【閑話】とある負け犬のお話
龍鳴山。
元々は龍の世界にあったものだとされている。
それは遥か昔のこと。そして龍の世界が滅んだのち。
人の世界でそれに習い、魔竜王ラプラスが龍鳴山と命名したとされている。
龍鳴山を下り、麓へと一人の男が淡々と歩いていた。
あらゆる生物に嫌悪、恐怖される呪いを持っており、本人の意思とは無関係に世界から拒絶される。
龍族の秘術・転生法が掛けられており、甲龍暦330年の冬から200年の時を繰り返す存在。
いかに悠久の時を生きる龍族とて、幾ばくかの哀愁は覚えよう。
人の世界において、まさに人ならざる存在。
この世界から拒絶され、世界の理から外れたモノ。
現在の人の世界において最強と畏怖される存在。
その名を龍神オルステッド。
廻る時の中で、悲願、宿願を胸に為果てぬまま終われない。
孤高の中、定めを成す為に男は淡々と進んでいく。
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そんな彼は現在、赤竜山脈を赤竜の下顎方面へと歩いていた。
しかし、その表情は幾分暗く哀愁が漂う。
「どうしたものか…」
この時の彼の心情は、筆舌に尽くしがたいものがある。いかに自身に掛けられた転生法によって、似たような人生を繰り返す彼とて例外はあるらしい。
「今回はナナホシと慎重に対策を立てねばならんか」
七星静香。それはこの人の世界に日本からやってくる女子高校生の名であった。異世界転移者である。
その後も彼は、ぽつりぽつりとつぶやく。
彼の長きに渡るボッチ生活で得た独り言スキル。それは、達人の域をも軽く超えているだろう。
「ルーデウス・グレイラット、奴には世話になった。今回も力を借りたいところだが…」
ルーデウス・グレイラット。それはこの人の世界にひょんなことから紛れ込んだ魂が、死産する運命にあった子供の魂に定着した元日本人であった。異世界転生者である。
本来であればだが。ルーデウスもまた数奇な運命によって、今回存在していることを彼はまだ知らない。
「まずは、ナナホシを保護するか。前回と同じように行動すればルーデウス、奴にもそう遠くないうちに接触できるだろう」
異世界転移者であるナナホシ。彼女はこの人の世界において誰もが持つ魔力を持たない存在であった。なんの力も持たないか弱いこの少女を優先するのは当然の措置だろう。
「しかし、ヒトガミを封印するだけではダメなのか…」
彼は内心では途轍もなくしょんぼりとしていた事だろう。
そう…彼は前回のループでルーデウスの子孫たちと共に力を合わせて、ヒトガミを封印することに成功させていた。しかし、彼は自身に掛けられた転生法の呪縛から逃れられない運命にあった。
それ即ち、ヒトガミを殺していなければ、強制的にそこに『戻される』。転生法のルールをクリアしていないのだ。
要するにヒトガミを封印したけど、殺してないからまた戻ってきたのである。ご苦労様です。
もし、今の彼を諸悪の根源である
「ねえねえ、今どんな気持ち?もしかして倒したとか思っちゃった?勝ったとか思っちゃった?」と物凄い勢いで煽りを入れつつ、マウントを取ってゲラゲラと笑うことだろう。
そんな彼だが、己に掛けられた秘術によりこの世界の理から外れることで、その
「ひぃ。だっ誰か助けてくれ!」
赤竜の下顎、アスラ王国と小国を繋ぐ渓谷の一本道に入ると、荷馬車が襲われていた。
魔物だった。ターミネートボアが3体にアサルトドックが2体。この辺ではあまり見かけない魔物だ。
何体かは倒しているようだが、護衛の方は既に事切れていた。残っているのは商人風の出で立ちの人物が一人。
彼はゆっくりと魔物へと近づいて行った。自身の持つ呪いで恐怖して逃げるならよし、また嫌悪感から敵として向かってくるならそれはそれで倒すまでの事。
魔物に知恵があれば逃げることもあるいはあったかもしれないが、残念ながら後者であった。
彼は向かってくる魔物を次から次へと一撃で倒し、瞬く間に殲滅する。そして、その場を後にしようとする。
「ま、待ってくれ、あ、あんた助けてくれたんだよな?」
商人の男から話しかけられる。珍しいことだった。彼の身に宿る呪いは生半可なものではないからだ。
とはいえ、長く耐えられるものではないだろうと「ああ」と小さく返事をして踵を返す。
「ああ、くそ。俺は恩人になんて感情を向けてるんだ。こ、これを持って行ってくれ。シーローン王国で捌こうと思っていたが、命には代えられねぇ。なんでもヒトガミ像というらしい」
「なんだと?」
「ひぃ、すまねぇ」
商人の男は限界だったようで、すぐにその場を後にした。ヒトガミ像を置いて。
彼はその像を手に取った。そして思案に耽る。
「ヒトガミ像だと?忌々しい。誰がこんな真似を」
厄介だなと彼は思った。また、自分の知らない何かが起こり始めているのではないかと。
「炭鉱族か?しかし、奴らは種族柄ヒトガミの使徒にはなりにくいはずだ」
思い当たる節はない。そう思いつつも考えを巡らせていく。
「何が起こっている?しかしこの洗練された見た目はなんだ?馬鹿にしてるとしか思えん」
彼は限界だった。前回のループでヒトガミを封印して、全てが終わったと思ってた。やっと龍族の悲願を達成する事ができたと。
それに、ヒトガミとはこんな綺麗な存在などではない。
そんな思いからか、手に持っていた像につい力が入る。
瞬間、ヒトガミ像は砕け散った。
彼の身に宿す龍聖闘気の前には、ひとたまりもなかったようだ。
「む。しまった」
などと、言いながらもこのような技術のある人物などそうはいない。すぐに見つけ出してやると考えていた。
砕け散る破片を回収しようとすると、中から1枚の紙きれのようなものが出てきた。
手紙だった。
彼はおもむろに畳まれた手紙を開く。
中にはこう記されていた。
「
ヒトガミを憎むモノへ
この手紙を見て、ヒトガミという言葉に
心当たりのない方。
また、その存在を知らない方はすぐに
手紙を破棄して下さい。
そして、ヒトガミの存在を知っている方。
その存在を憎んでいる方。恨んでいる方。
該当する方のみ先をお読みください。
それでは、ご説明させていただきます。
この手紙が入っていた像は、ある一定
以上の魔力、闘気を込めないと破壊で
きない仕組みにしてました。
そしてこの手紙も、ある一定以上の魔
力を流さないとこの先が読めない仕組
みになっています。
先を読まれる方は魔力を込めてください。
」
…なるほどなと、彼は思った。この手紙の主がヒトガミを恨んでいるなら、ヒトガミかあるいはその使徒と戦うための力を求めているということか。そのためにわざとこのような手の込んだカラクリを仕組んでいる。
「魔法陣による結界のようなものか?しかし魔力か。厄介だな」
彼は自身に掛けられた秘術の影響によって、魔力の回復が著しく遅いというデメリットがあった。
ゆえにまずは「
「パリン」と魔法陣が消えていく。どうやら結界の解除に成功したらしい。
しかし、この慎重さといい、回りくどいやり方といい、ちょっと抜けている所も含めて、思い当たる節がある。
この時、彼には既に一人の人物が頭の中に浮かんでいた。
そして手紙をさらに読み進めていく。
「
初めまして、同胞であり同志の方よ
この手紙を貴方が読んでいる時、既に
私はこの世にはいないだろう。
だが、安心して欲しい。
ヒトガミに対する注意点をここに記して
おく。
・ヒトガミは夢にお告げと言って現れる
が信じてはいけない。
・もし、既にお告げに従ってしまった場
合に、それが良い結果になっても最終的
には裏切られる。
・ヒトガミは自分の事を神のような存在
だと思っているが、そんな事はない。
信じてはいけない。
・強力な未来視・遠視の能力を持っており、
それを巧みに使い操ろうとしてくる。
・ヒトガミは人を騙すことを生きがいに
する悪神である。
以上のことから絶対に信じてはならない。
」
ここまで読んで彼はこの手紙の主を確信していた。ルーデウス・グレイラット。こんなやり口はヤツ以外には考えられなかった。
「しかしどういう事だ?奴はまだこの時点ではヒトガミの存在を知らないはず…。まさか記憶を引き継いでいるのか?」
普通ならそんな考えには至らないだろうが、彼もまた特殊な存在であった為にそのように考えたのである。
「奴は何がしたいんだ?自分の名前も出さずに死んだ事にして」
意味不明であった。どうやら仲間を探しているわけでもなさそうだ。もう手紙の内容は終わりかと再度、確認するとまだ続きがあった。
そこにはこう記されていた。…龍神語で。
「
龍神オルステッド様へ
ルーデウス・グレイラットと申します。
ヒトガミを憎む貴方と一度お会いしたい
と思い、このような手段を取らせてもら
いました。
また、私は現在、アスラ王国のフィットア
領内のブエナ村かロアの街に滞在してます。
故あって自由に動けず貴方を探す手段が
無いのも理由の1つです。
もし、この手紙に気付いて頂けたら
お手数ですが私に会いに来て頂けない
でしょうか?
ヒトガミの件でお話をしたいと考えてい
ます。
よろしくお願いします。
」
彼はこれを読んだ瞬間、ニヤリと実に人の悪い笑を浮かべていた。
間違いなく奴は記憶を引き継いでいる。昔なじみの旧友に会えると言う感覚は、彼の中では有り得ないものだった。あったとしてもそれは一方的に知っているだけに過ぎない。彼は内心で喜んだ。このループから抜け出せない悪夢のような状況に、一筋の光を見た気分だった。
「なぜヤツは龍神語を知っているんだ?いつの間にか覚えていたのだろうか…。まあいい。会ってみればわかることだ」
彼は予定を変更し、アスラ王国を目指していくことにする。微妙に勘違いを抱えながら。
こうして、ヒトガミを封印してどや顔で再び舞い戻ってきた負け犬、龍神オルステッド。
そして、ヒトガミに騙されて再び舞い戻ってきた負け犬、ルーデウス・グレイラット。
彼ら2人の数奇な出会いは、もう間もなく訪れることになる。