迫からくる幻聴だったのかもしれない。

 

 しかし、例えそれが幻聴であろうとなかろうと。

 ミホノブルボンは前だけを見つめた。

 

 その刹那、最終直線が顔を出したところで。

 

「いっっっっっっくよ――――――ッ!」

 

 雷鳴の如き咆哮が、観客席の声さえ突き抜けて会場内に響き渡ると同時に。

 とうとうその花弁は、突風に吹き飛ばされるように前に抜きん出た。

 

『ハルウララ! ハルウララが先頭に躍り出たッ! ハルウララの号令、ラストスパートでいよいよ、ハルウララが流星ミホノブルボンの先を行った! すごい、すごい加速だ! やはり、この子に敵うウマ娘は居ないのか!?』

 

「いいえ」

 

 誰にも届かない否定の言葉を口で転がして。

 ミホノブルボンは前傾姿勢を少しだけ起こした。

 

「私も、負けられません」

 

 星が失速し、地に墜ちる。

 そう思われたときに現れた、その急坂に。

 

 

 

 ――二対の星が今、空に還ろうと閃いた。

 

 

 

「ッ!?」

『ミホノブルボンだ! そしてライスシャワー!? 急坂を、急坂を平地よりも鋭く駆け抜けていく!? まるで空に昇る龍の如く、彼女たちが最後の勝負を仕掛けてきたッ!』

 

 ミホノブルボンが内に、ハルウララが中、ライスシャワーが外に。

 

『先頭に抜け出たのはミホノブルボンッ! 続いてライスシャワーとハルウララが横並びだ!』

 

 ミホノブルボンは、坂を駆け抜けた態勢のまま、その勢いに任せて突き進む。誰にも掴まるまいと、残った全身全霊を推進力にターフを蹴り飛ばす。

 

 だからこそ。

 ミホノブルボンはその瞳を視界に捉えてしまった。

 

 

 

 雨の中でも消えない、青の焔が二つ灯る。

 アメジストの瞳の奥から、その内なる熱を噴出して、その全身が青と黒に染まっていく。

 

 その姿は、まさしく彼女こそが流星なのだと言わんばかりの軌跡を残して。

 

 軌跡さえも置き去りに。

 今、青と黒の焔を突き抜けて、その極限まで引き絞られた五体が抜きん出る。

 

『抜いたァ! ライスシャワーが流れる星さえ置き去りに、先頭を貫いたッ!』

 

 残り100という数秒の猶予。

 

「――ッ!」

 

 ハルウララが叫び、ミホノブルボンに並ぶ。

 ミホノブルボンはライスシャワーに食い下がり、半バ身の差を縮める。縮めた分だけ、ハルウララもまた加速した。

 

 

 

 ミホノブルボンは見た。

 ハルウララも、目にした。

 

 あまりにも細かく動く腕に、高速で短すぎる間隔で踏み込まれる末脚。今にも倒れそうなほど傾けられた姿勢。

 柳のようにしなやかに、星の瞬きよりも早く、嵐よりも激しい走行を。

 

 それはどこか、舞い散る花弁のように印象的なもので。

 

 

 

『ゴールインッ! 勝ったのは、勝ったのは! 重賞レース初勝利の、ライスシャワーッ! 無敗の二人に打ち勝ったシンデレラは今、年末最後の大一番に、グランプリに輝いたッ!』

 

「……」

 

『二着は、二着はミホノブルボン! 三着、ハルウララ!』

 

 実況はどこか、遠くから聞こえてくるようだった。

 黒のシンデレラは今、左の拳を突き上げて、大歓声に晒されている。

 

 ハルウララは、どこかぼーっとした様子で、そんなライスシャワーのことを見つめていた。

 

 大雨の中でも、歓声が弱まることはない。むしろ、雨に負けるなと言わんばかりに、伝説を刻んだシンデレラに向けて、祝福が贈られる。ついに掴んだ星を、その左手が握りしめているのだろうか。

 

 ミホノブルボンは肩を落とし、視線を落として、ただその場にたたずむことしかできなかった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「……」

 

 控室の中では、沈黙が続いていた。

 彼はミホノブルボンの走りに、何も言わなかった。ただ、「お疲れ様」とだけ労いの言葉を掛けたきり、何も口にしなくなった。

 

 ミホノブルボンは、喉から言葉が出てこなかった。

 走りを振り返ったところで、自己判断においてレース運びに間違いはなかった。

 

 間違いがなかったからこそ、彼も何も言わないのだろう。

 

 強いて挙げるとするならば、最後まで全力で走り抜けなかった、その脚が課題、といったところか。

 バ場に負けないパワーはあった。他に先頭を譲らないスピードはあった。だが、それを支え続けられるスタミナが、足りなかった。

 

 もしも良バ場であったのなら、ミホノブルボンは最後まで駆け抜けることが出来ただろう。

 そんなたらればの話をしたところで、慰めにもならないが。

 

「……ここに来る前、ウララと話してきた」

 

 不意に、彼がそんな風に切り出した。

 

「すっごい悔しそうにしてた。すっごい泣いてた。……でも、笑ってたよ。ありがとう、だってさ」

「……はい」

「ありがとう。君は、あのハルウララに、勝ったんだ」

 

 震えた声が、不器用に高く響いた。

 

「――ごめん」

 

 彼は、拳を強く握って絞り出すように謝罪の言葉を口にした。

 

「勝たせてあげられなくて、ごめん……!」

 

 ミホノブルボンは自分にも向けられたその言葉を聞いて、音を立てて歯を食いしばる。心の内で燃えたぎるその感情を初めて自覚した彼女は、その力を持て余したように強く、強く自分の拳を握り締めた。

 

 

 

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