トレーナーの秘蔵本を担当ウマ娘が見つけてしまう話 作:ZUNEZUNE
そのトレーナーと彼が担当するウマ娘エアグルーヴの関係は、今となっては良好になっていた。
自他共に「女帝」と称する彼女は常に厳しく、始めの頃はその厳格さ故ある程度の距離があったが、トレーニングやレースなど共に過ごす時間を重ねていくうちに、どんどん縮んでいった。
始めは固執していた生徒会の仕事を任せる程、トレーナーの力量と人格を認めていた。
そんな彼女が、トレーナー宅を訪れていた。
生徒会及び女帝として風紀を正す立場である彼女が単身男の家に訪れるなど、学園での彼女を知る者たちからすれば信じられないだろうが、現にエアグルーヴはその家のドアノブに手をかけていた。
理由は何だろうか? ――掃除である。
彼女は大の掃除好きで、尚且つストレス発散の方法としていた。乱れたものを正す、それが女帝が女帝たる秘訣なのかもしれない。
対するトレーナーの片付け能力は一般の平均をやや下回っており、簡単に言うと掃除ができない。
つまりその自宅は少々汚れており、彼女の趣向とベストマッチしていた。
「――トレーナー、いないのか?」
インターホンを鳴らし、その後で数回ノックするも返答は来ない。恐らく今は不在なのだろう。
しかし彼女は、開かずの扉を解放する手段を持っている。彼から貰った合鍵だ。
お互いを理解し合った結果、トレーナーはエアグルーヴに合鍵を渡していた。それに一体どんな想いを秘められているのかは定かではないが、受け取った時の彼女の尻尾が必要以上に揺れていたのは昔の話。
早速鍵穴に入れ、ドアノブを捻り、躊躇なく中へと入る。
家主不在、及び何度も来ているとはいえ他人の家では礼儀正しく。脱いだ靴を綺麗に並べズカズカと奥へと進む。
そうして進んだ先には、彼女が望んでいた通りの光景が広がっている。
「――全く、ついこの間掃除してやったというのに」
とは言いつつも、エアグルーヴにとっては絶景だろう。
早速服を少しはだけさせ、掃除に取り掛かる。
放置されたゴミを分別し、袋にまとめる。床に段重ねとなっていた本は少し埃を払った後で本棚に戻していく。要らないものは容赦なく捨て、必要なものはあるべき場所に片付ける。
見る見るうちに部屋は掃除されていき、トレーナーが帰ってくる頃には全て終わっているだろうと思われた。
しかし彼女の手は、クローゼットに留まった目と共に動かなくなる。
(ここは……いつもあの男が掃除していたな)
そのクローゼットの中は、彼女でも知らない未知の空間。
いつもエアグルーヴが部屋の掃除をしに来た時、されるがままで受け入れていたトレーナーが――
『あ、そこは俺が掃除する! 全部任せっきりじゃ申し訳ないからな!』
――と、そこだけは自分で掃除していたのを思い出す。
最初は疑問に思ったが、何回か同じことを言われていくうちに気にせずにはいられなくなっていた。
今思えば、トレーナーが不在のこの家に入るのは何気に初めてかもしれない。合鍵を受け取っているとはいえ流石に彼がいる時に訪れた方が良いと思っていたが、今日はやけに掃除欲が溜まっていたので思わず入っていた。
つまり――普段は見られないクローゼットの中を見れる絶好のチャンスだった。
(まぁ……精々服が数着掛けられているだけだろう)
彼の事だ、なっていない服の掛け方をして皺にでもなっているかもしれない。と思い勝手に開けるのもなんだかなと思いながらもクローゼットを開ける。
彼女の予想通り、ハンガーに掛けられた服が数着。唯一予想外の物と言えば、クローゼットに入れるには似つかわしくない数冊の雑誌だった。
何故こんなものがここに? 女性としては当然の疑問と共に、一番上にあった一冊を手に取ってみる。
~~『女王様とお呼び! 今日から貴方は私の蹄鉄慣らし』~~
「――は?」
一冊目から言葉を失い、呆気に取られるエアグルーヴ。
そのタイトルと表紙に描かれている如何わしい恰好をした大人のウマ娘とそれに踏まれる男を見つめ、金縛りのように動けなくなる。
思わず破り捨てようとしたところで正気を取り戻し、他の雑誌も見てみる。
~~『立場逆転 担当ウマ娘の鬱憤に気づかず、逆に教育を受けさせられるトレーナー』~~
~~『一生私の尻尾を舐めていなさい』~~
出るわ出るわ、トレーナーの隠された性癖。
しかもそのような世界をあまり知らないエアグルーヴでも分かる程の、アブノーマルワールド。
流石に中身までは確認していなかったが、表紙を見る限り碌でもないというのは粗方予想ができる。
一冊一冊確認していくにつれて、彼女の背中が震え始める。
その怒気は、玄関の方から聞こえたドアの音にも気づかない程だった。
「来てたのかエアグルーヴ! いつもすまな……い、な?」
家主、トレーナーの帰宅。
ただ自分の家に帰ってきただけなのに、彼女が立っている位置、そしてその手にある雑誌を見て顔が青ざめていく。
部屋に入って数秒で状況を把握できたのは、彼がトレーナーとして観察眼に優れているからだろうか?
「お……お前、それ……まさか」
まだ顔を合わせていないというのに、背中からでも十分感じ取れる程の迫力。レース終盤の、勝利を求めて全力疾走するウマ娘のオーラ。
プルプルと震える背が振り返るその時、彼女の怒号が炸裂する。
「この――たわけがッッッッッ!!!!!」
人間と比べて数倍の身体能力を持つウマ娘の咆哮にも近い大声は、家全体を震わせご近所様の耳にも届く。
火山の噴火か? トラックの事故か? たった一人の乙女から出た怒声とは思いもよるまい。
トレーナーの存在に気づいたエアグルーヴは雑誌を投げ捨てると同時にすぐに詰め寄り、その雑誌について問いただす。
「――そういう本を持つなとは言わん、貴様も男だからな! だがアレは、あまりにも……何ていうか、アレすぎるぞ!!」
「お、落ち着けエアグルーヴ……!」
「よ、よもや貴様がこんな特殊な行為を求めていたとは……『女帝』のトレーナーとして示しがつかん!」
エアグルーヴは慕っていた者の隠された一面を見てどう接すればいいのか分からず、顔を赤面して兎に角怒鳴る。対するトレーナーは、自分の担当ウマ娘に性癖がバレ、羞恥心に襲われている。
――元々エアグルーヴは、男という生き物の生態を良く知らない。
そういった本を持っていてもおかしくはない、と知識では理解できてもいざこうして目にしてみると動揺を隠せない。
加え初めて見た本が、女が男を責めるもの――彼女にとっては未知の世界どころではない。
やがて数分騒いだところで、両者冷静になり一旦落ち着く。エアグルーヴもまだ顔を赤くこそしているが、顔に手を当てて深呼吸を繰り返す。
「――元はと言えば、私が勝手に漁ったのが原因だな。すまないトレーナー、子供のように騒いでしまって」
「いや……俺もお前に合鍵を渡した以上、もっと慎重になるべきだった。嫌なもの見せて悪い」
お互い自分の非を認め、一旦は仲直りとなるトレーナーとエアグルーヴ。
この一件で浅くも深くもない溝ができたのは確かだが、それで二人の関係性が崩れることは無いだろう。
そこでゴホン、とエアグルーヴが咳払いをすると、クローゼットに隠されていた全ての雑誌を手に持つ。
「――だが、これは処分させてもらう。トレセン学園のトレーナーともあろう者が、ウマ娘に対して劣情を抱くのは、些か見過ごせんからな」
「う……ワカリマシタ」
彼が集めていた雑誌はどれもウマ娘が"対象"。トレセン学園はレースで走るウマ娘の為の施設とはいえ、中高一貫の学び舎でもある。
そこに努めるトレーナーがウマ娘をそのような目で見てるとなれば、本心はどうであれ問題であることに変わりはない。
こればっかりは仕方がない。がっくりと肩を落とし、雑誌を持って家から出るエアグルーヴを見送った。
やっちまったという後悔の念を抱きながら部屋へ戻ると、まだ掃除の途中であったことに気づく。
あんなことがあったんだ、有耶無耶になるのも当然だろう。
そこで部屋の隅に置かれたゴミ袋を見て、トレーナーはふと疑問を抱いた。
(……あれ、捨てるならわざわざ持ち帰る必要無いのでは?)
「なッ……こんなこともするのか!?」
その晩、ウマ娘の寮にて。同室のウマ娘が寝てる中、エアグルーヴは布団の中に隠れてひっそりと何かを読んでいる。
ゴミ箱に直行かと思われた彼の秘蔵本は今、しっかりと彼女の前で本としての役割を果たしていた。
ページを進める度にその顔色は赤く染まっていき、その過激な内容に声を出さずにはいられず、その度に同じ部屋で寝ているウマ娘を起こしていないかと冷や冷やしていた。
それでも彼女は読み続ける。あれだけトレーナーに罵詈雑言を浴びせていながら、しっかりとその内容も確認する。
「……そうか、あいつはこういうのが好きなのか」
何気に呟いたその一言に、どんな感情が込められているかは分からない。
取り敢えず、そこから招かれる出来事は――彼女が想像している数倍は苛烈で、刺激的だろう。
ウマ娘を初めて以来、ずっとウマ娘のことしか考えていません。
次はこのキャラがいいなどご希望がございましたら、コメントの方を是非お願いします。