――この日、利根川は呼び出しを受け…理事長室へと向かっていた。
「制裁ッ!」
理事長室に入るや否や、開口一番に理事長はそう言った。これには流石の利根川も驚きを隠せない。
何を怒っているのか――思いつく限りその理由を弾き出そうとしたが、皆目見当もつかない。
困り果てた利根川は内ポケットからタバコを取り出し、口に咥えた。
「ククク……何を怒っているかは知らんが……ワシは忙しいのだ………! 手短に頼む……!」
そう言って咥えていたタバコに火をつけようとした。しかし利根川に電流走る──!
こんな小さな子供の前でタバコを吸うのは流石に悪魔的。幾ら帝愛幹部といえど、躊躇われる。年端も行かない子供の…受動喫煙……!
「説明ッ!」
「………………あ……?」
――実は利根川、メジロマックイーンと共に天皇賞春を制した後……ユメヲカケル!にうまぴょいの夢敗れ一度失脚。
その間、もちろん学園には顔を出しておらず、理事長から各トレーナーに言い渡された緊急招集にも応じることが出来なかった。
URAについての会議が開かれたのを知ったのはつい先日。
とどのつまり、秋川理事長は納得のいく理由を説明しろと、そう言っているのだ。
「大人は質問に答えたりしない……!」
「してもらおうッ……! 償いだけは………きっちりと………!」
「え…………?」
× × ×
「それで、どうするつもりなんですの?」
ざわ・・
ざわ・・
――度重なる失脚により、理事長からの信頼を失いかけた利根川は…名誉挽回の為開く……!
緊急ミーティング……!
こうして急遽…チームトネガワの部室に集められたマックイーン、スズカ、ライスは息を呑んで待った。利根川の出方を…。
「あー…今回諸君らには……理事長からの信頼を取り戻す為画期的なアイデアを…出してほしい………と、言いたい所だが……舞い降りた……! ワシに……たった今……天啓……! 圧倒的閃き……! アイデアが……!」
ざわ・・
ざわ・・
「理事長といえど…所詮は子供……! スイーツの10や20……用意してやれば…飛びつく……! クク……恐らく…あの理事長は大好物っ……! シュークリームや…ショートケーキ……!」
ざわ・・
ざわ・・
「す、すごいですわ…! ポッシブルですわ……! それしかありませんわ……! 今すぐにでもスイーツバイキングに………」
「ん〜〜〜? 飛びつくかなあ? そんな簡単に……」
「……あ………?」
「ライスさん…! あなた何を…!」
「かまわん…! 言ってみろ……!」
「うん…あのね……理事長はお金もいっぱい持ってるし…普段から美味しいものは食べてるんじゃないかな…? だからもので釣るのは厳しいっていうか……無理っていうか……インポッシブル……だと思うな……」
「も〜〜〜〜〜っ…!な んですのっ! ライスさんっ……! さっきから…! ケーキですのよ! スイーツですのよ!?」
「やめろ…マックイーン…!」
「うっ…」
ライスにしては珍しく…饒舌……! そしてマックイーンは普段通り…スイーツに目がない……! 勿論スズカも普段通り…ミーティングには一切参加せず…走ることばかり考えている……!
兎にも角にも利根川のアイデアは、ライスにより却下。しかしその意見は…的を射ている……! 的確……! 確かに的確……!
だが……! 他人の意見にケチをつけるのであれば当然……新たに示すべきだ……! 代案……!
「ライスね…思ったの……! 理事長は多分…利根川先生にいっぱい期待してるんじゃないかな……? 敗れても、敗れても、敗れても…絶対に失脚しないような……そんな利根川先生を望んでるんじゃないか…な…?」
ライスの渾身の激励で、利根川に電流走る──!
利根川はこれまでのことを思い返し、強く拳を握りしめた。担当ウマ娘達にはさんざ偉そうなことを言っておきながら、いざうまぴょいの夢敗れると失脚……。とどのつまり、逃げ出していたのだ。
「ククク……つくづく………面白いものだ…………ウマ娘というものは…! ライスシャワー………ダンスレッスンだ……! うまぴょいの……!」
「う…うんっ……!」
「ま、待ってくださいまし…! スイーツは……スイーツはどうなるんですのっ………!?」
「クク……これでも食べていろ……!」
慌てふためくマックイーンをよそに、利根川は冷凍庫から取り出したスイーツをマックイーンに手渡した。
「ひっ……! キンキンに冷えていますわっ………!」
実は…コンビニなどで売っているロールケーキは……凍らせると…意外と美味しい……!
「あ……ありがたいですわっ……!」
「ククク……行くぞ……! ライス………!」
「うん…! 利根川先生……!」
こうしてダンスレッスン室へ向かう為、部室を後にしようとしたふたりの背中に…今まで黙っていたスズカが言葉を投げかけた。
「それよりもまず……そろそろ新しい娘をスカウトしに行った方が……良いんじゃないかしら……」
「ぐっ……がっ………!」
× × ×
――この日利根川は、選抜レースに顔を出していた。
まだデビューを果たしていない、素質あるウマ娘を探す為…。
そして見つけた…。圧倒的良家の令嬢……キングヘイロー……!
選抜レースでは2着という結果に終わったが、ラストでの伸び、素質は十分すぎるほどのものを持っている。しかしキングヘイローはレース後、次から次へとスカウトを断り続けていた。自分に相応しい一流のトレーナーしか求めていないのだと言って。
結局利根川は声をかけることなく、その場を後にした。彼女にとって一流とはなんなのか、その答えを探す為。
そして数日後、トレーニングに励む彼女の姿を見つけ、利根川は声をかけた。
「あら、あなたもキングのスカウトに来たのかしら? いいわ、キングをスカウトする権利をあげるわ…!」
「おまえは……何の為にこの学園に来たのだ……!」
「はあ…? 何よいきなり……」
「お前にとっての走る理由……一流とは何か……それを聞きたい……! ワシは………!」
この利根川の言葉にキングは下唇を強く噛み、少しの間利根川を睨め付けていたが、やがてぽつぽつと言葉を漏らした。
母親は言うのだと――。キングには才能なんてない。もう諦めて帰ってこい、と。
「私は必ず勝って、才能を証明してみせるわ。相応しい結果を掴み取って、私こそ一流だって認めさせてやるの……!」
「一流か……!」
「ええ。何度泥を被っても嘲笑われても、私は、一流のキングヘイローを名乗り続けるわ。キングは後退しない。決して首を下げない。そういう覚悟で、私はここに来たの。だから……トレーナー選びだって、妥協はしないの」
――同じ覚悟を持つ一流のトレーナーでなければ、決して認めない……そう言ってキングは再びトレーニングへと戻っていった。
翌日、キングはもう一度多くのトレーナー達に自分の走りを見せるのだと、模擬レースに参加していた。
……が、同じく参加していたグラスワンダーに敗れ、もうキングに興味を示しているトレーナーは誰ひとりいなかった。
「……っ! 私に注目なさい! そして、しっかり覚えておくといいわ! 私はキングヘイロー、一流のウマ娘よ!」
「ククク……そしてワシこそが……一流のトレーナーだ………!」
ざわ・・
ざわ・・
「「「はあ……?」」」
「へ?」
グラスではなく、キングをスカウトしようとする利根川に、トレーナー達は驚きのあまりざわついている。キング本人ですら、何が起こったのか理解していない。
「……ちょっと、あなた。あなたには、このキングが生まれ持った圧倒的な才能をより高め、この世界に示すという固い決意はあるのかしら。そしてキングと共に無数の勝利を重ね、一流のウマ娘……キングヘイローの名を轟かせる覚悟はあるのかしら!?」
「当然……ワシの目標は……圧倒的頂点…! うまぴょい………!」
「……なら、決まりね。この場にいる全員、お聞きなさい!私たちはトゥインクル・シリーズに出て、あらゆるレースに勝利する。あなたたちはその栄光の旅路をぼけっと見てらっしゃい!」
――こうして、キングと利根川の…うまぴょいをかけた新たなる伝説が……幕を開けた…!
この日から地獄のような特訓を繰り返し、短距離、中距離と…数々のレースにも出走した。
同期であるスペシャルウィーク、セイウンスカイ、グラスワンダー、エルコンドルパサー……。彼女らに負けぬよう、何より…一流になる為に。
キングは決して口だけではなかった。良家の令嬢であるからこそのプライドの高さ。しかしそれに似合わぬ泥臭さ。出来ないことがあれば出来るようになるまでひたすら繰り返し、積み重ねてきた。
その姿はいつしか利根川の心さえも動かし始めていた。
キングは誰がどう見ても圧倒的短距離に向いている。しかしキングは言った。悪魔的長距離レース……菊花賞に出走すると。
普通に考えれば…それは愚行。勝ち目などあるはずもない。だが…利根川は言わない……!
無理だの諦めろだの……そんな下らないことは…決して……!
しかし――現実というのは甘くはない。
どれだけ努力をしようが、どれだけ本気になろうが、叶わないものは無数にある。
菊花賞でキングは…16着という結果に終わった。
「いやー、さすがの勝負だったな! 今後が楽しみになるふたりだったよ」
「やっぱりセイウンスカイとスペシャルウィーク……!」
この結果に触れるものなどいなかった。
「やっぱり」「こうなると思っていた」、そんなことを言う者がいたらまだ良かったのかもしれない。
「………っ! ばかね、私……。もう、誰も……見てないじゃない……」
強く握った拳も、強く噛んだ下唇も震えたまま、キングはその場を後にした。
控室へと続く地下バ道で待っていた利根川を見つけたキングに、今までのような威勢は無い。
「……ねえ、トレーナー。私、間違ってたのかしら。挑戦しなければよかったのかしら。こんなに、無様な………!」
「………………ワシの愛馬が……! ずきゅんどきゅん………」
「え………?」
ざわ・・
ざわ・・
「無様だと……? あるかっ……! そんなこと………!」
「でも……。主役を取られたどころじゃない。相手にすらされなくなって。こんなの全然、一流じゃ………」
「おまえは一流だ……!」
「……やめてっ! あなたも強情を張らずに現実を見てよ! 今もう私は、誰にも……」
「敗れても、敗れても、敗れても…絶対に首を下げなかっただろう……おまえは……! ならば胸を張れっ……! 手痛く負けた時こそ……胸をっ……!」
利根川……! 渾身のっ……起死回生のっ……会心のっ………激励………!
「……………っ! 本当……あなたって人は……! おばか……。本当にあなたってへっぽこだわ! そのくせに優秀で蛇で……。諦めが悪すぎる、私のトレーナーだわ………っ! なんで、こんなにへっぽこなのかしら……っ! 私たちはぁ……っ!」
ついに泣き出してしまったキングにそれ以上利根川は言葉をかけず、ただ黙って泣き止むのを待っていた。
「ねえ、トレーナー。あなた、菊花賞の前、私に言おうとしていたことがあったでしょう?」
控室へと戻ってきたキングは椅子に座るのも後にして、利根川へと問いかけた。
「母親を認めさせる……その為に走るのは…もうやめろ……!」
「えっ?」
「おまえは……おまえらしい一流になれ……!」
「……私、らしい。本当にそれでいいの? 私がやりたいように、やっていいの?」
「この利根川幸雄……ことウマ娘に対して虚偽は一切言わぬ……!」
「……私以外の誰かのための一流じゃない。私だけの……一流。ふふっ、何よそれ……とっても面白そうじゃない」
× × ×
それから…数え切れない、でも少しの歳月は流れ…やってきた……!
うまぴょいをかけた…天皇賞秋……!
そのウマ娘は、10度の敗北を超えて、血統を証明した。
敗れても、敗れても、敗れても、絶対に首を下げなかった。
緑のメンコ。不屈の塊。そのウマ娘の名は――
× × ×
キングヘイロー。
彼女は圧倒的な走りを見せ、見事1着を掴み取った。
観客の興奮冷めやらぬドーム場の最後方で、利根川は両腕を組み、センターにたったキングの姿を黙って見つめていた。
銀座……丸の内で購入した……スーツの内ポケットには入っている…。サイリウム……!
勿論……利根川は振らない……! しかし入っている……! サイリウム……!
今……ついに始まる………!
――うまぴょい伝説!
読んでくださった方がいれば圧倒的感謝。
おめでとう、利根川先生。