トレーナーの秘蔵本を担当ウマ娘が見つけてしまう話   作:ZUNEZUNE

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久しぶりに更新しました。お待たせして申し訳ありません。


メジロマックイーン編

メジロ家――それは競走ウマ娘界隈における名門。どの時代においても、レースの世界で"メジロ"がいなかったことは無いと言われる程、その名は語り継がれている。

特に今期はメジロパーマー、メジロドーベル、メジロライアンなど、多くのメジロ家の令嬢がレースを走っていた。

 

その中でも一番名を馳せているのは、メジロマックイーン。メジロ家の風格と気品をそのまま人の形にしたようなウマ娘で、無論走りでも知名度を確保している。

淑女な物腰でありながら、ターフの上ではその強さを奮っている姿は、多くの人々を夢中にし、今となっては彼女の母と祖母にも負けない"メジロの顔"となっていた。

 

しかしターフ以外の場所での彼女は、意外と抜けているということはあまり知られていない。

傍から見れば常に背筋を伸ばし、所謂お嬢様の風格が溢れ出ている彼女だが甘いものに目が無く、甘味関連で自制が疎かになる面もある。また大の野球好きでもあり、彼女の応援する球団の試合に行けば、普段とは違う興奮した姿が見れる。

 

そんな彼女のトレーナーは、その扱い方を熟知しており、如何に彼女のメジロ家としての誇りを傷つけないようにその本心と欲求を解消させるか。そこが上手かった。共にトゥインクルシリーズを走り終えたからこそ。メジロマックイーンという個人の扱い方に慣れていた。

 

 

「トレーナーさんまだですの! もう始まってしまいますわ!」

 

「分かった分かった、紅茶ぐらいゆっくり淹れさせてくれ」

 

 

――とある休日、マックイーンはトレーナーの家へ訪れていた。

学園ではない為私服姿ではあるが、それでも普段はおしとやかな服装を着ている彼女が、今日だけは球団マークが描かれたTシャツ一枚と、とてもではないがメジロ家の御令嬢とは思えない服を纏っている。

 

そんな彼女が手にしているのはメガホン。鼻息を荒くしてそれをブンブンと降り、テレビ画面に釘付けになりながらソファの上で今にも跳ねそうな程興奮している。勿論普段からこんな感じではない。

一方家主であるトレーナーは、キッチンの方で紅茶を淹れている。その隣には、甘そうなケーキが二人分用意されており、もう少しすれば紅茶と共にマックイーンの元へ運ばれるだろう。

 

この日、トレーナーとマックイーンは前々から彼の家で野球観戦をする約束だった。

普段なら球場まで出向く彼女であったが、今回の試合は遠い地方の球場で行われるもので、いくら彼女でもそう簡単に行けるものではなかった。そこで自分の家で観戦しようと、トレーナーから提案したのである。

 

そして折角ならと、大好きなスイーツでも食べながら観戦しようではないかと更に提案。その為今日のマックイーンはいつもより興奮気味になっていた。

 

 

「……少し音が小さいですわね、トレーナーさん! リモコンはどちらに?」

 

「え? そこらへんに置いていないか?」

 

 

球場で観戦できないのは残念だが、ならば音量を上げて雰囲気だけでも似せようと、マックイーンはリモコンを求める。しかしテレビを付けたのもチャンネルを操作したのも彼で、リモコンがどこに置かれたのか分からない。

 

彼女はテーブルの上を見渡すも、それらしいものは置かれていない。

全くちゃんと目に届くところに置いてほしい、と呆れながら彼女はリモコンを探し始める。取り敢えずテレビの周辺、もしかしたら床に置かれているのかもしれないと屈んでみるも無かった。

 

 

(何ですのあれは……本?)

 

 

しかしその際、マックイーンはテーブルの下だけではなくその視線の先にあるベッドの下にも目が行く。影で良く分からないが、そこに本のような物が積まれているとは明らかだった。

 

――"それ"を隠す場所としては、あまりにも凡庸でありきたりだろう。ベッドの下という物を隠しやすい場所は、その隠しやすさ故に"隠し物があるならベッドの下"という新たな常識を生み出してしまっていた。

では彼女にもその常識があるかどうか――否、断じて否。メジロ家の教育を受け、浮世絵離れした彼女がそんな偏見にも近い一般常識を知っているわけがなかった。

 

 

(全くもう、トレーナーさんったら……本をあのような場所に置いておくなんてだらしがありませんわ)

 

 

ベッドの下に積み重ねられた本を見て、マックイーンが抱いた印象は未だ見つからないテレビのリモコンと殆ど同じだった。そこから普段からあのように物を扱うから、リモコンも見つからなくなるのだと誤解してしまう。

 

なので彼女は、ベッドまで赴き何の疑いも無く本を取り出す。自分が片付けておいてやろうといった、曇り無き善意からだ。

しかし、本の表紙を見た瞬間石のように動かなくなる。

 

 

~~『底辺を味わわせてやる――この私がこんな下郎に』~~

 

 

「……え」

 

 

一番上に置かれていた本の表紙、そこにはドレスを着た高貴な乙女があられもない姿で辱めを受けている様が描かれている。

それに衝撃を受けたマックイーンは、手の力を緩めてその他の本を手放してしまう。

ある一冊は表紙を上にし、またある一冊は落ちた拍子で開いて、彼女の足元に散乱する。

 

 

~~『セレブなお嬢様が下民に分からせられる話』~~

 

~~『御令嬢が味わう泥の味』~~

 

 

「こ、これは……」

 

 

――電流のように衝撃が走った後は、硬直。突如として視覚情報としてなだれ込んだ卑猥物に、マックイーンの脳は情報を処理しきれず固まってしまう。

やがてテレビから聞こえる歓声によって、正気を取り戻す。待ち望んだ試合が始まったようだが、それどころではない。

 

湧き上がる様々な感情は、怒りか羞恥か。色々なものが入り混じり、彼女の情緒は混沌そのもの。やがてそれが抑えきれなくなってきたのか、プルプルと震え始める。

 

 

「お待たせマックイーン、もう試合始まっちゃって……る?」

 

 

満を持して、トレーナーもそこへ参上。

ようやくスイーツと紅茶の用意ができたのか、それらをまとめてお盆の上に置いて持ってくるが、自分の秘蔵本を見て固まっているマックイーンと見て、同じように硬直する。

 

両者言葉が出ず沈黙が続くが、テレビからカキーンというバットの音が鳴り響いているので決して静寂ではなかった。何も言えない二人の間を、野球中継の音が取り持つ。

 

 

「ト、トレーナーさん……これは一体、何ですの?」

 

(あっ、これやばい)

 

 

彼女は依然背中を見せているだけだが、顔を見ずとも赤く染まっているのが分かる。そこからトレーナーはこれから起きる事態を虫の知らせで察知し、せめて被害を大きくしないのと、彼女の機嫌取りに使えそうなスイーツだけは守護しようと、そっとお盆をテーブルの上に避難させて、これから来るであろう衝撃に備える。

 

そして遂に――彼女の情緒と感情が爆発した。

 

 

「何ですのと聞いてますのよトレーナーさん!この如何わしい本は! これを使って、その、普段何をしていますの! それにこの本の女性、何だか私と境遇が似ているというかなんというか……そのつ、つまり私をそういう目で見ているということですの!? そもそも私のトレーナーともあろう者がこのような下品な本を持っているなど許されることではありませんわ! 貴方はこれからも私と共に歩み続ける関係、つまりメジロ家に仕える身として相応しい――」

 

「悪かった! 悪かったから一旦落ち着けマックイーン!」

 

 

それに伴い彼女の口からとめどなく言葉が溢れ出す。トレーナーの服に掴みかかり、ウマ娘の膂力でこれでもかと上半身を揺らしながら問い詰めていく。

彼女に揺さぶられながらも頭を抱えるトレーナー。流石にベッドの下は安直だったかと後悔し、この状況をどう解決するかを必死に考える。

 

 

「ほ、ほら試合盛り上がっているぞ! ユタカが打者だぞ! 序盤からホームラン宣言してるぞ!」

 

「話を逸らさないでくださいまし! ……ってユタカ!! かっとばせですわー!!」

 

 

この場で彼女を落ち着かせられる物……というより"者"は、一人しかいない。天の救いか、丁度その男がテレビの向こう側で高らかにバットを翳している。

推し(?)の堂々たる姿にマックイーンの目は奪われ、更にテーブルに置かれたスイーツが彼女の注意を更に誘導させる。

 

やはりスイーツを先に置いて正解だったな、とトレーナーは冷や汗を拭い、全ての元凶である秘蔵本を隠した後何食わぬ顔で彼女の隣に座る。

後は球場にいる選手たちがその熱さで全て吹き飛ばしてくれるだろう――そう浅はかに考えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとうございましたわ、トレーナーさん」

 

「こちらこそ、おかげで楽しい休日が過ごせた」

 

 

結論から言うと、あの後本についてぶり返すことなく野球観戦は続き、それでいてトレーナーが用意したスイーツに舌鼓を打ったマックイーンは満足気な顔をしている。

――どうやら上手く誤魔化せたようだ。とトレーナーは胸を撫で下ろし自宅の玄関先で彼女を見送っているが、あんなので全てが丸く収まるわけがなかった。

 

 

「……それでトレーナーさん、あの本についてなんですが」

 

「お、おう!」

 

 

無かったことにしたかったのは向こうも同じだが、マックイーン自らが言及し始め、トレーナーはギクシャクと身を強張らせる。

 

 

「私としたことが、つい取り乱してしまいましたわ……申し訳ありません。殿方でしたらあのような本を持っていてもおかしくはないというのに……」

 

「いやこちらこそ……汚いものを見せてごめん」

 

 

幻滅されたと思ったが、どうやら理解してもらえたようだ。トレーナーとマックイーンは気まずそうにして、お互いに顔を逸らしながら謝罪し合う。

しかしマックイーンには、どうしても聞きたいことが残っていた。

 

 

「それで……あの本の内容についてですが」

 

「あ、ああ……」

 

 

場が更に気まずくなり、トレーナーは冷や汗が止まらなくなる。

男がああいった本を持つこと自体は仕方ない、そう理解はしてもらえた。しかし問題なのは、題材とその主要人物がどう見てもマックイーンのキャラクターと似ているということだった。

 

いくら世間に疎いマックイーンでも、これが偶然の一致でないことくらいは分かる。一体どう誤魔化したものかと、トレーナーは頭を悩ませた。

すると彼女は、言葉を詰まらせながらもキリッと気を引き締めた顔でトレーナーにこう告げる。

 

 

「トレーナーさんが私に劣情を抱くというのなら、別に構いません。でも私は誇り高きメジロ家のウマ娘。そう簡単に組み敷かれると思いにならないでくださいね?」

 

「……はい」

 

 

その一言で、トレーナーは弱々しく項垂れる。決定的なものではないとはいえ、折角築き上げた彼女との絆にヒビができてしまったと、自責の念に囚われる。

そうこうしている間に、リムジン車がトレーナー宅の前に停車する。メジロ家の迎えだろう。

トレーナーに背中を向けたまま車に乗ろうとしたその時、マックイーンが一言付け加える。

 

 

「――待っていますわ。トレーナーさんがメジロ家を……私を組み敷くに相応しい殿方になるのを」

 

「……え?」

 

 

そうしてマックイーンを乗せたリムジン車は走り去っていく。トレーナーは最後に言われた一言に固まり、ただその後を見送ることしかできなかった。

"メジロ家(わたくし)"を組み敷けるような男になれ――それが彼女からのメッセージ。これが何を意味するのか、答えは明白。

紅く染まったトレーナーの頬を、冷たい夜風が撫でる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様、如何なさいましたか? お顔が紅くなっておりますが……」

 

「な、何でもありませんわ!」

 

 

メジロ家の一員として、常に気品高くあらねばならない。例え想い人が、自分に劣情を抱いていると分かった時でもだ。

本を最初に見た時はつい取り乱してしまったが、彼との別れ際に余裕のある態度を装えた。後は彼があの本のように、自分を組み敷くその時を待つだけ。

 

――しかしマックイーンもまた、車内で顔を赤らめていた。

 

 

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