轟々と雨が降っている。
それに気付いたのは本当に偶然だった。ただ、窓に打ち付ける雨音が煩かった。
周りを見渡すが気に止めるような同僚の姿はない。
天気予報を見る気にもならない。電車が運休するようなら、泊まり込みで仕事をするだけだ。
……と、全員が心のどこかで思っている。
「楼堂さん、お電話です」
……仕様変更か。
「はい。代わりました。楼堂です」
『丈二か。今日も残業か?』
「……どんなご用件でしょうか。斎賀さん」
『なに、飲みの誘いだ。津羽目もいるぞ』
『津羽目が来週の仕事について話したいそうだ』
「分かりました。1時間で片付けます。場所は?」
…………
……
「課長、スワローズネストとの会議が入りましたので、これから出ます」
「……そうか」
会社の玄関まで出て、豪雨だったことを思い出した。
折り畳みはたしかあった筈だが、この雨の中傘1本は焼け石に水というものだろう。
――タクシーを呼ぼうと手にかけた携帯電話から着信音が鳴り響く。
「はい。楼堂です。いや、これから出るから、もう少し……は?」
待ち時間マイナスのタクシーがそこにはあった。
「お手数おかけします、
◇◇◇
「おぉ、来たか。遅かったな」
「大変お待たせしました」
斎賀さんの前に既に半分ほどになったジョッキと、空になった御通しの小鉢があるところを見ると、本当に早く着いていたようだ。
「カローシスも早く座りなよ」
いつの間にか津羽目社長が斎賀さんの向かいに座っている。明らかに隣に来いという座り方だ。
「失礼します。津羽目社長」
「
「……
「あ、すみません」
ガラリと引き戸を閉め、向き直る。
「これで
「……
ガラリ
「ジョッキ2お持ちしましたー!こちら御通しになります」
「あ、どうも」
ガラリ
「どうせ生だと思って頼んどいたぞ。『連れが来たら出してくれ』とな」
「サイガさん相変わらず手が早いね。折角だし、他にもなにk」
ガラリ
コト、コト、コト
「追加あればそちらのタブレットからご注文ください」
ガラリ
「えーと、」
「
「……それでいいです」
「じゃあ僕は枝豆でも頼もうかな」
注文を終えたヤシロバードがタブレットを戻す。
「「「乾杯」」」
「全員揃ったことだし本題に入ろうか」
「サイガさんからの話ってことはやっぱり
「いや、今回はそっちじゃない」
「ということは……
「……僕はあまり参加できそうにないかな」
……サイガさんから明らかに怪訝な目を向けられる。こちらめできるならリュカオーンに専念したい。そんなところだろうか。
「いや、いつも通り、夜間から深夜メインって意味です」
「相変わらずだな。隣に転職先があるだろうに」
ちら、とヤシロバードを見ると、ちょうど見合わせる形になってしまい、お互いに苦笑する。
「僕の方はもう少し融通が利くけど、やっぱり平日は夜メインかな。そこはサイガさんもでしょ?」
「そんなところだ。まあそういうことなら問題ないだろう。平日昼間にログインできる面子はあちらも限られるだろうからな」
「ああ、『配信者連合』だっけ?」
「そうだ。……今回の会合のメインはむしろその話だ。ペンシルゴンから幾つか聞いた話によるとだな……」
………………
…………
……
◇◇◇
「楼堂、1ついいか?」
「……」
「今晩泊めてくれないか」
「……斎賀さん、もう
「そうは言っても、この雨では帰れんだろう」
こんなことなら、ちゃんと天気を確認しておくんだった。と今さらに後悔する。
会社を出るときの豪雨は更に勢いを増し、電車は運休、タクシーもほぼ壊滅、そもそも各所道路浸水で交通規制。
「津羽目は会社で寝泊まりすると笑ってたが、私はそうもいかんし、かといって家にも帰れん。楼堂はギリギリ帰れるんだろう?泊めてくれ」
少し待ってください。斎賀さん。あ、ここもダメか。満室だ。
「ホテルなら調べたが、ここから行ける範囲は全滅だぞ。大方、同じような人が多いんだろう。泊めろ」
なんでそんな冷静何ですか斎賀さん。
「……はぁ。分かりました。仕方ないですね」
◇◇◇
「すまんなカローシス、風呂まで借りてしまったな」
「来客を濡れ鼠のまま放置する方が問題でしょう。しかし……」
目の前には赤いジャージに身を包んだ斎賀百。
「やけに鞄が大きいので書類でも入れてるのかと思えば、着替えだったんですね」
「営業以外で書類持ち出しなんて、リスクしか無いだろ」
……そうか、斎賀は仕事の持ち帰りなんてしないのか。
「今日は大分降ると言っていたから念のためな。まさか交通機関が麻痺するとは思わなかったが」
濡れた服を持ち帰るためのビニール袋まで持っている周到さは流石としか言いようがない。僕の場合、朝の天気予報なんて見ている余裕が無いというのもあるけど。
「さっきも言ったけど、洗濯機も使ってもらって構わないよ。乾燥機使えばすぐ乾くし」
「助かる。カローシスも早く温まって来い」
言われた通り軽く湯船に沈んで、そこでふと、飲み物の場所を伝え忘れたことに気付く。
上がって飲み物を用意してリビングに戻ると、斎賀さんがソファで座って待っていた。
「テレビでも見てればいいのに」
「人様の家で勝手につけるわけにもいかんだろう。それは?」
「お茶でも……と思ったけど、これも良いかなと」
ビール缶6本、本当に辛いときにシャンフロすら諦めて寝るための在庫。
斎賀さんに貸せるような予備機もないし、1人でやるのは論外。そもそも
「流石に今日は無理でしょう?」
「それもそうだな。いただこう」
テレビを付けて手始めに一缶あおる。
「ツマミ持ってくるので、適当にチャンネル変えていいですよ」
少しして戻ると、ゲーム系のバラエティ番組に変わっていた。お互い気になるものは変わらないんだなと少し共感を持ちつつ、見れば夏にやっていた
「シャンフロブース、行ったんですか?」
当然僕は行けていない。
「いや、仕事が忙しくてな。妹は友人と行ったんだが」
「ああ、サイガ-
「……大分暑いな」
「暖房強すぎたかな。下げてきま……っとと」
立ち上がろうとして足元がふらつく。
そんなに飲んでない筈なんだけどな、取り敢えずエアコンの温度下げて……と。
「もう少ししたら下がるとおも……サイガさん!?」
「ん?……あぁ、この方が涼しいんでな」
仕事相手、或いはクランリーダー同士として接して来てほとんど気にしてなかったが、こう、デカい。そうとしか形容できない。
「どうした?」
「いや、なんでもないよ」
なるべく顔を見るようにして、こうまじまじと見ると改めて整った顔だ。アルコールのせいか、少し頬が紅潮して
ごり、と
なにかを踏んだ。
「ぅえあ?」
気付いたらTシャツに包まれた胸が、すぐ目の前に……
◇◇◇
………………
「……ん?」
天井だ。
これは僕の寝室だな。
目覚ましは深夜を指している。雨の音はもうない。
起床時間に合わせて目覚ましをセットし、リビングへ行く。
と、ソファでサイガさんが寝ていた。
普段の気の強い面持ちもなく、静かに寝息を立てている。
机の上には何もない。片付けたのか?
「……んあぁ、起きたのか」
「すみません。起こしましたか」
「気にするな」
起きたのなら、と電気を点ける。
一瞬眼がくらんで、すぐに元にもど……ん?
「サイガさん、ジャージは?」
「ああ、そういえば飲んでる時に脱いでそのままだったな」
「流石に風邪引きますよ、あとベッドで寝てください。客人用の布団とか無いので」
「ん、そうか?お前が良いならそうするが」
まあ夜も遅いし改めて寝よう。明日も仕事だ。
電気を消して
「あの、サイガさん?」
「どうした?」
「なんで私の腕を引いておられるのでしょうか」
「ベッドに寝に行くんだろう?」
この人、さてはアルコールが抜けてないな?
「サイガさん?僕は
「ほら寝るぞ。来い」
横向きの加速度が急激に加わり、そのまま下に叩きつけられる感覚。
あ、これデジャヴってやつだ。
「すぅ」
真横にはサイガさんの寝顔があり、今の一瞬で僕を投げながら寝たことがわかった。
「……」
そして僕の腕はガッチリとキメられていた。
「……外れない」
何がどうなっているのか全く理解できないが、腕はびくともしない。
「……サイガさん、ちょっと起きて……」
「ぁと3ふん……」
◇◇◇
チュンチュン
「……」
「……」
「楼堂、昨日何があった?」
「覚えてないんですね」
さあ、今日も仕事だ。
トゥナイトを飲んで、僕は会社へと急いだ。