ボレアス家に来て1ヵ月が経過した。
エリスは魔術、読み書きは平行してやることにして、素直に受けてくれるようになった。
しかし、算術に関しては騙し騙しギレーヌに協力してもらいながら受けて貰っていたが、ついにサボり始めた。
色々と習い事ばかりだから、ストレスもそりゃ溜まるわな。
「すぅ~……すぅ~……」
と考えていると、とうとう俺は今回も見つけてしまった。
馬小屋の藁束に埋もれて、ヘソを出して気持ちよさそうに眠るエリスの姿を。
すやすやと眠っている。
その寝顔はまるで天使のようだ。
これは!エリスの馬小屋イベントだ。
ここで手を出さないなんて選択肢は俺にはなかった。
ゆっくりとエリスに近づくと、そのまま自然に胸をモミモミしてみた。
今はまだ発展途上だが、今後たわわな果実をその身に宿す事になる。
そう思えば実に感慨深いものだ。
むしろ、この発展途上の青い果実である状況こそが、レアである。
今のうちに堪能しておかなければなるまい。
「お嬢様、起きてください、エリスお嬢様。起きないとパンツを脱がせますよ?」
ふむ、起きないという事はどうやらOKサインなのだろう。
俺は有言実行するべく、エリスのロングスカートの中に手を潜り込ませた。
よし、パンツの存在を確認。いざ、一気に脱がそうと思ったその瞬間。
カッとエリスの目が見開いた。
エリスの視線が、自分の足に触れる俺の手から、ゆっくりと俺の顔へ。
寝ぼけた顔がギリッという歯が鳴る音と共に変化した。
「やあ!エリス!僕はルーデウス。今は君のパンツを脱がしている所だから、もう少し寝てていいよ?」
俺は努めて笑顔で堂々と宣言した。
拳が飛んでくる。必殺のボレアスパンチだ。
「ぐえっ……!」
なんという的確なパンチなんだ。パンツを貰おうと思ったら、パンチを貰ってしまうとはこれ如何に。
「ふん!」
「エ、エリス少し悪ふざけが過ぎました。待って下さい」
すぐさま軽めにヒーリングを掛けて、エリスを呼び止める。
「な、なによ?」
「いえ、エリスは最近は頑張っているので、たまにはロアの街に遊びに行きませんか?もちろんフィリップ様には、俺からエリスにお休みを与えるように頼んでみます」
「遊びにっ!行きたいわ!」
「では、俺に任せてください。その代わり算術の授業も今後はきちんと受けてくださいね?」
「う。わかったわよ」
---
そして数日後。
フィリップから許可を頂いて、エリスと2人でロアの街をぶらぶらしていた。
…そう、表面上は2人きりだ。しかし、ギレーヌが陰ながら護衛をしている事だろう。フィリップには「エリスお嬢様が何者かに狙われている可能性がある」とだけ伝えた。何もなければ、トーマスや雇われていた剣士たちは生存フラグが立つし、何かあればギレーヌが処理してくれるだろう。定期的に何度かエリスと街に出歩いて、しばらくは様子見だな。
「ねえ、ルーデウス。あそこに行きたいわ!」
あそことエリスが指さす所を見てみる。どう考えても冒険者ギルドだった。
「今日はフィリップ様に街に出る許可しか頂いてません。なのでダメです」
「なんでよ!」
「そうですね、もう少しエリスの剣術が上達したら、フィリップ様にギルドの簡単な依頼を受けていいか聞いてみるので今は我慢して下さい」
「わかったわよ。ルーデウスよりも強くなったら、一緒に行くわよ!」
まぁ、頑張ってくださいエリス。剣術で俺を倒すのはそう遠くない未来に叶う事でしょう。ぐすん。
俺は自分の用事を済ませてしまいたいので、本屋へと向かっていた。
目的は地図である。お、あったあった。
大体金貨10枚くらいか…高いな。しかも、魔大陸とかの情報はほとんど乗ってない。まぁ、ないよりはマシかと思い、いくつかを見繕い手早く会計を済ませて店を出る。
「ちょっと、ルーデウス!そんなもの何で買ったのよ?」
「ああ、地図ですか?そうですね、例えば旅をして自分の居場所が分からなくなった時とか、地図があれば助かるかもしれないですね」
「旅!いいわね!」
「なら、エリスにも一冊差し上げますので、覚えてみますか?」
「い、要らないわよ」
まぁ、エリスの場合見なくても野生の勘的なモノでなんとかしそうではある。
「そうですか。まぁ、知りたくなったら差し上げますよ」
「ルーデウスが覚えるなら、私には必要ないわ!」
だってさ。なんて可愛いのだろう。ボレアス流の挨拶を見れないのは残念だが、これはこれで良い。エリスのおっぱいでも拝んでおこう。
「ちょっとルーデウス!次はあっちに行くわよ!」
「はいはい」
こうして定期的にエリスと街を散策する事になった。
後日、やはりと言うべきなのか、エリスを狙った下手人はギレーヌによって処理されたらしい。トーマスも同様に悪事が露見して、お役御免だそうで。
フィリップには「君のおかげで心配ごとが一つ解決した」と喜ばれたが…。
しかし、ギレーヌは俺に全く気付かせずに処理するとは、凄いものだ。というか、俺の危機察知能力がやはり低いのだろう。
なんとか対策を考えたいけど、こればかりは自分のスペックの低さ的にどうしようもない気もする。
やっぱり強力な剣士の護衛みたいなのがいないと、将来的にあっさりやられてしまいそうだ。
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そんなある日、手紙が届いた。
差出人の名前はない。
しかし見覚えのある紋章があった。
古代龍族の遺跡で何度か見た覚えがある。
…おそらく間違いないだろう。
オルステッドからの手紙だ。
「ルーデウス・グレイラットへ。
元気にしているか?
ロアの街郊外の森にて待つ。
当方の事情により、
お前一人で来ることを望ましく思う」
…どうやら、賭けに成功したようだ。
この手紙が届くって事は、少なくてもいきなり殺される心配はなさそうだ。
やっとだ。やっときた。
俺は目を閉じて、心を落ち着かせる為に深呼吸をした。
ここが正念場だと思ったからだ。
ヒトガミの情報を知りたいが、こちらの交渉材料はあまりない。
現状、俺がオルステッドに対して有効な手札はほとんどないと考えておくべきだろう。
俺が知っているような情報は恐らく、オルステッドも知っている可能性が高い。
つまり、オルステッドが優位であり、俺が圧倒的に不利な状況での話し合いになる事が予想できる。
まず、相手を怒らせては絶対にいけない。戦闘になったら勝てる可能性は極めて低い。
相手の立場が、情報量でも戦闘力でも上だ。
よし、そうだな。イメージは就職活動での面接だ。
新入社員になるべく、オルステッドにいかに俺が優秀な存在かをアピールしよう。
俺の有用性を巧くアピールできれば、オルステッドも悪くは扱わないだろう。
日本人だった頃は果たせなかったリクルートスーツを着て、ベンチャーでワンマン企業っぽいオルステッドコーポレーションに自分を売り込む。
これしかないな。
スーツはないが、できるだけ小奇麗な格好をして向かおう。
リーリャに貰ったネクタイを付ける。イメージが大切だ。
「ギレーヌ、すいませんこれから面接の予定が入りました。しばらく館を後にしますが夜までには戻ってきます」
「あ、ああ。面接?よくわからんが気をつけてな」
こうしてその日の授業を終えた俺は、館を後にして面接会場へと向かう事にした。
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そこには一人の人物がいた。
倒れた枯れ木に腰を掛けて、頬杖を付いていた。
…ヘルメット姿で。
え?誰だよ。オルステッドなのか?
ハーレーとかアメリカンバイクに乗って今にも救世主になりそうな出で立ちだ。
「む。一人か?ルーデウス・グレイラット。久しいな」
そう言ってヘルメットを取ると、オルステッドを視認できた。
怖い…前回は会ってすぐに問答無用で殺されかけた相手だ。
なのになぜか笑ってやがる。
殺しかけた相手にそんな笑顔を向けられるのか?
久しいって言ってる以上、俺の身体に風穴を開けた事も覚えているはずだ。
ニタァと笑う姿はどう考えても不自然過ぎる。いつでも俺なんか殺せるって事か?
いや、落ち着け。一旦、冷静になろう。
これは面接だ。既に審査は始まっているのだろう。
機先を制されたが、まだ挽回はできるはずだ。
俺はすぐさま土魔術で机と椅子を作り出し、即席の面接会場を作る。
「オルステッドさん。どうそこちらにお掛けください」
「ああ、すまんな。しかし、お前が記憶を引き継いでいるとは思わなかったぞ」
ええー!?なんで俺の記憶を引き継いでいる事まで知ってるんだよ。エスパーかよ。オルステッドは俺が存在してる理由も知っているのか?
しかし、それは不味い。そうなるとさらに俺の情報が役に立たなくなる。
どうすればいい?状況はかなり不利な気がするが…
「腑に落ちないようだな。お前が死んだ後、一人の神子が生まれた。本来であれば前回のループではほぼ力を失っていた」
予想外の話に思考は停滞気味だった。しかし、俺の死後の事とか何のつもりだ?
「クリフ・グリモル。ヤツの魔道具のおかげだ。これを改良して呪いを増幅させる事に成功した」
オルステッドは自身の持つヘルメットを片手に、したり顔でそう言った。
……俺はこの時点で何かがおかしいと思い始めた。クリフはオルステッドと面識はなかったはずだ。
もしかしたら、俺の知ってるクリフではないのだろうか?
「俺はお前やナナホシがいるループこそヒトガミを倒す特別なループだと思った。故に保険をかけた。少々、骨が折れたがな」
しかし、何故この男はさっきからこんなにどや顔なのだろう?
言ってる事はほとんど理解できないが、話を遮るのも悪い気がする。
俺が面接でアピールしようと思ったのに、オルステッドからのアピールが止まらない。そんな状況に内心では戸惑っていた。
「ヒトガミの封印に成功したが、やはり倒さなければ己の秘術の呪いは解けんようだ」
………っは?えっ?
もうそんな段階まで行ってるのか?思ったよりもかなり善戦してる。ってか、ヒトガミまじで死ぬ5秒前ってか?
あれっ?おいおい、もしかして俺が何もしなくても勝手にヒトガミは倒されるのだろうか?
「だが、お前が記憶を継承しているなら話は別だ。前回のように協力して欲しい」
…ようやく、意味がわかった。どうやらこのオルステッドは俺の知っているオルステッドではないらしい。
彼に協力をした覚えなどない。違う時間軸の俺がオルステッドと協力体制にあったと見るべきか。
しかし、話を合わせるのは難しいだろう。今までオルステッドが言っていた話しすら、あまり理解できていない。
ここは正直に行こう。
「…あの、オルステッドさん。どうやら私は貴方の知るルーデウス・グレイラットではないようです」
「…なんだと?」
あ、なんか少し警戒心が上がったか?心なしか落ち込んでるようにも見える。
「まずは、お互いの置かれてる状況確認からしませんか?」
こうしてオルステッドと俺の身に起こっている状況のすり合わせが行われた。
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俺はまず、自分の置かれている状況をオルステッドに正直に説明した。
協力体制を取りたいと思ったからだ。それに、今の自分の状況について意見を聞きたかったのもある。
オルステッドは余り口を挟む事なく、たまに「ああ」とか「そうか」とか「なるほどな」だの相槌を打つ程度だった。
対して、オルステッド側から聞いた話は俺にとって衝撃的だった。
まず、オルステッドは俺が過去転移魔術を使って会った過去の俺の時間軸からループしている事。
その時間軸の俺はオルステッドと協力体制にあり、幸せな人生を送っていた事。
そしてその時間軸では俺が死んだ後も、オルステッドが俺の子孫と協力してヒトガミの封印に成功した事。
しかし、封印だけではどうやらオルステッドの秘術に掛けられた呪いのようなものから逃れられず、またループしている事。
「そうですか。本当に過去へ行って会った俺は幸せな人生を送れたんですね?」
「ああ、老衰だった。妻だったロキシー、シルフィエット、孫たちに囲まれて亡くなった。エリスはお前より少し前に亡くなっていたが、幸せな生涯だと言っていいだろう」
思わず、目頭が熱くなる。そうか、過去で会った俺は良い人生を送れたんだな。
過去転移魔術は失敗に終わったが、無駄ではなかったのか。
「ありがとうございますオルステッドさん。過去の俺を救ってくれて」
俺は頭を深く下げた。この男の存在なくして、過去の俺が助かる事は難しかっただろうと思ったからだ。
「いや、良い。俺はお前を助けたわけではない。それに、過去のお前には世話になった。お互い様だ」
オルステッドは少し切なげな表情で薄く笑みを浮かべる。
随分と信頼されていたんだな。
「それでもです。確かに貴方に救われたと思います。過去の俺を、そして家族を守ってくれて本当にありがとうございます」
「フッ、どうやら過去のお前の日記を読んで勘違いをしてたようだ。本質的には変わらんなルーデウス」
変わらないか…そんな事もないんだけどな。そろそろ切り出そう。
「オルステッドさん、俺はヒトガミをこの手で倒したいと思っています。協力して頂けませんか?」
「それは…構わんが、どうするつもりだ?お前の寿命では到底ヒトガミに辿り付けないのは分かっているだろう」
確かにその通りだ。前回の俺はヒトガミに辿り付けなかった。寿命が迫っていたのもあった。
しかし、それは一人では難しいのと時間が足りなかったのが原因だ。
いくつか方法はあると思う。オルステッドとナナホシの存在があれば恐らくは可能なはずだ。
さらっとナナホシの存在について言ったが、これについてもオルステッドと話し合った。
俺はロアの街で赤い珠を見た瞬間からほぼ確信していたが、転移事件により今回も召喚されると意見が一致した。
「二つほど案があります。一つは俺が過去や未来に転移する魔術を行使する事です」
「やはり、過去転移魔術を完成させていたのか?」
なぜやはりなのだろうか?完成はしてないのだが…。
「いえ、これについてはナナホシの協力が必要だと考えています。ある程度は完成していると思いますが、安全面と魔力量の不安を解消できてません」
「そうか…。だが、完成すればヒトガミの使徒はほぼ完封できるだろう。もう一つはなんだ?」
「そうですね、その前に龍族の5つの秘宝は既にいくつか回収しましたか?」
龍族の秘宝を5つ揃える事によってヒトガミのいる無の世界に辿り着ける。これは前回で分かっていた事だ。
「いや、まだだな」
「なら、回収は一先ず後回しにして貰えませんか?古代龍族の遺跡で、過去の手記のようなものを拝見しました」
「なんだと。ラプラスの手記か?」
ラプラスか…。断片的な情報で名前までは特定できなかったが、オルステッドの話とその手記からある程度の状況は推測できる。
「一部だけだったので、誰かは分からなかったです。しかし、私の予想通りなら龍族の秘宝が無くても結界を解除してヒトガミに辿り付けるかもしれません」
「それは、本当か?」
オルステッドはグッと睨みを利かせてくる。怖い。だが、彼ら龍族の状況を考えれば当然かもしれない。
ここで俺は一つ目のカードを切る。
「はい。ラプラスの手記と言うものを読んで、恐らく龍族の秘宝とは強力な魔力結晶のようなものだと推測しました。それを代用できる魔道具を作成するか、私の魔力を媒介にすれば対応は可能かと」
ヒトガミが封印されている結界の解除に、膨大な魔力量が必要だとラプラスの手記に記されていた。そして、それがカバーできない時の保険として、
龍族の秘宝が用意されているのだろう。オルステッドでも解除自体は可能かもしれないが、呪いの影響で魔力の回復が遅い事、ヒトガミ戦の前の状況を考えれば魔力の消費は避けたい。
これを解決できれば100年後の未来での決着でなくても、準備が整い次第、此方から討って出る事が可能なはずだ。
「確かにお前の魔力量なら可能なのかもしれん…。いや、しかし…」
「フィットア領で起こる転移事件が片付いたら、ペルギウス様に尋ねて見ようかと思ってます」
「なるほどな。奴は結界魔術に関して詳しい。悪くない判断だが…」
そう易々と信じられる話でもないか…。あるいはオルステッドも過去に何度も同じような考えに至ったのだろうか。
俺自身も、確証があるわけではないしな。過去や未来に行く転移魔術も結界を解除する事もあくまで可能性の段階だ。
しかし、このままでは不味いかもしれない。あれもこれも、もしかしたら出来るかもみたいな曖昧なアピールじゃ、内定を貰えなそうだ。
実績やキャリアを積んでいるわけではない。
ベンチャー企業の審査では、厳しい状況だ。
このままでは不採用の通知が後日、届く事になりそうだ。
仕方がない。これもまだ完成はしてないのだが、興味を引く事くらいはできるかもしれない。
二枚目の切り札もオープンしよう。
俺はオルステッドに向けて徐に手を掲げる。
「むっ」
「オルステッドさん安心して下さい。危害を加えるつもりはありません。確かに現状では過去や未来へ行く転移魔術や、結界の解除方法も確立していません。ですが、私もヒトガミとの戦いに向けてなにも準備していない訳ではないです」
オルステッドが使っていた
これを応用して編み出した闘気を阻害する魔術。
「
「…これは、闘気が弱まったか?」
闘気を纏えない俺は考えた。このデメリットを相手にも影響させる事はできないだろうかと。
魔導鎧の研究から、闘気は魔術を発動させて身体強化を図るパッシブスキルのようなモノだと思った。
なら、相手の闘気に対応した魔術を送り込むとどうなるか?
「なんだこれは?しかし、こうか?なるほど面白い技だな」
はやっ。もうレジストされてしまったようだ。完成していないとは言え些かショックだ…。
「すいません。この技もまだ完成はしていなくて…。闘気を纏えない私なりに考えたのですが、こうも簡単に防がれてしまうとは思いませんでした」
「いや、十分通用するだろう。魔術の扱いに長けていない剣士や戦士ならその
お?どうやら一定の評価を頂けたようだ。
「そうですね、魔力を視野化できる魔力眼のようなモノがあれば、もう少し完璧に闘気を阻害できるとは思うのですが…」
「ふむ。キシリカ・キシリスの魔眼か。確かにお前のような魔術師には便利な技だ。完成させたら見せに来い。俺も覚えたい」
マジすか。俺のとっておきの必殺技を覚える気満々だわこの人…。
長い月日を生きる龍族からすると、魔力眼なんてなくても感覚的にできるのだろうか…。
まぁ、闘気纏えない俺からすれば、使われてもデメリットになる技じゃないからいいけどさ。
「わかりました。この技は近いうちに完成させます」
「しかし、面白いものだなルーデウス・グレイラット」
オルステッドはニヤリと笑う。どうやら機嫌が良さそうだ。
「かつてウルペンは、己が魔力の少なさを嘆いて完成させた魔術こそ
その話の何が面白いのだろうか?目に見えて機嫌が良くなったが、ツボがイマイチわからない。
でも、
「良いだろう、秘宝の回収は後回しにする。俺もお前に協力しよう。差し当たって、転移事件の後に散らばったお前の家族の回収に向かえばいいのか?」
よし。内定頂きました。これでヒトガミにかなり近づいただろう。
「いえ、それには及びません」
「む。そうか…」
今度は落ち込んでしまったようだった。
しかし、考えて見て欲しい。オルステッドの強さには疑う余地はないが、救出活動となると話は別だ。
いくら魔道具の影響で呪いが緩和されてても、呪いがある以上、救出活動に向いているとは言えないだろう。
助けた相手から感謝すらされず、恨まれるなど悲しすぎる。
「オルステッドさんには前回と同じく、ナナホシの保護をお願いしたいです。そして、できれば前回より早くラノア魔法大学で彼女が研究できるようにしてあげて欲しいです」
「元よりそのつもりだ。ペルギウスに会わせ次第そうしよう」
「ではこれをナナホシに渡してください。私なりに異世界転移魔術、過去転移魔術について纏めた考察です。後はナナホシへのお願いのようなものです」
俺は一冊の手記のようなモノをオルステッドに渡した。
「む。これは…読めんな」
「すいません。オルステッドさんを疑っての事ではないです。そちらの文字の方がナナホシには馴染みが深いと思ったので」
転移直後となるといくらナナホシでも、こちらの人間語の習得には時間がかかるだろう。その為の配慮だ。日本語の方が親近感が沸くだろうしな。
「良いだろう。今回は俺一人でもある程度ヒトガミの対処は可能だ。俺の方から用事があればまた連絡する。これを持っておけ」
オルステッドから話に聞いていたヒトガミから見えなくなる腕輪と、こちらの位置を知らせる指輪を授かった。
いや、マジこの腕輪は反則アイテムですわ。これさえあればこちらのペースでガンガン準備できる。
どうにか量産したいが、さすがに原理が分からなすぎるな。
しかし、龍族ってのは割となんでもありだよな。
転生法とか、何度もやり直しする秘術とか、魔術のレベルは人族を遥かに上回っている気がする。
「ありがとうございます。そういえば、オルステッドさんの話を聞いても、なんで自分が記憶を持って存在してるのかがわからないですね」
「それは俺もわからん。だが、記憶を継承している事に関しては僅かながら考慮はしていた。最も今のお前ではないがな」
つまり、オルステッドに助けてもらった時間軸の俺の事だろう。でも、単純に時間が巻き戻っているのなら、記憶を引き継いでいるのは考えにくい気がする。
「なんでそう思ったんでしょうか?」
「そうだな…まずはお前がこの世界ではない魂の転生体だという事。そして、お前がラプラスの因子を多く身に宿して膨大な魔力を持っている事だ」
ふむ、異世界人設定だと、ナナホシ辺りも記憶を継承している可能性があるのだろうか?しかし、魔力的な何かが関わるのなら魔力のないナナホシは記憶を継承している可能性は低そうだ。
「ラプラスの因子ですか…」
「ああ、奴は転生法を用いて長い年月を掛けて、自分に合った転生体を作り出す。当然それはお前ではないが、奴の因子によりズバ抜けた魔力を持っているお前が、転生法の効力を何らかの形で継承していてもおかしくはない」
なるほど。ラプラスが自分の蒔いた因子そのものに転生法を掛けているなら、自分が存在しない因子にも効力があるかもしれないと。
どっちの説もありそうだし、2つの説が複雑に絡んでいたりするのだろうか?
あるいは過去に転移した俺の魂が先に、転生体に戻ったとか?
考えても結論は出なそうだし、とりあえず自分の事は後回しでいいか。
「そうですか。参考になりました。ではまたヒトガミの件で何かありましたら連絡してください」
分からない事も多いが、かなりの収穫はあった。そろそろ切り上げようとすると…。
「待て。お前が過去に転移した魔術だが、前に日記を読んだときから疑問に思っていた事がある」
日記というのは、俺が過去の自分を起点に転移した時の日記の事だろうか。
「疑問ですか?」
「ああ、お前が過去へと至るのに、何故日記を使ったかがわからん」
それは確か、日記を書き始めた頃が、ヒトガミに騙される直前だと思ったからだ。そう伝えると…。
「詳しくはわからんが、それが失敗の原因ではないか?」
………そこからのオルステッドの話は、中々に興味深い話だった。
オルステッドの考えを纏めると、過去へ行くのに日記を起点にした事がそもそも間違いなのではないか?という話だった。
俺は過去転移魔術で失敗した魔力切れの原因について、余り詳しく考えてはいなかった。
理由は、魔力の数値化ができていないからだと思ったからだ。この点に関しては、ナナホシが来てから解決しようと思っている。過去や未来に転移するのも、異世界に転移するのも、必要な魔力量を数値化しておいた方がいい。この提案にナナホシは間違いなく乗るだろう。
そして日記を起点に過去に転移するのは、オルステッド曰く条件が曖昧過ぎるのではないか。
俺の場合、日記を付けていたのは毎日ではないが50年程の月日であった。仮に過去へ遡るのにその全てを総当たりして、日記を書き始めた場面に戻るのなら魔力をバカ食いしてもおかしくない。
それこそ転移の途中で魔力が尽きて、体の一部を消失してしまっても。
「お前の魔力量で、たかだか50年過去に行って魔力が切れるのは考えにくい」
とはオルステッドの言葉だ。
もちろん、合っているかは分からない。その仮説が正しいのなら、しっかりと過去や未来の時間軸を指定すれば、魔力量の問題はクリアできる。
思わぬ話を聞けた後、オルステッドとは別れて館へと戻って行った。
---
ふぅ…。
館へと戻り、与えられた自室で一人先程のオルステッドとのやり取りを思い出す。
予想以上にいい感触だった。過去の俺が積み上げた信頼が大きいのだろう。
しかし、オルステッドは俺の子孫と協力してヒトガミを封印したか…。
過去の俺の状況やヒトガミの思惑から考えれば、悪くない選択だと思う。
だが、俺の場合は違う。
仮にもし、今回も俺が子孫を作り、過去の俺と似たような行動をしてヒトガミを倒すことができるとしても。俺はその手段を取るつもりはない。
ヒトガミとの決着にシルフィー、ロキシー、エリス、彼女たちを巻き込む気はない。
俺の子孫はもちろん、家族やかつての仲間もだ。
過去の俺が存在しなければ、その多くはヒトガミと無縁の生涯を全うしていただろう。
これは俺のようにヒトガミを恨んでる奴が片付けるべき問題だ。
そして、その因縁を俺よりも根深く持っているオルステッド。いや、彼ら龍族と言った方がいいのかもしれない。
いずれにしても、過去の俺のように大勢の味方はいない。その分やる事も多くなりそうだ。
だが、これでいい。
今回もしも、シルフィー、ロキシー、エリスと結ばれる未来があったとしても。
彼女たち、あるいはその子供たちがヒトガミと戦う運命を背負う必要はないのだから。