人生とはなんぞや?
かつて日本人だった俺は、ラノベ以外もたまには読まなくてはと思い、まだまともな価値観を持っていた時期があった。
その活動の中で俺が知った数少ない名言がある。
(私たちの生きているこの世で起こることにはすべて原因がある。これが「因」です。起こった結果が「果」です。因果応報というように、必ず結果は来るのです)
こんな言葉が記憶にある。
さて、これからグレイラット家ではノルンとアイシャという2人の子供が生まれることになる。その前にひと騒動あるのだが…。
リーリャについて話していこうと思う。
前回の彼女は、どうやら昔どこかの剣術道場で剣を習っていたらしい。その頃は恐らく少女だろう。それにあの容姿だ。きっと巷じゃ有名な剣術小町だったに違いない。当時は処女だと聞いた。
そんな彼女にあろうことか毒牙をかけたヤツがいる。パウロだ。寝込みを襲ってのレイプだったらしい。そして奴はなんの責任も取らずに、事件の発覚を恐れて逃亡したらしい。パウロは勇者だった。
その後リーリャはアスラ後宮の近衛侍女になった。名誉ある仕事だ。さぞ報われたことだろう。しかし、幼い王女を狙う暗殺者から守ろうとするが、刺客の短剣を足に受けてしまう。強力な毒らしい。九死に一生を得るが、後遺症が残り戦えなくなった。王国は彼女を見捨てた。リストラだ。この世界の雇用形態は実にシビアだ。
そして彼女はブエナ村に辿り着き、パウロとの子を授かることになる。紆余曲折あったが、それなりの幸福感はあったかもしれない。しかし、それも長くは続かない。転移事件でシーローン王国へと飛ばされた彼女は、アイシャと共にお馬鹿な第7王子に囚われて軟禁状態にあった。しばらくして救出されるが、その後はパウロと合流して、その足で一緒にゼニスの救出に向かう。長い旅だった。日常生活に問題ないとはいえ、足を怪我していた彼女には厳しい旅だったに違いない。
そして迷宮攻略中にパウロは死んで、ゼニスは廃人となりその面倒をそれから彼女はずっと見ていてくれた。…それだけではない。パウロがなくなった後も、俺や俺の家族を見守りグレイラット家に仕えてくれていた。愛する人を失い、すさんだ生活を送る俺から、リーリャは家族を引き離した。当然の処置だった。その時の俺は敵が多かった。家族の事を考えれば、むしろ感謝しかない。確かに彼女のおかげで救われた命はあっただろう。
リーリャは強い女性だった。自分の不幸を嘆くようなことはない。常に俺やそして俺の家族を影ながら、支えてくれていた。
…因果応報ね。その言葉は俺のような奴には相応しいかもしれない。しかし、リーリャは違うだろう。因果応報だと言うのならば、彼女は報われるべきだ。
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ゼニスの妊娠から一月後。決戦のときである。
リーリャの妊娠が発覚した。
「申し訳ありません、妊娠致しました」
…始まったか。このまま前回と同じ対応をしたとしても、悪い結果にはならないだろう。
今回はリーリャに御神体(パンツ)の存在を黙っていてもらったなどというエピソードもない。
だが、前回で俺は彼女に返しきれないほどの恩がある。その恩を返そうと思う。
グレイラット家は凍りついた。
相手は誰……?
そんなことを聞ける空気ではなかった。
全員が薄々感づいていた。
「す、すまん。た、多分、俺の子だ……」
今回も素直に白状した。そりゃそうだろう。一度はレイプして逃亡を図った相手。そんな女をメイドとして囲い、再び抱いた。これで認めなかったら、さすがの俺もドン引きだ。恥ずかしくてグレイラット家を名乗れない。
「それで、どうするつもり?」
ゼニスは極めて冷静だった。
浮気した夫に対してヒステリーも起こしていない。
ただ一発頬を張っただけだ。
しかし、その表情は青い瞳の色も相まってキンキンに冷えていた。絶対零度の視線だ。
すまんね、パウロ。さすがにこの一発は受けておくべきだと思うよ。
「奥様の出産をご助力した後、お屋敷をお暇させていただこうかと」
答えたのはリーリャだ。
彼女も極めて冷静だった。
パウロは意気消沈していた。まるで全てをあきらめたかのようだ。敗者の姿だった。
だが、安心して欲しいパウロよ。今回こそお前の悪いようにはさせない。ゼニスとリーリャの2人を囲ってハーレムエンド。いいじゃねぇか。俺も前回は妻を二人娶ったわけで、今更そんなことでとやかく言うつもりはない。できればずっと3人仲良く余生を送って欲しいもんだ。
「あの、母さん、さすがにそれは……」
「あなたは黙っていなさい!」
さて、そろそろ動こう。
「母さま、お話があります」
ゼニスに笑みはなかった。いつもは息子に向かって笑みの絶えない母親だったが、今回ばかりは違うらしい。
ゴクリと息を飲む。敵はゼニス。なにも剣で斬ったり魔術を唱えるだけが戦いじゃない。…怖かった。
グレイラット家は現在戦場だ。今のゼニスはマスタークラスの剣士よりも手強いかもしれない。
……世の中には口喧嘩をしてはならない奴らがいる。
それは、エリス、アトーフェ、ミリス教だ。
前者2人は口より先に手が動くタイプ。あるいは話を聞かないタイプだ。
そしてミリス教。特に重度のミリス教の奴らはヤバい。一見して話が通じているように感じる事もあるが、それと同時に同じ言語を話しているのかわからなくなる。通じているようで通じていない。奴らの独自解釈の攻略は困難を極める。怠惰を司る大罪司教のようだ。
ゼニスはミリス教だ。重度ではないが、こちらの話が通じるだろうか?足が震える。いや覚悟を決めよう。
このために俺はここまで積み上げてきた。ゼニスへの好感度を。それをチップへと替えて迎え撃つ。
「父さまをそそのかしたのは僕です。リーリャのような素晴らしい女性を手放してはならないと。リーリャが父さまをカッコいいと言っていたと父さまに伝えました。僕の嘘です。僕はリーリャが好きです。母さまも父さまもみんな好きです。大好きなみんなが仲良くなるのはいけないことなんでしょうか?僕はみんなで一緒に暮らしたいです。それに、僕はシルフィと一緒にいて毎日が楽しいのですが、生まれてくる僕の弟か妹にも、同じぐらいの年齢の友達がいたほうが良いのではないでしょうか」
矢継ぎ早にそう言った。相手からのカウンターが怖かったからだ。
「………そう、ね」
「それに母様。僕にとっては両方とも兄弟です」
「…………わかったわよ。もう、ルディには敵わないわね。それに、ルディがリーリャによくなついていたのは母さん知っていたしね」
ゼニスは大きくため息をついた。そして再び笑顔に戻った。
「リーリャ、うちにいなさい。あなたはもう家族よ! 勝手に出ていくのは許さないわ!」
ゼニスは堂々と宣言した。
リーリャは口に手を当てて涙ぐんでいた。
「奥様…ルーデウスぼっちゃま……」
そのあとの言葉は紡げないようだ。
「ルディ、お、お前って…ヤツは…よう」
パウロは目に涙を溜めて顔をくしゃくしゃにしていた。
おいおい、なんて面してやがるんだよ。これから二人を支えて行くのはあんたなんだぜ?
「パウロ!リーリャを愛しなさい。あなたがやったことの責任を取りなさい。それから、もうこれ以上は許さないわよ」
いつもとは違う呼称でゼニスは言った。
母は強かった。どうやらミリス教という邪教徒は消え去ったらしい。
「あ、ああ…母さん。その、ありがとう」
その光景をみて、俺は静かに姿を消すことにした。
翌日、剣術の稽古はいつもより優しく教えてくれた。
パウロ…憎めないヤツだな。
--- リーリャ視点 ---
ハッキリ言おう。
妊娠は、自分が悪い。
パウロを誘ったのは自分だ。
この家にきた頃は、そのつもりは無かった。
けれど、毎夜毎晩二人の喘ぎ声を聞き、男女の匂いの充満する部屋を掃除していれば、自分とて女だ、性欲は溜まる。
ブエナ村にきて久々に会ったパウロは逞しくなっていた。
幼さは影を潜め、厳しさと屈強さを兼ね備えていた。
そんな男を前にして6年間よく耐えたと思う。
しかし、ゼニスの妊娠で、それが決壊した。
パウロが性欲を持て余しているのを、自分は好機と考えてしまった。
グレイラット家での生活が気に入っていたのに、好機と考えて、パウロを部屋へと誘いこんでしまったのだ……。
だから、自分が悪いのだ。
妊娠は罰だと思った。
情欲に負け、ゼニスを裏切った罰だと。
しかし、許された。
ルーデウスが許してくれた。
それどころか、彼は全ての状況を寸分の狂いもなく把握して、侍女である私の立場まで気遣い最高の形へと導いてくれた。
ゼニスはルーデウスを可愛がっていた。それはもうべた褒めだ。
そんな息子にあんな有無をも言わさぬセリフを言われれば、断れないだろう。
彼はそんな母親の感情を吸い上げて、綺麗に落としどころへと持っていった。
小さな頃から聡明で優しい子だった。なぜ、彼があんなに私を好いて慕ってくれるのかはわからない。
わからないが、彼が家族や身内を大切にする優しい子だということはわかる。
私はここでの生活が気に入っていた。そんな私の気持ちをそっと汲んでくれたのかもしれない。
尊敬しよう。そして感謝を。彼に最大限の敬意を払おう。
返しきれない恩ができた。
もし、子供が無事に生まれて育ったら、この子をルーデウスに…。ルーデウス様に仕えさせるのだ。
翌朝、目が覚めた。
昨夜はたくさん泣いて、ぐっすりと寝たせいか体が妙に軽い。
このままグレイラット家で生活をしていける。それを嬉しいと感じてか晴れやかな気分だった。
私はそのまま庭先へと足を運んだ。気持ちの良い朝だった。
奥様、ルーデウス様に最大限の感謝を。
そんな祈りを捧げ終わる。
ふと、違和感があった。
気分が高揚していて気付かなかったが、足が軽く感じたのだ。
まさか、と思った。いつもは踏み込みや踏ん張りが利かなくて、荷物を持ったりするのは苦労する。
私は一度その場に座り、すかさず立ち上がり、試しにグッと足を踏み込んでみた。
昔、剣術の鍛錬でやっていた動きだ。
痛くなかった。何度か試してみたがなんともない。
アスラの後宮では医者に絶対に治らないと言われていたのに、治ったのだ。
なぜ?どうして?と思うほど私は勘が悪くはなかった。
ルーデウス様だ。彼は魔術の天才だとロキシーも言っていた。どんな方法を用いたのかは知らないが、それしか考えつかなかった。
私はパウロとの剣術の鍛錬が終わった彼に声を掛ける。
「ルーデウス様。少しよろしいでしょうか?」
「なんでしょうリーリャ。その様付けはやめてもらえないでしょうか?」
「いいえ。それはできません。ところでルーデウス様、私は朝起きたら足が治っていたのです。長年、治す方法がなかったのに急に治りました。何か心当たりはありませんか?」
「えー!?そうなんですか。良かったですね。今日は父さまと母さまに伝えてお祝いをしてもらいましょう!あ、僕はこのあとシルフィと約束があるので失礼します」
そうやって素知らぬふりをして、彼は外へ出ていった。
私はその場に立ち尽くして泣いた。静かに泣いた。
また、返しきれないほどの恩ができてしまったと。
治ったはずの足は震えて、しばらく動きそうにない。
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神級解毒魔術。
効くか効かないかは半信半疑だった。
いや、正確にはこの魔術が効いたわけではないだろう。
かつてミリシオンにある大聖堂から盗んだ、神級解毒魔術書の理論。これを基に、俺は考えうる限りの解毒魔術を行使した。
本来であれば、この魔術は王族とかもの凄い金持ちとかが湯水の如く金を使って、魔術師をバンバン雇い、高い塗料を使い魔法陣を作る。それで、やっと実現できるものだ。
俺は魔法陣の小型化に成功させたことで、同時に大幅なコストダウンにも成功した。持ち前の魔力量もある。
だが、それでもかなりの金が必要だった。
解毒魔術が効くかどうかもわからなかった。リーリャは幾分時間が経ちすぎていたのもある。
仮にリーリャにこの説明したところで、こんな魔術断られていただろう。
そんなわけで、寝てる間にコッソリと解毒魔術をかけた。ついでに心配で聖級治癒魔術もかけた。
今回の一件で人形作りで儲けた金はすっからかんだ。
魔術の研究も全然進まない。
けれど、まあ…
「よかったですね。リーリャさん。」
小さく、つぶやく。
今の俺にできることは多くはない。
この結果に大した意味もないかもしれない。
ふと上を向く。
この体は子供だ。しかし精神的な何かが作用しているのかもしれない。
溢れでる涙はしばらく止まりそうになかった。