俺は全てを失った。
シルフィー、ロキシー。
薄れゆく意識の中で、夢か幻か。
いや、そんなことはどうでもいい。
確かにそこに見えたんだ。
最後に一目、彼女たちを見る事ができてよかった。
そんな思いと同時に、未練や後悔の念が押し寄せてくる。
結局、俺は誰一人守ることなんてできなかった。
何もかも、ヒトガミに奪われて、復讐をする事すら叶わなかった。
最後の手段で、日記を起点に過去の自分へと過去転移魔術を行使したが、これも失敗。
過去の自分にはなんとか会えたが、同じ過ちを繰り返さないように告げるだけ。
今後、過去の自分がどうなるかなんて俺にはわからねぇ。
うまく立ち回ってくれれば良いがな。
結局、俺ができたのはそれだけだった。
過去の自分に未来を託して、そして俺はただ死ぬだけだ。
思えば、転生して今度こそ本気で生き抜くと若い頃に決めたはずだった。
その結果がこんなクズみてえな人生とはな。
シルフィー、ロキシー。助けてやれなくて本当にごめん。
アイシャ、ノルン、ゼニス、リーリャ、ルーシー。
自分の家族にさえ、なにもしてやれなかった。
それどころか迷惑をかけて見放されただけか。
あの頃のすさんだ俺を思い返してみれば、
リーリャが家族と俺を引き離すのも当たり前だな。
いや、アイシャはそれでも見放さず、俺についてきてくれた。
なのに、殺された。俺が殺したようなもんだった。
ザノバ、クリフ。
こいつらも殺された。
俺に付いてきて殺された。
ザノバを慕ってついていたジュリとジンジャーも殺された。
エリナリーゼとは、あれから会っていないから生きてるかもしれねぇが、
やっとできた愛する夫のクリフを、俺が殺したようなもんだった。
そしてエリス。
俺をしつこく追いかけていた女。
いや、そうじゃねぇ。
俺を好きでいてくれた女。
俺がどんなに好き勝手に暴れて、好き勝手に色んな女を抱いて。
まさに、クズそのもの。そんな俺を守って死んだ。
(はっ)
思わず乾いたように笑ってしまう。
自分のどうしようもない馬鹿さ加減に。
とんだ疫病神だった。
本気で生きるって決めたこの世界で、大切な人を全て、俺が殺したようなもんだった。
ヒトガミに騙されたとは言え、お粗末過ぎる人生だった。
自分の情けなさに、嫌気がさす。
振り上げた拳の落としどころすら分からないまま俺は死んでいく。
思えば、ロキシーを失った時からか。
全てが狂いだした。
そう考えると、ヒトガミはロキシーを狙っていたのか。
あの時、ロキシーは妊娠していた。
恐らく、ロキシー本人か俺との子供が、ヒトガミにとって余程都合が悪い人物なのだろう。
だからこそ綿密に、魔石病なんて治療の困難な病気に意識が捕らわれるように。
そうやって思惑を掴ませないように動いて…。
あの時の俺はロキシーの事で頭がいっぱいだった。
それ自体はいい。いや、よくはないが、その瞬間にヒトガミの関与に気付いてたとしても、ロキシーが助かった訳ではない。
全てが手遅れだった。
俺は過去に一度、ヒトガミに逆らった事があった。
あれは確か、シルフィーの妊娠が発覚した時。
ゼニスの救出が困難って手紙がギースから届いた。
俺はあの時、ヒトガミの助言を無視した。
その結果、パウロを死なせロキシーを助けた。
ヒトガミはその後、俺がベガリット大陸に行かなければ、パウロもロキシーも助かったと言っていたが…。
今だからこそわかる。
これは確実に嘘だ。
少なくともこの時、既にヒトガミはロキシーを葬るつもりだったんだ。
実際にロキシーは転移の迷宮内でパウロ達とはぐれていた。
俺のうぬぼれでなければ、あの時ロキシーの存在に気付いていなければ、遅かれ早かれ亡くなっていた可能性が高い。
死の間際だからなのか、色々とぼんやり思い出せなかったことが見えてくる。
ギースの野郎もかなり不自然だ。
シルフィーの妊娠が発覚したあのタイミングの手紙。
まるで図ったかのようだ。
あの時の俺は今ほどはヒトガミを憎んでいなかったが、信用はしていなかったはずだ。
仮にシルフィーの妊娠が発覚する前か出産後なら、迷わずにベガリット大陸に救援にいっただろう。
意図的にあのタイミングで手紙を出す事で、俺がベガリット大陸に行くのを阻止する。
そうやって、ロキシーが死ぬ未来を作り上げたと考えるのが自然だ。
そして何よりもおかしいのは、ゼニスが捕らわれた迷宮の情報をギースが掴んでいたことだ。
難易度S級の転移の迷宮。その最奥のさらに隠し扉の先。
そんな所で囚われていたゼニスを見かけたなんて情報自体がおかしい。
間違いなく、ギースはヒトガミの手先だろう。
ちくしょう。今更気付いたところで何の意味もねぇ。
俺はもう終わる。
本来なら過去の俺に任せるなんて、そんなことはしたくねぇ。
せめてこの手でヒトガミを殺したかった。
もう何も残っていない俺にはそれだけだった。
悔しさ、情けなさ、虚しさ、妬み、憎しみ、悲しみ。
ありとあらゆる不の感情が薄れゆく意識の中で混濁し、どうしようもないやるせなさだけが残る。
そして、全てを失った男は闇の中へと深く溶け込んでいった。